第4話 両手に花とイケメン登場
なんとか繕ったのは、意外にもマリッサだった。
「まあ、クラニスが言ったとおり、殺さなきゃいけなくなるのは、まだ先のことだし、当面の方針は、やつらにバレないように今までどおりガードし、同時に殺し方を見つける、だな」
クラニスも頷いた。
「そんなところね。先は長いから、ずっと出歩かない生活をしてガードするっていうのはどうかと思うし。ま、ちょっと体制を強化して、できる限り同時に二人以上のガードが付くようにしましょうか」
ここでトミックさんがまとめに入る。
「では、そういうことで、今日は別に襲われたわけじゃないんでしょ? デート再開ってことでいいんじゃないかしら」
と、これでお開きなのだが、話の流れからすると、続きのデートっていうのは、ガードふたりでオレは両手に花か? と、マリッサとクラニスを見ると、クラニスはそっぽを向いた。
「わたしは、今回はパスするわ。先週まで散々出歩いたし。留守番してるからたまにはトミックさんも出かけたら?」
「あら~。でもわたしは、お買い物でスーパーや商店街にはよくお出かけしてますし」
「デートで行くようなところもいってみたら、ってこと」
クラニスは、さっきのオレのかーちゃんに対する言葉が気まずくて、今日のデートっていう気分じゃないようだな。トミックさんを連れ歩くデートっていうのも、ゴージャスで良さそうだが、不釣合いだろうなあ。まあ、どうせマリッサと歩いても不釣合いでおまけにもならないってことはさっき実証済みだし、これ以上悪くはならないか。
「そうですねぇ。でもエプロンじゃおかしいですねぇ。ほかの服っていうと、奥様に頂いた外出着くらいしかないですわね」
トミックさんはそう言い、いそいそと着替えに向かった。期待と悪い予感がごっちゃになりそうな言葉だな。
十分後、玄関に現れたトミックさんは、かーちゃんのお下がりだというOLふうのタイトミニのスーツだった。サイズ直しとかしていないらしくて、胸や腰まわりは極限まで横向きに伸ばされてピチピチのパンパンだが、ある意味最高の着こなしかも。色はピンクで化粧もばっちり。海外有名メーカーの小さなポーチを持ってるが、あそこから鋼鉄のハンマーが飛び出すのだろうか。それとも、やはり、胸の谷間から取り出すようになってるんだろうか。
「じゃあね~。留守番はまかせて。トミックさんも楽しんできてね~」
表面上は明るさを取り戻して、いつもの調子のクラニスが玄関で三人を見送る。マリッサとオレはさっきの服装のままだ。
う~ん、この三人で歩くというのは、ひょっとするとオレには罰ゲームなのかもしれない。
いったいどういう『連れ』に見えるんだろうか。
色っぽいスーツ姿のおねぇ様と、高校生の美少女ってとこまでなら、美人姉妹でおでかけ、だが、そこに普通の男子高校生っていうのは……似てない兄弟か? どっちかの彼氏には間違っても見られないな。
ということはつまり、街の男どもをうらやましがらせるっていう密かな楽しみは、完全に空振りってことだ。
そう考えると、クラニス連れが一番だったな。彼女とデートしているときは、彼女のベタベタぶりもあって――もちろん芝居だったわけだが――街の男どもの羨望のまなざしが心地よかったなあ。
当てもなく家の前の通りを三人で歩いていたわけだが、とりあえず順番として、トミックさんに行き先を訊いてみる。
「で? どこに行きます?」
「ん~」
上を向いて考えるトミックさん。お酒関係とかは、お付き合いできませんよ。高校生も行けるところを言ってください。
「遊園地なんてどうですか? おふたりは?」
トミックさんが言い終わる前に、マリッサが手を上げて叫んだ。
「賛成!! 賛成!!」
トミックさんがふたりに振ったから多数決ってことになるのだろうが、マリッサの賛成票ですでに過半数だ。ま、オレもマリッサとの遊園地デートは妄想してたくちなので、満場一致ってことだ。
というわけで、他人からどう見えるにせよ、オレ的には両手に花……は無理でも、きれいな保護者つきの高校生カップル、というノリで、本日二度目のお出かけが始まった。
どの遊園地にするのかっていうのは彼女たちに具体案がなく、オレの選択にまかされた。ふと、留守番に残ったクラニスの顔がよぎり、彼女が知らないところに行くのは悪いような気がして、クラニスと二度目のデートのときに行った郊外のでかい動物園つきの遊園地をチョイスした。
彼女たちは遊園地も動物園もはじめてで、何かに興味を持つたびにふたりで駆け出すので、オレは毎回あわてて走ってついていくことになった。
そういえばクラニスと来たときに、彼女が「わたしこういうとこ初めて」と洩らしたのは、今にして思えば社交辞令じゃなくて本当だったんだな。クラニスは、オレの腕をつかんであちこち引っ張りまわしたが、今日は女性ふたりが手に手を取って走って行ってしまうので、デート的な役得感は薄い。
でもまあ、美人姉妹に振り回される弟、的なポジションも悪くはなかいかな。心から楽しんでいる彼女たちの姿は、そのまんまグラビアアイドルのDVDとして発売すればミリオン間違いなしの傑作で、そいつを生で観られるっていうのはいいもんだ。
昼過ぎになると、まだ全部見終わったってわけではないが、すこし興奮がおさまってきたのか、彼女たちも歩いて移動してくれるようになった。園内マップという便利なアイテムをゲットしたおかげで、コース選択にもすこしは計画性が出てきたしな。
というわけで、ひとつのマップをふたりで広げて、ああだこうだと『次の次』のアトラクションを物色しつつ『次』のアトラクションに移動するマリッサとトミックさんの後姿を交互に拝みながら、オレが数歩離れてついていく、というスタイルが定着してきた。
木が多い通路を歩いていて、急にひと気がなくなったのに気がついた。今日は休日でカップルや家族連れがたくさん来ていたのだが、ひょっとしてイベントタイムかなにかでどこかに集合したんだろうか、なんて考えていた。
前後にまったく人影がなくなった。
いや、正確には前方にひとりの男が立っているのが見えたから、ゼロではない。
この雰囲気、最近もあったぞ。
そうだ、昨日の下校時にヤンキーふたりが襲ってきたときだ。あのときも、急にひと気がなくなって、ヤンキーだけが前方にいたんだ。
男は木立と平行して並ぶベンチの横に立っていて、こっちを見てる。オレたちが通りかかると、トミックさんの前に進み出て、声をかけてきた。
「弟さんと彼女はふたりにしてあげて、あなたはわたしと楽しみませんか?」
園内で声をかけてきた男ははじめてではなかったが、トミックさんを単独で誘う男ははじめてだった。っていうか、こういう遊園地で男がひとりでナンパっておかしくないか? 二人組みとかで、同人数の女性グループを誘うのが常道だろうに。
こいつ、まさか男ひとりで入園したのか? それとも彼女に園内でフラれちまったカップルの片割れかなにかなんだろうか。
男は長髪で二十歳前後、身長は百九十近くあり、細身でありながらかなり筋肉質なスポーツ体型の……イケメンだ。
カジュアルな格好で清潔感が漂う、話し方も品があって、キザというのとは違う。しゃべりが板についているんだ。
なにを入れているのかA4大の四角くて薄いバッグを脇に抱えている。遊園地では邪魔そうなバッグだ。
ナンパ野郎に対して、どうしてこんなに好意的な分析をしてしまったのかと思ったが、男のセリフが良かったからだな。ふふふ、オレはトミックさんの弟で、マリッサがその彼女に見えたってわけだ。こいつ、いいやつじゃないか。
第一印象が最高点だったナンパ野郎は、つかつかとトミックさんのすぐ前まで歩いてきた。
トミックさんは今日、かなり高めのハイヒールを履いていたが、それでも男は彼女が真上に見上げるほどの長身だった。
トミックさんは男の顔を見上げ、不思議そうな表情になった。
「……あなた……まさか……」
見たことがあるのだろうか。それも、あの不思議顔からすると、エプロン姿でお買い物中に見かけた人物というわけではなさそうだ。トミックさんの顔は任務モードに移行していたんだ。
マリッサも任務モードがオンになったようで、あたりの気配を慎重に探り、何かを感じ取ったのか、脇にかかえていたポーチの口に左手を突っ込んだ。
ナンパ男ががっかりとため息をついた。
「わたしが彼女を引き離すまで、気配を気取られるなと言ったでしょう。相手の戦力が半減するチャンスだったのに」
どうやら、ただのナンパ男じゃなかったらしい。
「やはりそうなのですね。バイルー国王の元親衛隊長ライアス! 今では独裁者カシュームの恐怖政治を支えるバイルー最強の剣士」
とんでもない二つ名を持つ男だった。一国の『最強剣士』だって? オレも武器はないが、一応身構えた。
トミックさんが、手に持ったバッグから長さ一メートルほどのメイスを取り出して構える。全体が金属でできていて、軽く十キロはありそうだ。かなり凶暴なでこぼこがついた文字のようなメイスの先の部分は、トミックさんが信じる宗教上のシンボルなのだろう。こいつで殴られたら、人間の頭はひとたまりもなさそうだ。
彼女の目の前に立つ男も、A4バッグから剣を取り出して構えた。
長身に見合った長い剣だ。柄の底から切っ先までは、百八十センチくらいだろうか。オレの身長よりも長かった。
男とトミックさんは、それぞれの武器を構えて、素手で届きそうなほど近い間合いで向き合った。
まわりの物陰からは、五人の男たちが剣を構えて現れた。さっき男が言葉をかけたのは、こいつらに対してだったんだ。
マリッサがポーチの口に突っ込んだ左手を剣とともに抜きオレを庇うように構えた。
おいおい、いくら人通りが少ない一角だからって、これはアトラクションには見えないだろ。騒ぎになるだろ。な……らない? おかしいぞ、さっきから誰も通らない。通行止めのバリケードでも立てたのか? それともこれも魔法かよ。このまえの襲撃のときのも、同じ魔法か? 仮名「人払い」みたいな。
あとから出てきた五人の男たちは、広がってマリッサを囲うように移動してから、互いにアイコンタクトを取り合って、まず、右手のやつが襲い掛かってきた。そいつが振り下ろした剣をマリッサが払うと、マリッサの死角になった左手のやつが間髪を入れず切りかかる。しかし、マリッサはそれが見えているかのように、左足で男のみぞおちあたりを蹴って攻撃を防いだ。
前回同様、襲撃者の戦闘ターゲットはオレじゃないようだ。オレを殺すつもりはないわけで、ガードしてる二人を倒せば、オレを捕らえるのは簡単って思ってるんだろうな。それは間違いじゃないが。
相手の剣士たちも、オレから見たらめちゃくちゃ強そうだったが、マリッサの強さはとんでもなかった。五人相手にオレのまわりで互角に戦っていた。
マリッサは左ききで、左手に持った長い剣をブンブン振り回し、その剣はもっぱらあいての攻撃を受け止めて払うのにつかって、残る右手や足で受け止めた剣の持ち主を殴り飛ばし蹴り飛ばしていた。
よく、映画などで女剣士が戦うシーンでは、力で負けてる女優の動きが妙にトロく見えることがあるが、マリッサはそんなじゃない。まわりの男どもよりも早く、力も上回っているようだ。
問題はトミックさんだった。
相手がバイルー最強の剣士とかいうとんでもないやつな上に、トミックさんは服装のチョイスを明らかに誤っていたのだ。タイトミニのスーツは、彼女の動きを制限し、おまけにハイヒールが足元を不安定にしていた。
トミックさんは、一対一のチャンバラの途中でちょっと下がってオレたちのそばに来て、ライアスとかいうやつが再び迫ってくるまでの隙に、ミニスカートの左横の裾をビリビリ! と裂いた。同時に胸をおさえつけていたボタンをもぎ取ってスーツの前をはだける。
あられもない姿になってしまったが、これで制限されていた手足の動きがかなり開放された。しかし、ハイヒールをどうにかするチャンスはなかった。そこへ、ライアスが大きく振りかぶって切りつけてきた。トミックさんが服をなんとかするために作った一秒ちょっとの時間で、やつは必殺の一撃を繰り出す力をためていたのだ。
メイスで受けたトミックさんのバランスが崩れた。
さらに畳み掛けるように切りつけようとライアスが振りかぶったとき、体制を立て直そうとしたトミックさんの右足のヒールが根元からポキン! と折れた。
よろめくトミックさんに、振り下ろされる剣。トミックさんが体制を崩したことに、むしろ驚いているライアスの顔がスローモーションのように目に映った。ライアスはトミックさんが攻撃を受け止めると思っていたんだ。
トミックさんはメイスで受けられそうにない。とっさにオレが取った行動は……右腕を出してトミックさんを庇うことだった。
ガキン!
こういうとき、オレの腕は金属音がするらしい。
まともに受け止めていたら、勢いに押し切られたかもしれないが、自分の前方にいるトミックさんを庇おうとして差し出したおかげで、オレの腕は振り下ろされる剣に対して斜めになっていた。剣を振り下ろす力が逃がされて腕の位置を維持することができ、トミックさんを守ることに成功した。
オレが差し出した腕は、素肌がむき出しだ。つまり、どう見てもオレの生身の身体が剣の軌道をそらしたようにしか見えない。
ライアスは数歩下がった。
今度はあきらかにオレを見ている。オレの腕と顔を見比べていた。
「退け! 退くぞ!」
バレたな、これは。
ライアスの部下の五人は、撤退命令に救われたようだった。頭上でブンブンとヘリコプターのように剣を振り回して威嚇するマリッサに追い立てられるように退いていく。
男たちが去ると、通行人の姿が戻ってきた。ほんとうに何かの魔法でこの場を隔離していたんだな。
トミックさんとマリッサは武器をしまう。
オレとトミックさんが、困り顔で向かい合っていると、マリッサが声を掛けてきた。
「どうした。何かあったのか? やつら、あっけなく退いちまったな」
トミックさんは言いにくそうだ。かわりにオレが答えた。
「オレが剣を腕で受けちまったんだ」
「なにぃ?!」
「オレの身体のことは、バレちまったようだな」
今日のデートは再び中断となり、戻って対策会議ってことになった。
帰り道の電車の中で、トミックさんの口数は少なく、窓の外の景色を思いつめたように眺めていることが多かった。責任を感じているんだろうか。
マリッサはそんなトミックさんに、過ぎたことをくよくよしてもしょうがないから、今後のことを考えよう、っていうニュアンスの励ましを繰り返していた。
家につくと、クラニスは部屋着のままスナック片手にケーブルテレビを見ていたようだった。トミックさんが重い口調で、ライアスの襲撃があってオレが剣を素手で受けてしまったことを告げると、彼女も深刻な表情になった。
オレの部屋のガラステーブルをはさんで、三度目の会議がはじまった。
《第5話につづく》
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