Takeout7:『アンドロメダまで飛んでいけ』

 ひどく簡潔に説明するなら、そこは地獄だった。

 

 アザミがそこに行ったのは六年前……当時十歳の事である。

 階段から落ちて頭を打ち、意識を失ったアザミが目覚めたのは、見渡す限りの暗い世界だった。

 空の黒は、赤系統の絵の具を何十種類も混ぜ合わせたような、毒々しく濃い錆色。

 彼にとって不幸だったのは、異世界に行ったと言う事……それ自体ではなく。

 『その異世界の神が、既に殺害された後だった』事だった。

 《グゥエィズィ・リーヴァ邪悪なるもの》。

 遥か『上』の単一存在(過去にも未来にも平行世界にも他次元にもいないもの)の一つが、戯れに降りてきてあっさりと神を喰い散らかし、創造の力を奪い、世界を創った。

 

 『そう言えば』

 『サンドバッグが欲しかった』

 『こんなゴミ未満の《創造》じゃ』

 『何造ってもすぐに壊れてしまう』

 『折角だから何かを育成しよう』

 『どうせならとても弱くて』

 『戦うことが嫌いなもので』

 『そっちの方が面白いし』

 『暇も潰せる』


 《邪悪なるもの》は早速箱庭を仕立てて、獲物を待った。

 ちょっとでも強そうなものが落ちてきたら、すぐに潰して捨てる。

 そうしてそのうち、見るからに弱そうなのが現れた。

 男の癖に、力強さという言葉からかけ離れた小動物のような少年。

 『これでいいや』

 《これ》に選ばれたアザミより不幸なものは、どこにもいなかった。

 いつの時代にも、どの世界にも、存在しないだろう。

 


 突如不気味で趣味の悪い空間に放り出され、不安そうにきょろきょろと辺りを見回すアザミに《邪悪なるもの》は姿を隠し、声だけで説明を開始した。

 声、と言うよりは音と言った方が正確だった。ノイズそのものが喋ってるような不快な、しかしはっきりと聞こえる音だった。


 『ようこそ白樺薊』

 『ここで君はひたすら敵を殺すんだ』

 『君に与えられた』

 『えーとなんだっけ』

 『そうそう無敵チートだ』

 『無敵チートは二つ』

 『《無限再生》と』

 『《正気を保ち続ける精神》』

 『そういうわけで何度でも死ねるし』

 『存在そのものが無かったことにされても』

 『いとも簡単に復活するから』

 『安心して死んでくれ』

 『何度でも』

 『何度でも』


 「え……? 何、殺す……死ぬ……? ここは、どこ……?」

 困惑するアザミの前に、最初の敵が現れる。

 身長二メートル、体重は恐らく百キロを軽く超えるような大男だった。

 戦闘能力の差は、単なる大人と子供以上にある。

 「おじさん、誰?」

 アザミがそう言うより早く、その男の拳がアザミの顔面に突き刺さった。

 それこそハンマーで殴られたような衝撃に、アザミの思考は一発で飛んだ。

 ふっ飛ばされ、あまりの痛みに声すら上げられない所に腹を力の限り踏みつけられた。

 身体の中から、果実が潰れたような嫌な音がする。呼吸も出来なかった。内蔵が潰されたのだ。

 壮絶な痛みとそれをも上回る苦しさの中で、アザミは首を掴まれたのがどうにかわかった。

 次の瞬間には頭の中を鈍い音……首をへし折られた音で支配され。

 かくしてアザミは、最初の死を迎えた。


 『本当に弱いんだ』

 『これはなかなか見応えがありそうだ』


 そして、初めての復活。

 ぐちゃぐちゃになった身体が、まるで夢でも見ていたかのように綺麗に再生されていた。

 しかし、夢ではない事がすぐにわかった。今自分を殺した男が、再び自分を殺害せんとこちらに向かってきていたからだ。

 拳を振り上げることもラリアットを回避することもできずに、アザミは泣いた。

 彼に喧嘩の経験はなく。戦うと言う選択肢自体が頭に無かった。

 「やめて、下さ……」

 命乞いは届かず。

 「お母さん……お父さん……!」

 祈りは誰にも聞こえず。

 「助けて…………レン……くん……」

 背骨を真っ二つに折られて、無抵抗のまま二度目の死を迎える。


 アザミが初めて目の前の敵に立ち向かう意志を見せたのは、実に68回死んでからのことだった。

 戦って、勝たなければこの地獄は終わらない。

 そう理解したアザミは、泣きながら手を握りしめた。

 親指を四本の指の中にしまった、出来損ないの拳。

 脇をしめず腰も入ってない、へなへなとしたパンチ。

 それは敵に命中した。いや、敵の方から当たりにきていた。

 そんなダメージにもならないものを避ける必要もないし、隙としては十分過ぎたからだ。

 アザミは本物の拳、自分の体重の十倍近い威力のストレートを鼻先に喰らい、頭蓋骨を骨折して動きを止めた所を追撃のアッパーで顎をへし折られ、ショックで死亡した。

 

 『可哀想なくらい弱い』

 『成長も遅い』

 『面白いなぁ』 


 335回目のチャレンジにして、ようやくアザミは敵にほんの僅かなダメージを与える。

 1416回目で、やっとまともに戦えるようになった。

 何千回も同じパンチを食らえば、少しは覚えるようになる。

 そして相手の動きも、どうにか見えるようにはなってきた。

 だが、身体能力の差は簡単には埋まらなかった。

 ほんの少しずつ。蛞蝓が這うような早さでアザミは成長していく。

 5905回目にして、ようやく互角の攻防が可能となった。

 能力は到底追い付いていなかったが、パターンをあらかた暗記したのだ。

 そして5934回死んだ所でようやく、敵を地面に伏す事ができた。

 喉。金的。足指。

 鍛えても弱点はある。アザミは避けながらも、的確にそこを狙ってダメージを蓄積し、どうにかダウンを取った。

 「倒した……」

 奇妙な感慨があった。

 戦いは嫌だったし、何度も殺されるのはもはや言葉に出来ない苦痛だった。

 でも、やっと倒すことができたのだ。

 これで――


 『何やってるの?』

 『殺さないと次行けないよ』


 「……え」

 そんなことは考えてなかった。

 いや、無意識の内に考えないようにしていた。

 幾度と無く殺され続けているのに、相手が憎いはずなのに。

 アザミは止めを指すことを、拒んでいた。

 「だってもう……あの人、戦えないよ……」

 

 『いやいや』

 『そんなことないよ』

 『一応ここ僕の世界だし』

 

 《邪悪なるもの》の声と同時に、敵の男が立ち上がった。

 

 『殺せなければ殺されるだけさ』

 『永遠にね』

 

 男はアザミに突進し、押し倒してマウントポジションを取った。

 倒れる前より、明らかにパワーアップしている。

 どうしていいのかわからないまま、アザミは顔面に降り注ぐ拳の嵐を受け続けた。 

 

 それから2000戦ほど、アザミは結局敵に止めを刺すことができずじまいだった。

 最後の最後で、手が動かない。相手の気持ちを考えてしまう。

 殺されるのは嫌だ。慣れるはずもなかった。

 でも、殺すのはもっと嫌だった。

 自分の手が汚れるのも嫌だったが、それ以上に。

 相手に死の苦痛と恐怖を与えるのが嫌だった。

 それがどれだけ辛い事かは、自分が一番良く知っている。


 『強情だなぁ』

 『じゃあこうしよう』

 『次に止めを拒否したら』

 『君の親しい人を一人ずつ呼んで』

 『目の前で殺す』

 『いやそれよりも』

 『拷問とかの方がいいかな』

 『君が拒否する毎に一本』

 『身体を杭で貫くとかさ』


 「そん……な……!」

 それは、アザミにとって自分が死ぬことより遥かに苦痛だった。

 誰よりも優しく、平和を愛する、気弱で繊細な少年にとって。

 何よりも、あってはいけないことだった。


 『5』

 考えただけで、死んでしまいそうになった。

 『4』

 嫌だ。ここを出たら、お母さんにもお父さんにも会えるんだ。

 『3』

 みんな死んじゃったら……僕はもう、本当に……立ち上がれなくなる。

 『2』

 レンくんとも、遊べなくなっちゃう……。

 『1』

 僕は、僕は――






 『0』








 『と言いたい所だけと』

 『何とか間に合ったね』

 『おめでとうアザミ』

 『君は今はじめて』

 『自分の意志で』

 『人を殺した』


 

 手の中で命が消える感触を得たアザミは、泣いた。

 苦痛と恐怖と歓喜と安堵と喪失と憎悪と哀願と、多くの感情がせめぎ合って涙を流し続けた。

 8020回殺されて、267日戦い続けた末の、一勝。

 だが。

 彼はまだ地獄の入り口にすら、立っていなかった。


 『こんなところで大泣きされても』

 『君はあまりに弱すぎる』

 『さあ』

 『次の相手だ』

 『存分に死ぬといい』


 そしてアザミは、目の前の敵と戦い続ける。

 それこそ永遠とも言える時間――《邪悪なるもの》の尺度に合わせられた、想像も出来ないほどの年月を。

 一人、または一体、あるいは一柱、もしくはひとつを殺す間に。

 何回も殺された。

 何十回も。

 何百回も。

 何千回も。

 何万回も。

 何億回も。

 何兆回も――

 ありとあらゆる方法で、殺され続けた。

 だが、アザミは最後には勝った。

 虫が這うような速度で、しかし確実に少しづつ強くなり続け、追いついて、追い越し続けた。

 だが。

 アザミの心は、ずっと弱いままだった。

 殺されることに慣れることはなく。

 殺すことに慣れることは、それ以上になかった。

 それでもアザミは戦い続けた。

 泣きながら。

 

 『一つの宇宙が生まれてから滅びるまでの時間を』

 『1オービタルと言うんだけど』

 『そろそろグーゴルプレックスオービタルだね』

 『強くなった実感はあるかい?』


 「……知らない」

 ありとあらゆる敵を滅してきたアザミ。

 その細腕から振るわれる一撃は、もはや理と不条理を貫く槍である。

 

 『そろそろ敵役もネタ切れでさ』

 『創造能力も』

 『カスみたいな神のだから』

 『なんかいまいちいいの作れないし』

 『アザミも最初に比べれば』

 『そこそこ強くなったから』

 『僕とやろうか』


 そこでようやく、《邪悪なるもの》が姿を表した。

 九百九十九本の黒い手を背中から自由に出し入れし、四十四対の羽根を生やして空を飛び、七つの目が全身を這うように動き回っている、常人から見ればおぞましい化け物の姿をしていた。

 大きさは意外にも人間より大きい程度で、アザミの前に降り立つ。

 「……」

 化け物じみた敵なら、星の数よりずっと多く見てきた。

 それこそ星のように大きいのも。宇宙よりも広大なのも。

 それらより遥かに小さいのに。アザミには彼を倒せる気がまるでしなかった。

 

 『僕を倒せば』

 『この異世界ともおさらばだ』

 『やるかい?』

 『アザミ』


 アザミはゆっくりと頷いた。

 長い長い戦いの、あまりにも長い最後の戦いが始まった。



 《邪悪なるもの》。

 それは全知でも無ければ全能からも程遠い。遥か格下の神が使える創造能力も、奪わないと使用できなかった。

 運命改変、因果律操作能力も無い。時間操作も戦闘用ではないし、空間操作もあるにはあるが、これまでアザミが殺してきた神々と比べれば遊びのようなものだった。

 瞬間再生能力も無限復活能力も無い。視界に入れただけで全てを消せる拒絶リジェクションも持ってなかった。

 アザミを上回る成長能力も無い。触れた敵の強さを吸収する能力も、相対する敵の強さをリセットする能力も、敵の能力をコピーしてそれを上回る能力もない。

 途方もないほどの超々上位次元から一方的に攻撃してくる事もなければ、時空そのものを握りつぶすこともできないし、存在しないから攻撃のしようがないなんてこともない。

 正確に言えば能力など持とうと思えばいくらでも持てるが、そんなもの余計な重りデッドウェイトにしかならないだろう。

 

 当然だ。

 など、例え持っていても何の意味もない。

 ただ。

 ただひたすらに、それは強大だった。

 ありとあらゆる理不尽で馬鹿げた力に打ち勝ってきたアザミに、勝機は全く無かった。

 アザミは彼との戦いの中で、見違えるほど強くなった。

 これまで比例的に上がっていた力が、指数関数的に上昇していった。

 が。

 どれだけ成長しても、勝率はきっかり0%である。

 《邪悪なるもの》に、負けるつもりは毛頭なかった。



 『蟻だって鍛えれば』

 『象に勝てるかもしれない』

 『でも』

 『ただ目の前の敵と』

 『戦うことしかしてない蟻に』

 『因数分解を理解することはできない』

 『強さのね』

 『質が違うんだよ』



 《邪悪なるもの》に、負けるつもりは毛頭無かった。


 『どーん』


 ビッグバンの光に包まれてももはや瞬きすらしないアザミが、遊びで放った72本の拳撃を浴びて軽く蒸発した。

 

 『なんだ全然だなぁ』

 『サンドバッグなんだから』

 『もうちょい気合入れてよ』


 言葉とは裏腹に、《邪悪なるもの》は楽しげだった。

 彼の暇つぶしは、これから始まる。



 アザミが異世界にいた時間の、大半は《邪悪なるもの》と戦っていた。

 正確に言うなら、《邪悪なるもの》に殺されていた割合がほとんどを占めていた。100%に限りなく近い。

 少し時間をかけて作り上げた玩具である。アザミはそこそこの間、なぶられ続けた。

 《邪悪なるもの》にとっての『そこそこの間』とは、人間には理解が及ばない永劫であったが。

 

 『覚えておくといい』

 『全知全能とか』

 『絶対無敵とか』

 『宇宙何個分の大きさとか』

 『無限の無限乗の次元とか』

 『概念そのものを覆す力とか』

 『極端な事言っちゃえば』

 『強いとか弱いとか』

 『そんなものは言葉でしかない』 


 ともあれ、アザミは死んだ。

 死にすぎる程に、死んだ。

 勝つ事は、不可能だ。

 そう悟ったアザミの心には、もう何も無かった。

 元いた世界に何があったのかも思い出せない。

 親しい顔の何一つも覚えていない。


 (だから、向こうに戻れないんだ。これに、勝てないんだ)


 アザミはついに、思考を放棄し、意識を手放す。正気を完全に失ってしまった。 別世界のアザミから生命を調達していた《無限再生》の能力が、本人の残機……アザミの存在がとなっても強制的に発動させられていたため、《正気を保ち続ける精神》の能力の方がついに擦り切れた。

 その結果、彼の身体に……と言うより存在に、不具合が発生した。

 体の細胞が。それを構成する原子が。それより細かい原子核が。それより小さい素粒子。それより小さいものが。

 蠢き、捩れ、解合し、全て変質して全く新しいものへと性質を変える。

 あくまで『強くなりすぎた人間』だったアザミが、『かつて人間だったもの』……純正ではないへと変異し。

 『アザミ』はアザミでなくなった。

 姿形は同じでありながら、変異してしまった『アザミ』が《邪悪なるもの》に勝利する確率は。

 0%では、ない。


 『なるほど』

 『そんなことも起こるんだ』


 もはや思考をしない『アザミ』の、一番最初に覚えたパンチが。

 幾億と使った、身体が覚えている正拳突きが。

 《邪悪なるもの》の腹部を、貫通していた。

 


 アザミが『アザミ』に変異していた時間は、ほんの僅かだった。

 『アザミ』がアザミに戻った時、《邪悪なるもの》がそこに倒れていた。

 何があったのかは全くわからない。 

 気がつけば、勝利していた。


 『この終わりは予想外だったね』

 『飽きてポイするとばかり』

 『思ってたんだけどな』


 むしろ嬉しそうに、彼は語りかけた。

 

 『さあアザミ』

 『僕に止めを刺せば終わりだ』

 『元の世界に戻れる』


 憎い相手だった。

 もはや恨み言を並べるのも苦痛なほど、弄ばれてきた。

 それでも。

 アザミは彼に、止めを刺すことを良しとしなかった。


 「……ひっく……うう……」

 その涙は、確かに終わりに対する安堵と喜びの涙である。

 同時に、《邪悪なるもの》が滅びる事に対し。

 『痛いよね』『怖いよね』『ごめんなさい』

 そう思いながら、アザミは彼の前にしゃがみ込んだ。


 『前から思ってたけど』

 『アザミって優しいを通り越して』

 『バカの領域だよね』

 『僕もまさか』

 『こんなに弱い奴に負けるとは』

 『皮肉なものだね』


 いつだってアザミは泣いていた。

 痛みに耐えて、耐え切れず涙を流していた。

 自分の痛み。

 他人の痛み。

 《邪悪なるもの》の心臓を止める時まで。

 彼の痛みを感じて、アザミは泣いていた。

 

 「さようなら」

 『さようなら』

 

 《邪悪なるもの》の死と同時に異世界は崩れ去り、アザミの意識も光に溶けていった――






 目を覚ました時。

 アザミが最初に見たのは、男の子の姿だった。

 いつも以上に殺したくない相手だが、迷いを振りきって彼の息の根を止めようとして――

 「アザミ!」

 その懐かしい声を聞いて、思考が止まった瞬間。温かい感触が、身体を包んだ。

 「やっと起きたんだな! 心配したんだぞ、この!」

 ずっと戦ってきた。

 自分のことを心配してくれる相手なんて、いなかった。

 目の前にいるのは、殺さなければ殺される恐ろしい敵ばかりだった。

 「キミは……敵じゃ、ないの……?」

 震える声に、少年は答える。

 「なーにわけのわかんねぇこと言ってるんだよ! 俺だよ、レン! お前の友達だろ!?」

 「レ……ン……」

 そこでようやく、記憶を取り戻した。

 遠い昔、遥かな昔。

 一緒に遊んだ、親友の事を。

 戦わなくて良かった、あの日々の事を。

 「レンくん……レンくん……!」

 「うわっ、何泣いてるんだよアザミ? どっか痛いのか?」

 思い出せた親友の身体を、自分を戦うだけの存在からただの少年に戻してくれた大好きな人を。

 壊れないように抱きしめながら、ずっと嗚咽し続けた。

 《邪悪なるもの》すら退けた無敵の存在は。

 もう戦わなくていい事に安堵し、干からびるくらいに、ずっと泣いていた。










 Takeout7:『アンドロメダまで飛んでいけ』










 「確率操作能力なんて、ボクには無い……」

 アザミはゆっくりと、覇王樹に向かって歩みを進める。

 ただ、それに対抗できる身体だと言うだけで、自分から操る事は不可能だ。

 「……では何故だ、何故効かん……!」

 常識の外にあるアザミの能力に、覇王樹の理解は追いつかなかった。

 アザミは吐き気すら催すほどの気持ち悪さの中を、一歩一歩進んでいく。

 「例え50億分の1でも……50兆分の1でも……負けたりしない……

 お前なんかより強い相手は、いくらでも倒してきたんだ……!」

 「まさか……」

 忍冬はその台詞に寒気を覚え、アザミのデータを閲覧しようとした。


 『Unknown』

 『Unknown』

 『Unknown』

 『Unknown』

 『Unknown』――


 「……やはり……でも……そんな事が……!」

 アザミの性別が不明になっていた理由を、忍冬は深く考えていなかった。

 TPが三割しかないから、きっと『レベルが違いすぎる相手は非表示になってしまう』のだろう、と。

 それは正しかったが、彼の予測とは全くの逆であった。

 アザミは、他の帰還者リターナーとはTPを考慮した上でレベルの差がありすぎる。

 ただの人間と帰還者リターナーの差、などとは比べるべくもない。

 比喩でも何でもなく。

 次元が、違いすぎるのだ。



 『空間切断ソラキリ』。

 『暁ノ炎龍サラマンダー』。

 『神形拳ゴッドハンド』。

 『虚実反転リアライズ』。

 『怨夥螺亡畏呪詛おわらないうた』。

 『八百万夜行カーテンコール』。

 覇王樹の100%の無敵チート

 どれか一つだけでも文明を破壊するのに十分過ぎる攻撃は、アザミに全く通用しない。

 「馬鹿な、何故だ、そんな、貴様は、いったい……!!!」

 通用などするはずがなかった。

 アザミは覇王樹の攻撃を正面に受けながら前進し続け、射程内に入ったと同時に、荒く息を吐き出した。



 「ふっ」



 瞬間。

 覇王樹の姿は、綺麗さっぱり消失していた。

 誰の目にも、全く映らない。

 彼がどうなったかは、戦いが終わって尚泣き続けるアザミの台詞から推測するしか無かった。

 



 「次に、また街を壊して……みんなを傷つけて……レンくんをボクから奪いに来たら……

 今度は外宇宙まで、蹴り飛ばしてやる……っ!!」

 



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