Takeout8:『笑顔の魔法』

 あの戦いから三日が過ぎた。

 忍冬の張った『守護結界バリアフィールド』のおかげで、帰還者リターナー達は事件後のゴタゴタに巻き込まれる事もなく、その場を撤収できた。

 ある程度休んで能力を再度使えるようになった柳の回復能力により、大怪我を負った皆は後遺症の心配も、入院する必要もなく。

 それぞれ元の生活……異世界ではなく、この世界の日常へと戻っていった。

 もっとも、戦いに参加したメンバーは我こそが最強だなんて自負はすっかり消失し、必要以上の戦闘は控える方針へと変わっていたが。

 兎にも角にも、一件落着。めでたしめでたしと言った所だった――


 ――あれから、レンがアザミに会っていない事を除けば。

 







 Takeout8:『笑顔の魔法』








 「……で? あざみんは?」

 服の下に湿布をありったけ貼り付けた椚はカウンターに肘をついて、レンにじとっとした目を向けた。

 店内の床にはブルーシートが敷いてあり、割れっぱなしの窓にはダンボールで補修してある。

 未だ商店街の多くは復興作業中だと言うのに、椚はいち早く営業を開始していた。

 『辛い時こそだんごを食え。うまいぞ』

 と、午前中は半ば押し売りに近い形でだんごを売り歩き、午後は店で学生を相手にしていた。

 こういう時こそ儲けないとな。そう得意気に言う椚のたくましさがレンにとって憧れる一因である。

 「……ずっと、家に引きこもりっぱなしなんですよ。携帯に電話しても出なくて」

 店に入った瞬間1ダースのだんごを出された時は流石に驚いたが、レンはくいくいと顎をしゃくる椚の圧力に負けて食べ始めた。惚れた弱みである。

 「怪我とかしたわけじゃないんだろ? 心当たりはあるの?」

 紫煙をぷはーと吐く椚に、レンは頷いた。

 「はい……もしかしたら、知られたくない一面を見てしまったのかもしれません」




 覇王樹を文字通り一蹴したアザミは、レンの目を見て我に返ったようだった。

 「あ……」

 アザミは目を赤くしたまま、何かに気付いたような顔をして、すぐに恐怖している表情へと変わった。

 レンは自分がどんな顔をしているのかわからなかった。少なくとも、笑顔ではないだろう。

 「っ……」

 そしてレンが何か言うより先に、その場を逃げ出してしまった。

 何を言えばいいのか、どうすればいいのか。考えている間に、去ってしまったのだ。

 それっきり、アザミとは会えていない。




 「あざみんの知られたくない一面なー。まあ、色々抱えてる子だとは思ってたけど」

 女の勘と言うべきか、椚は何かしらアザミの闇を感じ取っている様子であった。

 「俺の弱さが、あいつにトラウマを思い出させてしまったんです。それで、ちょっと」

 「いや、それでちょっとじゃねぇよタコ」

 眉に皺を寄せに寄せた椚がレンの口にだんごを突っ込む。

 「むぐっ……」

 「要するに全責任はおめーにあるんだろ。こんなとこでだんご食ってねーでとっとと謝ってこい。それと気にしてないって言って抱きしめてこい。んで掘られてこい。めでたく懐妊してこい」

 「ツッコミどころが多すぎます椚さん。アザミがいないからって飛ばし過ぎです」

 「ぐだぐだ言ってねーで走れ! あんな気弱で泣き虫な子を三日も放置しやがって、金玉付いてんのか!! あざみんはずっと泣いてるに決まってるだろ!!

 お前以外に――誰が慰められるんだよ!!」

 「……!」

 

 言われて、気付いた。

 あいつは気弱で臆病で、嫌な事は一人で抱え込んで、耐えようとして、耐え切れなくて……

 ……今も、泣いているはずだ。

 あの光景を目にして、勘違いしていたんだ。

 アザミは力を持っているだけ。どうしようもなく弱い、ただの泣き虫だ。

 だから、俺が守らなければならない。

 とても……とても大事な、存在だから。


 「……行ってきます」

 「おう。だんご持ってけ、あざみんの好きな草だんごだ」

 そう言って、椚は惣菜容器にだんごを詰め込んで袋に入れる。

 ついでにごそごそと、レジの下の方に入れてあった小さな手紙も挟んだ。

 「ありがとうございます。じゃ……」

 店を出ようとしたレン。だが襟首は彼女にがっしりと掴まれていた。

 あれ今無敵チート切ってたっけと振り向いて見えたのは、彼女の『営業スマイル』である。

 

 「金」




 

 15本分のだんご代を支払い軽くなった財布をポケットに突っ込みながら、レンはアザミの家への道を走り抜けた。

 (道行く人の目なんて知ったことか)

 無敵チート全開。全盛期ならひとっ飛びだったが、今では少しだけ高く跳べるだけだ。

 (今行くからな、アザミ)

 地面を蹴り、ガードレールを踏み、歩道橋を側面から駆け上り、標識へ乗り、空へと跳ぶ。

 (お前の涙を拭うのは、いつだって俺の役目だった。

 だから、また今回も――)

 沈みかけの夕日に、魔術師の影が重なった。

 

 

 「アザミ、いるんだろ」

 アザミの家に上がったレンは、ドアを隔てて彼に問いかけた。

 あざみ、と可愛らしい文字の札が掛かったドア。鍵は閉まっている。

 「…………レンくん……」

 しばしの沈黙の後、すすり泣くような声が僅かに聞こえる。

 アザミのことだ。きっとあれから飽きもせず、ずっと泣き続けていたのだろう。

 「だんご貰ってきたんだ。一緒に食おうぜ」

 明るくそう言うが、扉の鍵は開かれない。

 「……レンくんは、ボクの事が……怖くないの?」

 こわごわと、アザミは尋ねた。

 「ボクはね、数えきれないほどの人を殺してきたんだ……誰でも、何でも……全部この手で殴って、潰して、壊して……殺した。ボクは、ば、化け物なんだよ……」

 全てを諦めたような、か細い声。

 アザミは、レンに恐れられることを酷く恐怖していた。

 世界で一番大好きな、戦ってでも守りたい存在に。

 拒絶された事を考えたら、生きることに絶望してしまいそうだった。

 「……はぁ。馬鹿か、お前は」

 それを聞いたレンは、解錠アンロックの魔法を小声で唱えた。

 がちゃり、といとも簡単に二人を分かつ境界は無くなる。

 パジャマ姿で、膝を抱えた、女の子にしか見えない少年がちょこんと座って、俯きながら鼻を啜っている。

 

 「レン……くん……?」

 「どこに化け物がいるんだよ」

 

 怖いはずがない。

 ここにいるのはアザミだ。

 戦う事を考えただけで泣き始めてしまうけど。

 大切なものを守るために、震えながら立ち向かうことができる。

 可哀想なくらい弱くて、ほんの少しだけ強い。

 唯一無二の、親友だ。

 

 「助けてくれてありがとな。

 俺ももう少しだけ強くなるよ。

 お前が戦わなくていいように、さ」


 小さな体躯。いい匂いのするそれを、ぎゅっと抱きしめる。



 「あ――」

 その温もり。六年前と同じ、あの感覚。

 アザミは、思い出した。

 彼は……レンは、異世界なんて行かなくても。炎なんて出せなくても。

 あの日から、ずっと魔法使いだったのだ。

 もう戦わなくていいと教えてくれた。

 笑顔の魔法をかけてくれた。

 アザミにとって、彼こそが無敵で、最高で、誰よりも一番かっこいい英雄であった。


 「ありがとう……! ありがとう……!!

 大好きだよ、レンくん……!!」



 どうしたって泣いてしまうんだから、仕方ない奴だ。

 レンはアザミの涙を指で拭い、彼に笑顔を返した。

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