第8話 ワナには人間ハンマー(オレ?)

 どんな感じなのかと、直前までドキドキとしてたんだが、ゲートをくぐっている間、というのは存在しなかった。

 単に景色が切り替わったように見えただけだった。いや、景色だけじゃない。気温やら湿度やらがいきなり変わったのか、ひんやり感が別の場所に着いたことを感じさせる。

 ゲートの先は一辺十メートルほどの立方体の部屋の中で、まわりは壁も床も天井もぴっちり隙間なく組まれたつるつるの石だった。正面の壁の真ん中には、金属製の扉がある。これがまた、これでもかといわんばかりにRPG感にあふれる『鉄の扉』だ。ほかに出入り口はなさそうだ。扉の対面の壁の高い位置に光取りの穴が三つ。鳩が通れるほどのサイズしかない。こっち側のゲートがあるのはこの部屋ではないようだ。この部屋は帰り道オンリーの部屋らしい。

 いや、というよりこれは、閉じ込められたんじゃないのかな?

 クラニスたちも同じ不安に陥ったらしく、部屋を見回していた。

 彼女たちは、古代ローマのチュニックのような服を身に着けている。裾に刺繍かざりがある布で、太ももがほとんどあらわになってしまうミニスカートだ。おそろしく薄くて軽い素材のようで、肌色が透けて見える。腹や胸、肩などに、皮製らしい防具がチュニックの上から縛り付けられており、靴はひざ上まで編み上げのサンダルのようだった。戦闘能力というよりも色気や悩殺力が強力な装備だ。

 そうだ、オレの格好は?!

 赤ん坊は長さ二メートル足らずの布を、適当に巻かれていたらしい。

 身体にかろうじて巻きついていた布が、はらり、と床に落ちそうなところを、あわてて受け止め、腰の横あたりで縛って、なんとかふんどしみたいなもこもこパンツを自作した。

 かなり恥ずかしい格好だが、だれもこっちは見てないからいいだろう。

 正面の扉に耳をつけて外の気配をうかがっていたクラニスが、マリッサに頷いてOKを出す。マリッサが扉を開けようとしたが、彼女のバカ力でも動かないようだ。 

 出口の問題は彼女たちにまかせて、オレは別のことが気になっていた。

 こっちの世界に来て、ひょっとしてアンブレイカブルボディの力を失ってたりしてないか?

 これは、素朴な疑問だった。こっちに来たら最初に試しておきたかったことだ。手近な壁を見ると、それなりに厚みがありそうな石を組み合わせたもので頑丈そうだ。まず、軽くこぶしで殴ってみた。

 ガン

 痛くない。

 少し強く殴ってみる。

 ゴン!

 大丈夫だ。石壁のほうにヒビが入った。

 おもいっきり殴ってみる。

 ガキン!

 ポロリと石壁の一部が砕けて落ちた。まるで硬い金属のハンマーで殴ったように石が割れていた。なんだか、あっちに居たときよりも硬くなっていないか? 見た目は普通の腕だが、超合金ハンマー! って叫びたくなるような必殺パンチだ。仮の肉体だったあっちにくらべて、こっちの世界にあった本物の身体のほうが丈夫なのかもしれない。

 正面に向き直ると、一同はまだ扉と格闘中だった。鍵が外からかかっているか、かんぬきかなにかが外にかけられているのだ。

「フュージュは?」

 トミックさんが言った。部屋には四人しかいない。フュージュは着いていないんだ。

「ゲートを最後にくぐったのは誰?」

 先頭でくぐったトミックさんが問いかけた。あ、ひとごとじゃない、オレは最後のほうだったんだっけ。

「オレが三人のあとだった。フュージュはオレの後ろだったんじゃないかな」

「あっちで何かあったのかも。竜の子の力が途絶えたとか」

 マリッサが言った。フュージュが居れば、開錠の魔法があったんだ、たぶん。

 マリッサが体当たりするが、頑丈そうな扉はびくともしない。

「ちょっとどきな。オレにまかせろ。この腕は超合金ハンマーだぜ」

 よっしゃ。単なる防御力MAX男じゃなく、攻撃力もイケてるところを見せるチャンス到来ってとこだな。

 女どもは、怪訝そうな表情ではあるが、オレに場所を空けた。オレは自信たっぷりに(見えるように大股で進んで)扉の前に立ち、拳をおもいっきり取っ手の上あたりに叩きつけた。

 ゴン!

 扉は・・・・・・びくともしなかった。こっちも痛くはなかったが。

 そうだったよ。オレは別に怪力男に変身したってわけじゃない。拳が硬くたって、オレの力じゃ扉は壊れたりしないんだ。

 肩の力を落としてすごすごと無言で下がって場所を明け渡そうとしたら、マリッサが真顔で言った。

「ふむ。考え方は悪くない。こいつの身体はハンマーとして使えるな」

 彼女は、まだ意味がつかめていないオレの前にかがみこんだ。

 何する気だ?

 彼女の黒髪がさらさらと肩からすべり落ちるのを上から見て、きれいだなあ、と、見とれていたら、いきなり両足首をがっしりつかまれた。

 え?

 マリッサはそのまんま立ち上がる。

「うわ! なんだ! なんだ!」

 オレの両足は浮き上がる。頭が床にぶつかる、と思って手をつこうとしたが、手は床に触れない。オレの身体は、そのまんま大きく振り回されて遠心力で伸び切ってバンザイポーズになった。

「ふぅむ!!」

 マリッサの力がこもった声といっしょに、ブ~ンという風切り音がしたと思ったら、オレの頭が扉に叩きつけられた。

 どかん!!

 痛くはない。痛くはないが、不条理だ。こんなことが許されていいのか? 人の身体をハンマーがわりに振り回すなんて。

 長さ174センチ重さ68キロの超合金ハンマーでぶん殴られて、頑丈な扉も、右側の蝶番が壊れて完全にはずれ、中央部にオレの頭大の陥没跡を晒していた。

 成果に満足したマリッサは、オレの足首をつかんでいた手を、ポイッと離した。

「なかなか、良いハンマーだったな」

 床に投げ出されたオレを跨ぐようにマリッサが大きく足を振り上げて、足の裏で頭の高さのあたりを蹴りつけると、未練がましく枠にひっかかっていた扉はバタンと倒れた。


 扉の向こう側は二十メートル四方ほどの広い部屋になっていた。やはり石で構成されている。講義を行う階段教室のようなつくりだ。

 オレたちが出てきたのは講師の控え室のような位置。机はないが、オレたちがいるのは講師の立ち位置で階段教室の底。背面を除く三方向へ向かって床が階段状にせりあがっていて、いちばん高いところは二メートルほどの高さだ。五メートルほどの高さの天井近くには、明かり取りの窓もいくつか開いていた。

 出口は三方向の壁にひとつづつ。

 クン、とクラニスが鼻を鳴らした。

「河の匂いがするわ。おそらくイブル河。そのほとりのバイルーの拠点と言えば、チドの砦だわ」

「なんとか河に下りることができれば……」

 トミックさんの言葉が終わる前に、三つの扉が同時に開いた。

 完全武装の兵士たちが、最上段に展開する。槍や弓を持った兵もいる。右の扉のところには知った顔の男がいた。ライアスだ。

 中央と左の扉にもそれぞれ偉そうな飾りつきのやつがいた。どっちかが親玉なのか?

 兵士は五十人近くいた。

 中央の偉ぶった男がしゃべった。

「おとなしくしろ。逃げられやせんぞ。まさか、鉄の扉を壊して出てくるとは予想しなかったがな」

 マリッサたちはまだ武器は手に入れていない。人数も十分の一ってとこだ。身構えちゃいるが、勝負になりそうにない。どうやら待ち伏せされたらしい。こっちの考えはお見通しだったか。

 女の子たちの後ろに隠れてるっていうのも恥だ。しかも、オレの身体はアンブレイカブルなんだし。オレは前に進み出て、両手を大きく広げた。

「ふふふ。竜王の子か」

 中央の偉男が笑った。オレをバカにした笑いだ。さらに、まわりの兵士に向かって言う。

「臆するな、竜王の血を継いだのは身体の硬さだけだ。取り押さえればなにもできん」

 オレの前にトミックさんが進み出た。

「フェト将軍、王家を蔑ろにする奸賊カシュームの犬に成り下がり、どこまで自分を貶めれば気が済むのですか?!」

「フン」

 将軍野郎は鼻で笑った。なんだこいつも親玉じゃなく小物か。

「敵国の兵に言われても、何とも思いませぬな。おおっと、いやいや、間もなく他国ではなくなるのでしたな」

「なんですって?!」

「ふふふふふ。情報に疎いようですな。あなたがおかしな世界へ行っている間に、歴史は進んでしまったのですよ。先日の会戦はわが軍の大勝利。主力を失ったアテヴィア国はバイルー国への併合という終戦の条件を飲み、調印式がおこなわれる運びです。あなたとわたしも同国人になるわけですな。立場は、隷属と支配ですがね」

 将軍と呼ばれた中央の偉男は、『隷属』という言葉に妙に力を込め、いやらしい顔つきでトミックさんのスケスケ衣装に包まれた身体を舐め回すように見る。

「そんな!」

「竜王の力なぞ、カシューム閣下の前では無力。併合が成れば、カシューム閣下直々に禁足の洞窟の竜王に止めを刺し、そこの竜王の息子も処刑だ。あなたがたは、いずれ劣らぬ美女揃いだから、カシューム閣下のハーレムでご寵愛を受けられるかもしれませんな」

 トミックさんが将軍と話している間に、オレの後ろにマリッサが来ていて、オレの首のあたりでささやいた。

「すまぬ。また、ハンマーにさせてもらうぞ」

 げげ。まあ、ほかに武器はないから、仕方ないけど、もうちょっと格好良く役に立ちたいものだ。

 右後ろにいたクラニスも顔を近づけてささやいた。

「左へ抜けます。なんとか外まで出たら、河に飛び込んで。あなたは落ちても溺れても死なないから、そのまま河を下ったらアテヴィアの城が見えるところまで行けます」

 左。たしかに、正方形に近い部屋の三方を囲われているので、正面に行けば三方すべての兵に囲まれる。左右のどちらかと言うなら、右のライアスに挑むのは避けたいということか。

「ライアス様!」

 突然、トミックさんは、正面の将軍を無視して右側のライアスに呼びかけた。なるほど、左へ走るときに後ろからはさまれないように、ライアスがひるむようなことを言っちゃうわけですね。

「このような暴挙に、なぜ加担しておられるのです! 王をお守りするはずのあなたにとって、王を捕らえて廃位に追い込もうとしているカシュームは敵ではないのですか?! 王をお救いするのが親衛隊長たるあなたの務めではないのですか?」

 ライアスの表情が曇った。

「今もわたしは王の僕です。これが、王家を守る道なのです」

「あなたがそんな方だったなんて」

 トミックさんは涙声だ。そんなに感情込めて演技しなくっても。それじゃあ、過剰演技じゃないでしょうか。

「今のわたしが本当の姿です。あなたが勝手に買いかぶっていただけでしょう」

 おや? ライアスも同じノリの演技で受けてる?

「密かに……お慕い申し上げておりましたのに……!!」

 ええっ!? トミックさん、マジですか? っとツッコミを入れるチャンスはなかった。マリッサがオレの両足首をつかんで持ち上げ、振り回しはじめたからだ!

「おおりゃあああ! どけどけ!」

 回転していてよくわからなかったが、人間ハンマーを振り回すマリッサを先頭に左の扉へ向かって階段をみんなで駆け上がる。

 飛んでくる矢や槍をなぎ払い、鎧を着た兵士を三人ほど殴り飛ばしたのを感じた。そのあと、オレは縦に大きく振り下ろされた。左の扉がターゲットだ。

 ガコン!

 今度は一発で扉が吹き飛んだ。

 マリッサが扉の向こうへオレを投げ捨てる。マリッサたちは、さっき殴り倒した兵士の武器を拾って戦いはじめた。

 扉の外は通路で、兵は居なかった。ゲート到着の小部屋にオレたちを閉じ込めるつもりだったやつらは、そこまで備えてはいなかったらしい。

「走れ! 上だ、外に出て、河へ飛べ!」

 マリッサたちは踏みとどまって扉を死守するつもりらしい。

「いっしょに来いよ!」

 おれの呼びかけに、クラニスが一瞬振り向いて、切なそうな笑顔を見せた。すぐ向き直って敵兵と戦いながら言う。

「そこから行けるのはあなただけなの! アテヴィアをお願い!」

 畜生! わけがわからないが、とにかく上だな!

 通路を進んで分かれ道に出ると左手が上りの階段だ。その上が左に折れて六十メートルほどの廊下で、右手に窓が並んでいる。窓は小さくて出られないが、河の音がしている。廊下の真ん中まで行けば右へ出られる出口があった。

 あそこだ!

 しかし、廊下の前方、反対のつきあたりから走ってくるやつがいる。

 ライアスだ!

 左右対照に作られた建物なんだ。やつは自分がいた扉からオレと同じように反対向きにたどって回りこんだんだ。しかもオレより先回りしている。

 やつは外への出口をこっち側へ通り過ぎたところで立ち止まって身構えた。

 やつの鎧は、ほかの敵と一風変わっていた。

 ほかの兵士のそれは、いかにも人工的だった。金属板か皮で部品の形を作り、それを組み合わせたものだ。ところがライアスの野郎が身に付けているのはそうではなかった。

 もちろん、人工物ではないと言いたいのではない。自然に出来上がった鎧型のモノを身にまとってるとかいう意味ではなく、素材の形をそのまま生かしたモノだという意味だ。素材は、大きな二枚貝かなにからしい。そいつを縫い合わせて鎧の形にしたモノを着ているのだ。ヤバイ感じがプンプンする。

 なんだかわからないが、こいつを突破しなければ、外には出られない。

「どりゃあああああ!」

 とにかく、がむしゃらに突っ込む。こっちに効く武器はないんだ。

 やつの太刀が肩に向かって降り下ろされるが、ガチン! と金属的な音がして、オレのバランスが崩れただけで、痛くもないし傷もつかないぜ!

 胸を突かれたり、横になぎ払われたんじゃなくてよかった。オレの突進の勢いはそのままで、やつの懐にまで飛び込めた。喰らえ! 右拳でやつの胸を思いっきり殴りつける。

 痛てぇ!!!?

 バキン!という音がして、拳が跳ね返された。

 どういうことだ?!

 こっちの拳は平気で、あっちの鎧はベコベコになるか、バッキン! と割れるかのはずなのに?

「ぐっ!」

 しかし、呻いたのはオレじゃなくライアスの方だった。

 やつは二歩ほど退いて、太刀を構え直した。

「さすが本物のアンブレイカブルボディだな。この竜王のスケイルメイルを着ていても、ダメージを負うとは……はじめての屈辱だ」

 やつの口の端からは、血が滴っていた。こぶしが完全に跳ね返されたと思ったが、あちらにもダメージはあったらしい。

 竜王のスケイルメイル? って、つまり、やつの鎧の板は竜王のうろこってことなのか?

 とりあえずあっちは流血しているが、こっちは拳を怪我したわけじゃない。物を殴って痛い思いをしたのは驚いたが、こっちの生身の拳の方が、本体から剥がれたうろこよりは強いってことらしいな。

 やつはオレに向けて構えていた太刀を腰の鞘にしまった。素手で構え直す。

「わたしの武器では、おまえを傷つけることはできないが、押したり、押さえたり、運んだりすることはできる。閉じ込めることもな」

 やばい、勝てそうにないぞ。いや! ここでひるんでたまるか!

 走ってきた勢いを止められて、ヤツと近距離で向き合うと、隙が感じられない。どうするか迷っているうちに、前後両方の通路の端から階段を上ってくる音がしてきた。

 オレが向いているライアスの後方からは、ライアスの手下らしいのがガシャガシャ鎧を鳴らしながら向かってきた。

 オレの後ろからも走る足音が近づいてくる。鎧の音はない。

 ライアスがオレの肩越しに後ろの人物を見て、目を見開いている。

 思わずつられて振り返ると、駆け込んでくるトミックさんの姿があった。

 血まみれのメイスを振り上げ、返り血を飛び散らせながら、夜叉のような形相のトミックさんが、すごい勢いで走ってくる。

「ライアスー!!! 退けええぇぇぇい!!」

 いまさっき、お慕いしていたと語った美女の鬼気迫る表情に、ライアスは剣を抜くのも忘れて立ちつくしていた。

 トミックさんはオレの横をすり抜け、ライアスに向かってメイスを振り下ろした。

「でぇぇぇぇい!」

 ガン!

 ライアスの鎧の胸板にヒットする。ライアスが一歩下がる。

「でい! えい! えい! えい!」

 ガン! ゴン! バン! ガン!

 トミックさんは立て続けにメイスを振り下ろし続ける。めちゃくちゃな振りで、ライアスの胸を打ち続ける。

 だめですよ、トミックさん、そいつの鎧には普通の武器は効かないんです。

 トミックさんは泣いていた。涙がぼろぼろ、ぼろぼろ溢れていた。

 本気だったんだ。本当にライアスが好きだったんだ。好きだった相手を殴りながらトミックさんは泣いていた。

 ライアスはトミックさんの攻撃を胸や肩に受け続けているだけだった。トミックさんの攻撃があまりにも激しくて、何をする隙もない、というのもあったが、ライアスが受けている最大のダメージは彼女の涙によるものだっただろう。

 ライアスがひるんで下がり、外への出口より向こうへ行った。

「行きなさいいぃぃぃっ!!」

 メイスで殴りつづけながら涙を飛び散らせてトミックさんが叫んだ!

 今度こそ、オレは迷わず外に飛び出した。城壁の上だ。

 河を挟む断崖絶壁の片側の頂上に、この砦は立っていた。

 そして、今になってクラニスの言葉の意味がわかった。

 断崖の高さは四百メートルあまり。しかも、断崖の角度は九十度ではなく八十度ほど。

 つまり、ここから飛び降りたら川に落ちるまで何度も岩にたたきつけられる。水面に向かって飛び込むのとはわけが違うんだ。生身じゃ助からない。

 そして、細く見える河は白い。下は濁流だ。人間が泳げるような流れじゃない。

 落ちても溺れても死なない、というクラニスの言葉は、ここから飛び降りるということだった。ここから落ちて死なないのはオレだけだ。岩に叩きつけられ、濁流に飲まれても死なない身体の持ち主だけだ。

 この脱出路はオレだけのためのもので、彼女たちは、そのために戦ったんだ。

「ああっ!!」

 後ろでトミックさんの悲鳴がした。

 振り返ると、出口のところでトミックさんがライアスに捕まってしまったところだった。

 いや、そうじゃない。ライアスは彼女を抱きしめていた。

 ライアスは、メイスを持つトミックさんの右手首を左手でつかみ、右腕でトミックさんの頭を抱きかかえるようにして……泣いているように見えた。

 それが、断崖へ身を投じる寸前に見た最後の光景だった。

 城壁を蹴って飛び出すと、岩壁がすごい速度で流れるのが見え、岩に二度三度身体がぶつかって、そのたびに手足が振り回されるのを感じ……そして濁流の中へ落ちた。泡の音と流れの轟音に包まれて、息ができなくなっていくのを感じていた。

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