第3話 ゲーセンデート

「おい! 行くぞ、デート!」

 翌朝、玄関でオレを呼んだマリッサは、制服ふうの白を基調としたワンピースを着ていた。黒のニーハイで強調された白い太ももが眩しいミニスカートだ。

「変な目で見るな」

 おいおい、それが朝一番の挨拶かよ。そっぽむいて、目も合わせない。これで頬でも赤く染めていたらツンデレっぽくてかわいいんだが、そういうわけでもない。

 ま、しょうがないか。

「で、どこ行くんだ?」

 どうせ本当のデートじゃないわけで、こっちとしてはどこ行ったっておんなじなんだが、まあ、どこかに行きたいから倉西――じゃないや、クラニスだっけ? に替わってオレについて来るんだから、リクエストに答えてやろうか、と思ったわけだ。ところが彼女は自分で行き先が選べると思っていなかったらしく、オレの質問にあたふた慌ててる。

 迷った様子はなく、心に決めていた場所があったらしい。ゴクリ、と生唾を飲み込んで、口を開いた。

「げ、げ、げ、ゲゲゲ……」

 なんだか、へんな汗かいているな。視線も下向きであちこち泳いでいる。たかがデート先で何をてんぱってるんだ、こいつ?

「?」

「ゲ、ゲ、ゲーセン!」

 やっと言えた、とばかりに必死に真顔でこっちを見ている。

 その姿だけを切り抜けば、神に懺悔する清らかな乙女の図だ。

「ゲーセンって……プリクラでも撮りたいのか?」

「格闘ゲーム!」

 キラキラ輝く笑顔で叫ぶ。

 ああ、もしも昨日の帰り道の出来事よりも前に、この笑顔を見ていたら、一発でノックダウンだっただろうなあ。しかし、この笑顔はオレじゃなくて格闘ゲームに向けられたものなわけだし。何より、もう、本性を知ってしまってるからなあ。

 この時間から開いている駅裏の一番大きいゲーセンへ連れていく途中も、マリッサは本当にオレをガードしてるつもりがあるのかと疑いたくなるような、ルンルンの様子だ。なにやら鼻歌を歌っているが、聞いたことがない曲だ。あっちの世界の曲なのだろうか?

 とにかく街中を二人で歩いている間中、周囲の視線をたっぷり浴びた。もう、それは、いやと言うほど。

 男共はあっけにとられて彼女を見てる。とびっきりの芸能人かモデルかっていう美少女が、ニコニコでミニスカ姿を晒して歩いているんだから無理もない。隣に並んでいるオレを睨んだり不思議そうに見たりする男もいたが、たいていのヤツははオレのことは目に入らないようで、無視して彼女だけ見ている。

 女性の視線はどうかというと、かなり残酷だ。彼女を見つけると、すぐに隣のオレに視線を振る。しかも、その表情からは決まって、驚き、疑問、不満、期待はずれ、といったネガティブな感情が読み取れる。隠そうともせず、容赦がない。

 へいへい、どうせ釣り合いませんよ。

 そうかそうか、オレが昨日まで見ていた夢は、そんなに分不相応だったわけか。もしも彼女と恋人になれていたら、デートのたびにこういう視線にさらされる運命が待っていたわけだ。ま、周囲の視線なんて気にならないぐらい舞い上がってたかもしれないがな。今はちがう。しっかり、周囲の視線が感じられるくらい、冷静だから、悲しい現実を突きつけられて落ち込むことになったわけだな。

 繁華街に入ると、隣を歩いているオレに構わず、すれ違いざまに口笛を吹いたり「よっ! お茶しない?!」とか言ってくるヤツもいるようになった。

 しまいには、ゲーセン前で名刺を差し出すオヤジまで現れた。読者モデルの勧誘らしかったな。千年に一人とかなんとか、聞いたことがありそうな言葉を並び立てて持ち上げつつスカウトしようとしていたようだ。

 昨日までの『マリサ』のノリなら、隣を歩くオレが露払いとしていちいち対処してやらなくちゃならない場面だったのだろうが、今日のマリッサには必要なかった。昨日までのもじもじぶりはどこへやら。ニコニコしながら、自分に対する全てのアプローチを無視して、というか、全てに気がつかない様子で、とっととゲーセンに入って行った。

 体感ゲームやプリクラやクレーンには目もくれず、格闘対戦ゲームが並ぶ一角へ行き、プレイ中の画面やデモ画面を笑顔で真剣に見比べているマリッサの目は、たしかに輝いていた。

 今人気のゲームの、武器を持ってるくせに殴る蹴るで戦う女性キャラをみつけた瞬間、その目の輝きが増して「キラ~ン!」という擬音がオレの頭の中には響いた。彼女は自分の分身を見つけたのだ。

「こ、こ、こ、これ! これ!」

 言葉を覚えたての幼女がモノをねだるように、オレのシャツの袖を摘み、反対の手でそのゲームを指さす。え? 対戦しろって言うのか?

「ひとりでやれよ」

 厚かましそうにオレが断ると、彼女は喜んだ。

「い、いいのか?!」

 どうやら、対戦を誘ったのは、自分ひとりでやってる間、オレを待たせることが悪いと思ってのことだったらしい。本当はひとりでやりたかったんだな。

 頷くかわりに、手をひらひらと払うことで「勝手にしろ」と返事をすると、彼女は席についてコインを投入した。

 最初のうちはゲームの操作がわからずにCPUに苦戦していたようだが、すぐに会得したようだった。大技は使えないものの、小技だけでCPUを次々に破りはじめた。

 ワンコインのまま、五戦目くらいに進んだときに、2P対戦者がコインを入れた。

 マリッサの目が再び輝きを増したように見えた。真剣勝負の戦士の顔になった。

 オレはちょっと首を伸ばして画面の向こう側の対戦相手がどんなやつか覗いてみた。

 ヤバイ。

 いかにもこのゲームを極めていそうな大学生ふうのゲーマーだ。口を開けたばかりの缶コーヒーをコントローラーの横に置き、これから自分が長時間プレイを始めることを――つまりはマリッサに勝利することを――前提としているようだった。

 あまりにもコテンパンにされると、マリッサの機嫌が悪くなってしまうんじゃないだろうか。その場合、とばっちりを受けるのはオレじゃないのか?

 オレの心配をよそに、対戦は始まった。

 間合いの取り方、攻防の切りかえタイミングの取り方はマリッサが上のようで、序盤の小技の応酬ではマリッサが優勢だった。しかし、相手ゲーマーが持ちキャラ特有の必殺ハメ技を使って、たちまち逆転してしまった。

 特殊ワザも、その対処方法も知らないマリッサは、なすすべもなく一戦目を落とした。

 次で負ければおしまいだ。

 別に手伝ってやる言われはないのだが、画面横の特殊ワザの出し方を説明したステッカーを、トントンと人差し指で小突いてやると、それに気づいたマリッサは、昨日の襲撃からこっちでは見たことがないほど好意的な笑顔で、オレを見上げた。

 げげ、やっぱり美少女だよな。そんなふうに男を見ると、誤解されるって分かってないのか? こいつは。

 二戦目は、初心者相手とタカをくくっていた相手が、マリッサの特殊ワザをモロに喰らい、マリッサの圧勝となった。

 『YOU WIN』の文字に向かってマリッサがガッツポーズを取った。さらにオレを振り返り、ニッコリ笑う。その笑顔の威力たるや、KOパンチものだ。オレがダウンしなかったのは、昨日のがさつ女ぶりの残像のおかげだな。

 こうしてゲームに一喜一憂するところなんか、かわいいじゃないか。これが本当の初デートなら……ねぇ。

 勝負を決める三戦目。出だしからかなりハイレベルな攻防が続く。相手も最初から本気だ。どっちもあと一撃でダウンというところまで行った。マリッサの両手が目にもとまらぬ速さで動き、彼女が操るキャラのパンチがヒットした。

「よおっし!」

 マリッサが勝利の雄叫びとともに画面に向かって拳を突き出してガッツポーズをとった。

 その手には、コントローラーがしっかりと握られたままだ。指の間から見えるコントローラーの根元からは、コードが数センチ垂れていて、ゲーム台のコントローラーがあるべき場所には、無残に穴だけが残っていた。

 まずい。壊しやがった。

 オレは周りを見回して、店員の姿がないのを確かめ、彼女の肘を掴んで勝利に浸っている彼女を引っ張った。

「おい、勝ったんだからまだ、続きが……」

と、不平を言う彼女の手に握られたままのもぎ取られたコントローラーを、オレが視線で指し示すと、彼女は大きく口を開けた。やっとゲーム機を壊したことに気がついたらしい。

 周囲には店員こそ居なかったものの、彼女の美貌につられた男共が数人集まっていて、彼女は注目を集めていた。幸い、やつらの目当てはゲームではないので、まだゲーム機の異変に気がついてるやつはいないようだ。

 店の出口へ向かうと、数歩も行かないうちに、前に三人の男が立ちはだかった。

 ヤンキーっぽい男たちで、そこそこガタイもいい。昨日の襲撃者のような殺気こそないが、マリッサに失礼な視線を浴びせていた。

 唇にピアスをしたニット帽の男が言った。

「おいおい、そんなチンケな男と遊んでないで、俺たちと遊ばない?」

 はあ、そういう手合いか。

「急ぐんだ、通してもらえないかなあ」

 オレはできるだけ丁寧に言った。店員がやってきてゲーム機を壊したことがバレたらまずい。

「ニイちゃんは黙ってな!」

 いや、あんたらは分かってないんだろうが、オレはあんたらを救ってやろうとしてるんだと思うぞ。おまえら、瞬殺だぞ。文字通り殺されかねないんだぞ。

「ほら、カワイ子ちゃん、こっち来なって」

 ひとりがマリッサの右手首を掴んだ。もぎ取ったコントローラーを持ってるほうの手だ。

「放せってば……」

 オレが引き離そうとしたとき、オレの頭が、そいつの仲間に押された――んだと思った。オレの身体がいきなり斜めになったから。

 しかし、押されたにしちゃあ、おかしな音がした。擬音で表すなら……「ゴキ」と「ボキ」が同時に重なったような音だ。

 体制を立て直しながら、押したやつの方を見て、

「何すんだ……」

と、言いかけて、異様な光景に言葉が詰まった。

 その男は、情けない泣き顔をして、自分の右拳を見ていた。その拳は、指が少なくとも二本、あらぬ方向を向いて曲がっていて、骨折しているようだった。

 男はオレを押したんじゃなくて殴ったらしい。

 その過程でなにか硬いものにでも拳が当たったのか? 近くに柱とかはないし、オレはヘルメットを被ってるわけでもないが

 この瞬間、その男がオレを殴ったと見たマリッサの戦士としてのスイッチが入った。

 自分の腕を掴んでいる男のみぞおちを右ひざで蹴り上げ、もう一人の胸ぐらを左手で掴むと、ブン! と投げ上げた。

 投げられた男の身体は放物線を描いて、さっきまでマリッサが座ってプレイしていたゲーム機の上に落ち、ゲーム機が大破した。

 チャンスだ。

 オレは彼女の右手を指差し、その指を大破したゲーム機にくいっと向けた。彼女は、オレが伝えようとしたことを理解したようだ。手にしていたコントローラーを、ゲーム機に載っかって気絶している男に向かってポイッと投げ捨る。証拠隠滅、木を隠すなら森の中、だ。マリッサはオレと手を取り合って、そのゲーセンから駆け出した。

 駅の表の方までいっしょに走って、オレが息切れしたので、彼女も立ち止まって息を整えた。いや、彼女の息はほとんど乱れていないな。オレとは基礎体力がかなりちがうようだ。

 あの男は、女子高生にぶん投げられたと証言するかもしれないが、たとえ防犯カメラに映像が残っていたとしても、あんなに見事に男がぶん投げられるわけがないと常識人は思うだろうから、男の自演ジャンプってことになるはずだな。

 ゲーム機破壊は、あいつらの仕業ってことで罪を被せられたかもしれないが、まあ、あのゲーセンにはもう行けないかもな。

 で、気になることがひとつ残った。

「ハァ、ハァ。おい……オレ、なんで、殴られて、平気なんだ?」

 この質問、多分、マリッサにするべきなんだと思う。昨日からの不思議ネタの続きに違いないから、彼女はこたえを持っているはずだ。

「竜王のアンブレイカブルボディ――壊されざる肉体――が備わっているんだ。今まで自覚はなかったのか?」

 壊されざる肉体って……不死身みたいなことか? そういえば、子供の頃から大きな怪我をした覚えがないが、殴られたり転んだりしたら普通に痛かったはずだぞ。

 ん? 待てよ。普通に痛いっていっても、ほかの人間の『痛い』を知ってるわけじゃない。ひょっとするとオレは、ほかの人が痛がる様子を見て、痛がるマネをしてきただけだったのか? オレが感じていた『痛み』だと思っていたのは別のものなのか? そういえば、他人がひどく痛がる様子を見て、あんなに暴れるほどのことなのか、と疑問に思ったことはある。

「小さな怪我とかは、してたぞ多分。擦り傷とかの記憶はある。かーちゃんのげんこつでたんこぶができたこともあるぞ。けど、身体が異常に丈夫だったようには思うかな……あ、そう言えば、昨日のおまえのキック、コンクリートの壁に頭がめり込んだのに怪我はなかったな」

 それを聞いてマリッサが、口を抑えて、恐怖に震えた。

「そうだ。昨日、思わず、手加減なしに蹴ってしまったんだ。もしも生身だったら、殺してしまってたとこだった」

 たしかに……普通、あんなふうにコンクリートにめり込むダメージを負ったら、首が折れてるか、それとも頭蓋骨が砕けてたか。その場でオレはあっちの世界行きになってたかもしれない。

 彼女はさらに先の問題点に到達したらしく、まわりの人だかりを無視して声を上げた。

「待てよ、じゃあ、おまえをあっちへ送らないといけない時がきても、殺せないってことじゃないか!」

 彼女が街中で『殺す』とかいう言葉を大声で言ったものだから、オレたちは再び、手をつないでその場から逃げ出すハメになった。


 駅からやや離れたところにある大きな公園まで走って、へとへとになったオレはベンチに座り込んだ。マリッサはこの程度走っても平気なようだな。さすが鍛えられた戦士ってことか。

 公園には、小さな子供をつれた親子連れが数組居たが、小学校の運動場並みに広かったので、スカスカにすいている。ここなら普通に話すぶんには、誰に聞かれる心配もなさそうだ。

「その、殺せないかもって話、ワルモノどもに知られたらまずいんじゃないのか? やつらはオレが殺されないようにしようってしてるんだろ? 誰もオレを殺せないなら、やつらはミッションコンプリートじゃん」

 オレはまだ息を整えながらしゃべってるので、息を大きく吸ったり吐いたりの音を交えながらそう言った。

「ああ。そんなことが向こうの世界に伝わったらたいへんだ。国の存亡にかかわる大事だ。さっき声を上げたことは反省している」

 なんだかしおらしい。しかし、外見に似つかわしくない言葉遣いだなあ、もったいない話だ。「~だわ」とか「~のね」とかなら、ハスキーボイスでも女の子らしくて外見とのギャップが少しは埋まると思うんだが。

 などと関係ないことばかり考えている間も、彼女の言葉はつづいていた。

「おまえに以前から自覚があったわけじゃないっていうのなら、おそらく昨日の襲撃にあったせいで、本格的なアンブレイカブルボディの能力が目覚めたんだな。やっかいなことになってしまった」


 デートに出かけて一時間もしないうちに家に帰ってきたオレたちを、トミックさんは笑顔で「あら」とだけ言って玄関で迎えた。

 その後ろで様子を覗いていたクラニスは、

「お早いお帰りね。もう、息が詰まっちゃった?」

と、楽しげに茶化す。

 マリッサが不愉快そうに、

「対策会議だ!」

と言うと、さすがにクラニスの笑いも消えた。

 昨日同様、なぜかオレの部屋のガラステーブルをはさんで会議がはじまった。

 ベッドに座ったオレの前には、デートから帰ったまんまの白いミニワンピースのマリッサ、ラフな部屋着――スカイブルーのTシャツにピンクのランニングパンツ――姿のクラニス、エプロン姿のトミックさんが並んで正座している。

 到底、一国の一大事の対策を議論する会議には見えないな。せいぜい連休の行き先を検討する家族会議かなにかだ。

 マリッサが状況を説明すると、三人は真剣に考え込んだ。

 最初に口を開いたのはクラニスだ。

「まずは、ホントにそうなの~? ってとこよね~」

 顔はマジだが言葉は軽い。

「そうですね。真偽を確かめねばなりません。この場合、どうやって、というのが問題ですね」

 トミックさんが重くしてくれたらしい。

「殺さない程度に痛めつけてみるか。万が一殺してしまったら、あっちへ戻してしまうことになるから程度をわきまえてな」

 マリッサのは、オレにとってはヘビーな話だ。さらりと言うな! さらりと。

 しかし、三人は揃って頷いている。それで決定なのか? 決は採らないのか? オレの清き一票は? 投票前から無効票扱いなのか?

 トミックさんが、自分のエプロンの胸のポケットに右手を突っ込んだ。四角い大きなポケットは本来長方形のはずだが、彼女の豊満な胸のふくらみに翻弄されて台形にゆがんでいる。思わず、胸元・・・・・・じゃない、ポケットに視線が釘付けになった瞬間、トミックさんの右手がすばやく動いてオレの視界から消え、ガン! という音とともに、オレの首が九十度下向きに曲がる。目の前にはガラステーブルと、ガラス越しの三人の膝が見える。

 ゆっくりと顔を上げると、さっき消えたように見えた彼女の腕がオレの頭上に向かって伸びていて、その手には大黒様の小槌のようなサイズの鋼鉄のハンマーが握られていた。ハンマーはオレの頭に乗っかっている。

 つまり、ポケットから魔法のハンマーを取り出してオレの頭を殴ったらしい。

 痛くない。

 っていうか、普通なら死ぬとこだろ、これ。

「トミックさん、手加減、手加減」

 クラニスが苦笑いでフォローするが、しゃれになってないと思うぞ。

「あら~。ごめんなさい、つい・・・・・・」

 ハンマーは元通りエプロンの胸ポケットに消えた。あのエプロンのポケットとハンマーも、昨日見たマリッサのカバンと剣みたいなことになってるらしい。

 その行方を目で追っていたら、

「はっ!」

と、クラニスの甲高い声がした。オレの左頬に冷たいものがあたっている。クラニスが差し出した黒いナイフの刃が頬に接していた。

 オレの左目の下あたりを刺す軌道で突き出したナイフが、刺さらずにそれたってことらしい。これも、もし刺さってたら、脳まで届いてるんじゃないか?

「ほんとね~、刺さんないわ」

 さっきおまえ自身が言ってた『手加減』はどこへ行った。

 トミックさんとクラニスの不意打ちが終わったあと、こっちを見据えるマリッサと目が合った。

「ちょ! ちょっとまて! おまえは確認済みだろう!」

 さすがに今回はオレのほうが早かったらしい。もう一秒遅かったら、何をされていたことやら。いくら傷つかないといっても、なぁ。

「じゃあ、次の問題は、本国に報告するかどうか、ね」

 クラニスが腕組みして言った。おいおい、さっき俺を刺そうとしておいて、謝罪もなしに次の話か?

「向こうに報告するには、どなたかが死んで戻らねばなりませんね」

 トミックさん、あなたも無視ですか?

「話が漏れでもしたら大事になるぞ」

 まあ、マリッサがオレを無視するのは、昨日以降の規定路線だな。

「どうせ、彼を戻すのはまだまだ先の話でしょう? それまでに殺し方を見つければすむ話なんじゃないかなぁ」

 クラニス、おまえ、本人が目の前にいるのに『彼』って呼んだな。オレはこの議論の輪の外かよ。楽観的なこと言いやがって。結局、殺す話だし。

「真に彼がアンブレイカブルボディの持ち主ならば――さっきのテストからすると、そうなのですけれどね――毒でも炎でも電撃でも……彼は死なないでしょうね」

 トミックさんも『彼』って呼んでるし。

「竜を傷つけられるのは、伝説の『竜殺しの剣』ドラゴンスレイヤーだけだ。しかし、その剣はあっちにしかなくて、こちらの世界には持ってこられない。時間が解決する話ではないな」

 マリッサの言葉には、『彼』としてさえ出てこないじゃないか、オレ。『竜』ってか? 一般名詞になっちまってるし。

「ドラゴンスレイヤーの使い手に訊いてみれば、何かわかるかもしれないわね」

というクラニスの言葉に、

「そんなもんがこっちの世界に来ているのか?」

と、議論に参加してみる。三人はこっちを同時に見た。三人とも知っているのが当然という表情で、常識のような話らしい。

 代表して答えたのはトミックさんだった。

「竜王をドラゴンスレイヤーで傷つけ、瀕死の重傷を負わせた使い手は、あなたのお母様です」

 な?! 竜王はオヤジじゃなかったっけ? それを殺しかけたのが、あの、かーちゃんだってのか?

「本当は、彼女の力など、借りたくはないのですがね」

 クラニスは俯いて言った。さっき「訊いてみれば」と言ったときから、彼女はなにやら重い雰囲気で、楽観主義がなりを潜めてしまっているようだった。

 なんでだ? 心配を掛けたくない、とかじゃなく、まるで嫌がっているように見えるじゃないか。

 オレの表情から質問を読み取ったのか、クラニスがつづけた。

「あなたの母上はね、わたしたちの国の守護者である竜王と結ばれた人物。でも、わたしたちにとって、尊敬の対象ではないわ。国を裏切り、竜王を殺そうとしたんですもの。竜王は深刻な傷を負い、それでもあなたの母上を愛し、許し、そして、この世界に匿ったの。わたしたちがくぐってきたゲートは、そのために作られたものなのよ」

 オレとお袋を守るために。

 それは外敵からではなく、周囲の冷たい目から、ということなのか。

「ゲートは傷を負った竜王が居る洞窟にあるの。こちらへ来るときに、わたしたちも、その禁足の洞窟に入り、傷ついて横たわった竜王の姿を見たわ。ひどい……いつ死んでもおかしくない傷だった。もう、治る見込みもない傷。国の守護者をそんな目に合わせた人物を、尊敬できないでしょ?」

 昨夜、かーちゃんが帰ってきたときに「おかえりなさい」と言っていたのは、本心を隠した姿だったんだ。

 明るいムードメーカーのはずの人物が、場の雰囲気を重くするようなことを言うと、もう、救いようがないほど暗くなってしまうものだ。クラニスが暗くなると、この場がず~んと重く暗くなった。


              《第4話につづく》

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