ウィザードリィ・ゲーム

西織

第一部 まだ青き出藍の鏡

第1話 魔法競技


 競技場は歓声と熱気にみちていた。


 いつの時代も、どの世界であっても、競技大会というものは至上のエンターテイメントとして人を魅了する。

 選手たちが磨いてきた技を競い、意地を張り、しのぎを削る。それはまさに人と人のぶつかり合いであり、一つの芸術といえるだろう。


 ウィザードリィ・ゲーム。


 それは、魔法士たちの織りなす、総合魔法競技会である。


 魔法士たちは霊子庭園と呼ばれる結界を展開し、霊子体となって競技を行う。


 数多くの競技があるが、その中でも一番の人気は、『マギクスアーツ』と呼ばれる競技である。


 フィールドを覆う青いベールは、霊子庭園と呼ばれる結界の壁。そして、競技場に設置されている巨大ディスプレイには、霊子庭園で行われている競技の一部始終が映っている。

 二人の魔法士が、手に持ったデバイスを振りかざし、互いの持つ魔法の全てをぶつけあっている。


 どちらかが霊子体を保てなくなるまで戦うという、シンプルなルールが、人気の所以だ。


 耳をつんざくような歓声は、絶え間なく競技場を包んでいる。試合も第四回戦となり、盛り上がりは最高潮となっている。選手の戦況は均衡しており、一進一退の攻防はそれだけで観客の心を湧かせていた。



 その様子を、久能くのうシオンは居心地の悪さを覚えながら見ていた。

 彼のすぐ隣では、クラスメイトの葉隠はがくれレオが、興奮のあまり立ち上がって応援している。


「おいシオン見ろよ! 久堂のあの魔法の爆発! すげぇぞありゃ」

「ああ、見てるよ」

「うお! 渡瀬の方も負けてねぇ! なんだあれ。氷の壁が出来たぞ!」


 いちいち騒がしい彼であるが、この場においてはレオの反応のほうが正常であり、周りを見渡せば、同じように興奮してまくし立てている観客も多い。

 ちらりと、レオの更に隣に目をやると、そこには同じくクラスメイトの姫宮ひめみやハルノがいる。基本的に大人しい彼女は、奇声じみた歓声をあげることこそないが、両の手を強く握って、食い入るように画面を見つめている。彼女なりに興奮しているのか、試合の動向によって、かすかに身体を揺らしていた。


 ウィザードリィ・ゲームの試合を見に行こうと、はじめに言い出したのはレオだった。

 地区予選のチケットが四枚あるとかで、仲間内で誘い合って競技場に来たのだ。

 実はもう一人、草上くさかみノキアという少女も来る予定だったのだが、寝坊したので置いてきた。


 試合そのものは確かに面白いが、周囲の熱気に当てられたせいで、少々冷めた気持ちをシオンは抱いていた。

 純粋に魔法競技としての盛り上がりに加えて、公営ギャンブルとしての側面もある所為か、一部は熱狂具合が過剰な様子が見られる。そうした様子を一歩引いて見ていると、冷めた自分を自覚してしまう。

 勝敗くじでも買えばよかったかなぁ、などと思いながら、第四回戦の行く末を見守る。



 現代において、ウィザードリィ・ゲームは魔法士の花型といえる競技試合である。


 霊子戦争と呼ばれる戦争が、三十年前に終わった。世界各地で起きていた異世界からの攻撃は終了し、ようやく復興を遂げていた。そのさなか、戦争で一般に普及した魔法という技術は、興業としての使用が世界中に広まった。

 純粋に自身の肉体のみを使ったスポーツ競技もまだまだ人気だが、魔法競技はその派手さから、見る側に多くのサプライズを与えてくれる。いわば民衆好みの娯楽となった。


 シオンたちが通う国際魔法テクノロジー学園においても、戦闘前提の学科が存在するくらいだ。

 学内での魔法競技は、どの学科においても必修科目であるし、多くの魔法士見習いがそれを楽しみに、学業に専念している。

 また、日本に六校ある魔法学府が、一年に一回集まってのインターハイは、世界中から注目されるイベントである。



 気が付くと、歓声の様子が変化した。試合の決着が付いたようだ。


 競技場に、二人の選手が姿を現す。霊子庭園の展開が解け、生身の選手が帰還したのだ。霊子庭園内で負った傷は現実界にはほとんど反映されない。多少の精神や肉体への疲労といったフィードバックはあるものの、死亡するようなことはまずない。

 第四試合が終わり、昼休憩を挟んだ後、第五試合が行われる。今日は地区予選の決勝まで行われる予定だから、長丁場だ。


「やー。やっぱ間近で見るとすげぇな。魔力の残滓みたいなのも飛んでくるし、すげぇ臨場感あるぜ。なあ、姫宮?」

「う、うん。すごかった。まだ、ビリビリしてる」


 おもいっきり背伸びして、楽しそうに話を振るレオに、ハルノが興奮を隠し切れない様子で、手を強く握りこんで答える。ふたりとも、存分に満喫しているようだった。

 ある程度実力が均衡している試合は、やはり盛り上がる。

 他の観客たちも、興奮を抑えきれないように口々に感想を言い合っている。

 その熱が覚めないうちに、レオはパンフレットを取り出して、次の試合を確認する。


「午後はどの試合見るよ? 俺的には、Bブロックのこの選手がすげぇ気になるんだけど」

「レオ、気が早い。とりあえず昼食にしよう。早めに場所取りしないと、食いっぱぐれる」

「それもそうか。よーし、じゃあ飯だ!」


 三人連れ立って、競技会場に出ている出店や飲食店を見て回る。

 三万人収容可能な巨大スタジアムは、気を抜いたら人混みにまぎれて迷ってしまいそうなほど広大だ。


 建物内には、いたるところに屋内ディスプレイがあり、そこでは先程までの試合のハイライト映像が流れている。同時間に行われている他の試合は見ることができていないため、つい見入ってしまう観客たちも多い。


 そんな中、一人、気になる少女の姿があった。


 気になって、立ち止まってしまう。


 ディスプレイを食い入るように見ているその少女は、休日だというのにセーラー服姿だ。

 年の頃は中学生くらいだろうか。ショートカットの髪型と、子供っぽいリボンが年齢を幼く見せている。

 そこまでは至って普通の少女なのだが、ひとつ異質なのが、彼女の身体はプカプカと浮遊していた。


(ん? ……あの子、ファントムか)


 霊子生体ファントム。


 かつて亡霊や精霊と呼ばれた存在の総称であり、明確な自我を持つ存在のことを指す魔法用語である。

 一世紀ほど前からその存在が定義され、先の戦争においては中心に立っていた、生命の上位存在と言われている。


 現代においてはファントムにも一定の人権が認められており、こうして公共の場でもちらほらと見かけているのだが、その多くは生きた人間と共に行動している。

 ファントムたちが現実世界に干渉するためには、多くの場合が生身の人間の力が必要となるからだ。

 見たところ、相方となる人間の姿も見えないため、珍しいと思った。


 少女は、穴が空く程にじっと画面を見つめている。


 繰り返し移される試合風景。魔法士たちが技と技を競い合い、意地を張り、しのぎを削るその姿を、一時も見逃さぬように。


 その必死な様子は、あまりにも一途で、目を離せない。

 なぜだか、目が離せないのだった。


「どうしたの? 久能くん」


 ハッと、声をかけられて我に返った。

 立ち止まっていたシオンを不審に思ったのか、ハルノが近づいて袖を引っ張っていた。


「悪い、ぼうっとしてた」

「そ、それなら、いいけど」


 気弱そうに言う彼女を安心させるように頷くと、待ってくれているレオの元に急いだ。


 最後にちらりと後ろを振り返ると、そこには、まだファントムの少女が、試合映像を見つめている姿があった。




  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る