第四十章 群がる悪意

 日本政府は稀に見る程機敏だった。自分達の命が懸かっているのだ。大臣達の気迫も普段とは比較にならなかった。

「日本の命運を左右する一大事なのだ!」

 ある大臣は電話に出た官僚に口角泡を飛ばして演説のように話していた。首相官邸を一瞬にして占拠したアルカナ・メディアナはそんな下衆な政治家達の慌てぶりを見てほくそ笑んでいた。彼は日本語をほとんど理解しない。しかし、その超絶的な異能の力により、彼等が何を話しているのか、母国語と同様にわかっていた。そして、彼等に対して命じたのも、日本語ではない。メディアナは首相以下閣僚達の脳に直接語りかけたのだ。よって、言語を介する必要はなかった。

(さて、どうする、道明寺かすみ?)

 メディアナは先程まで首相が座っていた回転椅子にゆったりと腰を下ろし、大きな窓の向こうに見える青空を眺めた。

(すでに全世界にこの状況は伝わっている。我が全能なる力を知らしめるには、ちょうどよい機会だ)

 メディアナの目的はあくまで世界征服であり、東アジアの小さな島国ではない。


 大混乱をきたている警視庁周辺の大通りを何とか抜け、森石章太郎の運転する車は天翔学園を目指していた。緊急自動車ではないため、何度も停められたが、その度に身分証を提示し、何の支障もなく進めたので、

(つくづく警察官でよかったな)

 森石は苦笑いをして思った。

(俺や香苗さんのような反異能者アンチサイキックにも、役に立つ事があるってわかったから、道明寺達と合流しないと)

 彼は彼なりに自身の異能の力を何とか戦いに使えないものかとあれこれ調べていたのだ。そして、アメリカの研究者の論文に行き当たった。

「アンチサイキックの力は、外向きに使う事が可能である」

 それを見つけた時、森石は雄叫びを上げそうになった。それくらい嬉しかったのだ。今まで、異能の力を受け付けない彼は、サイキックにとってくみがたい存在だと思っていたのだが、警視庁を襲撃して来たカルロスのように物質の温度を変化させるサイキックには通用しないとわかり、打ちのめされたのだ。だからこそ、アンチサイキックの力を外に向けて使えるとわかったのは収穫だった。

「道明寺、無事でいろよ」

 そんな時でも、根がスケベな森石は、かすみの胸と太腿を思い浮かべていた。


 その頃、かすみは二階にある自分の部屋に行き、ベッドに横になっていた。ジェームズの精神測定サイコメトリー能力により、覚醒のために意識の隔絶に取りかかったのだ。

「ロイドの場合は、かすみさんと治子の力で解放されたが、かすみさんが覚醒すれば、私の壁など自然に崩れてしまうだろう」

 かすみを残して部屋を出たジェームズは、廊下で待っていたロイドと手塚治子に告げた。

「そうか」

 ロイドは相変わらずの無表情な顔で応じたが、治子は緊張しているようで、小さく頷いただけだった。

「治子、気がたかぶり過ぎているよ。落ち着いて。メディアナは遊んでいるんだ。自分で動けばすぐにでもここへ来られるはずなのに、それをしない。だが、それが油断を生むと私は考えている」

 ジェームズはそっと治子の右の肩に左手を置いて言った。治子はハッとしてジェームズを見上げた。

「どうやら、一番隊が接近しているようだな」

 ロイドは不意に廊下の先にある窓に目を向けた。ジェームズは頷き、

「メディアナに賛同する異能者だな。愚かな……。へつらったところで、結局は始末されるのがわからないようだ」

念動力サイコキネシスの使い手のようね。留美子が感じて、外へ向かったわ」

 治子は片橋留美子の援護をするために足早に階段を駆け下りた。ロイドは、

「カスミを頼む」

 そう言い残すと、瞬間移動した。ジェームズは反対の方向を見て、

「森石も動き出したか。そこに気づいてくれたのは、頼もしい限りだ」

 フッと笑い、壁に寄りかかった。


 留美子が玄関を出た時、治子が追いついた。

「来るわよ、留美子」

 治子が上空に視線を向ける。留美子は頷いて、

「はい。同じ力を持つ者の気配は感じる事ができますから」

 同じく視線を上空に向けた。するとその時、遥か彼方から一人のサイキックが飛翔して来た。サイコキネシスで空を飛べるようだ。上下革のつなぎを着ており、金髪に染めた髪をハリネズミのように突き立たせている。ニヤついた顔をしている軽そうな男だ。

「おうおう、どんな奴がいるのかと思ったら、カワイコちゃんじゃねえかよ。メディアナ様に引き渡す前に味見しようかな」

 蛇のように長い舌で唇を舐め回し、地面に降り立った。

「下品な男ね! 最低だわ」

 治子は苛ついて楕円形の黒縁眼鏡を右手の人差し指で上げた。するとハリネズミ髪の男は肩を竦めて、

「気が強いねえちゃんだなあ。まあ、そういうのも好みだけどね」

 すると、留美子がいきなり、

「うるさいわよ、変態!」

 全力でサイコキネシスを発動した。空間が歪み、地面に亀裂が走る。

「おお、凄いな、そっちのカワイコちゃんは。俺と同じくらい力を持っているんじゃないの?」

 ハリネズミ髪の男は余裕の表情でそれを見ていたが、

「でも、残念。俺の方が凄いんだよね」

 同じくサイコキネシスを発動し、留美子の波動を相殺して消してしまった。

「ああ!」

 留美子はハリネズミ髪の男が思った以上の力を持っていたので、目を見開いた。

「さてと。抵抗しないでくれるかな? 俺、女の子に暴力振るうの、嫌なんだよね」

 ハリネズミ髪の男がニヤついた顔で歩き出した。ところが、男は治子と留美子の方に顔が向いているのに反対の方向へ歩き出してしまった。

「あれ? あれれ?」

 男は自分でも進行方向がおかしいのに気づいたが、どうにもならなかった。彼の身体が逆を向いてしまっていたのだ。

「だったら、そのまま死ね」

 いつの間にか、ロイドが男の背後に立っていた。ロイドはサイコキネシスで男の身体をねじってしまったのだ。

「もう一回りしろ」

 ロイドが言うと、男は更に一回転して首がねじ切れ、血を噴き出して倒れ、絶命した。その一部始終を見てしまった治子と留美子は固まってしまった。

(いつもはロイドさんをたしなめてくれるかすみさんがいるけど、今回はいないから、大変な事になりそうね……)

 治子は顔を引きつらせたままでそう思った。


「ええ? どこへ行くですって?」

 天翔学園理事長の慈照寺香苗は、森石が有無を言わさずに車に乗らせたので、理由を問い質したところだった。森石は前を向いたままで、

「道明寺の家ですよ。今、そこに日本を守れるサイキック達が集まっているんです」

「日本を守れる? 道明寺さんの事?」 

 香苗はやっとシートベルトをして、森石を見た。森石はチラッと香苗を見て、

「ええ。他にも、片橋留美子ちゃんや、手塚治子もいますよ」

「まあ!」

 香苗はすっかり驚いていた。それでも、

「だけど、日本政府の話では、近づくと危険なので、立ち入り禁止にしているって……」

「大丈夫です。俺が一緒ですから」

 森石はニヤッとして香苗に言うと、アクセルを噴かしてタイヤをきしませながら、カーブを曲がった。

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