第2話 わたしを一番にしてください



 国際魔法テクノロジー学園。

 通称、テクノ学園。


 日本に六つある魔法研究機関のうちの一つであり、特に魔法現象を、技術普及の観点から研究することに特化した学府だ。


 久能シオンは、今年の春からその学校に入学をしていた。


 古来、魔法とは奇跡を体現する手法と呼ばれていた。

 現代における魔法技術は、古代の神秘現象を解析し、人工で行うことを目的としている。


 『自然魔法カニングフォーク』と、『人工魔法オーバークラフト


 かつて魔女や魔法使いと呼ばれていた存在は、自然と交信し、自在にカニングフォークを扱ったという。それは専用のチャンネルを開いた、一部の特殊な人間にしかできない行為であり、それゆえに異端扱いされ、迫害された歴史がある。

 その仕組を解析し、人の手で同じ現象を引き起こすのが、オーバークラフトと呼ばれる。

 魔法学府とは、基本的にオーバークラフトを修得するための機関である。


 久能シオンは、幼い頃から魔法に触れていた。

 昔から魔法理論に触れていた彼は、幼い頃にその魅力に取り憑かれていた。今でこそ、とある事情から自分の力の及ばないことを痛く実感しているが、かつての彼は、世界のすべてを掌握できると本当に信じていた。

 義務教育を終え、高校に入るときに、魔法学府以外の進路も確かにあった。

 今のシオンでは、人工魔法の分野で大成できるとは到底思えなかった。一度は魔法の世界から身を引くことも考えたのだが、それでも彼には、魔法しかなかった。

 ならば、その残滓でも追いかけよう。


 一度挫折したのなら、多くは望まずとも、末席を汚すことくらいはできるだろう。



 ※  ※



 ゴールデンウィーク明け。

 連休直後の弛緩した空気のクラスメイトたちに、今ひとつの危機が訪れていた。


「中間実技試験って、聞いてねぇよ」


 頭を抱えて唸っているのは、クラスメイトの葉隠レオだ。

 彼の意見に、シオンも頷く。


「同意見だ。通りで、予定表が空欄だったわけだ」


 連休中の課題はそこそこ量が出されていたので、初日はその復習なり試験なりがあるのだろうと思っていた。試験と言う点ではあっているのだが、まさか実技だとは思わなかった。


 とはいえ、当然といえば当然だろう。

 入学以来、身体テスト一つなく、ひたすら基礎だらけの座学である。入学試験を受けるために、魔法予備校で習ったような常識を、一ヶ月ずっと聞かされただけなのだ。むしろ、これまで生徒の実力を測る機会が一度もなかったことのほうが驚きである。


 見たところ、クラスメイトたちの反応はほとんどが同じだった。

 それもそのはず、技術科であるシオンのクラスは、その多くが、実技の成績が低い者が集まっていると言っても過言ではないのだから。


 テクノ学園は、実技A科、実技B科、研究科、技術科の四クラスに分けられている。


 実技A科は実戦魔法士、

 実技B科は支援魔法士、

 研究科は魔法研究全般、

 技術科は魔法技術開発、

 といった風に分かれている。


 もちろん入学時の希望によって振り分けられるのだが、クラス分けは入学試験の成績も加味されて行われる。


 ちなみに、技術クラスは、実質Dクラスなどとも呼ばれている。

 何より彼らが嫌がっているのは、今回の実技試験が、一学年合同であると言う点である。


「くっそ、実技科の連中と一緒なんて、そんなはっきり実力差がわかることしやがって」


 というのが、クラス全員の総意であった。

 一年の時点では、まだ知識などの面で大きな差があるわけではないのだが、やはり明確な才能の差というのはどうしてもある。身体的な能力の差と同じで、魔法の使用能力の差は、現時点では残酷なまでに明白だ。


 もともと技術科志望で入学してきたシオンにしても、自身の今の実力ははっきりとわかっているので、あまり喜ばしいことではない。


「まあ、今の実力を、実感するにはいい機会か」


 自身の身体の調子を確かめながら、そうつぶやいた。


 試験は丸一日かけて行われた。

 それぞれクラス番号順に試験を受けさせられる。


 人工魔法オーバークラフトは、大きく三つの属性に分かれる。


 霊子的な事象に干渉する、霊子属性。

 物理的な現象を操作する、物理属性。

 概念的な事柄を変質する、概念属性。


 この三つが主な属性であり、すべての魔法現象はこの三つのどれかに該当する。


 第一グループであるシオンは、最初に物理属性の魔法試験だった。

 物理現象を操る物理属性魔法は、基本にして王道と呼ばれ、最も科学に近い技術と言える。現実に起きる物理事象を、魔力を用いて操作、制御する魔法。デバイスと魔力操作さえ覚えれば、素人でも扱えるが、その分実力の差ははっきりと出る。


 その中でも、現在行われている念動力の試験は、明確な差が表れていた。


 案の定、技術科の生徒たちは、惜しい所で集中力を切らして失敗しているところを、Aクラスの生徒達に笑われている。そんな光景が、もう何度も繰り返されていた。


 自分の番を待っていると、横から気の抜けた声がかけられる。


「嫌味なもんだよねぇ。こういう試験のやり方って」


 はわぁ、とあくびを混じらせながら話しかけてくるのは、草上ノキアという女子生徒だった。


「学科の方向性が全く違うのに、合同で試験をさせるっていうのが本当にいやらしい。いやはや、これは我々底辺のやっかみなんだろうけどね。ただ、入学しょっぱなからこうも格付けをされると、技術科の先輩方のうだつが上がらないのも、納得といった所だね。ふわぁ」

「……寝坊してきたくせにまだ眠そうだな、草上」

「そりゃあ、起き抜けにテストだなんて言われた、さらに眠くもなるさ」


 投げやりな言葉をかけながら、彼女は寝ぼけ眼で試験中のクラスメイトたちを見ている。

 制服のリボンは曲がっており、きれいな黒髪は一部寝ぐせでボサボサだ。非常に整った顔立ちをしているのだが、常に眠そうに細められている目は、その魅力を台無しにしている。

 いつも通りといえばいつも通りだが、これで良家のお嬢様と言うのだからたちが悪い。


 出席番号順が近いため、シオンとノキアは、クラス行動の時に一緒になることが多い。

 億劫そうに、手櫛で髪を整えている彼女に、多少の毒を込めてシオンは言う。


「お前なら何の問題も無いだろ。苦手ってわけじゃあるまいし」

「問題ない? 問題だらけだよ」


 ありえないと首を振りながら彼女は答える。


「私は静かな生活が好みなんだ。春の暖かな日差しを受けながら、うつらうつらと座学を受けるような、そんな平穏な生活がね。一時の安寧を求める、ただそれだけなのに、どうして邪魔をされなきゃならないのか。こんな見世物みたいな試験、受けるだけで不眠症になりそうだ」


「不眠症になったら睡眠薬でも飲んでろ、この万年眠り姫」


「それはグッドアイデアだ。起こされても起きないくらい、ぐっすり眠れそうだ」


 どこまで本気なのか、うんうんと嬉しそうに頷くノキアを、呆れた目で見る。

 そんな馬鹿な会話をしていると、ノキアの番がやってきた。


「やれやれ。じゃ、行ってくるよ」


 緊張感の欠片もない様子で、またあくびを一つこぼしながら、彼女は試験場に向かう。


 念動力の試験は、評価項目は四つある。


『重さ』『速さ』『正確さ』『持続性』


 どれだけ重い物を、どれだけ速く、どれだけ正確に、どれだけ持続して、念動できるか。


 その過程で計測されるものは、『魔力出力』と『魔力制御』の二項目。


 技術科の生徒の試験ということで、実技クラスの者達がニヤニヤと笑っているのが見える。もうすでに試験が終わっている者達だろう。

 彼らの試験の様子は覚えていないが、みな及第点以上の成績は残しているらしい。余裕たっぷりの笑みは、安全圏から底辺をあざ笑ういやらしさが見え見えだった。


 しかし、そんな彼らの表情も、ノキアの試験を見て驚愕に変わることになる。


「ふぁ。……さて」


 ノキアが行ったのは、非常に単純なことだった。


 ただ、を、、指定の場所に移動させただけ。


 彼女は試験台に立つと、用意されたデバイス――魔法式を実行するための端末に手を触れた。

 必要とした集中は僅かな時間。

 用済みと言わんばかりに、彼女は長い髪を揺らして踵を返した。

 それだけで、五十キロの物体が、二十メートル先の指定地点に飛来したのだ。

 時間にしてわずか三秒ほど。

 この試験が始まってから、最速終了だった。


「ふわぁ。疲れた」

「おつかれさん。注目されてるぞ」

「そう? 興味はないけどね」


 言いながらシオンの隣に座ると、また一つあくびをして、壁に背を預ける。非常にリラックスした様子で、黙っていると、このまま本当に眠りそうな雰囲気である。


 持続性は全くなく、正確さも多少難があるが、重量と速度に関しては、間違いなく一番の成績。『魔力出力』の観点において、おそらく高得点だろう。


 技術科でありながら、この成績。

 それもそのはず、草上ノキアは、入試の成績関係なく、技術科を志望して入学してきているのだそうだ。

 聞いた話では、入試では非常に偏った成績を残しているらしい。筆記では得点数の高いものだけを解いて後は空欄。実技では今のように、速さを重視したやり方をしたそうだ。


 もし本気で彼女が試験に臨んだら、どのような結果が出るのか。

 本来だったらこの試験も、制限時間内に他の物体も移動させたり、物体を二往復させたりと言ったやり方で、持続力を見せる必要がある。それを、面倒だからという理由で、一発で終わらせたのだ。


「何が底辺だよ。まったく」


 呆れながらシオンはそうつぶやいたのだが、それを耳ざとく聞いたノキアは、目をつむったまま答える。


「神童に比べたら、大したこと無いさ」

「…………」

「それより、君の番だよ。早く行ったほうがいいんじゃないかい?」


 言われて試験場に目をやると、準備が整っており、シオンを呼ぶ教師の姿が見える。ノキアの直後と考えると気が重いが、ため息を付いて立ち上がった。



 試験場には、中央のテーブルに、手のひら大の魔法デバイスが置かれている。

 その先には、五キロから五十キロまでの重さの物体が十個置かれている。その物体を、どれでもいいので十メートル先と二十メートル先の指定場所に移動させればいい。


 デバイスを手に取り、記録されている魔法式を読み取る。

 記述されている術式は、非常に単純なもので、可もなく不可もなくといったものだ。


 魔法式とは、魔法を行使するための呪文のようなもので、それを現代版にアレンジしたプログラムである。


 魔法式を構成するプログラムには、『要素部マテリアル』と操作をするための『変換部コンバータ』の二つに別れている。


 最小の魔法であるマテリアルを、コンバートして更に大きな魔法を起こす。そうしてそれぞれを組み合わせて記述することで、魔法式は完成する。

 具体例としては、『火』というマテリアルを、『誘起』させるようコンバートすることで、魔力で作った火種を燃え上がらせる、と言った感じだ。

 本来、魔法を使う際には、自身の魔力をマテリアル化させ、それをコンバートするまで、一つ一つを記述する必要があるのだが、それを簡略化させるのがデバイスである。


 デバイスには、メモリスロットがあり、そこに予め、マテリアルとコンバート方式を組み込んでおくことができる。これにより、事前に組んである魔法式を読み込むだけで魔法を使うことが可能となる。


「……マテリアルは四つ。コンバータは五つか」


 要素部のメモリスロットには、『属性・力』『属性・風』『属性・雷』『属性・霊子』の四つ。

 変換部のメモリスロットには、『操作』『反転』『転換』『掌握』『創造』の五つ。


 すでに組み合わせられている魔法式は四つ。

 できることとしては、風を操って飛ばしたり、電磁力などで浮遊させる、魔力を使って持ち上げる、純粋に強力な力をぶつける、と言った魔法式が、事前に組まれている。


 シオンは目を閉じて、身体の奥にある魔力へと意識を傾ける。


「――ふぅ。『起動』」


 慎重に物体の座標を指定しながら、魔法式の中から必要な情報を出力する。そこまでの間ですでに二十秒近い時間を使っている。

 読み出しは早いのだが、出力に時間がかかっている。集中を切らさないようにしながら、かろうじて十キロの物体が浮き上がった。


 のろのろフワフワと浮かせながら、なんとか十メートルを移動させるのが精一杯だった。

 最後はほぼ自由落下になっていたが、目標はクリアできたのでよしとしよう。

 おそらく受けられる評価項目は持続性のみだろうが。


 そそくさと戻ってきたシオンに、ノキアがニヤニヤとしながら話しかける。


「シオンくん、途中、概念属性で『浮遊』の補助をしただろう?」

「別に、禁止されていないからな」

「ま、そうだけどね。けど、さすがに教師は気づいているみたいだよ? 物理属性としては減点だよね」


 ケラケラと楽しそうに笑う。ノキアは面倒くさがりの女だが、シオンにちょっかいを出す時だけ積極的になる節がある。

 ノキアの無駄口に付き合いながら、あとの試験を眺めた。


 物理属性の試験では、そのあと、物体破壊試験、防御力試験を受けさせられた。

 その後の概念魔法と霊子魔法の試験も、同じような流れだった。


 最速に近い速度で試験を終わらせるノキアと、簡単な式にも手間取るシオンの流れも、何度も続くと慣れたものだ。


 そして最後の試験では、複合魔法の試験が行われた。


 基礎となる三つの属性を複合した能力を、最後に総合判定された。

 用意されたのは、ひとつの立方体のパズルだった。

 物理的、概念的、霊子的に封印された立体パズルを解体する、という試験だったが、コレには多くの生徒が難儀することになった。

 形こそ、ルービックキューブのような形をしているのだが、すべての属性で封印が施されているので、生半可な解き方では解錠に至らないのだ。

 多くの生徒が苦労している中、ノキアは五分ほどで正攻法の攻略を諦めた。


「ああもう、面倒くさい」


 彼女は凍り魔法で物体を凍結させると、衝撃を加えて物理的に破壊するという手段に出た。


 パズルの中身を取り出せばいいだけだったので、それも合格と認められたのだが、教師陣は非常に苦い顔をしていた。

 時間内にパズルが解けた生徒は、一学年全員合わせても十数人しかいなかった。


 中でも最速だったのは、実技A科の明星みょうじょうという生徒だった。

 試験を受けた時間は違うにも関わらず、シオンの耳にも入ってきたので、そうとう話題になっているようだった。


 レオとハルノが、件の明星と同じ時間に試験を受けていたので、試験後に尋ねてみると、二人共興奮したように答えた。


「そりゃもう、すごかったぜ。どの試験も、あっさり終わらせててよ。あんなもん見せられたら、嫉妬どころか素直に感動するぜ」

「うん。ほんと、鮮やかで、かっこよかった」

「いやあ、さすがはウィザードの称号を持ってる奴は違うな」


 ウィザード。

 それは、霊子生体ファントムと契約し、一人前と認められた魔法士の称号である。


 明星タイガ。それが、現在の一年生のなかで、数少ないウィザードと呼ばれている魔法士の一人であり、現時点で首席の生徒の名前だった。



 ※  ※



 その通達があったのは、中間試験の次の日のことだった。


「えー、すでに気づいている生徒さんもいらっしゃるかもしれませんが」


 技術科の担任である円居鶫教諭は、いまいち真意の見えない笑顔でそう言った。


「昨日から登録ファントムの学内研修が始まっています。それと同時に、これから一ヶ月の間、学内見学の期間となりますので、自由に交流を取ってください」


 がやがやと騒ぐ生徒たちの中で、率先してレオが質問を投げかける。


「せんせー。それってつまり、バディ契約の交渉をしていいってことですか?」

「そうなりますね。もちろん、皆さんとファントム側、双方が希望した場合に限りますが」


 聞く所によると、毎年この時期に行われるイベントのようだ。


 バディ契約とは、文字通りファントムと契約し、今後の生活の助けになってもらうということである。

 古代における使い魔の契約に似ているが、あくまで平等の立場でしかなければ成立しない契約なので、バディ契約と呼ばれている。

 バディ契約を果たした魔法士を、前述のとおりウィザードと呼んでいる。

 もちろん、未だ学生の身である彼らは、一人前のウィザードとは程遠いが、それでも一定以上の実力がなければ、ファントム側も主人だとは認めない。


 魔法士側のメリットとしては、単純に情報界へのアクセスが容易になる。

 対するファントム側のメリットとしては、現実世界での影響力が拡張される。


 だからこそ、ファントム側もこの時期には契約対象を探して各学校を訪れるのだそうだ。

 多くは、一年間修業して実力を得た二年生が対象になるのだが、一年のうちから見込があるものを見つけたら、すぐに契約を申し込むファントムもいるらしい。


「なるほど。だから昨日、実技試験があったわけか」


 現時点でのわかりやすい成績を示すこと。

 それによって、ファントムたちは、生徒とコンタクトを取ろうとしてくるだろう。


 つまりは。


「技術科の一年なんかを相手にするファントムは、居ないってこったろ」


 クラスメイトの一人が、投げやりにそう言ったことで、クラスはしんと静まり返った。


 そのつぶやきが、全てだった。

 所詮は、今の自分達に関係がある行事ではない。

 ノキアのような一部の例外を除いて、技術科の生徒たちは基本的に魔法実技の実力が芳しくない。一年後はともかく、現時点でファントムと釣り合うだけの実力があるわけがないのだ。


「それはわかりませんよ」


 全員がしらけてしまった中、円居教諭が、笑顔を崩さずにあっけらかんと言った。


「ファントム側も、全員がハイランクであるわけではありません。ローランクと呼ばれる、因子が弱いファントムも多く居ます。皆さんが未熟であるのは確かですが、未熟だからこそ、一緒に成長していけると思うファントムもいるかもしれません」


 言うことはもっともなのだが、先程から笑顔のまま少しも表情が変わらないため、生徒たちは半信半疑にしか聞くことができなかった。


 ホームルームが終わり休み時間になると、ざわざわとみなが騒ぎ出す。

 そんな中、近くに寄って来たレオが、シオンの後ろに向けて話しかける。


「草上なら、契約の誘いも引く手数多なんじゃねぇか?」

「ん、あ?」


 不機嫌そうに顔を上げたノキアは、これまた不機嫌そうに声をあげる。というか、顔を上げたということはもしかすると、ホームルーム中も寝ていたのではないだろうか。

 案の定と言うべきか、彼女の答えはわかりきったものだった。


「興味ないね」

「なんだよ。つれないな。契約出来たら、お前も少し楽できるんじゃないのか? だって、使い魔だぜ使い魔。いろいろ代わりにやってもらえるだろ」

「何を言ってるんだい」


 半目で睨むようにしながら、ノキアは腕枕に顎を乗せて、だらしない格好をする。


「バディ契約をするってことは、四六時中一緒にいるってことだよ。私の自由はどこに行く、自由は? 幽霊だからって、私生活に口を出されるのは我慢ならないな。これが小うるさいファントムだったりしたら、身の毛もよだつ。私は気ままに惰眠を貪れなければ嫌だぞ」


「あ、相変わらずだね、ノキアちゃん」


 ご高説を垂れるノキアに、近づいてきたハルノも会話に加わってきた。

 彼女はノキアに目線を合わせるようにしゃがむと、小首をかしげながら言った。


「ノキアちゃんなら、きっといいファントムさんたちと出会えると思うよ」

「あー、もうっ! ハルは可愛いなぁ」


 ガバッという擬音が聞こえてくるように、ノキアはハルノに抱きついた。うわっ、と驚いた様子のハルノに構わず、顔をこすりつけるようにじゃれつく。

 中学からの付き合いだからなのか、ノキアはハルノに対してだけは積極的にスキンシップを取る。

 女子同士の過剰なスキンシップを前に、男であるシオンとレオは、お互いに肩を竦め合う。

 羨ましい気持ちが微塵もないわけではないが、それを口にすると変態扱いされかねないので、二人共話題を移す。


「バディ契約の件だけどよ。なんでも、六月までに契約したら、七月から始まるインハイ予選のバディ戦に参加できるって言ってたぜ」

「一年なのにか?」


 気が早い、と思いながらも、聞き返す。

 魔法学校におけるインハイは、ウィザードリィ・ゲームの大会と同義である。日本には魔法学府が六校あり、それぞれの代表が一同に介して技を競い合う。

 その中には、バディ契約を果たしたペアが参加条件である試合もある。


「他の競技は、学年ごとの成績順だからな。今の時点じゃ、俺たちは絶対に無理だからなぁ」

「つまり、ファントムと契約できるくらいの実力があれば、参加資格があるってことか」


 実力主義という観点において、いいシステムである。


 最も、自分にはまったく関係ないと、シオンは端から決め込んでいた。

 勢い込んで表舞台に立つつもりは全くないし、それだけの実力があるとも思わない。

 今の自分は出涸らしのようなもので、時間をかけて、残っているものを絞り出そうとしているだけである。技術開発という目的のために、実技の向上は必須だが、一流になる必要はない。


 ノキアではないが、この学園生活を、平穏に過ごせればそれでいいと、脳天気にもそんなことを考えていたのだった。


 もっとも。


 その脳天気な願いは、直後に失われることになるのだが。


「え、嘘。まじかよ」


 クラスのどこからか、そんな言葉が漏れた。

 途端に、教室中の視線が後ろに集まった。先ほどまでの騒がしさはどこに行ったのか、シンと静まった教室で、全員の目が一点に集中したのだ。



 そこには、一人の少女の姿があった。


 黒髪ショートカットの少女だった。

 セーラー服を着ている彼女は、この学校内では異質に映る。色白の肌は透き通るように白く、熱を感じさせない。

 年の頃は中学生くらいのように見えるが、童顔の上に、髪に可愛らしいリボンをつけていることから、より幼く見える。



 彼女は、ファントムだった。



 つい今しがたまで、バディ契約について話していたばかりのところである。そんな時に、実際にファントムが教室に入ってきたのだから、みな驚いて硬直してしまう。


 技術科の一年なんか、相手にされるわけがない。

 そう思いながらも、もしかしたら、という希望が無いわけでもないのだろう。

 そんな割り切れない思いが、全員を硬直させてしまっていた。


「ん、えーと」


 ファントムの少女は、首を傾げて教室を見渡す。

 その仕草は、まるで目当ての存在を探しているようだ。その様子を、誰もがかたずを飲んで見守っている。


 最も、中には、シオンのように端から傍観に徹している者や、ノキアのようにわれ関せずといった様子で眠りに入る者もいるのだが。


 やがて、少女は目当ての人物を見つけたのか、笑顔を浮かべてトテトテと教室の中央へ歩を進めてくる。


「見つけた」


 言いながら、少女はシオンの目の前で立ち止まった。


「え?」


 間の抜けた声が、自分の口から漏れる。

 周囲がざわつく。


 隣ではレオが「ま、マジで」と呟いている。そばでハルノが、「あ、あわわ」と動揺して言葉をなくしている。ノキアは、皮肉げな笑みを浮かべて、あくびをした。


 そんな周囲のことなどまったく気にしていないのか、少女の視線は、じっとシオンだけを見つめている。

 真剣そのものの、誤魔化すことのできない真っ直ぐな瞳。

 その瞳に、既視感を覚える。


(――この子)


 その食い入るような眼差しは、見覚えがあった。

 この少女のファントムは、以前ウィザードリィ・ゲームの会場で、試合の映像を穴が空くほど見つめていた、あの少女だった。


 少女の小さな口が開かれる。


「ねえ。あなた、久能シオンだよね?」

「……そう、だけど」


 ぐっと、少女の手が強く握られる。

 どうやら、彼女も緊張しているようだった。強張った表情は、期待や不安といった感情を押し殺しているようだった。


 懸命に、絞りだすように、彼女は震える声でお願いを口にする。


「ずっと、探してた。あなたしかいない。あなたにお願いがあるの」


 お願い、と。

 彼女は頭を下げて、大きな声で言った。


「お願いっ。わたしとバディになって欲しいの。そして――」



「――ウィザードリィ・ゲームで、わたしを一番にしてください!」



 半ば事情を察していたクラスメイトたちも、この発言には、度肝を抜かされた。

 当事者であるシオンも、言葉をなくして、ぽかんと口を開くことしかできなかった。

 これが、魔法士・久能シオンと、ファントム・七塚ななつかミラの出会いだった。





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