第四十二章 絶対に負けられない戦い

 途中参戦の森石章太郎により、一気に形勢逆転をされてしまった見た目は小学生の女児の異能者サイキックは、鬼の形相で森石を睨みつけ、地上に着地した。森石は女を睨み返し、

「アンチエイジング程度ならまだ許せるけど、年齢詐称はダメだぜ、おばさん」

 挑発的な事を言い放った。その言葉に彼の背後に立っている慈照寺香苗が少しだけ顔を引きつらせたのを手塚治子は見た。

(森石さんたら、本当にデリカシーの欠片かけらもないんだから)

 治子は目を細めて森石を見た。

「うるさいよ! 誰にも迷惑かけていないんだから、大きなお世話だ!」

 女は怒りに震えて怒鳴った。そして、

「あんたの相手は私の相棒がするよ」

 その言葉が終わると同時に、森石の目の前にいきなりジーンズ地の短パンを履いた上半身裸の大男が瞬間移動して来た。

「うわ!」

 森石は尻餅を突いて後退あとずさりした。

「ボッコボコにしておやり!」

 女が狡猾な笑みを浮かべ、大男に命じた。大男はニヤリとして、

「合点だ、あねさん」

 そう言うなり、右の拳を振り上げた。

「ひい!」

 森石はすんでのところでその丸太のような腕から繰り出されたパンチをかわし、大男から距離を取った。

「さてと。邪魔者は封じたから、またあんた達と遊んであげるよ」

 女は治子と片橋留美子を見た。そして、再び精神測定サイコメトリー能力を使い、治子と留美子の脳に攻撃を仕掛けようとした。

「え?」

 ところが、彼女は、力が全く発動していない事に気づいた。

「まさか!?」

 女は森石を見たが、彼はまだ大男と鬼ごっこの真っ最中で、力を使った様子はない。

「どういう事だ?」

 首を傾げる年齢詐称女に向かって、

「お生憎あいにく様ね、偽小学生さん。私も反異能者アンチサイキックなのよ」

 香苗が、治子と留美子を庇うように前に立った。女は目を見開いた。

「何だとお!?」

 意表を突かれた女は、留美子が念動力サイコキネシスで放ったロープによって両手首と両足首を縛られ、無様に地面に転がった。

「あいでで!」

 すでに可愛さは全く残されていなかったが、倒れて発した悲鳴はおばさんのものというより、おっさんのものだった。それでも反撃を試みようとしたが、

「無駄よ!」

 治子の千里眼サイコキネシスにより、集中力を封じられてしまった。

「貴女も精神的な異能の力があるのなら、どうしてアルカナ・メディアナの悪意に気づけないの?」

 治子が哀れんだ顔で女に尋ねると、女は治子を見上げて、

「そんな事、関係ないね! 今が楽しければ、それでいいのさ」

 治子は唖然としたが、

「なら、あいつがどんな事をして来たのか、見せてあげるわよ」

 メディアナの所業を強制的に女の意識の中に送り込んだ。

「いやああ!」

 女はそのあまりにも残虐な行為を見せられ、絶叫した。その光景を見せられていないのに、留美子は女の叫ぶ声と怯える顔を見て、身震いした。

「ひいい!」

 女がどれほど見たくないと思っても、その光景は目で見ているのではなく、意識の中に直接送り込まれているものなので、拒否する事ができない。女は涙を流し、涎を垂らし、鼻水まで垂らしながら、悶絶した。

「治子さん、もういいんじゃないですか?」

 留美子が吐き気を催しながら言った。治子は微笑んで、

「そうね。もう今が楽しいなんて、間違っても思わないでしょうね」

 留美子は少しだけ治子が怖くなってしまった。そして、

「メディアナが今まで陰でどれほどの事をして来たのか知れば、あいつに賛同するなんて絶対にできなくなる。それでもメディアナを支持するとすれば、そいつは人間じゃないわ」

 留美子は治子が泣いているのに気づき、自分を恥じた。すると治子はクスッと笑って、

「いいのよ、留美子。さっきの私は確かに怖いわよね。自分でもそう思ったから」

「あ、その……」

 治子に心の内を見透かされ、留美子は顔を赤らめた。治子が力を使うのを中断すると、女は気絶した。

「後は、あの大男ですね」

 留美子は森石を追い回している男を見た。そして、サイコキネシスを発動した。しかし、大男はそれを察知し、瞬間移動してしまった。

「あ!」

 留美子が叫んだ時、大男は留美子の前に現れた。

「余計な事をするな、小娘!」

 大男が右の拳を振り上げた。留美子は反射的にサイコキネシスを発動した。だが、またしても大男は瞬間移動して逃れてしまった。

「大きな図体でちょこまかと!」

 それを見ていた森石が悔しそうに叫んだ。そして、

「あ、そうか」

 何かを思いついたように留美子を見た。留美子は最初は何の事なのかわからない顔をしていたが、ハッとなった。そして、もう一度サイコキネシスを大男に向けて発動した。

「無駄だよ、小娘!」

 大男は瞬間移動で波動をかわそうとした。ところが、瞬間移動できなかった。

「ぐげげ!」

 その場から動けなかった大男は、留美子の放った波動をまともに受け、身体中の骨を折られて、崩れるようにして倒れた。大男は泡を吹いて気絶していた。

「留美子ちゃん、ナイス!」

 森石が嬉しそうに親指を立ててみせたので、留美子は苦笑いした。


 メディアナは首相官邸の閣議室で、ロイドとジェームズが接近しつつある事を把握していた。

(面白い。ハロルド・チャンドラー、どこまで強くなったか、審査してやろう)

 メディアナはニヤリとして立ち上がった。周囲にいた首相と各大臣達はビクッとして彼を見た。メディアナは首相に一瞬で近づくと、

「一緒に来てもらおうか」

 そう言い残すと、首相と共に閣議室から消えてしまった。

「総理!」

 官房長官が叫んだ。すぐそばにいた副総理兼財務大臣は唖然として声もない。外務大臣も、防衛大臣も目を見開くだけ。何もできなかった。

(我々は無力だ。アルカナ・メディアナは想像を絶する存在なのか……)

 官房長官はその場にへたり込んでしまった。


 メディアナは官邸の屋上にあるヘリポートに首相と立っていた。とは言っても、瞬間移動を初体験した首相は乗り物酔いでもしたかのようにフラフラしていたが。

「来たか」

 メディアナは南西の方角を見て呟いた。と同時に周囲の建物から自分を狙っている狙撃手にも気づいていた。

「身の程を知らない者達がいるようだな」

 メディアナは嬉しそうに笑った。次の瞬間、周囲にいた何十人もの狙撃手の頭がほぼ同時に破裂してしまった。まるで自分の頭をライフルで撃ち抜かれたように。

「相変わらず、悪趣味だな」

 先にヘリポートに現れたのは、ジェームズだった。メディアナは不機嫌そうに彼を見ると、

「お前には失望したよ、ガイア。我が右腕に相応しいと思い、最前線を任せたのに、裏切りおって」

 するとジェームズは目を細めて、

「裏切る? 私は最初からお前に協力していたつもりはないぞ、悪魔め」

 メディアナはフッと笑ってジェームズから視線を移し、

「ハロルドはどうした? 遅刻か?」

 その瞬間、彼の頭上に無人の大型トラックが現れて落下した。メディアナは全く慌てる事なく、首相を伴って瞬間移動した。トラックはそのまま屋上に落下し、コンクリートの床を突き破って下に三分の一くらい埋もれた。

「変わらんな、ハロルド。目的のためにはどれほどの犠牲が出ても躊躇わない。そういうところは尊敬するよ」

 メディアナは酔いが酷くなって吐き戻してしまった首相を放り出して言った。

「貴様を仕留められるなら、この地球を犠牲にしても構わない」

 ロイドはメディアナの背後に瞬間移動して来た。メディアナはゆっくりを振り返り、

「費用対効果というものを少しは考えた方がいいぞ、ハロルド」

「貴様に説教される覚えはない」

 ロイドはそのガラス玉のような目でメディアナを睨みつけた。

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