第一章 新理事長着任

 天翔学園の理事長は、 先先代の理事長の天馬翔子が病死、先代の小藤弘が事故死とされている。天馬翔子の病死はともかく、小藤弘の事故死はあまりにも白々しかった。多くの高等部の生徒が、小藤が妙な力を使って校舎を破壊した事を知っているからだ。それでも学園経営陣は真相を明らかにせず、小藤は崩れた校舎の下敷きになって死んだと発表し、騒動を強制的に終結させてしまった。多くの保護者達が生徒の安全を不安視する中、理事に選出された桜小路あやねの父親の譲(ゆずる)は全校集会で言葉を尽くして説明し、学園崩壊を阻止する事に成功した。それもあって、理事長には彼が就任すると思われたのだが、譲はそれを固辞し、逆に推薦する人がいると言った。それが、現在の理事長の慈照寺じしょうじ香苗かなえである。ショートカットでかなりきつめのつり目で、グレーのパンツスーツを着ている。五十代であるが、その容姿はもっと若く見える美人である。

「この子ですか、問題児は」

 すっかり改装された理事長室は、白い壁とダークブラウンの床と天井に変わり、机はダークブラウン、椅子の背もたれと座席部分もダークブラウンの配色が施された。香苗はその椅子に深く腰掛け、手渡された書類に貼付されている写真を見ていた。机を挟んで立っている、バーコードのような髪型で、丸い黒縁眼鏡をかけた分厚い唇の太鼓腹の男が、

「そうです。道明寺かすみ。履いているスカートも着ているブラウスも校則違反の超問題児です」

 手揉みをしながら応じた。香苗は写真から視線を外して男を見上げると、

「しかし、その割には成績が優秀ですね」

「はい。その点が、その生徒を増長させているようです」

 男はバーコードの乱れを気にしながら言い添えた。香苗はもう一度かすみの写真を見て、

「一度この生徒と直接話をしてみたいわ。教頭先生、手配をよろしくね」

 バーコードはシャキッと姿勢を正して、

「はい、理事長」

 嫌らしい笑みを浮かべて応じた。


 かすみ達は玄関に着いていた。

「あ、落とし物」

 かすみのすぐ後ろで、能天気男の横山照光が何かを拾う仕草をした。彼の目的はかすみのスカートの奥である。

「あら、ごめん」

 横山の幼馴染みの五十嵐美由子が必殺の鞄角落としを横山の後頭部に決めた。

「ぐげ!」

 横山はその衝撃に堪えられず、そのまま床に顔を打ち付けてしまった。

(五十嵐さん、そんな事しなくても大丈夫なんだけど)

 かすみは美由子の援護に苦笑いした。彼女は自身の持つ異能の力で、決してパンチラしないようにできるのだ。だが、それは誰にも教えていない。

「いでで……」

 横山は鼻の頭を赤くして起き上がり、美由子を睨んだが、何も言わない。言っても何倍も返されるのがわかっているからだ。

(ホント、横山は学習能力がない)

 そばで見ていた風間勇太は思った。彼はかすみが超能力者サイキックだと知っている数少ない人間なので、かすみのスカートが決して覗けないのを理解していた。という事は、勇太も覗こうとした事があるという事である。

「本当に男ってバカばっかり」

 腕組みをしてムッとしているあやねを見て、勇太はギクッとした。

「ほらほら、さっさとしろ。もう始業時間まで余裕がないぞ」

 そこへ黒に赤線の入ったジャージ上下を着た二メートルはあろうかという体格のいい男が現れた。

(うげ、国定!)

 横山はそのジャージの男を見ると顔を引きつらせ、

「おはようございまあす、国定先生!」

 逃げるように走り出した。

「廊下は走るなよ、横山!」

 国定と呼ばれた教師はニヤリとして言った。

「はあい!」

 横山はそう言いながらも走り続けた。しかし、国定の興味は違う生徒に移っていた。彼はかすみを見ていた。かすみの隣にいた片橋留美子が、

「おはようございます、国定先生」

 かすみを庇うように間に入った。すると国定はチッと舌打ちし、

「おはよう、片橋。お前はどん臭いんだから、急げよ」

「はい」

 留美子はかすみを庇いながら、そそくさと玄関を去って行く。あやねも美由子もおどおどしながら国定から離れた。勇太はあやねの後ろから彼女を守るように歩いて行く。

(どいつもこいつも、俺を毛嫌いしやがって!)

 国定はもう一度舌打ちをした。


「かすみさん、あの先生には背中を見せちゃダメだよ」

 留美子が小声で告げた。かすみは苦笑いして、

「大丈夫よ。まさか校舎の中で何かしようとは思っていないでしょ」

 彼女は国定が放つ嫌らしい気を感じ取っていた。留美子はチラッと後ろを振り返り、

「それはそうなんだけど……」

 納得がいかない顔だ。

「あいつ、時々、女子の更衣室を覗いているって噂よ」

 美由子が言った。ギクッとしたのはあやねだ。すると留美子が、

「そういう時はすぐに教えて。懲らしめてあげるから」

 美由子とあやねは留美子がかすみと同じく超能力者だと知っているので、

「あ、うん……」

 顔を引きつらせて応じた。


 警視庁公安部。かすみと深い関わりを持つ森石章太郎がいる部署である。彼は公安部の部長室で、部長の暁嘉隆と向かい合ってソファに座っていた。

「それは確かな情報か?」

 暁が眉をひそめて森石に尋ねた。森石は大きく頷いて、

「もちろんです。古巣からの情報ですから」

「なるほど」

 暁は腕組みをした。森石の古巣とは、アメリカ合衆国の中央情報局の事である。

「太平洋を航海中の第七艦隊の哨戒機と上空数百キロメートルにある監視衛星がアルカナ・メディアナの所有する大型船舶を確認しています。つい先週まで大西洋にいたのに北太平洋にいるという事は、我が国に向かったと見て間違いないでしょう」

 森石は静かに告げた。暁は腕組みを解き、

標的ターゲットはまた彼女かすみか?」

「恐らく」

 森石は目を細めた。そして、

「但し、サイキック達の中には、交通手段を必要としない者もいますから、もっと早く日本に来ているかも知れません」

 暁はテーブルの上にある煙草を取って口にくわえ、

「何故そこまで道明寺かすみにこだわるのだ、メディアナは?」

 森石はライターの火を点けて煙草の先にかざし、

「かすみが怖いのでしょう。彼女には計り知れない力が秘められているようですから」

 暁はフーッと紫煙を吐き出して、

「お前はどう思うんだ? 彼女はそれ程の力を持っていると思うか?」

 すると森石は肩を竦めて、

「部長、自分がどう思うかはこの際関係ありませんよ。メディアナがどう思うか、なんです」

「それはそうだがな」

 暁はもう一度煙を吐き出すと、煙草を灰皿に捩じ伏せた。


 かすみと勇太は一組の教室に着いていた。横山が名残惜しそうにしていたが、美由子に耳を摘まれて涙ぐみながら去って行く。

「三年一組の道明寺かすみさん、ホームルーム終了後、理事長室まで来てください」

 各教室に備え付けられたスピーカから声が告げた。かすみは思わず勇太と顔を見合わせた。

(一体何かしら?)

 新たな敵の可能性が否定しきれない相手からの呼び出しに鼓動が速くなり、てのひらが汗ばんだ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る