第6話 残り17話
質疑応答が終わると、次はTTPのプロモーションビデオを観た。
まずはミニドラマから。ごく普通の平均的な家庭が舞台だ。
娘「お母さん、これ見て、最近の携帯って今自分がどこにいるかもわかるんだよ」と、GPS機能をアピールしながら携帯をみせびらかす。
母「へえ、便利になったわよね」
父「道具はどんどん便利になるのに、暮らしはきつい」
母「あなた、そういえば、また保険の掛け金上がるんですって」
父「勘弁してほしいよな。これじゃあ、いつになっても一軒家に住めない」
母「この子も受験生で来年から入学費に授業料、ああ頭がいたい」といって頭を抱える。
テロップ「みなさん、お金で困ったことありませんか?」
ナレーション「どうしてこれほど科学技術が進んでいるのに、経済がうまくいかないんでしょう?」
父「それは、あれ、政治家がだらしないから」
母「大金持ちの人がため込んでるからでしょ」
娘「携帯作ってるような人が政治家になればいいのよ」
ナ「娘さん、いいところに気づきましたね。携帯は最新の技術で作られているのに、経済は大昔のやり方からほとんど変わっていません」
娘「大昔のやり方って?」
ナ「国がお札やコインといったお金を作り、それを銀行に貸して、銀行がそれをみなさんに貸して、国が必要な分はみなさんから税金でとるやり方です」
父「それじゃあ、うちみたいな貧乏なところにお金が回ってこないはずだ」
母「借りても返せないから、銀行も貸してくれない。税金はしっかりとられるのに」
娘「借りる人がいなかったら、お金を作る意味ないじゃないの」
ナ「そのとおりです。だから銀行は晴れの日に傘を貸すのです。お金が余ってるところには、無理矢理貸しますが、お金が足りないところは、相手にされません。それで、お金をいくら作っても、世の中は足りない人ばかりなのです」
娘「へんなの。なんでそんなおかしなやり方続けてるの?」
ナ「みなさんがこのやり方になれてしまって、それを常識だと思ってしまっているからです」
娘「じゃあ、どうすればいいの?」
ナ「お金に対する考え方を変えることです」
娘「考え方って?」
ナ「まずは、お金の役割を考えてみましょう。大昔、お金がまだなかった頃、人々は塩や牛といったものを直接交換しました。それでは効率が悪いので、羊や麦など誰でもほしがる貴重なモノを、なんにでも交換できるモノ、つまりお金として決めました。交換したいものを、麦何鉢分、羊何匹分として価値を決めて交換したのです。
そのうちに羊や麦のような時間が経てば使えなくなるモノをお金にするより、銀などの貴金属にすれば腐らなくて、いつまでも使えることに気がつきました。それから時代が経つと、お金の信用さえなくならなければ、貴重な銀を使わなくてもいいことに気づいて、銀の比率を下げる、つまり価値の低い金属に替えることでたくさん作ることができるようになります。それはさらに紙になって、現代まで続きます。
こからわかるのは、お金の役割は交換するモノやサービスの価値情報であるといえます。それならばいっそのこと、コインやお札といったモノでやりとりするのではなくて、価値情報、つまり十円や百円といった数字だけでやりとりしてはどうでしょうか」
母「??? このキュウリください。はい、百円です。はい、数字だけで百円あげます。はい、数字だけで百円もらいました。ありがとうございますってこと?」
ナ「数字だけといっても記録に残さないといけません。やりとりを帳簿に付けるんです」
父「帳簿に書いた数字がお金? それなら五億冊くらい帳簿そろえる必要あるな。仮に毎回毎回つけて五億冊一冊残らず回収できたとしても、全企業の帳簿と全家庭の家計簿後で照合すれば、絶対に合わない。それに、そんなもの正直につけるわけないじゃないか」
ナ「誰がいくら持っているか、いくら支払ったか、いくら受け取ったかの情報を一カ所にまとめて記帳する全国民共通の帳簿を一冊つくることができれば、もうお札やコインを作る必要はなくなります」
父「全国に一億人以上の人がいて、会社もたくさんあるし、北は北海道から南は沖縄まで住んでいるところバラバラだし、その人たちが買い物するたびにいちいちその帳簿に記帳するなんて絶対に無理。そんな魔法の帳簿なんていくら携帯屋が賢くても作れないに決まってる」
ナ「それがコンピュータテクノロジーの進歩によって可能になる時代が近づいてきているのです」
娘「一体どこの携帯屋さんなら、そんなことできるというの?」
ナ「携帯屋さんではありません。そのすごく賢くて信用できる会社の名前は……」
ナレーション&特大テロップ「みなさまの政府銀行です」
ナ「おカネがモノから数字になると、何がよくなるのでしょうか。石や羊、お札やコインといったモノでは、足したり引いたり掛けたり割ったりできません。この石の大きさを百倍にしようと思っても、このお札の金額を0・968745倍にしようと思っても無理なことです。それが数字では簡単に出来るようになります。モノと違って隠せませんから、お父さんのへそくりを、おうちの口座に移すことも簡単です」
父「俺はへそくりなんかしてないよ。でも、いいことを聞いた。うちも今日政府銀行さんに口座作るから、明日までに円周率倍にしてもらおう」
ナ「そういった勝手な要求に答えていては、お金の信用がなくなります。みなさまが納得するルールを決めたうえで、政府銀行は全ての口座の数字を調整していく予定です。そうすることで、今まで以上にお金は世の中の役に立つことでしょう」
テロップ「流体モデルによる説明」
次はCGを使った説明だ。
テロップ「従来の資本主義」
底にいくつもの小さな穴の空いた大小様々なガラスボウル。それが葉っぱのように樹の枝に固定されている。最上段は銀行、次は大企業、その次は中小企業、下の方は家庭と各ボウルに記されている。下にいくにしたがってボウルは小さく数も多くなっている。樹の根本には「税金」と記されたたらいがあり、たらいにはモータが取り付けられ、そこからホースで「政府」と記された近くの水槽に水を回収する仕組みだ。水槽の外側には「中央銀行」と記された蛇口があり、そこからホースが樹のてっぺんまでのび、銀行ボウルに水を供給している。
水槽には水がたっぷりあり、蛇口をひねると、ホースの中を水が流れ、そこから銀行ボウルに水が注がれる。銀行ボウルの底の穴から水が四方八方に飛び散り、すぐ下の段の大企業ボウルやその下の中小企業ボウルあたりに水が入る。大企業ボウル、中小企業ボウル、それぞれも穴があるから下に漏れて、家庭ボウルにも水が入る。地面に落ちてきた水は、税金たらいが受け止め、政府水槽に還流する。
各ボウルの穴の位置と大きさはばらばらで、それが下で待ち受ける小さなボウル達にとって不公平な配分となり、中にはボウル一杯に水があふれているものや、ほとんど水が入ってこないボウルもある。家庭ボウルの大半は入ってくる水量のわりに穴が大きく、水はたまらない。ボウルは水がないと生きていけない。このままでは死んでしまうと申請してきた家庭ボウルには、極細の「生活保護」ホースが政府水槽からつなげられるが、極細ホースの数には限りがある。
しばらくすると、水が足りないという声がおおきくなり、政府水槽は「金融緩和」を決め、蛇口をゆるめた。すると、上の銀行や大企業にはたっぷりと水が入る。しかし、下のほうでは潤ったボウルもあるが、相変わらずだという声もある。蛇口をゆるめるのはいいことばかりではない。水槽の水が枯渇しはじめた。困った政府水槽は樹の幹を大きく揺さぶった。いわゆる増税だ。
樹を大きく揺すったが、それでもたらいに入る量はあまり増えない。本当は幹の上のほうを揺さぶる「金持ち増税」をしなければいけないのだが、下のほうのボウルは発言力がないので、下のほうが揺さぶりやすい。
たらいの水量があまりふえなかったので、今度は蛇口から出る水の量を減らし、「金融引き締め」を行った。そしたら、水が足らない、入ってこないと、ボウル達はデモを始めるようになった。政府水槽はやけになって、蛇口を全開しましたとさ。
そうしたことを続けているうちに、全体の水量が減ってきてしまった。たらいに入らなかった水は地面にしみこんでしまうのだ。
テロップ「電子制御資本主義」
従来の資本主義が水不足で維持不能に思えたので、今度は「政府銀行」水槽を作った。この水槽はコンピュータで管理された最新式のものだ。
まずは、すべてのボウルに水位メーターとモータ、ホースをとりつけ、それを政府銀行インテリジェント水槽とつなぐ。水位が最低基準を下回ったボウルの不足分は、政府銀行水槽を通して、水位基準を大きく上回ったボウルから補填する。「生活保護」極細ホースは撤去された。
次に全体量が減らないように、地面には防水シートが敷かれ、たらいに入らなかった水を集めて、ホースでくみ取り、また政府水槽に回収する。
そのうちに地面のシートから水槽に回収できるので、「税金」たらいが不要だと気づいた。もう樹を揺さぶることはありません。さらにたらい以外にも、銀行ボウルも不要であることが判明した。水位の設定量をゼロにして、空になった銀行ボウルは撤去された。
これで一件落着かと思ったら、ボウル達はもっと水が欲しいとわがままをいいだした。経済を成長させたいのだ。だが、水の全体量は同じだ。さあ、どうしよう? 実は、政府銀行水槽の裏手には川が流れていて、全体量をいくらでも増やすことができるのだった。
電子制御資本主義の最終的な目標は、各ボウルが政府銀行と「信頼」ホースで結ばれ、水位メータで測定した数値から、常に最適な水量を維持できるようにすることです。
娘「わかりやすく説明しようと努力してるのはわかるんだけど、でも、かえってわかりにくいんだけど……」
コント「間抜けな強盗」
政府銀行種子島支店。顔を帽子とマスクで隠し、火縄銃を持った男が押し入る。
女子行員「きゃあー」
男「おとなしくしろ」といってカウンターに近づく。
男「金を出せ」
支店長(本物)「現金はございません」
男「銀行のくせに金がないとはどういうことだ」
支店長「お振り込みならできますが」
男「すぐ振り込め。一億円だ」
支店長「かしこまりました」カウンターの女子行員に指示。
行員「どちらのお口座に振りこめばよろしいでしょうか?」
男「俺の口座じゃ誰かばれるから……。そうだ、後輩に都合のいいやつがいた。あいつなら口が堅くて、俺の言うことならなんでも聞く」
男、振り込み用紙に振込先を記し、行員に渡す。
行員、作業を終える。「ただいまお振り込みしました」
男「よし、それじゃあ、警察には言うなよ」男は立ち去る。
後日、警察に連行される男。
刑事「なぜ捕まったかわかるか?」
男「わかりません」
刑事「おまえが銀行に振り込ませた口座から、またおまえの口座に振り込ませたからだ」
男「くそっ、どうすりゃこの島で銀行強盗できるんだ」
刑事「それ以前に、火縄銃なんかでよく強盗できたな。撃つのに時間がかかりすぎるだろう」
テロップ「TTPの導入は、強盗や振り込み詐欺などの犯罪防止につながります」
次に伊達メガネをかけた人気女性タレントが登場。講師役となり、TTPについて説明していく。
「みなさん、こんにちは、古居美沙です。今日はこれからTTPについて私と一緒に勉強していきましょう」
テロップ「まず、TTPとは?」
美沙「政府銀行さんが進める全く新しい経済システムのことです。お札や硬貨を使うことをやめて、TEN端末と政府銀行窓口とTEN対応ATMだけで、お金をやりとりします。つまりIDカードさえ持っていれば、もうお財布はいらないんです。
TTPという名前は正式には、『種子島TENプロジェクト』というんだけど、覚えやすいように頭文字をとってTTPにしたんです」
ナレーション「種子島以外の場合はなんて呼ぶの?」
美沙「種子島以外でもTTPです。『種子島及び他地域におけるTENプロジェクト』の頭文字で~す。ほんとうは、JTP(日本TENプロジェクト、JAPAN TEN PROJECT)にするはずだったんだけど、みなさんがTTPという名前に親しんでくれたから、無理矢理、『種子島及び他地域におけるTENプロジェクト』と名前を変えて、そのままTTPで通します」
ナレーション「他の銀行はどうなるの?」
美沙「さあ、どうなるんでしょう」
ナレーション「それってちょっとずるくない?」
美沙「そんな暗い話はやめて、これからわかりやすく説明しま~す」
美沙、表計算ソフトが拡大表示された大画面の前に立つ。
一行目 「名前 残高」
二行目 「美沙 30,000」
三行目 「スーパー種子 50,000」
美沙「私とスーパー種子っていうお店やさんが政府銀行さんに口座を作って、持っているお金全部預けました」
ナレーション「美沙ちゃん、売れっ子なのに貯金が三万円って少なくない?」
美沙「私、そんなに売れてないよ~」
表計算の別画面。
一行目「振込元 振込先 金額 」
二行目「美沙 スーパー種子 2,500」
美沙「私は今日このお店で2,500円の買い物をしました。するとこうなります」
一行目 「名前 残高」
二行目 「美沙 27,500」
三行目 「スーパー種子 52,500」
ナレーション「30,000円あったのに2,500円使ったら27,500円になる。簡単だね」
美沙「これまでは私がお札や百円玉なんかをお店のレジで支払って、それをスーパーさんが受け取って、お店が閉まってからまとめて袋に入れて銀行に持っていって、それで、通帳の数字が変わったんだけど、これからはそんなことする必要はなくて、私がお店で買い物をすると、2,500円このレジで支払ったことをレジが記憶して、お店が閉まってから、まとめてデータセンターというところに送信して、その結果、私の残高が2,500円減って、お店の残高が2,500円増えるようになります。だから、ここにある27,500という数字は、通帳の記録なんかじゃなくて、それ自体がお金なんです」
ナレーション「う~ん。いまいちぴんとこないな」
(正確にいうとIDカードで購入した場合、IDカードの中身が減るのであって、直接自分の口座から2,500円減らされるわけではない。店舗のほうは、直接口座残高が増えるのは合っている。ここはわかりやすいように、IDカードの件は考慮に入れてないのだろう)
次に資産調整の概念の説明に入る。
一行目 「名前 貯金」
二行目 「美沙 50,000,000」
三行目 「卓夫 1,000」
美沙「月末に私と同じ事務所の卓夫君にお給料が振り込まれます……って、何、この五千万って?」
ナレーション「マネージャーさんに聞いたら、このくらいかと」
一行目「振込元 振込先 金額 」
二行目「オフィス鬼ヶ島 美沙 2,500,000」
三行目「オフィス鬼ヶ島 卓夫 30,000」
美沙「ちょっとこの数字ヤバイって! マジ、勘弁して!」
ナレーション「金額がリアルすぎたね」
一行目 「名前 貯金」
二行目 「美沙 52,500,000」
三行目 「卓夫 31,000」
ナレーション「消えた芸人卓夫君は、来月の給料日まで31,000円で暮らしていくんだ。かわいそう」
美沙「そう、かわいそう。だから翌月の初めに彼を救います」
一行目 「名前 貯金」
二行目 「美沙 52,431,000」
三行目 「卓夫 100,000」
ナレーション「十万円なら卓夫君も暮らしていけるね」
美沙「でも、私が彼に69,000円もあげたことになるんだけど」
ナレーション「でも、美沙ちゃん、稼いでるからいいじゃない。それに、これは単に卓夫君ひとりが助かるだけではありません。卓夫君がお金を受けとることで、卓夫君の消費が増え、社会全体の経済活動が活発になるのです」
美沙「でも、卓夫君が使わなくても私がたくさん使えば、全体から見れば同じでしょう?」
ナレーション「たくさん使わないから五千万もあるんでしょう」
美沙「使いたいんだけど、スケジュールが忙しくて、使っている時間がないの」
ナレーション「美沙ちゃんみたいに収入の多い人は、忙しい人が多くて、ゆっくり使う暇がないものです」
美沙「私だって、大金持ちになれば、アイドルやめて、どんどん使います」
ナレーション「それなら、もし美沙ちゃんが総資産十兆円の大富豪だったら、全部使いますか?」
美沙「使うわけないでしょう。それだけあれば利子だけで暮らせるし。銀行なんかに預けるより、人に貸したりして、どんどん増やしていって、お金がどんどん増えていきそう」
ナレーション「美沙ちゃんも大富豪になれそうです。いくらお金があっても、ご飯を千合も食べたり、歯ブラシを百万本も買う人はいません。大富豪の人も高い車や時計を買いますが、高級車や高級時計は換金できます。大富豪は、お金を全部使い切るようなことはしません。ほとんどが投資か貯蓄に当てられます」
美沙「よくわからないけど、その投資や貯蓄で、全体が良くなるんじゃないの?」
ナレーション「そういう面もありますが、たいていはお金持ちの間でお金が回っているだけです」
美沙「それで最低資産保障をするんだ」
ナレーション「そうです。そういった目的で、TTPでは、月末の口座の残高が、最低資産保障額を下回る世帯については、最低資産保障額になるように、翌月の初めに補填します」
世帯人数 1人 2人 3人 4人
最低資産保障額 100,000 130,000 160,000 190,000
美沙「今日はこの辺でお別れだよ~バイバイ」
古居美沙オンステージ 4/2~6 有明コロシアム チケットA席12,000
B席10,000 S席 20,000 (TENでのお支払いの場合は優待割引あり)
エンドロールにテーマ曲「TTPの後で」作詞作曲うた「玉井祐二」
『 僕らが買えるのは お金があるときだけさ
お金が足りなくなると 何も買えなくなるし
貯金の残りは後わずか 仕事もどこにも見つからない
TTPで、僕らはまた買える
嘘を吐くなと言いたくても 聞きかえすな
死ぬとき思うのさ みんな助けられた TTPのことを
お金が無かった時間 思い出してるけれど
今では夢のようで はるか昔の話
貯金の残りは後わずか 仕事もどこにも見つからない
TTPで、僕らはまた買える
嘘を吐くなと言いたくても 聞きかえすな
死ぬとき思うのさ みんな助けられた TTPのことを
TAK KU SAN KAU 聞き返すな
貧乏も不況も 全部思い出として ずっととっておこうよ 』
以上で説明会は終わりだ。わかりやすいのか、わかりにくいのか、いまいち判断できないが、私は、マルサスの過少消費説のことを思い出していた。貧困層の消費力不足と、富裕層の過剰貯蓄が、生産の縮小を招く。最近の日本の姿などはまさにいい事例だ。
三万円しかない卓夫君の貯金額を、強引に十万円に引き上げ、それが毎月続くと保証されていれば、売れない芸人の月間消費額は確実に増え、生産の維持拡大につながる。当たり前の話だ。逆に減らされる美沙ちゃんの消費額はそれほど変わらないだろう。
仮に資産千五百兆の日本人が一人いたとする。日本全体の個人金融資産の総計に匹敵する額だ。彼が所有する会社は全産業を支配する。あるとき、彼は全財産を現金に変え、広大な自宅の庭に地下金庫を作り、永遠に封印した。この状況で、国内経済がどうなるのか、言わなくてもわかるだろう。物々交換か、新たにローカル通貨でも作るしかない。
共産主義は資本主義と対立する概念に思われがちだが、資本を使うことは使うので、資本主義の異端派といえる。富を独占し、しかも死蔵するこの男こそ、マネーの役目を台無しにしている。資本主義の敵である。富裕層の貯蓄と社会全体の消費と生産、どちらが大事なのか、それぞれ意見は分かれると思うが、政府銀行は後者を選んだ。
市役所を出ると、会社に一報を入れた。編集長が出て、
「ついでにもう二、三日いてくれていいから、そっちの不動産屋当たって、めぼしい家探してくれる?」
と、移住先の物件をはやくも探すよう指令が入った。
そのほうが何度も往復されるより、経費を節約できるから当然だろう。だが、その日は何もやる気が起きず、ビジネスホテルに泊まり、翌日は朝から市内の不動産屋を訪ね、安めの一軒家を探すことにした。
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