第4話 残り19話
政府銀行の動きが本格化してきた。それも予想を上回るペースだ。これからどうなっていくのだろう。K氏の他に情報源があればいいのだが。
そんな矢先、我が編集部宛に匿名のFAXが届いた。差し出し人は政銀関係者だと自称しているが、もちろんイタズラの可能性もある。しかし、たとえイタズラとわかっていても、それをネタに記事にするのが、噂のトンネルだ。
FAXは数枚に及んだ。読み終わったとき、ジョージオーウェルの「1984」のことが頭に浮かび、私の体に戦慄が走った。要点は下記の通り。
貴誌に掲載された政府銀行による貨幣の電子化についての暴露は全くその通りである。しかし、政府銀行の計画する新社会経済は、それにとどまらない。
政府銀行の正体は金融業ではなく、国内の全個人法人の情報を把握し管理する支配機関である。近い将来全国民・全法人が政府銀行に口座を持つことを強要される。
現在でも政府銀行のデータベースには、口座残高だけではなくDNAや不動産などの情報も含まれているが、やがては学歴、病歴、犯罪歴、各種資格などの情報も付け加え、公式資料「国民データベース」として活用していく。これにより従来の戸籍謄本・住民票など煩雑な書類を廃止し、行政の効率化をはかる。
最低資産保障などの資産調整による経済・治安の安定化は第一歩にすぎない。マネーだけ回しても、サービスや生産が伴わなければ、経済はたちゆかない。資産保障で働かなくても暮らしていけることが知れ渡れば、怠け者が増えるだけだ。働く側からしても、残業が日常化する一方、働きたくても働けない場合も多い。そこで政府銀行は、資産と同様に労働も配分調整していく。その基礎となるのが、細分化された新資格制度である。
医師免許、弁護士資格などの敷居の高い資格に限らず、あらゆる資格を細分化し、省庁で管轄がわかれることないよう、政府銀行の国民データベースでまとめて管理していく。
この資格制度は教育にも大きな変革をもたらす。義務教育を含めた学生時代に受けた教育をも資格種類代数A成績2取得年次2015年などと資格情報として管理する。それにより、偏差値の高い学校に進むことより、資格をとりやすい学校を選ぶ風潮を作り出す。教育の主な目的が資格取得になれば、最終学歴がどこの大学かよりも、所有する資格のほうが重要になる。
その資格情報をもとに、雇用斡旋を強力に推進していく。現在では、雇用者と被雇用者とが直接やりとりし、政府はハローワークなどで支援するにとどまっていたが、今後は「国民データベース」を活用し、採用は行政経由を基本とする。
スカウト以外などで採用者が決まっておらず、一般から応募する場合は、雇用者側は採用人数や条件を行政に申告し、行政が政府銀行のネットワークを通じて、募集をかけ、応募した人員の中から選考し、雇用者側に推奨する形をとる。わかりやすくいうと、雇用側の希望など関係なく、資産に余裕のある人間より、生活にいきづまった人間を優先的に推奨するよう調整していく。推奨を断った場合は雇用者にペナルティが課せられる。これまで大企業などで行われていた一括採用は難しくなる。企業側からすれば、雇いにくく、首にしやすい。労働者側からすると辞めるのも、就職するのも容易になる。
現在、流通の世界では、東京に本社がある一握りの大手業者による寡占化が進んでいる。これは地方の雇用を奪うものである。政府銀行は、この動きに対し、二つの方針で対抗する。
ひとつは業者別消費税。個人事業主と法人、展開地域、店舗数などの違いで、消費税を漸次変えていくというもので、零細個人事業主のゼロパーセントが下限で、全国展開、店舗数百以上、資本金一億以上の場合の20%を上限とする。
もうひとつは、政府銀行自らが商品の流通をコントロールすること。その要になるのが、ネット通販「政府亭ネット」である。消費者向けだけではなく、流通の仲介をもとり行い、規模のメリットで大手に太刀打ちできなかった零細業者にも、コスト競争力を提供していく。その名の通り、零細業者にとってのセーフティネットとしての役割を果たす。
これは、販売、流通、広告を握ることで、消費者の選択を経営好調な業者から経営の苦しい業者に回すことだ。売上のいい商店Aと悪い商店Bがあり、AがBをつぶそうと安売りをしかけ、その結果Bがつぶれた場合、Aの売上や競争力が増すのに対し、Bでは失業、債務放棄などのマイナスがあり、全体で見ればプラスマイナスゼロ以下で、Aで購入する層の一部をBに回すことでAの一人勝ちを防ぐ。大型店の進出により駅前商店街が壊滅し、今度はその原因となった大型店が撤退する焼き畑商法が問題になっているが、地域に根付いた店舗を残すことで、地域の衰退を防ぐ。
もちろん本業である金融業には今以上に力を入れる。全法人個人の口座を扱っているのだから、証券、保険、消費者金融。どれも圧倒的な競争力を持つ。政銀おすすめ銘柄は、株価上昇間違いなし。日経平均すら、政銀の目標数値から大きく離れることはないだろう。
金融、労働、教育、流通を握り、さらには、口座と情報を把握していることを強みに、広告、メディアなど他の領域にも進出する。それは利潤追求が目的ではない。たとえば、結婚産業では、国民データベースからおすすめの相手(DNA情報から作り出したい人間を設定)を仲介し、マタニティ産業によって婚姻後の出産にまで影響を及ぼし、人口を調整するのが真の目的だ。
政治に関しても、電子投票などに国民データーベースは有効に活用できる。システムの利便性を生かして、選挙以外にも電子投票を押し進めて、現在滅多に行われない国民投票を常時行えるようにし、より民意を政治に反映されやすくする。もちろん反政府銀行の動きは押さえ込まれる。
結論からいうと、政府銀行は、金融、産業、教育、労働、政治、メディア、流通、広告、人口動態、など全てを管理コントロールするために創設された支配機関である。もはや国家の一機関ではなく、国家を越えた権力、超国家そのものといえる。
これでは超巨大官製企業どころではない。このリークの通り、政府銀行の統治する究極の社会主義が近い将来実現するのだろうか。
Iさんなどは、ただのガセだとまともに取り合おうとはしなかったが、編集長は、
「このタイミングでうちにリークが来るとは、前回の記事がすごかったからだ」と自賛し、「富樫君、これがイタズラでも構わない。次はこれで行こう」と私に指示した。
怪文書をもとにどう記事としてまとめあげるか、私に託された課題は深刻かつ重大である。
タイトルは、「衝撃レポート第三弾! マネーだけでない。政府銀行は雇用・教育・政治・消費をこう変える。天才エコノミスト富樫が大胆予測」にしよう。
(記事内容)
政府銀行は単なる序章にすぎない。戦慄の超高度管理社会の到来。
もう好きな仕事に就けない! 雇用権を政府にとられ、人事部消滅。
せっかく苦労して入ったのに全部無駄。もう学歴が役に立たない。
資格制度変更で、あなたも簡単に医者や弁護士になれる。
もう政治家なんていらない。電子投票システムであなたも政治に参加。
政府亭ネットでシャッター商店街に客を大量誘導。大規模店は閑古鳥。
資産残高無限大! 政府銀行口座データを直接修正する裏技を特別伝授。
そして、ついに匿名FAXによるリーク内容を載せた最新号が発売された。この出版不況のさなか、驚異的な売上を記録した。それ以上に苦情がすごかった。苦情の大半は政府銀行の預金額を直接修正する裏技に関することだが、当然のごとく、一般人にそんなことをされては経済は大混乱だ。そんな冗談もわからず、真に受けた人間がいたことに驚いた。
それでも読者の信用を落とさないように、預金額の修正方法は掲載しておいた。その方法とは、クーデターを起こし、政府を転覆し、独裁政権を樹立し、政府銀行に修正内容を指示するというものだ。私もプロの記者だ。自分の名前まで明かして記事を書いている。嘘は吐いていない。
それから一ヶ月。いまこそ時が来たとばかりに、海外のヘッジファンドは日本国債を猛烈に売り浴びせた。政府の買い支えもむなしく、国債価格は下がり、それに伴い金利が上がっていった。大量の含み損を抱えた大手銀行をはじめとした金融機関は経営危機になり、政府は何らの援助もしようとせず、民間銀行から政府銀行への空前絶後の資金移動がおきた。焦った銀行側も貸しはがしを臆することなく行い、企業は倒産ラッシュ。余裕のある会社は海外に逃げていった。
しかし、そんなどん底の日本経済に救世主が現れた。他でもない、無尽蔵の資産を勝手に作り出す予定の政府銀行だ。しかし、それは救世主である一方、征服者でもあった。ボロボロに崩れ落ちた日本経済は、政府銀行の融資にすがって生き延びる他なかった。
一旦、信用を失った円も、ほぼ元の値まで戻し、社会は落ち着きを取り戻した。
かくゆう我が社が生き残ったのも、政府銀行からの特例融資があったからだ。あれほど政府銀行の脅威を訴えた弊誌を抱える出版社を救うのは理解しがたいが、きっとこの私を敵に回すのが恐ろしかったのだろう。恐るべし政府銀行。そして、恐るべし天才エコノミスト富樫明伸。
そして支配力を強めた政府銀行はさらなる手を繰り出してきた。秋も深まった十一月半ば、名田政銀総裁から驚くべき発表があった。
来年四月一日より鹿児島県種子島全域において、紙幣や硬貨の使用を全面的に禁じ、TENシステムのみで地域経済を運営していく実験を行う。期間は三年間の予定で、順調ならばその後も継続し、さらに全国的に拡大していく方針。名付けて、種子島TENプロジェクト、通称TTP。なんとK氏の話通り、毎月の始めに資産調整を行うという。それに伴い、島内の全ての銀行を政府銀行に組み入れ、西之表市街地に政銀種子島支店、それ以外は係員常駐のATMセンターとする。
種子島はご存知のように九州の南にある日本で十番目に大きい島だ。西之表市、中種子町、南種子町の一市二町からなり、人口三万強。農業と観光が主な産業だが、宇宙センター(ロケットセンター)といったハイテク産業もある。その島で現金が使えなくなり、IDカードとATMによる振り込みで経済を運営せよという無理な注文が国策として強行されるのだ。
これまでと生活が大きくかわるうえ、実験であるからにはトラブルはつきものだ。住民に大きな負担をかけるのは間違いない。その代償として、種子島で生活する住民に限り、地方税を免除し、さらに一世帯当たり百万円程度の資産増加が検討されているという。もちろん一市二町には、莫大な交付金が支給される。種子島が金(かね)ヶ島になるのだ。
「いきなりこれまでのお金が使えなくなるというのは急すぎるのでは?」という記者の質問に対し、総裁は、
「チャレンジにはリスクはつきものです。今楽したいからとなんでも後回しにしていては道は開けません。そういった先延ばしを続けた結果が今の日本なんです」と答え、さらに「TENのフレキシビリティとポテンシャリテイは、行き詰まった日本経済を立て直す起死回生の策であると自負しております」と強調した。
打つ手がなくなったら、数字いじればいいのだから柔軟性はある。景気をよくするために、貧乏人の残高増やし、金持ちの残高減らせば、高級品の売れ行きが下がった以上に、日用品の売れ行きが上がるだろう。残高減らされて文句を言う連中を押さえつけることさえできれば問題ないのだ。
種子島が選ばれたのは、鉄砲伝来など進取の気性に富むことのほかに、食糧自給率が高く、外部と関係を絶たれても、自給自足が可能だからという理由もある。システム障害で流通がストップしても、死ぬことはないということだ。
以前、たばこの自販機で、ICカードによって購入者が成人がどうか見分ける実験が種子島で行われ、その後、順次全国に広がったという実績もある。鉄砲だったり、ロケットだったり、ICカードだったり、とにかくこの島の人間は新しいものに強いのだ。
とはいえ、某ニュース番組では、不安にかられる地元民の声を伝えていた。
「孫に小遣いやるときどうするんだ?」という老人や「自動販売機使えなくなると困る」と言いながら、「この辺、田舎だからあんまりないけど」と付け加えてた中年主婦。「百万円くれるんだって? それなら喜んでやるよ。旅行客増えて、これで島おこしができるし、大歓迎」というペンションオーナー。現金が使えなくなることはタクシーの運転手にとっては死活問題だ。「現金使えないと、お客さん減ってしまうんじゃないかな」と不安を口にする。
私はこの時点では、そんな住人の期待や不安を人ごとのように思っていた。種子島という日本のはずれにある辺鄙な地域を訪れることも、そこの出身者と会うことさえも、一生に一度はおろか、輪廻再生を繰り返してもないというそれとない自負はあった。
それが我がことになり、いやそれどころか人生を一変させるなどとは、思ってもみなかったのである。振り返ってみれば、私の一生は政府銀行と種子島という二大怪物の間を彷徨うチワワのようなものだった。その始まりは、編集長の次のひとことだった。
「富樫君、独身だよね? 種子島行ってくれる?」
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