Takeout3:『NKN(ニート剣聖ニート)』

 「――《黄昏の剣聖》と言えばあっちの世界じゃそこそこ有名なSAMURAIだったでござるが――こっちの世界では、まぁ――通りすがりのおせっかいな自由人ってところでござる――」

 身も蓋もない言い方をすればニートである。

 よくわからないが異常事態だと挙動不審気味に逃げ出したチンピラ二人を尻目に、呉竹は竹刀をくるくると回して袋に仕舞った。

 「おいてめぇ、アザミから離れろッ……!」

 相手のTPを確認したレンは焦りと苛立ちを抑えながら二人に近づく。

 「――む」

 二人の視線が交錯する。

 呼応するように、アザミのTPも視えた。


 

 『Takeout-Percentage:0.5』

 『Takeout-Percentage:1.05』

 『Takeout-Percentage:0.000000002』



 「――ほう、お嬢さんも――それとそこな愚鈍NOROMA帰還者リターナーでござるか――ふっ――知り合いならもっと早く駆けつけるでござる――」

 (この人絶対リターナーって自分で考えたな……)

 嘲るような薄ら笑いを浮かべる呉竹。明らかに、レンのTPが劣っていることを見下している様子であった。

 「お前が余計な茶々を入れなければ、俺が適当に追い払ってたに決まってんだろ。とっとと帰りなデブニート」

 「――はっ――口の聞き方がなってないでござるね――まさか自分が世界で一番強いとでも思っているのでござるか――?」

 「……んだと……?」

 「ちょ、ちょっと二人共……!?」

 アザミを脇に、バチバチと火花を散らすレンと呉竹。

 当然だ。自分こそが最強の世界で戦ってきた二人が、お互いを気に入るはずがない。頂点は、常に一人しかいないのだから。

 まさしく一触即発の雰囲気。レンは心の中で詠唱を開始しながら言い放った。

 「てめぇこそ、TPが上回ってるくらいで勝ったつもりか? いくら数が大きくても、元々がヘボじゃただのカスだぜ」

 (今こそ暗き世界を……我があかで照らさん!)

 目が真紅に染まる。それを呉竹は――

 「――なるほど――これは少々痛い目を見ないとわからないようでござるな――まあ――未熟者HIYOKKOに世間の厳しさを教えてあげるのも強者のつとめと言うものでござる――

 

 ――とくと見るがいい――剣聖の力――そのの一端を――!」


 ――宣戦布告と、受け取った。

 





 Takeout3:『NKN(ニート剣聖ニート)』





 

 構える隙も無く、呉竹が一呼吸に間合いを詰める。

 初撃は、牽制気味の胴。

 竹刀による横一文字の斬撃。いや、小手調べの打撃と言ったほうが正しい。

 北極熊を悶絶させる程度にしか力を込めてない、軽い一手だった。

 「舐めんなッ!」

 魔法で防ぐまでもない。一歩踏み込んで打点ヒットポイントをずらし、腕で防御しながら腹に掌底を当てる。

 「暴風掌ハンズオブストーム!」

 手を当てたものを爆風に晒す、近接魔法である。

 100%のレンが使えば山と言わず城と言わず跡形もなく破壊できるが、今のレンには車を横転させるので精一杯だった。

 爆熱をその身に受けた呉竹も10mほど吹き飛ぶ。が、浅いのは明白である。

 空中でくるりと回転し、見た目に反した身の軽さで華麗に着地を決めた。

 やや肥満気味の腹をパンパンとはたきながら余裕を見せつける、呉竹。

 「――まさか今のが全力では――ないでござるな――?」

 「そりゃこっちの台詞だ、無職野郎」

 お互いダメージらしいダメージは無かったが、強いて言うならレンの腕が少し痺れていた。

 (……今の直撃してたら多分かなり痛かったでござるね。流石にちょっと舐めすぎてたでござるか)

 (くそ、ありゃ全然余裕こいてやがるな……こっちもまだまだ様子見にせよ、倍のハンデは少しばかりキツいか)

 お互いに、相手の強さを上方修正する。

 厨二病全開の言動の二人だが、一般人程度なら鼻糞をほじるより簡単に殺害することができてしまうのだ。

 加減を間違えてしまえば相手が帰還者リターナーと言えど万一の事態が起こりかねない。

 異世界でも悪党を直接殺めることはせず、魔物相手にしか止めを刺さなかった二人。

 当然、現代社会においては尚更殺せるはずもなく、手探り気味に戦わないといけないのである。

 「ダメだよ二人共! ボクのために争うのはやめてよ!」

 「お前ちょっとそれ言ってみたかったって思ってない?」

 「お、思ってないからね!? とにかくストップ! 人も集まってきちゃうし危ないよ!」

 二人の攻防に殺意が全く無いとわかっていても、アザミはレンが戦う姿を見たくなかった。

 アザミにとってありとあらゆる暴力は、嫌悪と恐怖の対象である。

 暴力を目にした日の夜は、決まって同じ悪夢を見てしまうのだ。

 「――下がっているでござるよお嬢さん――なぁに――すぐにカタがつくでござる――」

 呉竹が言い終わるより早く、レンは遠距離から火の粉パーティクルフレイムを広域に散布し始めた。

 赤の粒子が陽光を浴びて、ダイヤモンド・ダストのように煌めく。

 魔術師対剣士。近い距離での戦闘は敵に軍配が上がるだろう。

 当然、レンが距離を取って攻撃してくることも呉竹が予想しないわけがない。

 (あの中に迂闊に突っ込むのは危険でござる。かと言って距離を保ち続ければ相手のペースに持ち込まれる……ここは……)

 一瞬の判断を経て、呉竹は竹刀の先で円を描くように腕を振るう。

 「――風切の刃」

 剣風によって生み出された渦は小規模の竜巻となり、レンを中心とした火の粉パーティクルフレイムに道を作り上げる。

 同時に、前突。

 (鳩尾に一撃……穴は開かないでござるが、内蔵はしばらく痛むでござるよ!)

 燕を上回る速度で迫る呉竹。だがレンの表情は――

 (……!?)

 ――不敵に笑っていた。



 『Takeout-Percentage:0.65』



 「『点火ファイア』」

 屋外における粉塵爆発を、魔力粒子は可能にさせる。

 確かにその爆発そのものに呉竹は巻き込まれなかった。

 が。彼の左右にある粒子群の一斉爆発に視界は眩み。

 「――くっ――!」

 前方……レンの背後にある濃粒子の爆発は、魔術師を剣士の速度で突進させた。

 「貰ったッ!」

 竹刀を持つ呉竹の手に、レンの右手が重なった。

 暴風掌ハンズオブストーム

 かち上げられる、右腕。衝撃に竹刀はすっぽ抜け、あらぬ方向へと飛び去って行った。

 (これで、終わりだ……)

 呉竹の尻にちょいと強めの火を付けて、彼が慌ててズボンを脱げば勝者と敗者の構図が完成する。

 はず、だった。

 「……!!!」

 それを避けることができたのは、幾多の戦場を渡り歩いてきた直感であった。

 まずい、と言葉が浮かぶよりも早く。

 レンの体は相手の領域から、全力で逃げ出す。

 

 「――舞うでござるよ、『夕鶴』――」

 

 一瞬前の自分だけが、呉竹の左手に出現した野太刀に刈られていた。

 「レンくんっ!」

 大きさに反して波刃が美しく、透き通るような刀。

 『夕鶴』は1%の力で、金剛石を容易く両断する。

 峰打ちによる圧力だけで、周囲一帯を旋風が駆け抜けた。体制が崩れていたレンは踏ん張りが効かず、地面を転がせられる。

 縁石に頭を打ち付ける直前に背筋でジャンプし、立ち上がる。

 「……それが本気モードってわけか。ま、舐めプで調子こいてたら負けました、じゃみっともねぇもんな?」

 (竹刀でも今まで戦ってきた誰よりも苦戦してるってのに、『あれ』は厄介そうな匂いがすげぇな……さーて、どうしたもんか……

 ……ってかTPって戦闘中に上がるもんなのな。危うく点火ファイア失敗するとこだった……)

 「――お主のためでござるよ――竹刀相手に負けたとあれば立ち直れないでござろう――こっちなら言い訳もつくでござる――」

 (確かにTPが強弱を決める絶対の指標ではないでござるな……もっともヤツの場合、単純な地の強さと言うよりは、魔術の幅の広さが厄介でござる……

 ……ってかTPって戦闘中に上がるもんなのでござるね。すげービビったでござる……)

 内心で冷や汗をダラダラと垂らしつつ、軽口を叩き合いながら次の手を探る二人。

 均衡を破ったのは――


 

 「もしもーし! お巡りさんですかー!! 今不審な男性二人がですねー!!! 刀と火を持ちだして大暴れしてましてー!!!!」

 ――デフォルメされた怒り顔で携帯電話に怒鳴りつけるアザミであった。

 (*`□´)←具体的に表すとこんな顔である。


 「――ちょ――!?」

 「……おま、馬鹿、何やって……!?」

 二人がアザミの方を同時に振り向いたのを確認し、アザミは通話を切って二人に叫んだ。

 「ずらかるよ!!」

 「自分で通報しといて……!?」

 「あ、呉竹さん~! さっきは助けて頂いてありがとうございました~~!」

 ギターケースを細腕で豪快に担ぎ、レンの手を尋常ならざる力で引っ張りながら呉竹に笑顔を見せて去っていくアザミ。

 「――ふっ――照れ屋さんでござるね――と――拙者も退散するでござる――流石にポリ相手に真剣PONTOUはマズいでござる――」

 まばらに騒ぎを聞きつけた人がいる中を俯き気味に逃走する呉竹。

 

 『Takeout-Percentage:1.1』

 

 TPが上がっている事に気づくのは、自宅に戻って母親に小言を言われている最中だった。

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