第9話 オヤジ

 水中で目を開けていると、濁流の勢いでオレの身体は河の底に囚われたまま下流へ流されていた。そこらじゅう細かい泡だらけで、川底の岩が突然泡の間から現れて、オレの身体がぶつかるとたいていの岩は砕けていっしょに下流へ転がっていく。

 水面に戻れたのはずっと流されてからだった。

 両岸はすでに断崖絶壁ではなく、流れはジョギング程度の早さに変わっていた。ろくに泳げないオレが岸に上がれるようになったのは、さらに下流、河が谷を抜けて扇状地に出て、流れがゆったりとしはじめてからだった。

 まだ目的地ではないらしく、アテヴィアの城らしいものは見えない。いや、まてよ。まさか、もう過ぎたってことはないだろうな。心配になってきたのを、ぐっとこらえて、自分に暗示を掛けるように心の中でくりかえし念じた。「もっと下らなきゃいけないんだ」と。

 河原に一度上がって、自分の身体を見回したが、もちろん怪我はない。しかし、腰巻もなくなっていて素っ裸だった。ひと気はないようだったが、もしも誰かに出会ったらはずかしい。

 なにかないかと見回すと、河原の一段上のあたりで、茶色い布が風にふかれてヒラヒラしているのが見える。家でもあるんだろうか。洗濯物かな?

 拳より大きな丸い石がごろごろ転がっている不安定な足場を苦労して上ってみると、それは家なんかじゃなかった。鎧を着た戦士が持った竿の先の破れた軍旗だ。戦士は竿を両手でつかんだまま座り込んで・・・・・・死んでいた。

 そこは戦場跡だった。

 血のにおいが、むっ、とする。サッカー場ほどの広さの石だらけの河原に、新しい死体がごろごろところがっていた。風に吹かれた布がはためくほか、動くものはない。

 しばらく呆然と見ていたが、申し訳ないがオレは生きていかなきゃいけない。なるだけ失礼にならないように、死体から布やベルトをいただいて、布をベルトで締めて服っぽくまとめると、なんとか人らしい格好になった。

 作業している間も、何度も手を合わせたが、最後にもういちど戦場全体に手を合わせて拝み、河へ戻った。とにかく土地勘のないオレは河をたどる以外に目的地にたどり着く方法がないだろうからな。

 戻る途中、河原の石にまじって、かわった形のモノをみかけた。

 木の実だ。

 最初は、食い物になるかもと思って近づいたのだが、なにか頭の隅にひっかかるものがあった。

 ひらめくように、クラニスの話を思い出した。これが爆発する木の実マラムナッツだ。

 球形の部分はピンポン玉くらいで、ピーナッツの外殻みたいな表面だ。それに長さ一センチくらいの突起がたくさん、規則的についている。数えはしなかったが、二十四本なんだろうな。で、真っ二つにできそうな深い筋がついている。

 爆発する実か。

 食べられないんだよな、たしかこれ。ま、爆発したって、オレのアンブレイカブルボディはへっちゃらなんだろうが。

 ん? ひょっとして、こいつを持っていて自爆すれば、怪力や剣術を身に着けていなくても、アンブレイカブルボディだけで戦力にならないだろうか。

 戦場跡で身につけるものをいただいたときも、オレは武器を取らなかった。剣など持ったところで、役に立たないとわかっていたからだ。防具も無意味な身体だし、武器を持っても戦力にならない。

 だが、オレの身体はアイデア次第で戦力になるんじゃないだろうか。


 見回すと、この実を落としたらしい木が近くにあった。木はいたって普通の広葉樹のようだ。

 オレはそのあたりに落ちているのを拾って、死体からいただいたポーチに詰められるだけ詰めはじめた。

 二十個ほど詰めたところで、次の一個をポーチに押し込もうとして、ちょっと無理に押してしまった。

 やばい、ずれた。実が開いてしまう。

 $@#!!

 左腰のポーチで起きた爆発だったので、右に吹き飛ばされたのだと思う。その瞬間、見えたのは閃光ではなく、赤黒い炎のようなモノだった。音はでかすぎて、なんていう音なのか認識できなかった。

 アンブレイカブルだから鼓膜は無事なんだろうな。あたりの音はすぐに戻ってきた。

「いてててて」

 いや、痛くはないんだが、反射的にそう言ってしまった。そういうふうに言うものなのだと刷り込まれているからだろう。うつぶせに倒れてたオレは地面に両腕を突っ張り四つん這いになった。

 ぼろぼろぼろ。

 オレが身に着けていたベルトは、皮ひもや小さな金具がとれて、バラバラになって地面に落ちた。衣服は炭のように黒こげになって、これも落ちてしまった。

 同時に、マラムナッツを入れていたポーチもボロボロになり、持っていたマラムナッツは地面に転がった。誘爆はしないものらしい。

 これではだめだ。

 自爆の連発作戦は頓挫した。

 オレの身体は、やはり爆発に耐えられるということはわかった。が、装備が耐えられない。

 真っ裸になるのはマリッサたちの国の大事のためになんとか目をつぶるとしても、二発目以降のマラムナッツを運搬する入れ物がない。

 自分が素っ裸になっても運べるだけのマラムナッツしか連発に使えないってことだ。しかも、両腕で抱えて持って胸の前で一発目を爆発させたら、怪我はなくてもオレは後ろに吹き飛ばされる。

 吹き飛ばされるのを防ぐには、頭の真上で爆発させなきゃならず、それが片手でできたとしても、二発目以降はもう一方の腕を使って持てる分しか持ち歩けないっていうことだ。

 マラムナッツの爆発に耐えられる入れ物やそれを身体に結ぶ紐、それにできれば爆発のたびに素っ裸にならないでも済むような、腰巻なんかが欲しいが、そんなものはこの世界にあるのだろうか。あっちの世界なら、金属とかで加工した服、とかなんとか、ハイテク素材がありそうなものだが、こっちではそういうものは望めそうにないんじゃないかな。


 頓挫した自爆攻撃のことは忘れて、オレは仕方なく、また、あの戦場で身に着けるものをいただいた。

 今度はマラムナッツを無視して、河沿いに下流へ向かった。


 日が沈むまで歩くと、山のあたりに明かりが見えてきた。天然の鋭く高い山に同化するように城壁が築かれていて、その城壁の上に松明が並んでいる。西洋風、というよりファンタジー系RPG風だ。あんなのふつうの工事でできるだろうか。魔法だな、魔法。どこかの巨大ダムみたいな土台じゃないか。

 城門まで歩いていくと、高さ二十メートルくらいある大きな城門の扉は、全開に開いていて、中の街が見えた。アルプスあたりの町並みを思わせる二階から四階建ての建物。石畳の道はくねくねと蛇行していて、先までは見通せない。攻め込まれたときの防御のために、まっすぐの道にしないものなんだろうか。

 門番らしいのはひとりだけ。腕に怪我をした老兵が座り込んでいた。門番かどうかも疑わしい。

「すみません」

 声を掛けると、こっちを見上げた。その顔には疲労が刻み込まれていた。

「なんじゃ」

 感情が抜けちまってる。

「入っていいんですか?」

「かってにすればいい」

 門に立って中を見ると、かなり大きな街だ。しかし、人の気配がない。夕食時だろうに煙も上がっていない。

「街の人たちは……どこかへ逃げたんですか?」

 老兵に呼びかける。返事がしばらくない。

「……明日の併合調印式に出席させられるんじゃよ。今夜は国境の競技場へ歩いて向かっているところじゃ」

 国境の競技場っていうのが何なのかよくわからないが、詳しくたずねる雰囲気じゃないな。街の中に入ると、きれいな街だが人は歩いていなかった。山肌に接した部分に二重の城壁の内側の壁があり、城の建物があった。

そのまわりを半円形に街が囲んでいるようだ。その街の外側の城壁にあった門がさっきの門だ。

 城に通じる内側の壁の門は閉じていて、やはり傷ついた老兵が門番をしていた。

「すみません。ええと、国王陛下か宰相にお会いしたいんですが」

 って、このじいさんに言っても無理っぽいな。そもそも城も無人か?

 じいさんは無言で、動こうともしない。生きてるのかな? 疲れているんだな。

 しばらく立っていると、門の小窓が開いて、中から役人っぽいのがこっちを見た。

「どうした。留守を命じた数名以外は、競技場へ行けと命じられたはずだぞ。逆らったものは死罪だ」

「あ、いえ、オレ、命じられていません。今、ここについたばかりで。・・・・・・竜王の息子です」

 この自己紹介で通じるんだろうか。

 男は小窓を閉めて小さな扉を開けて出てきた。ローブを被ったおっさんだ。オレをつま先から頭のてっぺんまで見回した。

「へたなウソだな。本物は別世界から戻って来られないそうだ。おまえが、もし、本物だとしても、いまさら役に立たんしな。どこから来たか知らんが帰りなさい」

 面倒くさそうだったが、学校の先生かなにかの説教のような優しさがある口調だった。

「国王陛下か宰相殿は?」

「どちらも競技場へ向かわれた。お会いしたければおまえも行くが良かろう」

 たしかに、ここへ来ても、どうやらもうどうにもなりそうにない。逆転のチャンスがあるとしたら、その調印式か?

 だが、せっかくここに来たんだ。ここで何もすることはなかったっけ。

 あ、そうだ。

「あの、じゃあ・・・・・・オヤジ、いますか?」

 おっさんはしばらく、オレを見回していた。

「・・・・・・竜王のことか? この城壁を西に伝っていけば洞窟の入り口の神殿にたどり着く」

 少し、信じてくれたらしい。

「ありがとうございました」

 オヤジには会っておこう。瀕死の重傷らしいから、万事解決してくれっていうのは無理かもしれないが、なにか助力してもらえるかもしれない。今のオレはただの負け犬だ。クラニスたちを犠牲にして逃げ帰っただけの男だ。だが、誰かが、なにかの力を目覚めさせてくれたりするとしたら、それはオヤジなんじゃないかな。


 もっと真っ暗な洞窟を想像していたのだが、そこはかなり明るかった。

 鍾乳石が何本も神殿の柱のようにそびえ立ち、三十メートルくらい上の天井が、間接照明のように光っている。コケかなにかか、それとも魔法の光か。黄色っぽい光に照らされて、おそらく白いのであろう鍾乳石は金色に見えた。

 その黄金色の褥(しとね)に横たわるドラゴンの姿があった。

 いや、近づいてみると、これは・・・・・・死骸じゃないか?

 ちょっとした体育館サイズの身体は、骨格と破れた皮しか残っていない。翼らしいものも骨だけで膜の部分はない。

 ただ、頭の部分だけには肉がある。

 博物館の恐竜の骨格標本の展示で、頭部にだけ肉付けしたような感じだ。

 その頭だけでも動物園のアフリカゾウよりでかい。その頭が横になっていて、こっちに鼻面を向けている。大きく裂けた口は、人間なんか横向きでも丸呑みできそうなサイズだ。その頭につづく首は太さが三メートル近くあり、アゴの付け根から五メートルくらいのところで、すっぱり輪切りになっている。その先の首はなく、十メートルほど離れたところから首の骨がつづいていて体育館サイズの胴体骨格へ連なっている。

 いったい、あんな太い首を、かーちゃんはどうやって剣で切り落としたんだかわからない。しかもあんなにきれいにすっぱり切れるもんなのか。

 さらに信じられないことは・・・・・・この首が生きてるって? たしかに首から下と違って腐っちゃいないっていうのが不思議だが・・・・・・。

 もしも生きているのなら、鼻息がかかりそうなくらい近くまで近づいてみた。もっとも、真っ当な生物なら、首がちょん切れてて、鼻が肺につながってないのだから、息なんかしているはずはない。


 動かないだろ、これ。


 と思った瞬間に、そいつのまぶたが開いた。

「おまえか……大きくなったものだな」

 口は動いていないが、それは男性の声として聞こえた。

 オヤジの声ってことか。生きてんだ、やっぱり。

 こっちを見ているらしい直径一メートルはありそうな左目を見上げた。右目は顔の下になっていて見えないから。

「ほんとに、オヤジなのか?」

 最初に訊くことはやっぱりこれだろうな。散々言われてきたが、自分が竜王の子供だって話は、まだ信じられない。

「そうだ」

 予想通りの答えが返ってきた。これで、確定かな。なんだか腑に落ちたような、へんな安心感があった。

「オレ……あんたのかわりに、この国を守ってやらなきゃいけないんだ。なんか、魔法の力とかをオレに与えたりできないのか?」

 オヤジに会うなりおねだりするっていうんだから、なさけない『竜王の息子』だ。

「……できんな」

 そうだよな。生きてるのが不思議だものな。

「なんか、アドバイスみたいなのとか、ないか?」

「ないな。何を期待していたのだ」

「バイルーのやつらが逃げ出すような、すっげー力。……でも、無理っぽいな。あんた、よくそれで生きてるな」

 首だけで生きてるなんて、とんでもない生命力だ。しかもこの身体で――いや、身体はないが――ゲートまで作ってるんだ。

「うむ。おまえが成人するまでゲートを維持し、何人かを通してあちらへ送ってやる力は残っている。しかし、もう、それだけだな。なにもしてやれず、すまんな」

「いいよ。あんたがかーちゃんとオレをあっちの世界に送ってくれたおかげで、オレたちは今まで平和に暮らせてたんだし。それにオレはあんたにアンブレイカブルボディをもらってる」

 オヤジの声は、いわゆるテレパシーみたいなものらしいんだが、感情のこもったセリフのように聞こえる。その声が、ちょっと笑いを含んだようになった。

「ほほう。そのなりで、そんなものを受け継いだか。それではなおのこと、おまえにやれるものはなくなったが、せめておまえの仲間のために、わたしのうろこを好きなだけ持っていくがいい。おまえの身体同様、剣も魔法も何も効かぬ」

 ライアスが着てたやつだな。なるほど、オレには無用だが、味方のためには最高の武具ってことになる。しかし、疑問もある。

「ああ、うろこの鎧を着てるやつに会ったよ。そんな硬いもの、加工はどうするんだ?」

「わたしのしっぽの付け根辺りにジングという男が住んでいる。そいつが加工法を編み出した。わたしの息子だと言えば、何にでもしてもらえるだろう」

 なるほど、加工可能なんだ。しかし、とりあえず、オレの鎧や盾はあっても仕方がない。武器も、あったところで当たらなければどうにもならないからな。だれか味方で渡せるやつのためにってことになるが……いや、まてよ。爆発とかも平気なのか。じゃあ、腰巻にしておけば、爆発に巻き込まれても素っ裸にならずにすむな。

 あれ? 何か、ひっかかるぞ。爆発で無事ってことは……つまり、さっき失敗した自爆連発が可能ってことか? マラムナッツの入れ物を作ってもらって、そいつで運べば爆発しても落とさずに運べる。これは、必殺技完成かもしれないぞ。

「どうした、なにか役に立つ使い方を思いついたか」

「ああ! ありがとう、オヤジ! 来てよかったよ」

 オレは戦力になれるぞ。役に立てるんだ。この世界についたときの『超合金ハンマー』以来のワクワク感があった。

「……おまえを母が待つ世界へ再び送り込むこともできる。そのことは考えたか?」

 逃げ出すことを考えなかったと言えばウソになるかもしれない。でも、オレだけを砦から逃がすために戦ったクラニスたちを見捨てるなんていう選択肢があるだろうか。

「ああ、考えた。でも、いいよ。この世界でやることがある」

「ふむ」

 満足したのか、喋り疲れたのか、竜王はまぶたを閉じた。 


 オヤジの言葉どおり、オヤジの尻尾の付け根のあたりには、大きな葉っぱを重ねて作ったテントがあり、中でトンカン音がしていた。

「ジングさんって居ますか?」

 入り口から覗き込んで声をかけると、人間ではなさそうな鷲鼻で緑の肌の小柄なじいさんが座って作業していた。

「ん? なんじゃ。ワシの本名を呼ぶやつなど何年ぶりかの。誰に聞いた?」

 じいさんは作業をやめてこっちを見た。

 テントの中には、たくさんの竜のうろこがあった。黒っぽいのや赤茶っぽいので、うちわ大のものからざぶとん大のものまでさまざまだ。うろこ同士を打ち合わせてたり、竜の骨らしい道具で加工していたらしい。竜のうろこを変形させられるのは竜のうろこか骨しかないってことなのだろう。

「さっきオヤジに聞いたんだ」

 オレは竜王の首の方を指さして言った。

 ジンクじいさんは目を細めてオレを上から下まで眺めた。疑ってるっぽいな。

「ふん、で? 何用じゃ」

「うろこで、腰巻とサックを作ってほしいんだ」

 作業に戻ろうとしていたジンクじいさんは、また手を止めてこっちを見た。

「腰巻? 鎧や盾じゃないのか?」

「ああ、防具はいらねぇんだ。オレの身体もそいつと同じだから。腰巻は、まあ、腰が隠れればデザインはどうでもいいよ。サックは、そうだなあ、肩からかけるか、腰巻に取り付けられるようになってて、これっくらいのサイズがいいな」

 オレはそこらに置いてあるうろこの中から四十センチくらいの大きさのやつを拾い上げ、二枚貝みたいに組み合わせて中にマラムナッツを入れるような入れ物を想定して、うろこを曲げて丸みを作って見せた。

「こ、こりゃあ驚いたわい!」

 ジンクじいさんは、細めていた目を真ん丸にして、オレを見た。

「本物の竜王の息子か! ……おまえ、今、自分が何をしてみせたのかわかっておるのか? そのうろこを、そんなふうに丸めるのに、ワシがいったい何日かけると思っているんじゃ。竜王のうろこは竜王の身体の工具を使ってしか加工できん。じゃが、竜王と同じ肉体をもってすれば……ふむ。そういうことなのか」

 オレにはプラ板のようにグニャグニャにできるうろこだが、他人にとってはそうじゃないらしい。

「これって、そんなに硬いのか?」

 下敷きのようにグニャグニャ曲げて見せながらそう言うと、ジンクじいさんは目頭を押さえた。

「これ以上、ワシの人生を愚弄するのはやめてくれ! 腰巻とサックと言ったな。作り方を教えてやる。おまえが自分で加工した方がずっと早かろうからな」

 ジンクじいさんは、自分の作業をやめて、オレに手取り足取り加工の仕方を教えてくれた。

 腰巻は前後に三角の垂をつけ、横にも縦長に楕円のうろこをつけてそれらしいデザインになった。穴は骨製のきりで開けるのだそうだが、オレは自分の指の爪でグリグリやってずっと楽に開けることができた。結びつける紐には竜の毛を使う。

 サックは腰につけるのと背負うのを作った。腰のはさっきグニャグニャしてたやつを加工してつくり、背負いの方は大きめだ。どちらも二枚のうろこをあわせてまわりに穴をたくさん開けて、竜の毛で縛り合わせた。身体に当たる側は、オレの身体のラインに合わせた。

 これで、マラムナッツが、腰に二十個、背中に四十個は入れられる。マラムナッツ自体は他のマラムナッツの爆発で誘爆したりしないから、これで、六十連発の自爆攻撃が可能になったわけだ。

 二時間ほどで加工が終わって完成品を身につけはじめると、ジンクじいさんがはじめて加工方法以外のことを話しかけてきた。

「その身体で、ようも、向こうの世界から戻れたものじゃ。誰がどうやってむこうのおまえを殺した?」

 ジンクじいさんの立場としては、もっともな疑問だな。

「何やっても無理でね。バイルーのやつらが作ってたこっち向きのゲートをくぐって来たのさ」

「ほお。それでこの奥のゲートの間に戻らんかったのか」

 そういえば、この奥にあるんだっけ。

「じいさんは見たことあるのか?」

「ゲートか? ああ、もちろんじゃ。くぐることはできんが、ゲートの間へは立ち入り自由にさせてもらっておる。清らかな乙女たちの身体が石像化して並んでおってな。いい、目の保養になるわ」

 この、スケベじじいめ。

「普通に死んで戻るときは、ゲートの間の肉体に戻るはずじゃが。では、今はどうなっておるのかの。昨日見たときはまだあったが」

 おれたちは、あっちのゲートの出口に出た。こっちのゲートの間の石像は、消えたんだろうな。服や布がついてきたんだから、たぶんそうだ。

「オレの像もあったのか?」

「ふむ。おまえの母親の像は赤子を抱いておった。それがおまえじゃな」

 出来上がった装備をを身につけ、じいさんにゲートの間に案内してもらった。

 オヤジのしっぽの骨の先の岩壁にさらに奥へ続く洞穴が口を開けていた。その中へ入って五十歩ほど歩くとゲートの間についた。

 ゲートの間と言っても、ちゃんとした部屋があるわけじゃなかった。鍾乳洞の洞窟がちょっと広がった場所を、ゲートの間と呼んでいるのだ。

 一番奥には、金色のツタのようなもので編まれた直径二メートルほどの輪っかが、夏越の祭りの輪っかのように立っている。輪の中は赤っぽく光って静かに波打っていて、今は通れない状態のようだ。

 輪の両側には、なるほど清らかな乙女と呼びたくなるような美人たちの石像が並んでいた。一番輪に近い右側の像に見覚えがあった。

 若き日のかーちゃんだ。

 その前に立つと、その像は聖母マリアのような表情で、自分の左ひじのあたりを見ていた。どうやらそこに、抱いた赤ん坊の顔があったらしい。

「おお、赤子だけがなくなっておる。おまえが戻ったからじゃな」

 若いかーちゃんは、マリッサにも劣らない美少女ぶりだった。感慨深くその前に立っていると、ジンクじいさんは、まわりの像も確かめはじめた。まわりには二十体ほどの乙女の像がある。あっちの世界に行ってる乙女たちってことだ。まあ、今はもうかーちゃんみたいにオバさんになってるのも居るかもしれないが。

「おやおや、最近あっちへ行った三人組のもなくなっとる。おまえといっしょに戻ったのか? 新鮮だったのにのう」

 美人の像も、何年も見りゃあ飽きるか。まあ、マリッサたちは新鮮さを除いても魅力的だろうからな。新鮮っていえば……

「昨日ゲートを使ったフュージュって娘のは? こっちに戻れなかったんだ。まだ石像があるのかな」

「いや? 一番最近ゲートを使ったのは、あの三人組のあとは戦争が始まったことを知らせにいった娘がひとりじゃ。昨日は誰も来ておらんぞ?」

 え?

「だから、それがフュージュだろ?」

「戦争が始まったのはひと月も前じゃ。昨日なんかじゃない」

 ひと月?!

 フュージュの話じゃ、彼女が来るときは開戦直前って感じだった。

「そ、その伝令の娘の石像はどれ!?」

 ジンクじいさんはゲートから一番遠いところにある像の前に行って見上げながら言った。

「これじゃよ。おまえを帰すように伝えに行ったじゃろ?」

 その像はあきらかにフュージュじゃなかった。身長が十センチは高い。見たことがない二十歳くらいの女性だ。顔つきはどことなく、フュージュに似てなくもないが。

「この人じゃない。フュージュなんだ。昨日、あっちの世界へ着いたんだよ」

「ワシが知らんうちにここに来れるものか。しかもゲートを通じるときは、竜王が魔力を使うのじゃ。その波動はワシの住まいをかすめて通る。ワシが知らん間にゲートが使われたりするものか。断言するぞい、昨日通った者などおらん」

 どういうことだ? このゲートを通ったのでないとしたら、彼女がくぐったゲートは……!!……。

「バイルーの、手先だったのか……!」


             《第10話につづく》

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