第二章 慈照寺香苗の思惑
道明寺かすみは、どんな立ち位置なのかも見定めていない新理事長である慈照寺香苗に呼び出され、ホームルーム終了後に理事長室に赴いた。
「また何をやらかしたんだ、道明寺?」
放送を聞きつけたのか、保健室の魔女と呼ばれている中里満智子が一階の廊下の角で腕組みをして待っていた。かすみは苦笑いをして、
「何もしていないんですけどね」
中里はポンとかすみの右肩を軽く叩き、
「何かあったらすぐに駆けつけるから」
「はい……」
何かあっても駆けつけないでくださいとは言えないかすみである。
「気をつけろよ」
かすみの持つ異能の力の事を知っており、先代の理事長の事も先先代の理事長の事も真相を知っている中里は本当にかすみの事を心配しているのだ。かすみにはそれがわかり、申し訳ない気持ちになった。
(それにしても、どうして呼び出しをされたのか、全然わからない)
その事に関しても、かすみは警戒していた。生徒指導の担当教師は、廊下で会うと、
「そのスカート丈とブラウスのサイズを何とかしなさい」
まさに口が酸っぱくなる程言って来る。スカート丈はともかく、ブラウスは何もしていないのにと思うかすみであるが、彼女の規格外の胸がブラウスのボタンを弾き飛ばしてしまいそうなのだ。そのせいで、かすみに見とれて、階段を踏み外す生徒が後を絶たないのである。いや、生徒ばかりではなく、若い男性教師達も思わず見とれてしまう程なのだ。もちろん、それをかすみは気づいていない。只、男達の
「三年一組、道明寺かすみです」
理事長室のドアをノックして告げた。すると中から、
「どうぞ」
穏やかな女性の声が応じた。
「失礼します」
かすみはゆっくりとドアを開くと、中に足を踏み入れた。理事長室に入るのは、先代の小藤弘と戦った時以来だった。あの時は、白と黒の強烈なコントラストだったのを覚えているが、今回はごく普通の配色に戻されていたので、少しだけホッとした。
「どうぞ、かけてください、道明寺さん」
理事長の椅子に座っていた香苗は微笑んで立ち上がり、書類を手に持ちながらかすみにソファを勧めた。
「はい。失礼します」
かすみは緊張してソファに近づき、アイボリーホワイトの革張りのソファにゆっくりと腰を下ろした。短いスカートが更に引っ張られ、彼女の太腿はそのほとんどを
「そのスカート丈、短過ぎると思わないの、道明寺さん?」
香苗はかすみの向かいに座ると、早速指摘した。
(やっぱりその事なのか……)
半分安心したが、まだ断定するのは早いとも考える。香苗の心の中は、この部屋に入ってからも探りを入れようとしたが、全く見えないのだ。
(最初は理事長室に何か細工がしてあるのかと思ったけど、違うみたいね」
かすみは何故香苗の心が覗けないのか不思議だった。香苗からは何の力も感じないからだ。
「そうでしょうか? 十分長いと思うのですが?」
かすみはニコッとして言った。香苗はその返しにムッとしたようだ。眉を吊り上げた。
「それ程短いと、男子達も目のやり場に困るでしょう? 風紀が乱れるわよ」
「そんな事はないと思います」
かすみはそれでも微笑んだままで応じた。香苗はソファにもたれ掛かって脚を組み、
「私にはそうは思えないわ。現に幾人も男子生徒が貴女に見とれて階段を踏み外したりしていると報告が上がって来ています」
持っていた書類をガラスのテーブルの上に置き、かすみの方に滑らせた。かすみはそれに視線を向け、サッと内容を確認した。
(怪我をしている男子もいるの? まずいかな?)
少しだけ罪悪感を覚えてしまう。するとそんなかすみの感情の変化を読み取ったのか、香苗が、
「これ以上男子に怪我をさせないためにも、貴女には我が学園の校則に
グッとかすみの綺麗な膝を見つめて言う。多分に若さへの嫉妬もあるのだろうかとかすみは思ったが、香苗の感情は全く読み取れない。表情が変わらないのだ。
(元々無表情な人なのか、それとも?)
どうしても嫌な方へと憶測を広げてしまう。
「どうなの、道明寺さん?」
かすみが返事をしないので、香苗は怪訝そうな顔になった。かすみはハッとして視線を上げ、
「はい、わかりました。スカートの丈を長くします。申し訳ありませんでした、理事長先生」
サッと立ち上がると、深々とお辞儀をした。その時、大きな胸がユサユサと揺れたのを見て、香苗はギョッとしてしまった。
「では、明日からでもそうしてくださいな。もうすぐ授業が始まるから、もう戻っていいわよ」
香苗はテーブルの上の書類を手に取ると、立ち上がった。
「失礼します」
かすみはもう一度胸を揺らせて頭を下げると、
「しばらく監視しないとまた元の木阿弥になりそうね」
そう呟き、理事長の椅子に戻った。
「かすみちゃん、何だったの?」
教室に戻ると、クラスメートである風間勇太が尋ねて来た。他の男子達も興味津々でかすみを見ている。女子達は半分は無関心を装い、半分は耳を
「スカートの丈が短過ぎるから、長くしなさいって言われたの」
勇太以下男子達から嘆息の声が漏れた。女子達は何事もなかったかのように授業の準備を始める。
「それで、かすみちゃんはそれに従うの?」
勇太が悲しそうな顔でかすみを見る。他の男子達もジッとかすみを見ていた。かすみは呆れ顔になり、
「当然でしょ? 理事長先生に呼びつけられて言われたら、もう従うしかないじゃないの」
「そうなんだ……」
勇太は項垂れたまま、自分の席に着いた。他の男子達もがっかりしているのが、力を使うまでもなくはっきりとわかる。
(男子達って、そんなに私の太腿が見たいの? 横山君や森石さんだけじゃないのね)
かすみの顔は引きつりそうだった。
かすみに「スケベ認定」されている森石章太郎は、警視庁を出て、車で天翔学園高等部に向かっていた。すると、
「お前も感じたのか」
いきなり助手席に季節外れの黒のフロックコートを着た黒髪を七三にきっちりと分けた長身の白人男性が現れた。
「おい、びっくりさせるなよ、ロイド。現れるなら、もう少しまともな方法にしてくれ」
森石は危うく対向車線にはみ出しかけ、タクシーにけたたましいクラクションを鳴らされてしまった。
「急いでいたんだ、大目に見ろ」
かすみと同じく異能の力を持つロイドは、相変わらず感情を読ませないガラス玉のような目で森石を見る。森石は肩を竦めて、
「感じたというより、情報として把握している。大西洋にいたはずのアルカナ・ディアナの大型船が北太平洋に姿を見せたんだよ。どう考えても、奴の狙いはかすみだろう?」
チラッとロイドを見返した。するとロイドは前を向いたままで、
「ヨーロッパにいたメディアナの子飼いのサイキックが幾人か姿を消している。恐らく、カスミ包囲網だと思われる」
その言葉に森石はギクッとした。
「ヨーロッパのサイキックと言えば、選りすぐりの連中と言われているらしいじゃないか。やばいな、そりゃあ」
森石はハンドルを右に切りながら言った。ロイドは腕組みをして、
「ああ。ショウコ・テンマやヒロシ・コフジの時とはランクが違う。心してかからないと、お前でも死ぬぞ」
「アンチサイキックも通じない相手がいるっていうのか?」
森石の額に汗が
「そこまではわからん」
無表情な顔で応じた。森石はチッと舌打ちをし、今度はハンドルを左に切った。
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