第十八章 ジェームズ・オニール
光明子と名乗るサイキックに
「うわ!」
机に向かって書類を作成していた中里が何かの気配を感じて振り返ると、そこに血塗れのかすみと留美子がいたので、思わず叫んでしまった。中里は溜息を吐き、
「何かあったら駆けつけるとは言ったが、こういう現れ方はやめてくれ、道明寺。私はこう見えて、案外心臓が弱いんだからさ」
かすみは留美子と顔を見合わせてから、
「申し訳ありません」
二人で頭を下げて謝罪した。そして、中里に事情を説明した。
「そうか。またサイキックが来ているのか。それで、理事長先生はどうだったんだ?」
中里は重症な留美子の治療を先にしながら、尋ねた。かすみは鼻にティッシュを詰めながら、
「理事長先生はアルカナ・メディアナとは関係ありません。むしろ、理事長先生も被害者です」
現理事長である慈照寺香苗が、友人をメディアナの仕掛けたテロで失っている事を話した。それには中里は目を見開いて驚いた。
「片橋、お前はしばらくベッドで安静にしていろ。鎮痛剤が効いている間はいいが、その後また痛くなるからな」
中里は留美子の歯に薬を塗りながら告げた。
「ふぁい」
口に脱脂綿を突っ込まれている留美子は空気が抜けたような声で応じた。
「何にしても、気をつけろよ、道明寺」
中里は次にかすみの治療を始めて言った。かすみは鼻に詰めたティッシュを取りながら、
「ありがとうございます。できるだけ先生方にはご迷惑をおかけしないように心がけます」
「そんな事はどうでもいい。お前は自分の命を最優先に考えろ。私の事なんか、心配するな」
中里の強い口調にかすみは驚いた。その途端、中里の思いがかすみの心の中に入って来た。彼女は警視庁公安部の森石章太郎に今でも心惹かれている。だが、同じ高等部の国語と英語の教師である新堂みずほが森石と付き合っている事をどうやら誰かに聞いて知ったらしい。そして、半ば
(中里先生、極端過ぎ。森石さんなんか、やめた方がいいくらいですよ)
そうは思うが、口に出して言えないかすみである。
「どうした、道明寺?」
急に黙り込んだかすみを心配して、中里が声をかけた。留美子もベッドに寝ながら、かすみに気遣う視線を向けている。かすみは苦笑いして、
「何でもないです。今日、手塚治子さんが知り合ったサイキックの人と会う約束をしているんです。その事をちょっと思い出していました」
我ながら嘘が下手だと思ったが、中里にはそうは思われなかったようだ。彼女は腕組みをして、
「そうか。仲間は多い方がいい。そいつは強いのか?」
「多分、私の仲間の誰よりも力を持っていると思います」
かすみは真顔になって答えた。すると中里は、
「敵でなくてよかったな」
そう言われて、かすみは改めてジェームズ・オニールという人物の強さを思い起こした。
(あのプライドの高いロイドが一目置くのだから、間違いないわよね)
その時、まだ自分程はジェームズを信じ切れない留美子の波動を感じ、
「留美子さん、その考え、捨ててね。治子さんにはすぐにわかってしまうわよ」
微笑んで留美子を見下ろした。留美子はギクッとしたようだ。
「え、ええ」
モゴモゴしながら、留美子は応じた。顔が少し赤くなっているのは、自分の考えている事をかすみにすっかり見抜かれてしまったからだろう。
どこかの部屋にガイアとマイク・ワトソンと錦野那菜がいた。
「光明子、どうだった、かすみは?」
ガイアが目を細めて尋ねた。すると那菜は鼻で笑い、
「大した事ないですわ、ガイア。私のサイコメトリーの攻撃を防げないようなサイキックに、メディアナ様はどんな価値を見出されているのか、不思議でなりません」
するとガイアはフッと笑い、
「お前もその程度か、光明子。それでは覚醒したかすみに簡単にやられるぞ」
その言葉に那菜はプライドを傷つけられたようだ。
「そんな事はありません! あの小娘には、瞬間移動と予知能力しかありません。仲間の手塚治子との連携で作り出す異能を消してしまう能力には警戒が必要でしょうが、単独の道明寺かすみは恐れる存在ではありません」
那菜は興奮気味にガイアに反論した。横でマイクがニヤニヤしてそのやり取りを聞いている。
「忠治とかすみが戦った時の状況を聞いていないのか? かすみは
ガイアは那菜を睨みつけて告げた。那菜の顔色が一瞬にして変わった。
「それだけではない。その後、かすみはサイコメトリーも駆使した形跡がある。お前には覚醒したかすみに勝てる可能性は全くないぞ」
ガイアは更に目を細めて那菜を見た。那菜は呆然とし、何も言い返せなくなっていた。
夜になった。かすみは留美子と一緒に高等部を出て、天翔学園大学で治子と落ち合い、そこからしばらく歩いて、森石とロイドに合流した。
「ジェームズはこの先の公園にいるわ」
治子が言うと、森石は、
「何だよ。どうして公園なんだよ? せめて、どこかの喫茶店にしたかったぞ」
口を尖らせて文句を言うと、治子は、
「私達が一般の人達が大勢集まるところで話をするって、危ないでしょ? 以前も大きな事故になったじゃないですか、森石さん」
正論で言い返されてしまい、反論できない。それでも何か言い返そうと森石が治子を見ると、
「あ、あそこです!」
治子が嬉しそうに駆け出した。それを見て心中複雑な留美子。それを気遣うかすみ。どこ吹く風のロイド。
「何だよ、まるで恋人に会いに来たみたいにはしゃぎやがって」
森石は面白くなさそうに呟いた。それを聞いて、かすみと留美子は顔を見合わせて笑った。
「こんなところにお呼び立てして申し訳ありません」
ジェームズは微笑んでその逞しい右腕の先にある手を差し出した。森石は不承不承それに応じ、握手をした
(ジェームズさんにはさっきの会話、筒抜けなんだからね、森石さん)
かすみは半目で森石を見た。
かすみ達は公園の中央にある既に留められている噴水の縁(へり)に腰を下ろした。
「時間が惜しい。回りくどい話は抜きにして、本題に入ってくれ」
ずっと黙っていたロイドがジェームズを見て言った。かすみはロイドの横柄な態度に溜息が出たが、
「そうですね。いつ連中が仕掛けてくるかわかりませんから、手短にお話ししましょう」
ジェームズはごく冷静に応じた。森石もその方が都合がいいのか、何も言わずにジェームズを見ている。
「現在、日本に潜入しているアルカナ・メディアナの配下のサイキックの人数は、せいぜい五人です」
ジェームズが言うと、森石は拍子抜したような顔をして、
「え? それしかいないのか? 少な過ぎやしないか?」
ジェームズは真顔のまま森石を見ると、
「人数としては小規模ですが、能力値で見ると、そうでもありません。まず、リーダー的存在のガイア。奴は、サイコキネシス、パイロキネシス、瞬間移動、
森石の顔が引きつるのがかすみにもわかった。ジェームズは更に、
「その右腕的存在のクロノス。警視庁に姿を見せた天翔学園高等部の英語講師、マイク・ワトソン。彼は瞬間移動しかできませんが、他者の瞬間移動に干渉する事ができます」
かすみは、ワトソンの正体をジェームズが知っている事に驚いた。
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