第19話 残り4話
中種子町の北東部にある犬城海岸は、奇岩や洞窟が多い。犬神使いと言われた第十代当主が、修行中に失踪した洞窟があることで有名だ。井畑という憑き物を操る私は、現代の犬神使いといえる。
私は井畑を伴うが、それでも身の安全は保証できない。危険な目に遭えば、証拠をばらまくというのはただの脅しではなく、規模はかなり小さいが、元出版社社員の伝手で、何人かの本物のジャーナリストに届くように手配してある。できるだけの準備はしたが、それでも緊張する。こちらは一個人にすぎないが、相手は巨大組織のトップだ。
そして、そのときがきた。七月の半ば、マリンスポーツが似合う暑い盛りのことだった。私と井畑は、レンタルしたカヤックを車の上に積んで、細い尾根道を通り、犬城海岸に出かけた。ちなみにカヌーとカヤックの違いはパドル(櫂)がシングルなのがカヌー、ダブルなのがカヤック。
私の指定した洞窟は、海側から中に入らないといけない。現地に着くと、ライフジャケットを着て、カヤックを海に押し出す。私が前、井畑が後ろ。二人の息はぴったりだ。海岸沿いに目的の洞窟へ向かう。太陽はまぶしく、波は穏やかだ。パドルを左右交互に漕ぐと、時々しぶきが顔にかかる。
洞窟に入っても中は明るい、太陽の光が、海底の岩や砂を照らしている。
約束の時間まで後三十分。まだ総裁は着いていなかった。
私と井畑は、パドルをバランスよくカヤックの上におき、緊張したまま待った。本当に来るのだろうか、代わりにヒットマンが来るかもしれない、井畑が私を裏切った可能性はないのか、などという疑念がしきりに浮かんでくる。
しかし、十分もすると総裁の乗ったオレンジ色のカヤックがこちらに向かってきた。約束通り相手は二人で、総裁は前の席で自らパドルを漕いでいた。後ろの同伴者は、屈強な男を想像していたのに、意外なことに女性だった。
総裁のカヤックがさらに近づくと、私は驚きのあまり声を失った。
「……明美……さん」
総裁の後ろでパドルを漕いでいる女性は明美だった。
「どうして君が」
私はこの状況を理解できなかった。
「娘がお世話になっていたようだね」と、総裁は嫌みともとれる笑みを浮かべいった。
「娘って?」
「言ってなかったっけ。私のパパ、政銀の総裁やってるんだけど」
すると彼女の旧名は名田明美というのか。まさか総裁の娘とは。
「娘には、私がアメリカ滞在中に創業したミネソタソフトラボの日本法人代表を務めてもらっている。TTP関連のソフト開発の中心メンバーだから、いそがしくて君にも迷惑かけたようだね」
「ミネソタソフト……それが下請けなのか」
「まあ、政銀の子会社から注文受けるから、正確には二次下請けだけど」と彼女はいった。
たしかに下請けなのだろうが、総裁が創業した会社で、総裁の娘が代表では、政銀のシステム担当くらいでは彼女にまともに意見もいえない。それで、私の口座を自由に修正することができたのだ。
総裁の娘自慢は続く。
「彼女、MIT(マサチューセッツ工科大学)を飛び級で卒業してから、サーフィンばかりしていて困ってね。そこで今回うちのシステム開発を任せたわけだ」
あんなヤンキーぽいねえちゃんが、まさか米国の名門校を出ているとは、人は見かけによらない。
「そこの幽霊君に脅されて、動画を削除できないかどうか娘に相談したら、それ富樫の仕業だと言われて。黒幕が知り合いだと知って、私も驚いたよ」
ふたつのカヤックは距離を縮め、ほとんど密着するばかりになった。私は総裁と握手し、これから膝をつき合わせた話し合いを始める。井畑は黙ったままだ。ここでの彼は私の子分の悪役にすぎない。
「どうせ、残高マイナス五億で、困ってしたことだろうけど。それならパパじゃなく、私のところにそこの画家の先生こさせてよ」と明美がいった。
「なんで知ってるんだ。まさか、君が……」
井畑の存在も残高マイナスの件も、彼女に話したことはない。それを知っているということは、私達の行動を監視していたのか。どうやって?
「だって、富樫、あのインギー娘と政府亭ネットでいちゃいちゃしてたから」
そうか。政府亭ネット用STBには高解像度カメラと高感度マイクが付属している。彼女はリビングにおける私達の行動を観察することができたのだ。それで彼女は、私とサポートの結依との会話に嫉妬して、私の残高をマイナスに変更したのだ。
「すると、僕のせいで異動したというのも真っ赤な嘘だった訳だ」
「必需品と贅沢品にデータ分けるようにするから、開発者の人数が足りるように、仕方なく東京で仕事しないといけなくなって。みんな富樫みたいに種子島に来てくれればいいんだけど……」
「話の邪魔をしたくないが、あまりこういうところを人に見られたくないものでね。早急に話を進めよう。ずばりそちらの要求はなにかね?」と総裁が割って入った。
「そのまえにジャーナリストとして、知っておきたいことがあります。これは私の要求とは無関係なので、答えたくない場合は答えなくて結構です。ただし、嘘はつかないでください」
「わかった。なんなりと聞いてくれ」
「政府銀行はどうしてできたんですか?」
総裁は少し考えると、私を値踏みするように見ていった。
「もちろん、経済の効率化が最大の目的だ。それにより財政危機や貧困層の問題を解決できる。まず、政府銀行の基本理念はこうだ。全てのTENは政府銀行が所有する。それは最初から政府銀行のものである。口座の持ち主は自らが所有する円で、TENの使用権を購入したことになる。TENの数値は流動的であり、その永続性を保証しないが、口座の持ち主は政府銀行による口座残高調整に一切異議を唱えるべきではない。これが経済全体の最適化をするうえでの必要条件だからだ。今後の人類は、マネーに対する概念を変えてもらうことになる……」
私は総裁の話を途中で遮った。
「質問を変えます。政府銀行は誰の案なんですか」
「その名の通り、政府だよ」
「どこの?」
「どこのって言うと?」
「アメリカですか」
彼は、もうこれ以上は隠せないとわかったのだろう。本音を語り出した。
「どこの国でもない。強いて言うならば、世界そのものだよ。政府銀行の本当の名前は世界政府銀行というんだ。なかには国民国家を守るための最終兵器だと勘違いしている輩もいるが、その本質はグローバリゼーションの申し子に他ならない。世界政府樹立のための中心となる機関だからな」
「背後にどんな集団がいるんですか?」
「勘違いしてるようだね。政銀の背後には誰もいやしないよ」
「大資本家とかも?」
「政銀の背後にはどんな集団も存在しない。何者も政銀を操ることはできない。なぜなら政銀こそが最高にして最強の権力であり、世界政府そのものだからだ」
「多国籍企業も」
「どんな巨大企業でも政府銀行に逆らうことはできない。政銀はマネーを直接操作する。彼らの息の根を止めるくらいたやすいことだ。経済をカジノとするなら、政府銀行は胴元だ。ギャンブラーが太刀打ちできる相手ではない」
「わかりました」
「では、要求を聞こう」
「私はいくら欲しいと言うような、低レベルの要求はしません。それではただの泥棒です。私が欲しいものは、いつでも自由に自分の口座残高を書き替えることができるといったシステム上の特権です」
総裁は自分で答えず、娘のほうを見た。
「それは無理。システムの構造上無理。だって、富樫には、システムにアクセスする権限がないし、たとえあっても頭が悪すぎて、どうすればいいのかわからないし、細かく説明しても理解できないし。口座の値を変えるとか、言葉にすると簡単だけど、実際の作業は複雑でハイリスク。一つの項目が複数ファイルにまたがっていて、それらの同期をとる必要があるし、項目の値がひとつ変わっただけで、いろんな他の項目の値も変わることになるし。とにかく富樫の頭じゃ無理。死んでも無理。知能指数低すぎ。仕様書あるけど、全部英語だし、専門用語ばっかりだし、プログラムのコードも少しいじる必要あるし、そんなの富樫じゃ無理。この私でも大変なんだから、富樫じゃ絶対に絶対に無理!」
と明美は激しく拒否した。
「わかった、もぅいい」
たしかに私は素人だが、そこまでいう必要はないだろう。
私は銀行のATMのように、IDカードを差して、生体認証をして、あとは四桁のパスワードを入れれば、口座の入力欄が出てきて、そこに好きな数字を入力すれば、それが口座の残高になる。そのような、サービスをイメージしていた。
しかし、察しのいい彼女は、私の要求をあらかじめ予想していたようで、
「どうせ、そういうこと言うと思って、富樫に特別口座用意しておいたんだけど、要らないなら、やめとくね」
「特別口座?」
「メインの口座ファイルに合計データっていうのが一件あって、そこに口座の集計結果を書き込むの。もちろん、合計だから月次調整やチェックからはずされるようにしてあるんだけど。他のファイルにも集計結果は書き込むけど、メインファイルにもあったほうが便利だからあるんだけど」
知能指数低すぎの私には、彼女が何を言っているのかわからなかった。
「つまり、プログラムの効率上、便利だから作ってあって、それ少し応用すれば、普通の口座みたいに使うこともできるんだ。ちょっと前まで、パパがすごい数字入れて使ってたんだけど」
それから詳しい話を聞き、後で自分なりに勉強してみて、おおよそのことはわかった。
口座全体の残高の合計が参照しやすいように、口座のデータファイルの中に、口座の合計を書き込むデータが、一件用意されている。そのデータだけは、ファイルの仕様、つまり項目の内容が違うように再定義されている。
わかりやすく単純化すると、
通常データ
データ種類(1桁) ID番号(20桁) 残高(100桁) その他(120桁)
合計データ
データ種類(1桁) ダミー(120桁) 残高合計(120桁)
と、データの大きさは同じだが、通常データでのIDと残高の箇所は、合計では使用しない。
システム全体の仕様からすると、合計データがこのファイルに存在する必要はないが、他のファイルを読まずに合計額が参照できるのは、プログラム上効率がいいので存在している。
合計データかどうかはデータ種類の値で判断し、合計ならばそれ自身のIDや残高は存在しないはずだが、プログラムに細工をし、ダミーの120桁を読み込み、最初の20桁、次の100桁とプログラム内で分けて、口座として読み込むことを可能にした。
さらに、この口座をTEN端末やATMで利用した場合、実際には天文学的な数値が読み込まれるのだが、ATMやTEN端末使用時に怪しまれないよう、残高表示には三十万円などといった常識的な額の偽残高を表示するようにプログラムが修正してある。
素人考えでは、第三者がプログラムを見れば、すぐにばれてしまうと思えるが、政銀のシステムでは、人間が書いたプログラム(ソースコード)をそのまま実行しているのではなく、オブジェクトといって機械言語に翻訳したものが稼働する。
不正に修正したソースコードをコンパイルしてオブジェクトを不正なものに置き換え、その後でソースコードの記述を元の正しいものに戻しておけば、ソースコードをチェックしても問題は発覚しない。それに、明美に言わせると、テストで問題が出なければ、個々のプログラムを第三者が調べることなど滅多にないそうだ。
合計データでは、使うのは残高合計項目のみで、それ自体の残高項目は存在しない。だからダミーの部分にどんな数字を入れようとチェックが入らない。好きな数字を入力して、自分の口座として使えれば、偽札を作るより簡単で金額もはるかに大きい。
いくら大きな数値を入れても、集計次にカウントされないので、それだけでは経済全体がインフレになることはない。ただし、一年で支出が五兆円などと使いすぎれば、偽札同様、世の中に本来ないはずのマネーが流通することになり、円の貨幣価値が落ちる可能性がある。
要するに、口座ファイルの中に口座データでない特殊データが一件、含まれていて、それを個人口座としても使えるようにシステムを不正に変更して、これまで総裁自ら悪用してきたということだ。
さすが政銀の支配者。同じ不正にしても、私の時とは規模とやり方が全然違う。総裁は自分の口座を普通に持ち、他にこの特別口座を自由に使えるようにしていたのだ。
「まさに究極の錬金術だよ」総裁はしんみりと語った。「中世に本物の錬金術師がいたとしても、豆粒に感じられるほどすさまじい。数字にゼロをたすだけで、資産が一気に十倍になる。こんな簡単で効果のある方法は他にない。どんな投資も及ばない」
「総裁の口座はいくらにしてあるんですか?」
「最初は十億程度で喜んでいたが、次第に金額を増やしていって十兆円ほどでやめた」
「でも、それはヴァーチャルなもので、実際に使用できないのでは。たとえば、他の口座に振り込むと、存在しないマネーが発生することになるから、監査が入ると問題発覚しますよね?」
私の質問に対し、総裁は予想通りの答えをした。
「あまり大きな声で言えないが、政府銀行の決算は最初からでたらめで、監査は形ばかりのものだ。それでも、政府銀行は政府そのものだから、どこからも苦情はでない。それは業績を良くみせたいからではなく、隠さなければいけないことが多すぎることが理由だ。本当は、日本政府が全額出資というのも嘘で、海外から素性を明かせない資金が常に流入している」
井畑のつかんだ証拠もその類だ。会話を隠し撮りしただけだが、政府系金融機関がマネーロンダリングの温床だと世間にばれれば、トップの責任は免れない。
「それなら、もっと増やせばよかったじゃないですか」
「その十兆も最近ゼロに戻しておいた」
「どうして?」
「数字遊びにバカらしくなったからだ」
言っている意味がわからない。
「数字といっても実際にお金としての価値がありますよね。お金はたくさんあったほうがいいじゃないですか」
「十兆円使えと言われて一体、何に使えと言うんだ? こっちは自由時間もほとんどないうえ、公的な立場で敵も多いから、派手な支出をすれば、あちこちから怪しまれる。それに自慢になるが、ここ十年以上金に不自由したことはない」
「僕だったら、多ければ多いほどいいですけど」と私が言うと、総裁は意味深な笑みを浮かべた。
「君は話が早い。私の特別口座を君に譲るから、好きな金額を言ってくれ。娘にデータを修正させておく。白紙の小切手に千兆ドルと書いても、銀行は相手にしてくれないが、これは現実世界の貨幣創造だ。それでこれから金がありすぎ地獄を思う存分味わうんだね」
「本当ですか。ぜひお願いします」
「で、いくらにしとく?」
明美が聞いた。
「そうだな……」
具体的にいくらと言われても、適当な値が思いつかない。ひとつ基準があるとすれば、これまで五億が最高だったから十億の壁は越えたい。その十倍くらいが適当か。
「百億で」
百億あれば車だろうが家だろうが、好きなように買える。
「なんだ、それっぽっち」
と彼女はいった。器の小さな男と見下されている気がした。
「それなら、一兆円で」
「私の十兆を少ないと言っておいて、一兆はないだろう」と総裁はいった。
「ええと、そうだなあ。兆の次は京でそのうえが垓、そのうえが……」
後で調べたところ、禾予(一字でジョ)・穣・溝・澗・正・載・極・恒河沙・阿僧祇・那由他・不可思議・無量大数となる。
私が考えあぐねていると、彼女のほうから提案してきた。
「面倒くさいから、残高の上限にしとくけどいい?」
「上限って?」
「残高データは百桁だから、それで最大となると、9が百個並んだ数字」
「もう言葉で表現できないな」
私は我ながらあきれてしまった。無量大数を越えた額は、どう表現していいのかわからない。その無量大数ですら、人間の感覚では把握できない。
「途方もない額だな。世界一の金持ちなんてレベルじゃない。地球上のすべてのマネーを合計したより多い。いや、人類が扱ってきたこれまでのマネーすべてより多い。地球はおろか、銀河系、ひょっとしたら全宇宙が丸ごと買えてしまう額かもしれない」と総裁は笑った。
明美も笑った。さっきから無言だった井畑まで笑った。私も笑うしかなかった。
全世界の株式の総額やGDPの総額が、ともに一京円いくかいかないかといった程度なので、総裁の表現は決して大げさではない。京という滅多に使わない単位でさえ、10の16乗にすぎない。この世の中には、グーゴルという単位があって、これが10の100乗という話だ。すると私の口座残高は、一グーゴル円(厳密には一円足りない)と表現できる。その一グーゴル円で、全宇宙が買える。あまりにも度を超えた額で、頭がくらくらする。
総裁はよほどおかしいのか、笑いが止まらないようだ。
「君を目の前にすると、これまでの自分がふがいないよ。あの苦労は一体なんだったのかと反省してしまう。君は何の努力もなしに、世の中に全くといっていいほど貢献することなく、一瞬にして人類史上最大にして最高の大金持ちになった。しかも税金は免除ときた」
石油王ロックフェラー、海運王オナシス、鉄鋼王カーネギー、金融王モルガン、自動車王フォード、ホテル王ヒルトン、鉄道王ヴァンダービルト。彼ら先人達の偉業を、この若き島おこしボランティアが一瞬にして凌駕してしまった。誰が史上初のビリオネアか知らないが、私は史上初にして、おそらく最後のグーゴラーなのだ。
「で、実際使うには、どうすればいいんですか」
ダミー口座を使うには、手続きが必要であろう。
「これを持っていきたまえ」
といって、総裁は懐から一枚のIDカードを取り出した。私はそのカードをうやうやしく両手で受け取った。なんとすでに私の顔が印刷されていて、本物のIDカードのようだ。いや、口座が特別なだけで、カード自体はいたって普通のものなのだ。しかし、私は一見ごくありふれたこのカードを、超富豪カードと命名した。私の持っている普通のカードと区別するためである。
「今日帰ったら、口座の数字直しとくね。それと、合計口座データとあんたの生体情報なんかとリンクさせとくから」
「それでは私も娘も忙しいので、先に失礼させてもらう。私のほうは君と、もう会うことはないだろうが、いい経験をさせてもらった。人類史上最高のウルトラスーパーエクストラリッチマンと会えて光栄だよ」
といって、総裁は私と再び握手を交わした。
「じゃあね」と、明美は手を振った。
それから二人の乗ったカヤックは洞窟から出ていった。
私は彼らの姿が見えなくまるまで、みじろぎもせず見送った。福の神が実際にいたことを、この年になるまで知らなかったとは、これまでの勉強不足を恥じいるばかりだ。
「はあ、やっと終わった」と、井畑はため息をもらした。暴行を加え、恐喝した相手と一緒にいるのは、神経のすり減ることのようだ。
私も今後の身の振り方を思うと、ため息が出た。
「さあ、帰るぞ」
といって、体力自慢の海男井畑はパドルをこぎ出した。人類史上最高の金持ちである私も、おそれおおいことに自らパドルをとった。この状況では仕方ないが、今後はすべて召使い達の仕事になるはずだ。
海岸に戻ると、タクシーを呼ぼうという私の意見に井畑が反対したので、やむをえず自分の車で家に戻った。まだ、新しいIDカードは使えないから、と自分を納得させた。カヤックを返却し、大衆食堂で粗末な夕食を終え、あばら家に戻ると、私は混乱した精神を沈めるため、早めに寝室にこもった。
この惑星はすでに私のものだ。いや、この銀河系すべてが私のものだ。などという考えがとめどもなく浮かんでくる。これまで人類のしてきた努力とはいったい何だったのか。成功するには努力が必要だなどといった勤勉思想は、私の出現の前に吹き飛んだ。
「この世をば我が世とぞ思ふ望月の欠けたることもなしと思へば」と歌った藤原道長の気持ちがわかった。
しかし、その道長でさえ私の前では、植物プランクトンほどに小さく映る。
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