第14話 残り9話

 私と玉井は、四月末、五月末、六月末、と三ヶ月連続で補填を受け続けた。五月と六月は補填の上限額十万円だ。こんなことでいいのだろうか、という良心の呵責も、それが当たり前になると、あっという間に失せ、こんなに便利で役立つ制度を、今までなぜどこの国も採用できなかったのかという、非TTP地域に対する哀れみと軽蔑の気持ちまで感じるようになっていた。

 いい気になってぶらぶら過ごしていると、七月の半ばに役場に来いという連絡が来た。行ってみると、この三ヶ月どんな仕事をしたか問われた。


「特になにも」と答えると、「今後の予定は?」ときかれた。

「特に」

「それなら、地域おこし協力隊、通称島おこしボランティアになってもらうことになります」

「島おこしボランティア?」

「はい。給料はなし。補填が給料の代わりです」


 それで、二人でビーチのごみ拾いやマナー違反者への注意をすることになった。守備範囲は熊野海水浴場と浜田海水浴場。昨年、お世話になった海の家「どんげー」は、今年も営業をしている。反対していた奥さんも、ご主人の漁師料理への思いを理解し、手伝ってくれることになった。それで、昨年のような地鶏焼きはやめ、魚をメインにしたので、玉井に声はかからなかった。

 私は、よくそこに立ち寄り、ただでごちそうしてもらうかわりに、相変わらず手伝いをしている。結依の友だちの崎は今年もそこで働いている。二年目なのでバイト達のリーダー的存在だ。結依には比ぶべくもないが、よく見ると美人でスタイルもいい。私が立ち寄ると、時々マンゴプリンをおごってくれる。高校生にまで恵んでもらうとは、最低資産者の惨めさがひときわ身に染みる。


 海水浴シーズンが終わると、ゴミ拾いの仕事はなくなった。 

 役場の人間も忙しく、余計に増えたボランティアのことにそれほどかまっていられない。しかし、遊ばせておくのも虫が好かないということで、二、三日中に、何をすればいいのか自分たちで考えて報告しろと言われた。私と玉井はない知恵を絞り、ナスカの地上絵やJAXAの植え込みのように、ビーチに大きな文字や絵を書いて、大々的に島をアピールする案を思いついた。それを聞いた井畑はあきれかえった。


「誰もそんなもの見ないよ。それよりサンドアートなんかどう?」

「サンドアート?」


 サンドアートとは砂を固めて、彫刻にしたものだ。それならビーチをうまく生かせる。役場の担当に話すと、試作品を見てから決めるといわれた。一週間で納得のいく作品を作らなければいけない。

 作品のテーマを三人で話し合ったが、なかなかまとまらない。私は種子島に一週間逗留したことのある宣教師ザビエルを、玉井は種子島ロケットセンターを、井畑は大好きなサーフィンを主張し、誰も譲らないので、混合案でいくことにした。


 試作品とはいえ大型の本格的なもので、土台作りから始める。人の背丈ほどもある型枠の中に砂と水を混ぜてよく固めた後、型枠をはずし、上のほうからコテなどで削っていく。最後は糊を吹き付けて固める。怪力の芸術家井畑の活躍で、期限までになんとか間に合った。


 そして担当にお披露目をするときが来た。私と玉井、担当の三人は、熊野海水浴場の片隅にある作品のところまで歩いていった。作品にはシートをかぶせてあるので、私と玉井でシートをとりはずした。


 縦長の台形の壁を背に、サーフボードの上に直立し、天を仰ぐように両手を広げたフランシスコ・ザビエルは実に神々しい。担当は真剣な表情で見つめると、

「素晴らしい。素人の作ったものとは思えない」と褒め讃えた。

玉井は誇らしげに、「裏も見てよ」といった。

 担当は、「裏もあるの?」といって、裏側に回り、「こっちもすごい」と感心した。しかし、すぐに、

「これ、どういうこと?」と声を荒げた。


 慌てて私も裏側に回った。

 裏の図柄は、TTPという未知の領域に向かうこの島の先進性を、宇宙に向かうロケットになぞらえ、種子島の形をしたロケットが発射される瞬間を彫刻にしたものだ。


「どうかしました?」と私はきいた。

「ここ」と、担当はロケット噴射の下部、地面のすぐ上辺りを指した。そこには横書きで、

『地球から出ていけ!』という文字が刻まれていた。私の知る限りではそんな文字はないはずだ。

 これは一体?

 私は玉井を見た。すると彼は、

「今朝、思いついて、彫っておいた。なかなかのアイデアだろう」と自慢した。

「何考えてるんだ!」

 人気のないビーチに担当の怒声が響き渡った。


 玉井にしてみれば、ほんの冗談のつもりだったのだろうが、相手は行政の人間だ。それ以前に一人の気の短い男性だ。さんざん怒った挙げ句、苦労して作った作品を私達の手で取り壊させた。さらに、午前中に穴を掘って午後から埋めるという拷問のような作業を言いつけてきた。冗談かと思っていたら、本気のようで、ビーチの片隅に作業場所を指定され、携帯の動画メールで毎日作業報告しなければならなくなった。


 それから、私と玉井の二人はスコップを貸し与えられ、これ以上無意味なものはない作業を雨の日も風の日も続けた。私たちの存在に気づいたサーファー達から、いろいろと質問を受け、作業する様子を携帯で撮影され、早送り映像で全世界に配信されもした。

 動画のタイトルは、「TTPの島で罰ゲーム」


「最低資産保障を受け続けるこの二人は、毎日穴を掘っては埋めるという馬鹿な作業を繰り返しています。一体、それが何になると言うのでしょうか。労働生産人口が減少している日本の若者に、こんなことをさせていいのでしょうか」という注釈付きだ。

 反響はものすごく、閲覧回数が世界五〇位以内に入ったこともある。しかし、中種子町の町役場には何の影響も及ぼさなかった。


 三週目に入ると、二人とももう心は折れていたが、惰性で体だけはなんとか動かしていた。

「毎日穴掘って埋めて……」

 作業の間、玉井はぶつぶつつぶやいていた。

「穴掘った、穴掘った、穴掘った」

 はっきりしたメロディーはなかったが、一種の労働歌なのだろう。疲労が重なり、そのうちに「アナホンダ、アナホンダ」と聞こえるようになり、最後には「アナコンダ」としか聞こえなくなった。

 私は、「アナコンダって聞こえるよ」と彼に指摘した。彼はひたすら「アナコンダ、アナコンダ」と唱えながら穴を掘っている。

「こんなことするくらいなら、アナコンダにでも食われたほうがましだな」と私はいった。

「アナコンダ、アナコンダ……」

「この島にアナコンダでもいたら、島おこしのネタになるのに。沖縄のハブに匹敵する」

「アナコンダ、アナコンダ……」

 もう意識がないのかもしれない。

「大うなぎはいるけど、インパクトないからな。おい、大丈夫か?」

 玉井は、怒りの表情が浮かべ、ひたすら「アナコンダ、アナコンダ」とうなり続ける。

 大丈夫かと呼びかけたのは、彼が弱ってきたからではない。むしろ、その声には力がこもっている。もはや隣にいる私の存在など忘れて、ひたすら自分の境遇と、その原因である島の事情を呪っているようだ。 

「アナコンダ、アナコンダ……やめだ、やめだ」

 玉井は、やめだ、やめだと叫び、スコップを放り投げると、天を仰いで歌い出した。


『 おいらは島おこしボランティア 本当は島のやっかい者

  稼ぎがないから補填受けて やることないから穴掘って埋める

  アナコンダに食われたほうがまし だけど、暑いくせにアナコンダはいない

  こけろ、TTP さぼれ、ボランティア くたばれ、種子島  』


 歌い終わると彼は血走った目を見開き、大声で海に向かって叫んだ。


「これまではおとなしくしてやったけど、俺は本気でTTPぶっつぶすからな」


 そう言い残し、どこへともなく走り去っていった。私は彼の背中に狂気を感じた。もう帰ってこないかもしれないという予感がする。正直、私一人では困る。彼と二人だから、つらい作業も耐えられた。家賃の件もあって彼にはなんとしても戻ってもらわないと困る。しかし、次の日になっても彼は戻らなかった。

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