第十七章 光明子(こうみょうし)
かすみは、国語教師の新堂みずほに感じた妙な違和の原因を掴めないまま、彼女の授業を終えた。気になったので、みずほを追いかけようとも思ったが、
(また新堂先生を巻き込むのは心苦しいわね)
そう思い、追うのをやめた。
「かすみちゃん、どうしたの? みずほちゃんに何かあったの?」
かすみがみずほを目で追っていたのに気づいたクラスメートの風間勇太が近づいて来て声をかけた。かすみはそう言われて、自分がずっとみずほを見ていた事に気づき、
「何でもないよ、勇太君」
慌てて笑顔で否定した。勇太は間近でかすみの笑顔を見たので、顔が火照ってしまった。
「勇太、あやねちゃんに言いつけちゃうぞお」
そこへ、親友の横山照光がヌッと顔を出して教室に入って来た。当然の事ながら、横山の事が気になっている幼馴染みの五十嵐美由子も来ている。勇太は、信用度の低い横山の脅しなど気にならなかったが、美由子がいるのでギクッとしてしまった。しかも、彼女は勇太と交際中の桜小路あやねの親友でもあるのだ。
「違うって! かすみちゃんがみずほちゃんを見ていたから、何かあるのかなと思って訊いただけだよ」
慌てて言う勇太を横山はニヤリとして見ると、
「何だよ、お前、かっすみちゃあんだけじゃなくて、みずほちゃんにもチョッカイかけるつもりなのかよ」
「風間君をあんたと同列に扱うんじゃないよ、底なしバカ!」
美由子はかすみの机の上にあった下敷きを取り、その角で横山のつむじを直撃した。
「ぎいい!」
横山はその衝撃に堪え切れず、
「ホントなの、かすみさん?」
美由子は大袈裟に痛がる横山を完全に無視して、かすみを見た。かすみは苦笑いして、
「新堂先生を見ていたのは本当だけど、別に何でもないよ。勇太君の考え過ぎだよ」
勇太や美由子に自分と同じ異能の力がなくてよかったと思いながら嘘を吐いた。
「ホントに?」
勇太は特に根拠がある訳ではないのだが、念を押した。かすみはドキッとしたが、
「ホントだよ。勇太君は私の事が信用できないの?」
ちょっと口を尖らせて尋ね返した。すると、効果は恐ろしい程あった。勇太はピクンとして、
「あ、いや、そんな事は全然なくて、ええとね……」
気の毒になるくらい動揺したのだ。かすみは思わず噴き出しそうになったが、
「ならいいけど」
わざと拗ねたような口ぶりで顔を背けた。勇太はショックを受けたようで、項垂れて自分の席に戻って行った。
「むはは、バカめ。女の子を信用しないお前が悪い」
何故か勝ち誇ったように言う横山を見て、
「誰にも信用されていないあんたが言うな」
美由子は半目で横山を見上げて言った。横山はムッとして美由子に顔を近づけ、
「うるさいよ、いちいち! お前、最近、調子に乗ってるぞ!」
横山の顔が目前に迫ったので、美由子がドキドキしているのがかすみにはわかった。
「横山君、彼女にそんな事を言ったらダメなんだぞ」
かすみは微笑んで横山を
「ち、違うよ! こいつはそういうんじゃなくてね……」
練習してもそこまでできないというくらい見事にハモった。かすみはとうとう噴き出してしまった。
(この人達を巻き込まないためにも、今夜、ジェームズ・オニールさんと会わなくちゃ)
決意を新たにしていると、
「かすみさん」
後ろのドアから二組の片橋留美子が顔を覗かせた。
「おお、るーみこちゃん、どうしたの? かっすみちゃあんに用?」
どこまでも懲りない横山が嬉しそうに留美子に近づいた。留美子は顔を引きつらせて微笑み、
「そ、そうだよ」
「廊下で話そうか」
そう言って、留美子と教室を出た。横山は、かすみが間に入る時、一瞬だけ彼に触れたので、恍惚としていた。
「かっすみちゃあん、柔らかいなあ……」
その顔は犯罪者に近いと勇太は思った。
「バカ!」
そして、もう一撃、下敷きチョップをつむじに食らった横山だった。
「ぐええ!」
また踞るバカの二乗の横山である。だが、それくらいでへこたれないのが横山であった。
「内緒話に俺も混ぜてよ!」
ニコニコして廊下に出たが、かすみと留美子の姿はそこにはなかった。
「あれ? どこに行ったのかな?」
横山がキョロキョロして二人を探していると、
「教室に戻るよ、照!」
美由子に襟首を掴まれて引き摺られた。
かすみは留美子を伴って瞬間移動をし、屋上に出た。
「凄いね、かすみさん。こんな事もできるんだ」
留美子は目を見開いて言った。かすみは微笑んで、
「いろいろ力を応用していかないとね」
そして、真顔になり、
「ジェームズ・オニールさんの事ね?」
留美子は憂鬱そうな顔になり、
「ええ。治子さん、どんどんあいつの信奉者になってしまって……。大丈夫かしら? 今夜、かすみさんも、森石さんも会うんでしょ?」
留美子は嫉妬からだけではなく、心の底から愛しい先輩である手塚治子を心配していた。かすみは留美子の肩に手を置き、
「ジェームズさんは大丈夫。ロイドが調べてくれたわ。信用できるわよ」
留美子はかすみの言葉にハッとした。
「え? ロイドさんが? 本当に?」
「ええ、もちろん。敵ではないのは確かよ。手放しで歓迎するのはまだ待った方がいいとは思うけど」
かすみはジェームズの境遇を留美子に話した。妻と子を国際テロリストのアルカナ・メディアナの配下に殺されたと。留美子の目が潤んだ。
「そうなんだ……。疑って悪かったな……」
元々心優しい留美子は、ジェームズに申し訳ない気持ちでいっぱいになっていた。かすみは留美子の肩を優しく抱き寄せて、
「私も同じだったんだから、そこまで落ち込まないで、留美子さん。メディアナといろいろあった私達は、警戒心が強いのは仕方ないよ」
「ありがとう、かすみさん」
留美子は涙を拭ってかすみを見ると、微笑んだ。その時だった。
「ぐう!」
かすみと留美子の脳に少し前に味わった痛みが走った。耳鳴りがし、目の前がグルグル回り始めた。
「これは、
苦痛に歪んだ顔で、かすみが呟いた。
(まさか、ガイア?)
敵の総大将が仕掛けて来たのかと思った。
「かすみさん……」
かすみより精神的な攻撃に耐性がない留美子がコンクリートの床に膝を着いてしまった。
(蒲生千紘先生より強力だ……)
以前、戦った事があるサイキックの事を思い出したかすみだが、その時より強烈な力だと思った。二人の鼻から血が
(一体誰なの? ガイアではない……)
かすみは飛びそうになる意識を何とか保ちながら、周囲を索敵した。
『我が名は
敵がテレパシーで答えた。かすみは痛みに
『こうみょうし? ガイアの仲間なの?』
すると光明子と名乗った人物はクククと笑ったようだ。かすみは滴り続ける血でブラウスが染まっていくのを見て、
『答えなさいよ!』
反応しない相手に苛立って言った。
『お前達は
その途端、力がフッと消えた。かすみと留美子はベタンとその場にしゃがみ込んでしまった。
(別の敵? ガイアとは関係ないの?)
かすみはハンカチで血を拭い、疲労し切っている留美子を気遣った。
「大丈夫、留美子さん?」
留美子はハンカチで口元を押さえてかすみを見ると、
「何とか……」
かすみは留美子の出血量に目を見開いた。
「大した事ないわね、道明寺かすみ」
そう言って、天翔学園高等部の校舎を見上げたのは、みずほの大学の同期だと言って高等部にやって来た錦野那菜だった。
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