第21話 残り2話

 八月半ばには、種子島最大のイベント「鉄砲祭り」がある。銃声で始まり、山車や御輿、クルージング、鉄砲伝来時の人々に扮した南蛮行列、歌や踊りの演芸大会と続き、花火大会でしめくくる。

 演芸大会には是非とも出演すべきだが、私と玉井で意見が分かれた。私は、この種子島に古くて新らしい芸能「アナコンダ舞」を根付かせるべく、広く島民の前で披露すべきであると考えるが、彼はミュージシャンとしての出演を希望している。


「アナコンダなんか、いつでも踊れるだろう」

 玉井は馬鹿にするようにいった。

「君だって許可なく、好きな場所で歌っているではないか」

 私も反論した。

「俺は、世のため人のため、ふるさと種子島のために歌ってるんだ」

「僕だって、南種子の伝統芸能を子々孫々伝承させていく使命がある」

「伝統芸能? おまえが勝手に思いついただけだろう」

「名前はアナコンダでも、踊りそのものは伝統のうなぎ舞だ。着ぐるみを着るか着ないかの違いにすぎない」

「その着ぐるみの尻尾が長すぎるからいけないんだ。別にしっぽ持つ役、俺でなくてもいいだろう」

「後、一ヶ月しかないんだ。今君にやめられて、新人に仕込んでいたのでは本番に間に合わない」

「嘘吐け。あんなの誰でもすぐにできるじゃねえか」


 その頃には、申し込み受付の期限が迫っていた。お互いに譲らず、私は相方のいない状態で、アナコンダ舞を踊ることにした。私と玉井は別々に、演芸大会参加申込書に必要事項を記入し、西之表市経済観光課内の種子島鉄砲まつり振興会事務局宛に送った。


 祭りの日が来た。鉄砲祭りは、この島最大のイベントではあるが、外部への大々的なアピールはやめ、島民だけで楽しもうということで、以前と変わらぬスタイルを貫いている。それでも、大勢の観光客でごった返していた。


 太鼓山行列は、元々七月に行われていた八坂神社の祭りだが、八月の鉄砲祭りに組み込まれてしまった。企業合併と同じで、一緒になったほうが効率がいいのだ。八坂神社での神事の後に、白装束の若者が太鼓山を担いで市街地を歩き、また神社に戻る。


 小学校、幼稚園、子供会別などに組み分けされた子どもみこしの中に混じって、我らが政銀関係者が、貯金箱みこしを担いでいた。貯金箱は顔をデフォルメしたもので、口のところが穴になっている。名前はマネーイーターという。カネ喰いとでも訳すべきか。食べた現金は消化されて、戻ってこない。


 その行列の中に結依がいた。

 おそらく同僚だろうが、すぐ隣の青年と親しげに話している。彼女は見物人の私に気づかず、そのまま通り過ぎていった。生身の彼女を見るのは久しぶりだった。補填を受けるようになってから、インギー大王へは足が遠のき、彼女が就職してからというもの、政府亭ネットでいつでもお目にかかれる安心感と、双方の多忙から、実際には一度も会っていない。


 南蛮行列が一番この島らしい。火縄銃保存会は、本物の火縄銃を撃つ。昼日中から物騒だが、幸い死者は出なかった。鼓笛隊、鉄砲隊、槍持隊など複数のチームがストリートを練り歩く。太鼓は重いので太鼓隊はトラックで移動する。編み笠をかぶり、ハッピを着て、鉄砲音頭に合わせて踊り歩く集団もいる。

 ちょんまげをゆった種子島の君主まで出てきた。この島はまだ種子島家の領地なのだ。南蛮船には宣教師が乗っていた。きっと政銀の黒幕に違いない。今気づいたが、鉄砲とTTPは、音まで似ている。どちらもこの島から全国に広がる。

 鉄砲つながりで軍事同盟を結んでいる堺から、堺観光コンシェルジュが派遣されていた。私と同業種の種子島観光PRスタッフであるフレッシュ種子島と仲良く軍事行進していた。

 時折、着ぐるみを目にする。真夏の昼間にあんな厚いものを着て、人ごとながら同情してしまう。


 日中の行列が終わり、夕方から九時まで演芸大会だ。吹奏楽にフラダンスやカラオケなど多彩なパフォーマンスがステージで繰り広げられる。

玉井の出番は私より早い。ステージ上の彼はいつもより緊張しているようだ。


『 昔はよかった。あの頃に戻りてえ。だけど、時代に遅れるな。

  もう始まってるんだ。みんなのTTP  』 


 なんと反TTPの旗手が、TTP公式ソングを明るく朗らかに歌っているではないか。


「見損なったぞ」

 彼の活動を知っている一部の観客からやじが飛んだが、祭りの主旨に合わない歌が歌えるはずがないのは当然のことだ。それならTTP賛歌ではなく、せめて普通のラブソングにしておけばいいが、彼のラブソングは聞いたことがない。日頃の言動からして、なんともいい加減な奴だと思ったが、その場の感情がすべてで、なんらかの信条で生きているわけではないのだろう。


 しかし、それも私の思い違いだったようだ。

 TTP賛歌の後、彼は激しくギターをかき鳴らし、続きを歌い始めた。


『 昔は金に釣られてこんな歌歌ってたけど、今は違うぜ

  TTPなんか 糞食らえだ! ぼったくりだぜ、政府銀  』

 などとくどいくらいTTPを批判していく。


 歌い終わると、

「政府銀行様のご好意で、本日の花火大会は中止になりました。鉄砲祭りはこれにて閉会しますので、みなさまお気を付けてお帰りください」

 と、勝手に閉会宣言を出したので、

「何言ってるんだ」とクレームが入った。

「くたばれ、種子島。ロケットになって地球から出ていけ!」

 と玉井は叫ぶと、ステージを飛び降り、どこかへ走り去っていった。突然の出来事に観客達はあっけにとられたが、これもまた余興だと納得していった。


 私はそれを見て思った。彼と一緒に出なくて本当に良かったと。

 私の芸能は彼と異なり、由緒正しき伝統を受け継ぐ正統派だ。そのため、尻尾持ちの欠員を補充しようにも、一ヶ月という限られた時間では、弟子を育てることができず、今回やむなく助手の手を借りず、ひとりで出演することになった。全長五メートルの着ぐるみということは、地面に接する尾の部分が三メートルあるわけで、それをひきずりながら、舞わなければいけない。


 万全の体制で臨むため、出演予定時間の三十分前には、着ぐるみを着てステージ脇で待機していた。夜とはいえ南国の夏は暑い。

 そしていよいよ私の出番が来た。

 責任感からくる精神的な重圧で足取りは重い。それ以上に助手のいない尻尾が重い。ステージ中央まで歩くだけで体力を消耗する。踊りだしてすぐ、洪水のように汗が出て、着ぐるみの中は蒸し風呂状態だ。

 呼吸まで苦しくなり、何度も意識が落ちそうになったが、気力で最後まで演じきった。観客の拍手が着ぐるみを通して聞こえる。退場してからも動く気力もなく、ステージ近くの地面の上に、頭もはずさないまま、じっとしていた。


 ドーン、ドーン……花火の音が聞こえる。演芸大会は終わったのだ。


「すいません。もう終わりましたけど」

 若い男性の声がした。おそらく運営スタッフだ。私に撤収しろということだ。しかし、体は動かない。彼は異変に気づき、着ぐるみの頭の部分をはずした。

 目も開かないのに、顔から湯気が昇るのがわかった。

「大丈夫ですか?」


 それから大勢の人々が周りに集まってきたのが、音や気配でわかった。右往左往するばかりで、着ぐるみから出すという単純な発想がないのが残念だ。

 おそらく私はもう助からないだろう。宇宙一の金持ちが、着ぐるみの中で熱死するとは、皮肉なものである。ドーン、ドーンと花火の音がする。パノラマ島奇譚と同じように、このカネガテマ島奇譚も主人公の死とともに、花火でエンディングを飾るのだ。サイレンの音が聞こえたとき、私の意識は途絶えた……。

 

 目が覚めると、私は病室にいた。熱中症で一時は相当危なかったらしく、そのまま入院することになった。宇宙一の金持ちグーゴル富樫ともあろうものが、熱中症で死にかけたとは、なんとも情けない。しかし、この体験は私にある事実を気づかせた。どんなに金があっても、死んでしまえばそれを使うことができないということを。

 だから命のある今のうちに使わないと、死ぬ前に必ず後悔する。それでベッドの上にいる間、欲しいものはないかあれこれ考えた。それでも、これといって思いつかない。


 パノラマ島奇譚の主人公は、一族が所有する小さな島をパノラマ島に改造したが、今の私なら種子島全体をパノラマ島にすることもできる。

 しかし、面倒すぎる。その作業は考えただけでうんざりする。

 金を使うというのは、一種の作業である。まず何を買うのか決めて、業者を見つけ、注文を出し、金額が大きい場合は契約書にサインする必要がある。使いたいと思ったとき、すでに使っているなどということはない。長らく欲していたモノを買うのは楽しいことであるから、それを労力と思わないのだ。

 もともと何億も所有し金に不自由していないところに、急に無尽蔵の金が手に入ったところで、実際の暮らしぶりを大きく変えようとは思わない。今のままで十分快適なのだ。


 金は使わなければ、何の効力も発揮しない。それどころか、金をたくさん持つということは、海に深く潜るのと同じで、水圧のように精神にプレッシャーがかかる。これが総裁の言う金がありすぎ地獄なのだろうか。この地獄から逃れるには、本当に欲しいものだけに心を集中することだ。


 深い思索の末、退院する頃には結論が出た。もうモノは必要ない。私が心の底から欲しいのは、一生に一度あるかないかのような、血湧き肉躍る刺激的な体験だ。そのためならいくら金を使おうとかまわないが、それは金で購入することは難しい。


 そう思っていた矢先、突然の僥倖が訪れた。やはり、宇宙一の金持ちは運がいい。

 南種子の役場を通して、鹿児島のテレビ局から、私にドキュメンタリー番組への出演依頼が来たのだ。制作には東京のキー局も関わり、ゴールデンタイムに二時間の特番として、全国ネットで放送される。


 その番組名だが、

「サイエンススペシャル 種子島にアナコンダがいた! 命がけの捕獲は成功するか?」とうさんくさい。

 種子島にアナコンダがいるわけないだろう。あれは島おこしのために、私が思いついた嘘である。その目撃者として出演してほしいと、テレビ局からオファーがかかったのだ。私の共犯である南種子の役場は、末端の職員にいたるまで、あれが創作だと知っている。そのことを観光課に尋ねると、

「この番組自体、うちのほうから、言い出したことでして、むこうさんもそれはわかっています。アナコンダは、ボルネオ島あたりからとりよせる予定です」

「つまり、これは番組自体が詐欺?」

「詐欺じゃないです。演出と言ってください」


 TTPで財政が潤う南種子町がスポンサーになって、さらなる観光客の増加を狙い、派手な話題をぶちかまそうというものだ。そのため番組内容は、大半がグルメ観光案内になる。

「幼少のみぎりより儒教道徳の権化と言われた、この正直者の僕にやらせ番組に協力しろと?」

「アナコンダ、予算かけた割に、経済効果薄いって、いろんなとこから言われてるんですよ。信じてない人がほとんどみたいですからね」

 信じてないというより、誰も知らないというのが事実だろう。

 一時は政府銀行の戦略分析でもてはやされた私も、織田信長本人へのインタビューを掲載したことで評判が下がり、フリーになってからどこの出版社からもお呼びがかからない。ブログでアナコンダ騒動を煽ったものの、全国的には全く話題になっていなかった。

 アナコンダについては、私にも責任はある。たとえ、やらせとわかっていても番組に協力しなければいけない。私は出演を承諾した。


 二週間後、できあがったばかりの台本をリビングで朗読していると、玉井が何をしているのか、と尋ねてきた。

「今度、テレビに出ることになったんだ」

「テレビって……、嘘だろ。何で?」

「ちょっとした芸能界のコネでね」

 私がそうごまかすと、彼は本気にして、

「俺も出たい。絶対に出させろ」

 と興奮して、私の肩を揺さぶってきた。

 私が番組プロデューサーに頼んで、彼も出演させてもらうことになった。長年マイナーな歌手だった玉井にとっては、願ってもないチャンスだ。


 撮影は三日間に渡って行われた。主な出演者は、メインのリポーターとなる鹿児島出身のお笑い芸人、売り出し中のグラビアアイドル、本物の生物学者、目撃証人である私の総勢四名だ。


 初日は、東京から始まる。芸人、アイドル、学者が種子島に向かうほぼ一日の道中で、数分の尺にまとめる予定だった。それが偶然にも野生のイルカに遭遇できて、十分以上に伸びた。残念ながら、私はその場に居合わせなかった。潮風吹き付ける西之表の港で、台本どおりの芝居を現地スタッフを相手にあきれるほど繰り返し、彼らの到着をいまかいまかと待ち続けていたのだ。 


 私は、フェリーターミナルで彼らを出迎える地元民の役だ。慣れない種子弁を使うことになる。

 フェリーを降り、種子島に到着した一行。

芸人「さあ、いよいよ種子島に着きました。本田先生、アナコンダ、本当にいるんでしょうかね」

学者「その可能性はきわめて高いです」

アイドル「この島のどこにいるの?」

芸人「あ、あそこにさっそく地元の人がいますので、尋ねてみましょう」


 一行、埠頭に立ち陶酔した表情で海を見つめる私に近づく。 私はディレクターの合図に従う。

私「おじゃりもーせ(いらっしゃいませ)」

アイドル「あの、すいません。この島にアナコンダいるって噂聞いたことあります?」

私「うんにゃ にゃー(いいえ、いいえ)」

学者「この島には大うなぎいますよね?」

私「じゃっとよー(そのとおり)」

学者「アナコンダとは、その大うなぎより大きい体長五メートルにもなる世界最大の蛇です。それがこの島にいる可能性があり、真相を確かめるべく我々は調査をしに来たのです」

私「あばよう(驚いた)!」

芸人「あばよって、来たばかりなのに帰れってこと?」

私「そうじゃありません。あばようとはこの島の言葉で、驚いたという意味です」

アイドル「急に標準語になったけど、地元の人なの?」

芸人「実は、この方、結構有名なフリージャーナリストのグーゴル富樫さん。TTP好きが高じて、この島に移住された奇特な方です。このグーゴルさん、なんと実は、アナコンダを目撃した生き証人なのです」

アイドル、おおげさに「あばよ(驚いた)」

学者、遠慮がちに「あばよ」

芸人「先生まで何ですか。そんなことしてる場合じゃありません。早くアナコンダを探しにいきましょうよ」

学者「今日はもう遅いから、調査は明日にしましょう」

私「あしたよー(明日会いましょう)」

アイドル「私、おなか空いた~」

芸人「グーゴルさん、どこかこの近くのいいお店紹介してくださいよ」

一行は私の案内でとっぴっぴで食事をとり、それから政銀の隣のホテルに宿泊した。


 翌日、ホテル玄関前。一行、わざとらしく探検隊の格好をしている。

芸人「さあ、みんな揃ったかな? これからアナコンダ探検隊、出動いたします」

私「そのまえに種子島の名所回ってみません?」

アイドル「私もそっちのほうがいい」

芸人「そんなこといったってこっちにもスケジュールってものがあるんだから。ねえ、先生?」

学者「そう固いこと言わないでくださいよ」

芸人「もう、先生!!!」


 熊野海岸、鉄砲館、日本一の大ソテツなどを回る。もちろんグルメリポートも。

 ロケットセンターの食堂では宇宙食体験。

「ふわふわ、すごい新食感」と学者先生が言うはめに。


 最後は、政銀種子島支店前だ。時刻は午後九時。

芸人「いま、この島では全国にさきがけ、TTPを実施しています。そのため銀行は二十四時間営業です。ミクちゃん、TTPってなんだか知ってる?」

アイドル「馬鹿にしないでよ。お金が使えないってことでしょ」


 玉井祐二登場。駐車場でギターケース広げギターの弾き語り。


『 この島には、金がないのか

  誰もおいらのギターケースに金を入れてくれない

  おいらのギターは金が欲しいと泣いている

  金がないのにおいらはどうやって生きていけばいいんだ  』


芸人「おい、誰かチップ入れてやれよ」

アイドル「私も一応歌手だから、彼の気持ちわかる」

私「実は彼、私の知り合いです」

 玉井、カメラに向かって猛烈に自己アピール。

「こんばんわ。シンガーソングライターの玉井祐二、二十八歳、恋人募集中。もうすぐメジャーデビューしますので、応援よろしく、BABY!」


 銀行フロア。

 玉井はスタッフが止めたのに、勝手に中に入ってきている。

芸人「さあ、TTPの本場、政府銀行種子島支店の支店長さんにいろいろとお伺いしたいと思います。今駐車場でストリートミュージシャンの方がチップがもらえないと嘆いていましたが」

 玉井、カメラに向かってウィンクと笑顔でアピール。

支店長、緊張しながら「実際のところ、まだ、いろいろと検討中でございまして。そういった課題につきましては、有識者の方などのご意見を伺いながら、順次解決していく予定でございます」

私「路上パフォーマンスについては、簡易端末が有力な解決策になります。実は私、海の家で簡易端末の利用調査をしたことがありまして、大変便利でしかもレンタル料も激安です」

支店長「おっしゃるとおりでございます」

芸人「さすが、グーゴルさん。有名ジャーナリストだけある」


 そのとき、玉井が禁断ソングを大声で歌い出した。


『 不便なくせに、レンタル料糞高い ぼったくりだぜ、簡易端末

  そんなに金が欲しいなら 佐渡島で金掘ってろ  

  金は出ないが、佐渡流し 役立たずの政府銀にお似合いだぜ

  こけろTTP 燃えろ! 種子島支店 くたばれ佐渡島と種子島  』


 もちろん、編集でカットされる予定である。


 二日目終了。

 そのまま隣のホテルに泊まり、三日目。

 ついにアナコンダ捕獲大作戦だ。海外から手配する予定だったアナコンダは、都合により、国内の動物園から拝借することになった。都合というのは、国内の動物園では多産のアナコンダが増えすぎて困っているためだ。無料でひきとったはいいが、後はそちらでお願いしますということだ。体長は五メートルでメス。


 ホテル前で新メンバー紹介から。 

芸人「お待たせしました。視聴者のみなさん。ついに、アナコンダ探検隊が動きだしました」

アイドル「この人誰?」

 火縄銃を持ち、戦国武者の格好をした年輩の男性登場。

私「この方、種子島火縄銃保存会の福丸さん。強力な助っ人です」

学者「相手は猛獣です。危険を伴いますから、いざというとき心づよいです」

芸人「アナコンダに襲われたとき、火縄銃じゃ、弾が出るのが遅すぎて、間に合わないでしょ」

福丸「こら! じゃっちゅうかえー(そうではない)」


(注 火縄銃を撃つには、銃口から火薬と弾を入れ、木の棒で押して固める。火皿に口薬と呼ばれる細かい火薬を入れ蓋を閉じる、火縄を火鋏に鋏み、銃を構え、火皿の蓋を開け、引き金を引くことで火縄を火皿に押しつけ、弾が発砲される)


 一行、数艘のカヤックボートで 大浦川を下り、マングローブの森に向かう。両岸にはメヒルギの原生林が鬱蒼と生い茂っていて、日本の光景とは思えない。アナコンダが川の中を泳いでいないか必至に探す。

芸人「なんという光景でしょう。まるで熱帯のジャングルに入った気分です」

学者「種子島はマングローブが自生できる北限なんです」

アイドル「大きな蛇がこの森にいると思うと、本当に怖い!」

突然、「キャー」というアイドルの悲鳴が。

アイドル「ねえ、あれ、見て!」

私「あ、あれは……まさしく古よりこの土地に伝わる伝説のアナコンダ!!!」

 私は、この世の終わりでも訪れたかのような表情で、そいつを見つめる。そう台本に書いてある。

 ネス湖のネッシーのようにわかりにくいが、アナコンダの背中のようなものが、水面付近を動いているのをカメラはとらえた。

芸人「あっちに逃げたぞ」

アイドル「上陸したみたい」


 一行、カヤックを降り、マングローブの森に踏み入る。

 しばらく歩くと、開けた場所に出る。そこではケージに入ったアナコンダが用意され、大勢のスタッフが忙しそうに準備をしている。

 リハーサル直前、プロデューサーから説明。

「みなさん、ご苦労様です。これからクライマックスに入りますので、一層気を引き締めてください。アナコンダは注射で弱らせてありますが、万が一ということもありますので、扱いには充分に注意してください」


 リハーサール無事終了後、本番。ケージの扉が開けられ、ゆっくりとアナコンダが這い出てくる。

アイドル「きゃあ~」

芸人「どうした? あ、あれは……」

 地面をゆっくりと這うアナコンダ。

学者「少なく見て体長十メートルはありそうです。史上最大級のオオアナコンダです」

芸人「やはり、いたんですね」

私「私が見たアナコンダに間違いありません」

芸人「こちらに向かってくるぞ。僕たちを食べるつもりに違いない」

アイドル「いやよ。アナコンダに食べられるなんて」

福丸「撃つしかない」

学者「殺してはいけません。これでつかまえましょう」

 大きな布袋が地面に置かれ、私が両手で口のところを持って開けている。

アイドル「あのなかにおびき寄せればいいのね」

芸人「でも、どうやって」

学者「中にはアナコンダの好物を入れてあります」

 カメラは袋の中にズームアップ。ヒヨコがいる。

芸人「そうか。これでアナコンダは一網打尽だ。だけど、グーゴルさん、危なくないですか」

学者「危険ですから、いざというときはみんなで助けましょう」

福丸「これで撃つから安心しろ」

私「福丸さん、お願いします」


 そこで一旦、カット。

 ヒヨコが袋から出される。アナコンダは袋に入る直前に、どこかへ逃げてしまうというシナリオである。

 撮影、再開。

 アナコンダは、確実に私のほうに向かって進んでくる。しっぽの向こうにはスタッフがいて、私に近づいたとき、アナコンダをひっぱる手はずなので安心だ。しかし、私は張り裂けそうな緊張と恐怖を演じなければいけない。


 そして、私との距離が五十センチほどに縮まったそのとき、そいつはいきなり鎌首をもたげて、私に襲いかかってきた。しっぽをつかむ予定のスタッフは、驚いて尻餅をついた。

 私はとっさに身をかわし、頭から飲み込まれずにすんだが、そいつは倒れた私の体に巻き付いてきた。


「キャー」

 アイドルが叫んだ。

「半分眠らせたんじゃないのか?」

 芸人は混乱している。

「早くはずさないと危険ですよ」

 学者が冷静にいった。

「何してる。早く助けないか」

 プロデューサーが怒った。

「それなら、樋口さんが助けてくださいよ」

ADがいった。

 共演者やスタッフが慌てるなか カメラマンだけは冷静に、私の断末魔の苦しみを撮り続けている。


 私は必死にもがきながら、大蛇を体からはずそうとしたが、もがけばもがくほど、そいつはより深く私の全身を締めつけてくる。祭りではアナコンダの着ぐるみに殺されそうになったが、今度は本物のアナコンダに絞め殺されるのだ。


 宇宙一の金持ちが、こんな無様な死に方をしてもいいのだろうか。いや、宇宙一の金持ちだから、こんな死に方をするんだ。これは事故ではない。政府銀行の仕組んだ殺人だ。

 テレビ局を買収し、動物による事故死にみせかけようとした計画殺人だ。世界四大人食い蛇の一種。体長五メートル以上で、気性のきわめて荒いアナコンダなら、何があっても不思議はない。

 名田総裁にとって、私は明らかに有害な存在だ。しかし、下手に手を出せば、自分の身が危なくなる。井畑に悟られぬよう、私を殺さなければならない。それには、私がやむをえぬ事故で死ねばいい。きっと、彼はそう考えたのだろう。


 薄れゆく意識の中、「福丸さん。やめてください。富樫さんに当たれば、殺人ですよ」

 というプロデューサーの声が聞こえた。

福丸「でも、このままじゃ死ぬ。いちかばちかやるしかない」

 種子島火縄銃保存会の重鎮は、私を、いや私に密着しているアナコンダを狙うつもりだ。それもいいだろう。このまま苦しみながら死ぬより、いっそのこと火縄銃で頭を撃ち抜いてくれ。そんなことまで思った。


芸人「人殺し!」

プロデューサー「福丸さん、だめです!」

福丸「よし、撃つぞ」


 ──パーンという銃声がした。


 ほぼ同時に「きゃあ~」という、アイドルの金切り声が脳髄まで響いた。すると、私の肉体の苦痛が急にやわらいだ。きっと福丸さんの撃った弾が、私にとどめをさしたのだろう。魂が体から離れるというのは、本当だった。私はそういった類の話は一切信じないが、今後は井畑を師匠と仰ぎ、肉体がない状況での現世の過ごし方を学んでいくつもりだ。


アイドル「当たった……」

芸人「当たったよ、おい」

学者「お見事です」

福丸「ほしとしとーよ(無事に終わった)。とんとだれくろーた(本当に疲れた)」


 どうやら火縄銃から放たれた弾は、うまい具合に蛇を仕留めたらしい。

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