Takeout2:『持ち帰り! そういうのもあるのか』

 「あらそーいはーよくなーいー♪

 へいわーがいちばーんーふふふーんふー♪

 たたかいはーやめようよー♪」

 「……」

 長い髪を左と右で結った、いわゆるツインテールを靡かせて。

 ゴシック・ロリータ染みた短いスカートの衣装を着たアザミがギターを掻き鳴らしながら歌っている。

 こうしていると、誰がどうみたって超と美がつく少女にしか見えない。

 それが過疎気味とは言え駅前で歌ってるものだから、多少は囲まれるのも当然だ。

 誰もまともに聞いてない歌詞を上機嫌で口ずさむアザミと、たまに出没する美少女(に近い何か)をしげしげと見つめる男たち。 

 明らかに適当に弾いてる感じなギターの音色が包む世界を遠巻きに眺めながら、レンは深くため息を吐いた。

 「ファッキン現世」





 Takeout2:『持ち帰り! そういうのもあるのか』




 

 話は一時間前に遡る。

 「よし、ここなら大丈夫だな」

 場所は学校の屋上。

 あまりに健康なため病院を追い出されたレンは放課後の学校に忍び込み、運動部が活動してるグラウンドに面さない棟へと登ってきた。

 目的は一つ。

 魔術がどれだけ使えるか試すためである。

 少し離れたところでは制服(当然女子用である)のアザミが段差に腰掛け、クラスの女子から餌付けされたポッキーの残りをポリポリと齧っていた。

 「攻撃魔法なんて使い道ないと思うけどなぁ」

 「バカめ。俺だけでなくお前も異世界から戻ってきてたって事は、他にも誰かが戻ってきている確率は低くない。今の内に戦う準備をしておかないと」

 「なんで戦う必要があるのさー……仲良くすればいいじゃんー」

 アザミは不満そうだ。

 昔からアザミは、争い事が嫌いだった。

 それこそ虫も殺せないような、超のつく穏便派。

 格闘技の試合なんて何が面白いのかわからないし、戦闘要素があるゲームも一切手を付けない。

 レンの家に友達同士で集まってのスマブラ大会の時も、アザミは一人ベッドに腰掛けてレンの姉から借りてきた少女漫画を読んでいたくらいだ。

 (――こんな性格じゃ、無敵チートも宝の持ち腐れだな)

 姿だけではなく中身まで女の子のようなアザミ。嫌いなわけではないが、男友達としては時折ノリが合わないなと思うことはあった。

 「こりゃな、きっと異世界冒険ファンタジー路線から現代能力バトル路線へと切り替わったんだよ。ま、どちらにせよ俺が最強で尚且つ女の子にモテモテであることに変わりはないだろうがな……」

 「……先に言っておくけど、別に異世界から戻ってきてレンくんの顔が良くなったとかそういうことはないからね?」

 ふ、と手をこめかみに当てて、キザったらしくやれやれとナルシズムに耽るレンをアザミは冷ややかな目で見ていた。

 「バトルなんてやめてさ、ついでにハーレムも諦めて純愛路線行こうよ純愛路線。こんなところに不思議な体験を共有した可愛い子がいるよ。らぶらぶするべきだよ」

 「お前はなんで俺のケツを執拗に狙ってんの?」

 「狙ってないよ!」

 こいついつからこんなんだっけ、とレンは思い返す。

 小学校中学年くらいまでは「女の子にも見える男子」といった容姿だったし、向こうもこちらを普通の友達としか見ていなかったように思える。

 (確か事故よりは後だったな……あれが境か? あの時はただの事故だと思ってたからあまり関連性を考えてなかったな……)

 異世界に行って、心境の変化があったのだろうか。

 性同一性障害とまでは行かないとは思われるが、事故によるショックか意識を取り戻した後もしばらく精神が不安定だったために女装は割とスムーズに認められた。

 高校生の今では横を歩けばカップルに間違われて道行く男達に殺意を向けられる始末だ。

 (そりゃこんなのが常時隣にいたらモテないよな……イケメンでも)

 自分の顔面については一切の疑問を抱かないレンであった。ちなみにアザミはよく女子に囲まれている。

 「まあとにかく、魔法だ魔法。いっちょやりますか」

 レンは目を瞑り、人差し指を立てて魔術式を構築し始める。

 (詠唱破棄……なんて200分の1の力じゃできるわけもないか。ちょっと時間かかるが、どうせ練習だ……全力でッ!)

 

 「古きあかよ 原初のあか

  何よりも純粋なる 暴虐の一色よ

  我の使命はただ一つ 天地をおまえで染めること

  神々より授かりし緋の色を以って

  今こそ暗き世界を 我があかで照らさん」


 見開かれたレンの瞳は、確かに真っ赤に染まっていた。

 炎属性との同期 シンクロが完成した証である。

 レンの行った異世界では、よほどの才能の持ち主で無ければ属性に自分を合わせてからでないと魔法を行使できない。

 勿論、全盛期のレンに格好つけ以外で詠唱など使う必要はなかったが。

 「行くぜェ……ッ!!」

 二本目、三本目、と順に指を立てていくレン。

 親指が開き、掌を突き出す形になった、瞬間。

 レンはそれを天へと向けて叫んだ。

 「顕現せよ! 『暁ノ炎龍サラマンダー』ッ!!」

 (今の声サッカー部の人に聞こえたんじゃないかな)

 振り上げた手の中心から、炎の体を持ったドラゴン……中国式の足が無い型の龍が出現し、うねりを伴って空へと昇っていった。

 蛇で言うと、アオダイショウほどの大きさである。

 「おー。きれい」

 ぱちぱちと拍手するアザミ。

 当のレンはと言うと、ガクリと肩を落としていた。

 「あ……あれがサラマンダーかよ……? この俺、《焔の神等大魔導師》様の代名詞サラマンダーくんが、あ、あんなちゃっちく……」

 「えー、良かったじゃん。花火職人目指せるよ」

 「目指せねぇし全然良くねぇよ!! 俺のサラマンダーは本当なら空一面を覆い尽くす戦略レベルを超えて神の御業レベルに至った超超超ドドド級の特大大大大魔術なの!! あんなレッドスネークカモンじゃないの!!! 俺はゼンジー北京か!!!!」

 (ゼンジー北京……?)

 全く知らないが何かが間違っているような気がした。が、アザミはスルーを決める。

 「そんなのこっちの世界で使えるわけないでしょ。ただでさえ無法都市サウスタウンじみた群馬が更に世紀末マッドマックスになっちゃうよ」

 (暴力嫌い設定は……?)

 どこで仕入れたのかわからないネタが気にかかる。も、レンはスルーを決める。

 「俺の……俺のサラマンダーくんが……」

 「終わったんならもー帰ろうよ。ボク新しい服買ったんだ」

 ずーるずーると引っ張られて、二人は学校を後にした。

 





 そうして、今に至る。

 アザミは歌い終わったのか、満面の笑みでギターケースに小銭を受けていた。

 「はぁーぁ……」

 この27年間の無敵伝説がすっかり見る影も無くしてしまった。

 TPとわずかに残った魔力さえなければ、あれは夢か幻かと疑ったことだろう。

 考えてみれば、異世界での生活も過ぎ去ってしまえば一瞬だったような気もする。

 こちらに戻ってきてからカルチャーギャップに驚くことなどなかったし、アザミの顔もしっかりと覚えていた。

 「また眠ったら向こう行けたりしねーかなー……」

 そんなことを呟いていると、アザミの焦った声が耳に入ってきた。

 「ちょっと、困ります……」

 「いいじゃんいいじゃん。そんな格好して、声かけられるの待ってたんじゃないの?」

 「なーカラオケ行こうぜカラオケー。歌上手いじゃん、もっと聞きたいなー」

 「やめ、離して下さい……!」

 見ればアザミが、性格と頭の軽そうな二人の男に絡まれている。

 声をかけるだけに留まらず、ベンチを背にしたアザミを逃さないように囲って手を掴んでいた。

 「何やってんだ、あのバカ……!!」

 レンが慌てて駆け寄ろうと一歩を踏み出した、その瞬間。


 「――その子は嫌がっているでござる――手を離されよ――」


 「ああ? なんだテメェ……」

 見計らったとしか思えないようなタイミングで、やや小太りな二十歳そこそこの男が割って入った。

 目が細くて竹刀袋を背負った、どことなく無職っぽい雰囲気の男だった。

 実際彼は無職だった……三日前から。

 そして、体感時間で32年より前までは。

 「今いいところなんだ、邪魔すんじゃねぇデブ!」

 あまりにも喧嘩っ早いチンピラが振り上げた拳を無職の頬に下ろす。

 より、速く。

 竹刀を抜いた無職は、彼らの頭髪を根本からばっさりと一薙ぎしていた。

 「…………へ?」

 何が起こったか理解できずにスースーする頭と地面にごっそり落ちた髪の毛を何度も確認して混乱するチンピラ二人と。

 「…………ッ!」

 彼の斬撃が何故速く鋭いのかを理解して驚く、レンとアザミ。


 「――またつまらぬものを切断SETSUDANしてしまったでござる――拙者は呉竹 学(くれたけ まなぶ)――大丈夫でござるか――お嬢さん――」

 行為そのものは裏腹に、いささか気持ち悪い笑顔を浮かべてウィンクする無職の男。

 彼は三日前まで――剣聖だった。






 『Takeout-Percentage:1.05』

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