素足に風を感じ、いつか海を渡れ


軋む音を立て過ぎ去ってゆく八月を

僕はただ見送りながら手を振るしかなかった


青色に暗転してゆく波打ち際に埋もれながら

波の音は渇き恐ろしく渦巻いていた


自身を形づくる砂像が内側から崩壊していったとき

君はまだもろい外殻を必死で固めようとするのか


砂時計の最後の一粒が奈落に消えようとするとき

君はまだからっぽの空間に結ぶ虚像を夢見るか




暗転する砂浜には水飛沫が散っている

空から霧雨が揺れながら降りてくる


その交ざりあう二種類の水の間で

僕は波打ち際に転がる砂の玉を数えていた


いつか記憶の中の少年がそうしたように

濃度1%の塩水を吸った砂の玉は

そっと指先にのせれば適度な重さを持つ



しかし少年よ、君は永遠でないのならば

零れた塩水を吸った砂の玉を、その細い指先で砕いてしまえ


僕は君と波間を思い出すために

化石みたいな胡桃をふたつ拾って

ポケットに入れて持って帰ろう

宇宙船みたいな殻に閉じ込めた

いつか君の記憶が崩れ去る日まで

もろい砂像が揮発してしまうまで

ポケットの胡桃を小さく鳴らそう




少年よ、永遠に美しい追憶の少年よ、

現実の彼が去ってゆくその夜に、

彼方へと走り出し、いつか火花を散らせ


少年よ、そして燃えながら崩れてゆく砂の像よ、

肺を満たす社会に溺れながら、

素足に風を感じ、いつか海を渡れ

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