第8話 兄の思い

下校途中にしばらく会っていなかった妹に遭遇してしまった。無論、相手は僕を上坂祐ということは知らない。

久しぶりに見る妹だが、最後に見た顔より暗く、悲しそうな顔をしていた。いじめにでもあっているのだろうか。心配だ。

どうする、話かけるべきか。妹とすれ違うまであと十歩、この十歩で決めなければ。すると僕は無意識に口が動いていた。

「上坂君の妹さんだよね?」

限られた時間、少しの間でひらめいた言葉がこれだった。話しかけた人が男だったら完全に不審者である。

「お姉さん誰?兄貴の知り合い?」

「知り合いというかなんというか、うーんまあ知り合いなのかな」

咄嗟とっさに出た言葉だったのでどう話を持っていけばいいのかわからない。

「それより、水葉みずはちゃん元気なさそうだけど、何かあったの?」

「え、なんで私の名前知ってるの?」

やっべ、聞いてもいないのに名前を知っているのは不自然だ。言い訳を考えねば。

「か、上坂君から少しだけ妹さんの話聞いてたから名前くらいは知ってるよ~」

警戒を解きながら話す。

「あの兄貴がこんな女の人と話したりするんだ」

この野郎!確かに高校に入学してから女子と会話なんてしたことないが、いくらなんでも兄に対して失礼だろ。

「確かに上坂君、女子と話をしてるイメージ無いかもね」

異性についての自虐はあまりしたくないものだ。

「それはそうと、暗い顔してどうしたの?」

本題に移す。死んでおいてなんだが、兄として妹の困っている顔を見るわけにはいかない。悩みがあるなら解決してあげなければ。

「...兄貴の知り合いならもう知ってるでしょ?」

「もしかして事故で上坂君が亡くなったこと?」

「うん...」

僕のことでこんな暗い顔するのか。少し意外に思った。家では話すことも少なくなっていて、話しかけても無視されるか暴言吐かれて終わるのに、僕のことなんてどうでもいいって思ってたのに僕が死んだことを気に病んでいるのか。

「上坂君がいなくなって寂しいの?」

妹に問いかける。

「寂しい...のかな、なんだろうわかんないや」

そこは嘘でもいいから、いなくなって寂しいって断言してくれ。

「ちょっとお話ししようか」

近くの公園に寄り、ブランコに腰を掛ける。

「実は私も最近、両親を亡くしたんだよね」

勝手に人の家族を会話の種にしてしまって本当に申し訳ない。波崎さんに申し訳ないと思いながら話す。

自分を相手と同じ立ち位置に置くことで相手の心を開かせる。

「家族を失った気持ちはわかるよ。私も同じ、残された人間だから」

「そうなんだ...」

こんな話をしていると僕まで悲しくなってしまう。

「でも、いつまでも悲しんではいられない」

「どうして?」

「水葉ちゃんがこんな暗い顔してたら亡くなった上坂君まで悲しくなると思うよ」

「どうしてそう言い切れるの?」

「上坂君はきっと自分が亡くなったことを気に病んでほしくないんだよきっと」

これは僕自身の意見、確かに僕が死んで悲しんでくれるのは正直嬉しい、でも僕が原因でこんな顔はしてほしくない。

「お兄さんはきっと天国からでも水葉ちゃんのこと見てると思うよ。だからそんな暗い顔しちゃだめだよ。元気出して」

「私のことなんて見てるのかな」

「なぜそう思うの?」

「兄貴とはそこまで仲良くなかったし、酷い扱いしてきたからきっと怒ってるよ」

「そんなことない」

僕は断言する。

「死んでも水葉はだ、きっと見守ってくれてるさ」

ボロが出て素の自分が出てしまう。

「だから、上坂君のためだと思って元気出そう」

水葉は少し泣きながら頷く。

「相談があったらまた乗るからいつでも言ってね」

そう言って今の名前を告げ立ち去ろうとする。

あ、そうだついでだし自分の墓の場所でも聞いておこうかな。

自分のお墓の場所を聞いてからまた立ち去る。

カッコ悪い退場だったが兄貴なりの思いは伝わっただろうか。知らない人に説教されたと思ってなければいいけど。

そう思いながら暮れた空を見上げ、家に帰る。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る