突然の雨とつかの間の少年


傘を持たずに家を出てきた

雨の予報が出ていると知ったのは

大粒の雨に打たれてからだった


ズボンの裾がしっとりと濡れ

重く冷たい布が脚に張り付く

駅へ向かう一歩は重く、

それでも足早に歩かねばならない


ずぶ濡れのホームには僕と同じような

雨に打たれた少年が立っていた

しっとりと濡れた黒髪の後ろ姿は

もういないはずの華奢な背中で、



僕は雨、君が突然に帰ってきて

大粒の雨にまぎれて、あの空から

またここへ帰ってきたのかと思って

思わず声を掛けようとしたんだ


けど、僕が一歩踏み出すと彼は振り返り

僕の夢想した奇蹟は消え去ってしまった

少年は美しい横顔をしていたが、

その眼差しは君とは違っていた



少年は僕と反対の電車に乗って

そのまま、遠くへ去って行った

遠くの線路に霞んで灯る、

信号が赤から青に変わった



さようなら、つかの間の少年よ

僕はほんとうの君を知りたくなかった

君を知らないでいるもどかしい時は

知ってしまったいま、もう戻らない


あのたのしい高鳴りのもどかしさは

振り返ってしまわない君の背中は

雨、君の眼差しさえ幻視してみせ、

どんな美しい想像も抱かせてくれて

君が振り返ってしまわないことが

残酷な僕にとっての幸福だった



列車に乗り、彼方へと去った少年よ

僕はつかの間の君と決別する



僕は全身を雨に打たれて

いつしかシャツの袖さえ濡れて

ずぶ濡れのホームに立ち尽くしたまま

少年の消えた線路の先を見つめていた

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