第7話 良いニュース? 悪いニュース?

 ピンポーン!

 階段を上りかけたとき、古風な音のドアホンが鳴った。

 オレの居る場所が一番玄関から近い。オレは階段に上げた足を下ろして、玄関へ行きドアノブに手をかけた。

 そのとき、ふと考えた。

 ドアホンを鳴らしてから襲ってくる襲撃者が居るだろうか?

 う~ん。居るかもしれないなあ。なんせ、別世界人だからなあ。まあ、どっちにしても、オレをいきなり殺すつもりも殺す方法もないだろうから、オレが開けるぶんには危険はないだろう。

 あ、カメラ画像で確認してから開ければよかった、と思いついたときには、もうドアノブを回して押し開けてしまっていた。

 そこにいたのは、小柄な少女だった。

 同い年くらいか、すこし下に見える。身長は百四十台だろう。明るい色の長い髪をツインテールにしてる。デニムのオーバーオールショートパンツ姿が下手をすると小学生に見えかねない。しかし、着こなしは中性的っていうよりボーイッシュな女性って感じで、小学生じゃなくて女子高生くらいなのだと思わせる。つまり、体型は小学生じゃなかったのだ。出るとこは色っぽく出てる。

「はじめまして。あなたが竜王の息子ね。マリッサたちは居るのかしら?」

 おや、マリッサたちの仲間か。なるほど、いよいよあの三人では足りないと思っていた妹属性かロリータ属性の投下か?

「どっちもイエスだけど、君は?」

 しまった、ちょっといつもよりキザっぽい喋りになっちまった。

 初対面の女の子にこういう喋り方したら、今後も同じように話さなきゃいけなくなったりしないか?

「わたしはフュージュ。伝えなきゃいけないことがあるの」

 オレの後ろの方でだれかの足音がした。

 正面のフュージュが、背伸びをして、オレの肩越しに家の奥にいる人物を覗き見ようとしたが、ただでさえ身長差がある上、ドアの前の段差の下に立ってるフュージュの目は、いくら背伸びしてもオレの肩を越えない。彼女は今度は横に上体を伸ばして覗き込み、目標の人物を見つけたようだ。

「クラニス~!」

 両手を振ってアピールしていると、背後から、甲高い声がした。

「きゃー! フュージュ! あんたなんでここに来てんの~?」

 どうやらオレは会話の邪魔らしい。クラニスたちの知り合いだということもはっきりしたので、横によけてフュージュを家の中に入れてやることにした。


 オレの部屋のガラステーブルは壊れちまったので、あそこで円卓会議ってわけにもいかない。一同はリビングに集まった。オレがひとり掛けのソファで、その左右で向き合うふたつのふたり掛けソファには、クラニス、フュージュとトミックさん、マリッサが座った。

「わたしがみなさんに持ってきたのはふたつのニュースとひとつの指令です。一つ目のニュースは悪いニュースです。バイルーの独裁者カシュームが、ドラゴンスレイヤーを手に入れてしまいました」

 フュージュはいきなり核心を語った。

 オレに紹介もないのでどういう立場だかわからないが、あちらから伝令に来たらしい。結局オレは無視して話をするっていうのが、こいつらの会議スタイルらしい。

「これで彼は、竜王を倒すこともできるし、竜王の息子があちらの世界に戻ってきても対抗できると宣伝してまわっています。バイルー国軍の士気は上がり、アテヴィア国を絶望が支配しようとしています。もともと国の兵力はバイルーが上。そこへ来てカシュームの独裁体制で兵力を増強。アテヴィアの頼みの綱は守護者たる竜王の力。それがあるから、抑止力となって戦争にならなかったのに。国境付近に集結中だったバイルー軍は、もう国境を越えたかもしれません」

 アンブレイカブルボディを持つ竜王に瀕死の重傷を負わせたという剣は、竜王が守護する国と戦おうとする国にとっては、必須アイテムってとこだったんだろうな。すでに開戦したかもしれないという情報に、マリッサたちは言葉も出ないようだ。

「そしてもうひとつのニュース。これは、良いニュースになると思うのです」

 フュージュはもったいぶった表現をした。

「それにはまず、確認なんですが……バイルー側が宣伝しはじめた話は本当なんですか? 竜王の息子はアンブレイカブルボディの持ち主であるが故に、向こうの世界へ戻れないっていう話」

 ライアスかその家来が誰か伝えに戻ったんだな。竜王の息子が竜王の力を受け継いでいるという話が、敵側に有利に働いてしまうなんて皮肉な話だ。

「その話が本当だとしたら、良いニュースになるんですの?」

 トミックさんが訊ねた。

「はい。竜王のゲートを使わずにバイルーの兵がこちらの世界へ来ている方法は、竜王以外の竜によるゲートを通ること。そのゲートはあちらの世界とこちらの世界にひとつづつあるということです」

 フュージュは一同の顔を見回し、つづけてニュース解説した。

「ご存知のとおり、一度こちらの世界で仮の身体を得たものが、その仮の身体の死をもってあちらの世界へ戻った場合、もう一度ゲートをくぐっても、この世界では仮の身体を得られず、魂だけの存在になってしまいます。ところが、バイルーの兵士のなかには、何度もこの世界とあちらの世界を行き来している者が居たのです。それが可能なのは、つまり、こちらから向こうへ戻るときに、仮の身体を殺さないように、ゲートで戻っているからです」

 そうだとして、どこが良いニュースになるんだ。ん?

 オレ以外の三人は、たしかに良いニュースだと思っているような反応だ。理由がわかっていないオレにもわかるような言葉を発したのはクラニスだった。別にオレに解説するために、ではなかったようだが。

「つまり、そのゲートをなんとかして使えば、竜王の息子を殺せなくてもあちらの世界へ送れるっていうことだね!」

 そういうことか。 

 竜王のゲートはあっちの世界からこっちの世界へ向けての一方通行だから、帰りはいちいち仮の身体を殺さなきゃいけない。で、その方法で帰ったものは、もう一度ゲートでこっちに来ても、仮の身体が死んでるので身体なしになってしまう。

 ところがバイルーのやつらが作ったゲートは両方の世界にひとつづつあるんだ。あっちからこっちへ来るときは竜王のものと同じだが、違うのは帰り。バイルーのやつらはいちいち身体を殺したりしない。殺さずに、こっちの世界に作ったもうひとつのゲートを通る。そのゲートはあっちの世界へ通じていて、それをくぐると、仮の身体を殺さずに向こうへ戻れるのだ。

 こっちの世界の仮の身体を殺さずに戻るから、二度目にこっちへ来たときも、そのまま同じ仮の身体が使えるようになる。

 バイルーのやつらが作った、こっちの世界からあっちの世界へ通ずるゲートをくぐれば、アンブレイカブルボディを持ったオレでもあっちへ移動できるってわけだ。

 これは確かに、良いニュースかもしれない。

「そして、あなたがたへの指令です。あなたたちは全員、竜王の息子とともにバイルーのゲートをくぐってあちらの世界へ戻り、なんとしても無事に彼を祖国へ連れ帰ること。以上です」

 マリッサたちは力強く頷いた。

 四人はもう、その気になっているようで、準備を始めようと動き出した。

「おい、待てよ、こっちの世界にあるゲートの場所はわかっているのか?」

「それを探すためにわたしが送られてきたんです。わたしの探索魔法を使えば探し出すことができますから」

 ほほ~。フュージュは魔法使いなのか。

「あっちに戻ったら、今持ってるものはどうなるんだ?」

「何も持っていけないわ。来るときもそうだったの」

 クラニスが当然でしょ、と言いたげな顔でこたえる。オレは覚えていないんだぞ。

「服は?」

「向こうに戻れば、向こうに残した身体の装備品が戻ってくるはずよ。わたしたち、こっちに来るときは裸になっちゃったけど、あちらでは大丈夫ね」

 そうなのか。ちょっと残念だな。いや、作戦的にはいいことなんだろうけど。

「そういえば、武器は持ってないぞ、あっちの身体」

 マリッサが言った。

「あなたが向こうの兵士を殴り倒せば奪えるでしょ?」

 クラニスの言うとおりだな。

 ん、まてよ。

「おい、オレの身体はどんな格好なんだ?」

 四人はオレを見た。半秒ほど間があった。

「あなた、赤ん坊でお母様に抱かれてたのよ」

「たしか腰巻くらい巻いていたような気がしますわねぇ」

「適当な布に包まれてただけじゃなかったっけ?」

 二ヶ月ほど前にひと目見ただけの三人は記憶をたどっていい加減なことを言った。で、今日ゲートを通って来たばかりのフュージュの方を見た。視線が集中して、フュージュはどぎまぎしながら答えた。

「ごめんなさい、よく見てないわ、わたし」

 オレを守るために派遣された三人は赤ん坊のオレのことが気になったかもしれないが、フュージュの目的は伝令と襲撃だからな。赤ん坊のオレになんか興味はなかったってことなんだろうな。

「いいじゃない。マリッサが殴り倒した向こうの兵士から奪えばいいのよ」

 どうやらマリッサが向こうでまず最初に兵士を殴り倒すことは、既定事項になっているようだ。

 

 準備が終わって家を出るとき、置き手紙を置こうとして、思い直して携帯を手に取った。仕事中は電源を切っているかもしれないが、一応掛けてみた。意外にも呼び出し音が鳴り、二回目が鳴り終わる前に相手が出た。

「かーちゃん、仕事中すまねぇ。オレ、あっちへ行ってくるわ」

『へえ』

 それだけかよ!

「バイルーの独裁者がドラゴンスレイヤーを手に入れて、オヤジを殺すつもりらしいんだ。おまけにオレはアンブレイカブルボディを受け継いでて、こっちで死ねない。だもんだから敵のゲートで帰るんだ」

『ドラゴンスレイヤーねぇ』

 緊張感のない答えが返ってきた。

「ああ。かーちゃんがオヤジを切っちまった刀なんだろ?」

『あれね。あれ、多分、ただのそこらへんの剣だよ』

「?!……」

 オレは次の言葉を失った。ドラゴンスレイヤーが、ただのそこらへんの剣?

『たしかに、たまたますごい剣だったっていう可能性もゼロじゃないけどね。普通に買った剣だよ。と~ちゃんを切れちゃった理由は、多分、剣の力じゃないんだ。心が通じ合ってたからね。それが理由さ。あんたも彼女ができたら、切られちゃわないように気をつけなさいよ~』

 な、なに?

 電話は切られてしまった。息子の旅立ちを送る言葉が「気をつけなさいよ~」って緊張感のない話か? それより、その前の話は何だ? 心が通じ合ったら切れちゃう? しかも、「多分」って何だ「多分」って。こっちはその言葉に命かかっちゃうんだぞ。

 出発するって玄関に呼ばれたときは、電話をしたことを半分後悔していた。あんな話、クラニスやマリッサに聞かせられるかよ。


 玄関に集合すると、フュージュが魔法を使って探査をはじめた。

 しゃがみこんだフュージュが、そのへんで拾ってきたようにしか見えない小石と葉っぱをタイルの上に並べて、よくわからない呪文を詠唱しはじめる。小石の上の空間に、LEDのように目に刺さる白い光が生まれ、それが強くなると、小石や葉っぱが重力から開放されて宙に浮かび、やがて、太陽をまわる惑星のように光のまわりを同心円の軌道でまわり始めた。

 フュージュの詠唱が終わると、唐突に光が消えて、小石と葉っぱがタイルの上に落ちた。これで終わりらしい。トミックさんが、うちの周辺の地図を広げてフュージュに渡すと、彼女は小石の上にそれをかざした。小石や葉っぱの配置が、探しているものを示しているらしい。しばらく魔法の結果を読み解いていたフュージュが、地図の一点を指差す。

「ここよ」

 川沿いの廃工場の倉庫だった。


 襲撃のための動きやすい服装ってことで、一同の服装はまるでピクニックへ行くような格好だった。フュージュは着替えがなくてそのままだったが。まわりからはどういう一団に見えたやら。いっそリュックでも背負ってピクニックを演出したほうが目立たなかったかもしれないな。

 オレが子どものころからすでに操業していなかった廃工場は、立ち入り禁止の札があり、鉄条網でふさいであった。鉄条網には、どうやら子供とかが出入りしているらしい隙間があった。

 あたりの人目を気にしつつ、中に入る。大きな工作機械とかが並んでいたのだろうと思われる廃工場は、機械を取り外されていてがらんどうだった。

「こっちよ」

と、フュージュが先導する。

 前方にコンクリート製の倉庫が見える。ちょっとした一戸建て住宅くらいのサイズかな? あの中にゲートがあるっていうことらしいな。

「見張りは、外にはいないようね」

 クラニスがフュージュを振り返る。フュージュが呪文を唱え、両手を胸の前で広げると、両手の間で例の白い光が発生し、それにかぶさって倉庫の中の様子が浮かび上がる。

「見張りはふたり。あとはゲートと……子供の竜だわ。囚われているみたい」

「ふたりだけ? やけに少ないわね」

 クラニスの言うとおりだ。どこかへ出かけているんだろうか。

「ひょっとして、あっちで戦闘が始まるから戻ったんじゃないのか? こっちではもう、竜王の息子を確保する必要はないってわかっているから」

 マリッサの推察は理にかなっていそうだ。

「ゲートを作らされているのはその子供の竜ね。向こうからゲートで送られてきて、こっちで帰りのゲートを作らされて。この子はこっちで死ぬ以外に帰る手段はない」

 トミックさんの言葉には怒りがこもっていた。

「ゲートをくぐるとき、ひとり残って、この子を殺してあっちに帰らせてあげれば? 残った一人はこっちで命を絶てばもと来たゲートの位置へ帰れるし」

「だめよ!」

 マリッサの提案は速攻でトミックさんに否定された。多分自分でも同じことを検討したあとだったんだ。トミックさんはフュージュが映し出す映像の竜の子供を見つめて搾り出すような声で言った。

「このゲート向こうは多分、敵の真っ只中。でも、死んで戻った者は竜王の禁足の洞窟についてしまう。戦力は割けません。全員でこのゲートをくぐるの。すべてが終わったら、この世界に戻って、竜の子を殺してあげましょう」

 フュージュの魔法が終わった。

「では、倉庫の扉を開けるのはフュージュ、マリッサとクラニスは見張りを倒して。いいですか、殺してはだめですよ。殺すとあちらの世界に戻られて、襲撃を報告されてしまいます。奇襲にならなくなってしまう。かならず生かしたまま倒すのです」

 ふたりがこくりと頷いた。


 倉庫にはトラックが出入りできるような大きな両開きの扉があった。その正面にフュージュが立った。扉が開いた場合に扉に当たらずにすぐ飛び込める位置に、マリッサとクラニスが構えた。ふたりは打撃系の武器を持って来ていて、それを構えている。

 フュージュが右手を扉に向かって振った。例の白い光が右手から扉へ向かって飛び、扉に吸い込まれるように消えた。

 大きな鉄の扉が、はと時計の窓のようにパッと開く。開いたドアからマリッサとクラニスが飛び込む。

 「バキ!」とか「うう!」とかいう音やら声やらがしたのは一瞬だった。フュージュの後ろにいたトミックさんといっしょに中に飛び込んだときには、ヤンキーふうの見張り二人はマリッサとクラニスに押さえ込まれ、縛り上げられているところだった。

 壁のところに直径二メートルほどの大きな円形の鏡のようなものが立っている。鏡面のように見える丸い銀色の部分にはなにも映っていない。

 その横には、サイくらいの大きさの西洋ふうの竜がいた。これで子供か? まあ、オレなんかよりよっぽど竜の子供っぽいが。

 鎖で台に縛り付けられ、身体には何本か杭のようなものをつきたてられている。この竜はアンブレイカブルじゃないんだな。その杭から伸びた電線のような紐が白い箱に続いている。

「この魔具によって、竜の思惑にかかわらずゲートの接続先を指定しているんだと思います」

 フュージュが竜の子と箱を見て言った。

「この竜の子は生まれたばかり。自分で力をコントロールできないでしょう。竜の力だけを利用されているんだわ。むごいけれど、このままにしてゲートを使わせてもらうしかないわ。そしてやつらに指定された場所へ行くしかないわね」

「ごめんよ。……次に戻ったら、助けてやるからな」

 トミックさんはさらに怒りを蓄積し、マリッサは涙を浮かべていた。

 オレたち五人は鏡面の前に立った。

「お願いです、竜の子よ。わたしたちを通して!」

 トミックさんの言葉が通じたのか、竜の子が羽を震わせると、鏡面が輝きだした。

「さあ! 今よ!」


             《第8話につづく》

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