第十二章 ロイドの決意

 国定修は頭に血が上るのを感じて目を覚ました。するとそこには逆さまの世界が見えた。彼のすぐ目の前には、黒いフロックコートを羽織った長身の白人男性が立っていた。

「だ、誰だ?」

 ボンヤリする頭を左右に振り、国定はかゆみを感じた右頬を掻こうとした。

「え?」

 彼の両腕は背中に回され、手首を太い鉄の鎖できつく縛られていたのだ。国定は次第に自分がどうなっているのか理解して来た。

(この男は敵か? どこかで見た事があるような……)

 国定は霞む目でもう一度男を見た。すると男が国定に近づいてグイッと髪を掴んで引き上げ、

「やっとお目覚めか、デカブツ」

「くう……」

 頭を上に向けられて、多少は顔の火照りが薄らいだ気がしたが、それより力任せに引っ張られている髪の痛みの方が勝っていた。

「お、お前は……」

 男の顔が正しい向きに見えたので、ようやく国定は誰なのかわかった。

「お、お前は、ロイドか?」

 するとロイドと呼ばれた男は更に国定の髪を強く引き上げ、

「何だ、その口の利き方は? お前、どこで教育を受けた? 本当に教員免許を持っているのか?」

 そのガラス玉のように無感情な目を近づけて言った。国定は宙吊りにされ、足首も手首と同じように鉄の鎖をきつく巻かれているので痛いところだらけなのも手伝い、

「す、すみません……」

 自分でも驚く程素直に謝った。ロイドは掴んでいた髪を放して、

「お前のボスはどこにいる?」

 国定は顔を引きつらせた。その質問には答えられない。答えなければ何をされるかわからないのは感じているが、答えたら、今以上に恐ろしい目に遭うのも理解しているからだ。

「教えられないという顔をしているな? 教えたら殺されるのか?」

 ロイドは無表情な顔で国定を見下ろして更に尋ねた。国定は周囲を目だけで見回し、そこがどこかの倉庫だとわかった。彼はロイドを見て、

「教えたところで、あんたにはボスを倒す事はできない。道明寺ならできるかも知れないがな」

 ロイドはその言葉に反応して、また国定の髪を掴んで引き上げた。

「あいてて……」

 国定の顔が苦悶に歪む。ロイドは国定に顔を再び近づけ、

「そうか。お前らのボスはガイアという名前か」

 国定はギクッとした。

(こいつ、精神測定サイコメトリー能力があるのか?)

 顔から汗が噴き出す。もしそうなら、今不用意に仲間の事を頭に思い浮かべたのを全部見通された恐れがあるのだ。するとロイドは国定の動揺を見透かすかのように、

「安心しろ。俺にはサイコメトリー能力はない。カマをかけただけだ。お陰でボスの名前がわかったよ。感謝する」

 いずれにしても大失態だと思い、国定は顔中から汗をしたたらせた。

「そんなにお前のボスは冷酷非情なのか?」

 ロイドは髪を放した。国定は荒々しく息をしながら、

「ああ、そうだよ。これ以上はないというくらい冷酷な男だ」

 ロイドは目を細めて、

「そうか、ガイアは男なのか。その名から俺はまた女かと思っていたよ」

 更に失態を犯した事を国定は思い知らされた。

(もうダメだ。ボスに殺される……)

 国定は恐ろしさのあまり、目を瞑った。そもそも、命令違反をして独断でかすみを襲撃した時点で、国定の命運は尽きていたのだ。

「心配するな。お前をボスに殺させはしない」

 ロイドは国定から離れながら言った。

「は?」

 目を開いてつい顔がほころんでしまう国定であったが、ロイドが向かったのは、クレーン車の運転席だった。

「え?」

 もう一度国定は自分の周囲を見回した。彼を宙吊りにしているのは高く伸ばされたクレーン車のアームの先に付けられた鎖だったのだ。

(何が始まるんだ?)

 国定の顔がまたしても汗塗あせまみれになった。ロイドは念動力サイコキネシスでクレーン車を操作し、倉庫の大きくて重い鉄の扉を開いた。外から朝日が差し込み、国定の顔を照らす。

「……」

 倉庫の外には岸壁が見えており、波しぶきが上がっていた。ボウッとして来ている頭で必死に考えるまでもなく、これから何が起こるのかわかった。

「まさか……」

 ロイドは自分を助けてくれるのではない。ボスに殺される前にここで始末するつもりなのだ。国定は何とか鎖を断ち切り、脱出しようとした。しかし、痛みに加え、逆さにされているために集中力が極端に低下し、サイコキネシスを発動できない。

「貴重な情報をありがとう、デカブツ。安心してあの世に行ってくれ。向こうに行ったら、ショウコとヒロシによろしくな」

 ロイドは眉一つ動かさずに言うと、クレーン車を岸壁に走らせる。

「た、助けてくれ、な、何でも言う事を聞くからさ!」

 国定は涙目になって叫んだが、クレーン車は岸壁へと走り続ける。

「ひいい!」

 国定は顔を引きつらせて身をよじった。しかし、どうする事もできない。

「ひ!」

 クレーン車は岸壁にアームの先端を突き出したところで停止し、次にゆっくりとアームを下げ始めた。

「ひいい!」

 一難去ってまた一難である。国定は眼下に近づいて来る海面を見て死を覚悟した。

「え?」

 ところが、アームは国定の顔が海面から一メートルくらいのところで止まった。

(助かったのか?)

 口ではあんな事を言ったが、そこまで酷い事はしないだろう。国定はホッとしてロイドの方に目を向けた。するとロイドはすでにその場から歩き去ろうとしていた。

「ちょ、ちょっと、助けてくれたんじゃないのかよ?」

 裏返った声でロイドに呼びかけた。するロイドは国定を見て、

「ああ、助けたさ。だが、そこまでだ。これから海面はドンドン上がって来て、満潮を迎える。その前に誰かがお前を見つけて引き上げてくれれば、助かる。つまり、運次第という事だ」

 ロイドはボス以上の冷酷非情な男だった……。国定は少しでもロイドに恩を感じてしまった自分を悔やんだ。

「だが、ここはすでに廃港になったところだ。見つけてもらえる確率は低いな」

 ロイドはそう言うと、瞬間移動した。国定は目を見開いたままで硬直してしまった。


 ロイドが移動したのは、かすみの家の前だった。

(カスミ、俺は決めたぞ。アルカナ・メディアナに加担する連中は一人残らず殺す、とな)

 そして彼はまた瞬間移動した。


「ロイド?」

 ちょうどシャワーを終えてバスローブを羽織ったところだったかすみは、ロイドの気配を感じて浴室から飛び出し、窓の外を見た。

「無茶しないでね、ロイド」

 かすみはバスタオルで髪を拭きながら、呟いた。そして、

「あー、もう! まだ顔が臭い! 国定先生、酷過ぎるわ!」

 もう一度浴室に飛び込み、洗顔液を手に取って、ゴシゴシと顔に塗りたくった。

「まだあの先生の舌の感触が残っているような気がするッ!」

 かすみは絶叫しながら顔を洗った。その時、国定の事を考えたせいなのか、彼の現状が見えた気がした。

「ロイド、やり過ぎ……」

 だが、そこがどこなのかわからないようにロイドが妨害しているので、かすみは仮に助けに行こうと思ってもできない事を悟っていた。

(ロイドって、凄いな)

 力では全然敵わないと思ったかすみであったが、それをロイドが知れば、ムッとするだろう。かすみは自覚がないだけで、ロイドより多くの能力を秘めているからだ。


 当然の事ながら、国定の失態は彼のボスであるガイアにもしっかり把握されていた。

「ロイドも相当な悪人ですね。まさか放置するとは思いませんでしたよ」

 一人が言うと、もう一人が、

「取り敢えず、助けてやれ、クロノス。まだあいつは使い道がある」

 するとクロノスと呼ばれた人物は、

「そうですか? もう見切り時ではないですか、ガイア?」

 ガイアと呼ばれた人物はクロノスを見て、

「私に意見するつもりなのか?」

「いえ、滅相もありません」

 クロノスは慌てて瞬間移動した。ガイアはそれを見てからフッと笑った。

(道明寺かすみ。お前はやはり私が探していた全能者オールマイティサイキックのようだな)

 ガイアもその場から瞬間移動した。

 

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