第17話 残り6話
「ああ、暇だなあ。なあ、いまなら金があるから、アナコンダで島おこし本当にやろうぜ」
玉井の一言は、私を動かした。今はTTPが重要な観光資源になっているが、いつまでも種子島だけのものではない。末永く続く、この島独自のセールスポイントが求められている。資金は充分にある。本物のアナコンダを購入することぐらいやってやれぬことはない。
それで、「二、三匹飼ってみようか」と私は提案した。
「馬鹿、こんな島でアナコンダが育つわけない。いないのにいることにするんだよ」
「?」
「つちのこやヒバゴンと同じことだよ」
本当にいるかどうか知らないが、未確認動物つちのこは大きな話題を呼び、賞金までかけられている。実在の動物であるオオアナコンダをわざわざとりよせなくても、偽の目撃談をこしらえればいい。佐渡島でアナコンダは嘘くさいが、種子島なら一匹くらいいても不思議はないと、本土の人間なら思うだろう。沖縄が日本に復帰したとき、毒蛇のハブが大きなインパクトを与えた。密林の大蛇アナコンダならハブに勝るとも劣らない。正義の味方タネガシマンと闘わせれば、ハブ対マングース以上の見せ物になる?
中種子の役場に話を持ちかけると一蹴された。いつもの担当は、
「こっちから頼んでもないのに、よけいな仕事増やすな。ボランティアは言われたとおりにすればいい」と怒りながらいった。
「自発的にやるからボランティアだろ」と玉井は正論をいった。
沖縄に並々ならぬライバル心を抱く南種子の役場に提案してみると、前向きに検討するとのこと。
一週間後、役場から返事があった。大変すばらしいアイデアなので採用すると決定。
「本当ですか?」
私は半信半疑だった。
「もう、前向きに実行してます。キャラクターのデザイン決めて、業者さんに発注しました」
一週間の間に南種子の役場のほうで、おおかたの骨子は固めてしまったという。自分のアイデアを人にとられたような気分が残り、後味が悪かったが、残念に思う必要はない。私から言い出したことだ。可能な限りがんばらなければならない。そこで、嘘の目撃談をブログに掲載した。
「今朝、私が目を覚ますと、窓の外に人の形をした白い光が輝いているのに気づいた。あれはこの島の精霊に違いない。私はすぐに着替えて、外に出て光の正体を確かめようとした。しかし、光は私を誘導するように、マングローブの森の中へ入っていった。川縁に達したとき、光は消えた。私は、急に喉の渇きを覚え、両手で川の水をすくおうとした。そのとき、水中に巨大な影を見た。私は思わず、腰砕けになり、その場に座り込んでしまった。そいつは私に見向きもせず、水中から陸にはい出てきて、何食わぬ顔で私の横を通り過ぎていった。巨大な体躯にぬめぬめした褐色の皮膚。そいつの正体は見たこともないような巨大な蛇で、長さは十メートルはあった」
と、注目を集めようと煽りに煽ったが、アクセス件数はいつもと同じだった。つまり五件程度。
一ヶ月経って、注文していた着ぐるみが届いたとの知らせが南種子役場から入り、私と玉井はさっそく見にでかけた。子供受けするゆるキャラを想像していたが、皮膚など妙にリアルで生々しい。ご当地ヒーロータネガシマンの敵役、悪のジャアスロウ帝国の第四の怪人「蛇亜四郎」では、そうなるのも当然だ。実はJAXAはジャアスロウの手先という噂がある。JAXAのJAは、農協のJAであると同時に、ジャアスロウのジャでもある。
着ぐるみは巨大なうえに重い。大人が一人、立った姿勢で入ったうえで、さらに三メートルを越える長い尻尾が後ろに続く。動くとき尻尾が邪魔なので、それを支える黒子が必要だと判断した。玉井がその役をかって出た。
ヒーローショーのないときは、玉井と二人で、アナコンダショーを展開した。私の目撃談から始まり、オリジナルの紙芝居、玉井が歌い私が演じるミュージカルなどの演目で客の心をつかもうと試みた。しかし、ギターケースを広げ、おめぐみを乞うても、この島には金がないのか、誰もチップを入れようともしない。それ以前に見物客がいない。
『 誰も見ないアナコンダショー 役場とグルで島おこし
いつからこの島はアナコンダが棲むようになったんだ
本当はいないことくらい、みんな知っている
こけろ、TTP 負けろ、タネガシマン くたばれ、種子島 』
島の各地をドサ回りしながらも、私達は芸を極めることに必死だった。南種子町には、お祝い時の余興として、ひき蛙舞、蚕舞、鳥刺し舞、などといった座敷舞の伝統がある。その中でうなぎ舞と呼ばれた芸はすでに失伝して、現在では舞う者はいない。私は、島の聖霊達と交流した結果、そのうなぎ舞の動きを再現することに成功し、それをアナコンダの着ぐるみを身につけて舞うことで、新たにアナコンダ舞として復活させた。それは郷土芸能でありながら、私自身のオリジナル舞踊でもあり、次第に島民の心を魅了していった。
話は少し遡るが、半年ほど前に融資に関する重大な発表が政府銀行からあった。新年一月一日から、政府銀行からの融資以外にも、個人法人を問わず、口座間での金の貸し借りができるようになる予定とのことだ。許可を得ていない素人が貸金業を営むということではない。それでは無法地帯ができあがるだけだ。一定のルールのもとで、不特定多数が不特定多数に貸すのだ。
そのルールは、
借り入れ希望者は、借り入れ希望額、支払い予定金利、返済パターンなどを政府銀行に登録申請する。
政府銀行は、借り入れ希望者の借り入れ希望額、支払い予定金利、返済パターン。さらに、身元を特定できない範囲で事業内容や借り入れ理由、過去の収支、残高、返済状況などを公表し、貸し付けを募る。
貸し付け希望者は、借り入れ希望者の中から、貸し付け先を選択し、貸し付け金額を決め、政府銀行に申請する。
返済パターンに応じて、借り入れ先の口座から定期的かつ自動的に貸し付け元に返済されるが、借り入れ先の残高が不足している場合は、返済が遅延される。遅延の場合の加算はないが、贅沢品購入禁止などの支出制限を受ける。個人借り入れ主死亡や法人借り入れ主倒産など借り入れ先口座が消滅した場合は、その時点で貸借関係は消滅する。
貸し付け、借り入れ双方とも、相手を特定できない。返済がいくら遅れても、身元の照会もできない。これは、金銭トラブルを防ぐためである。
これも一種の金融商品であるからには名前がある。その名も、
「不特定口座間融資制度ステルス」
誰に貸したのか、誰から借りたのか、相手が見えない。まさに、ステルス。ちなみに、手数料は無料。いまや、政府銀行は営利組織ではない。
貸し付け時のリスクが大きいが、貸し付け金額の八割は資産調整時に控除の対象となるので、富裕層にとっては悪い話ではない。これは残高が足りない相手に貸し付けることで、社会全体の補填総額を減らすことにもつながるので、そのような特典がもうけられた。政銀には普通預金や定期預金といった概念がなく、預けただけでは利子が付かない。
新たに契約を交わせば、預金の一部(最低保障制度のため全額は無理)を政銀に貸し付けできる。その場合、政府亭ネットでの追加サービスなど利子以外の特典も選択できる。さらに、最適化フローと資産調整でたくさんため込むのを防ぐ。これらは景気循環をよくするため、貯蓄をさせずに消費に回させる狙いがあるからだ。それでも金を使いたくない場合は、せめてステルスで人に貸してあげてくださいということだ。
この制度の存在を知った玉井は、私に金を貸すよう頼んできた。直接貸すより、口座から自動的に返済されるステルスのほうが安心だ。しかし、相手がわからないのがステルスだ。それで、
「相手を特定できないから無理だよ」
と私が断ると、わかるよう目印みたいなものをつけるという。
「職業シンガーソングライター。理由、反TTPの資金集め。これだけでもう俺ってわかるよな」
「おそらく芸術家とか大きな分類にまとめられるし、政府銀行の制度を利用するのに反TTPは無理だ」
「それならこうしよう。借り入れ希望金額を3,675,489円とか細かくすればいい」
「たしかに……、他にそんな半端な金額希望する人間いないからな」
単位が一万円でも、367万円で芸術家なら、借り入れ希望候補の中から玉井を探せそうだ。
正月の帰省が終わると、さっそく新融資制度を試してみた。玉井と思われる借り入れ希望者はすぐ見つかった。手続きをすませた後、興味本位で借り入れ希望者の一覧を見た。まだ始まったばかりで信用されていないのか、件数は少ない。そのなかで気になる希望者を見つけた。職業システム開発。理由が移住費用。希望額が3470万円とやたら多いのは、新天地でマンションでも購入するのか。それなら移住費用とは書かずに、住居購入となるはずだ。
これはひょっとしたら、なにかのメッセージではないだろうか。
3470……サヨナラの数字に読めないこともない。
翌日、明美から、急で悪いけど夕方にあってほしいと連絡があった。彼女もいそがしくてあまり時間はとれない。それでもどうしても話しておきたいことがあるとのこと。彼女と会うのは、サーフィン以来になる。場所は最初にあったロケットセンター近くのビーチ。
いつもの彼女に比べ、どこか暗い感じがする。雑談を少ししたあと、彼女は言いにくそうに、
「私、異動することになったんだ」と切り出した。
「移動って、どこに?」
私は、人事異動のことだと思わなかった。
「東京本社。正月休み終わったら、もうそっちで働かないといけない」
彼女も、所詮は民間企業の一従業員なのだ。
「引っ越し大変だろう」
「会社がケチだから、全額出してくれなくて。3470万円借りようとしたけど、誰も貸してくれなかった」
「あれ、君だったのか。でも、君の場合、自分の口座、好きな金額に修正できるだろう?」
「それができなくなって」
「どういうこと?」
「例の件、ばれたみたい。異動もたぶんそれが原因」
「ばれたって、じゃあ僕はどうなる?」
「たぶん、大丈夫だよ。富樫が悪いわけじゃないから」
「悪くないことはないよ。3740万くらい貸してあげるよ」
「それはやめて。変えた口座、富樫のだってばれるかもしれないから。五億円、私からのプレゼントだから、大切に使ってね」
「3470って数字。ひょっとしてサヨナラって意味?」
「は~? 自分の引っ越し費用を利子付きで借りるのに、語呂合わせにする馬鹿なんている? 仮にそうだとしても、一体誰に向けてのメッセージなの?」
私の勘違いだったようだ。それでも、最初に出会った場所を別れの場所に指定してきたのは、彼女なりのメッセージなのだろう。眼前の海は淋しげで、さよならの海とでも、呼びたい雰囲気だった。それから、私たちは無言のまま、その海をいつまでも見つめていた。
四月一日、TTP開始から三年目になった。結依は政銀の子会社に入社した。家庭にあるテレビを使った政府亭ネットの新サービスのサポート係だ。四月一日から本番なので、三月半ばから研修が行われた。
その日の午前中。私の家のリビングには、私と玉井と井畑の三人がソファに腰掛け、テレビと向き合っていた。テレビ台の中には、セットトップボックス(STB)とマイク付き深度センサーが置いてあり、センサーがテレビの前の利用者の体の動きと音声を把握するので、リモコンなどは不要である。さらにSTBの製造番号と利用者の顔認証データを利用するので、PCなどと違いIDカードの提示は不要である。
サービス開始時刻の午前十時になった。玉井が「政府亭ネット」というと、テレビ版政府亭ネットのホームページが出た。PC版より文字が大きく、テレビ用にカスタマイズされている。
玉井が、「サポート」と言うと、政府亭ネット画面がやや小さくなって、右側に空きができた。その上部にサポート係が映し出され、その下には、
「サポート受付中 お客様の行動は弊社サーバーに録画されています」というメッセージ。
「はい。サポートの安藤と言います」
結依ではなかった。
「ごめん、間違えちゃった。サポート終了」
と玉井が言うと、サポート画面は消え、通常の画面に戻った。同じことを繰り返したが、二人目、三人目とはずした。
「あまり続けてやると、イタズラと思われないかな」
井畑がいった。
「今度は間違いない」
何の根拠があるのか知らないが、玉井はそういった。
玉井の予言は当たった。四人目だった。
「はい、サポートの橘です」
頭にヘッドマイクを装着し、会社の制服に身を包んだ結依が現れた。
「確率いいね」玉井は誇らしげにいった。「結依ちゃん、元気」
「どういったご用件でしょうか」
「そんな、固いこと言うなよ。君と俺の仲じゃないか。恋人以上友だち未満ってやつ」
明らかに迷惑な客だが、彼女は感情をこめず、
「ご用件をお話しください」と事務的にいった。
見かねた井畑が、「支払いは、IDでもできます?」とまともな質問をした。
「テレビ用政府亭ネットでも、パソコンやスマートフォンと同様、口座からでもIDからでもお支払いは可能です」
「もっとおしゃべりしようよ。君の本物の恋人の富樫もここにいるじゃないか。最近、君と会えないって毎日寝言でさびしがってるんだから、声のひとつぐらいかけてやれよ」
と、玉井がちょっかいをかけると、彼女は「こんにちは」といって、少し頭を下げた。
私も「どうも」と頭を下げた。
玉井は「照れてる、照れてる」と彼女を冷やかした。さらに、
「種子島は恋の島 人が少ないから島中デートスポット それなのにテレビで愛を確かめる なんとせつない二人」などと歌い出したから、彼女は
「規約違反のお客様につきましては、サポートを終了させていただきます」 と一方的に言い放ち、サポート画面は閉じられた。
「怒らせたようだな」
井畑はいった。
玉井はその後も、
「おいらだって恋くらいしたいぜ だけどぼったくりの政府銀が邪魔しやがる 政府銀行様のご好意で この島では恋愛禁止です」と、意味不明な歌詞を叫んでいた。
結依には、私のほうから、電話で謝っておいた。そのときどこか冷たかったのは、最近会ってないからか。私も彼女もお互い忙しくて、すれ違いになっているのは確かだ。
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