10-2 おしおき

 ローランはその男の存在を感知するやいなや跳び上がると、靴底を眼前の男に食らわせた。そしてそのまま倒れた男に馬乗りになり、襟首を掴んで叫んだ。

「この野郎、絶対許さねえ!」

「まあまあ」と、ゼノが間に割って入る。

 図書博物館の応接室に通されたゼノは、ローランのドロップキックを合図にして、ジョー・セブンと再会していた。

「なんだ元気そうだな」横たわったジョーは、悪びれもせずに笑っている。ローランの攻撃に抵抗する素振りもない。

「お前は、この野郎おおお!」そう叫ぶローランの身体は、ゼノによってジョーから離され、ゆっくりと持ち上げられていった。

「離せゼノ!こいつを痛い目に合わせないと気が済まないんだ!」

「君の想いが強すぎるよ」ゼノはローランを肩に抱えながらジョーに向かうと「そういえば、なんでローランを置いていったの?」と尋ねた。

「なんだ、聞いていないのか」ジョーは起き上がり首を鳴らす。

「彼女のプライドに関わるみたいでね」ゼノは微笑んで言った。

「お仕置きだ」

 聞き取れなかったという素振りでゼノは問う。「え?」

「おーしーおーきー」と、ジョーはゼノに抱えられたローランのお尻をぺちんぺちんと叩いた。

「なーにーが、おしおきだこらああああ!」

 余計に暴れるローランをゼノは慌てて抑え込む。ローランがゼノの腕の中でぐるぐると回り続ける姿を、ジョーはひたすらに笑っていた。そして、一呼吸置くと再び口を開いた。

「俺たちはあの時、急いで館を出なければならなかった。なぜなら重傷者が一人と妊婦が一人いたからだ。しかも、そのどちらも客人にあたる。命令を無視して捕まったお前と、その二人とのどちらを優先するか。お前にわからないとは思わないがな」

 ローランは悔しそうにしながらも、暴れ止んだ。落ち着いた様子のローランを見て、ゼノは彼女を離した。

「それと」ジョーはゼノを指差して「ちゃんと言った通りに、こいつが迎えに来ただろう?」

「やっぱり君は、僕があの館に突入しようとしていたことを知っていたんだね」ゼノは、いたずらっ子のような笑みをしたジョーを見て「君はつくづくうちの組織と仲良しだな」とため息を吐く。

「ローランを出し渋ってシアを差し出したのに、結局はシアを助けるためにローランを置いていったのよね」

 声の方向に顔を向けると、そこにはセス・ミセススミスと車椅子に座った女性の姿があった。女性の首から下は、そのほとんどが包帯で巻かれている。痩せ細っていたものの、その顔には見覚えがあった。

「ゼノ、お前は初めてだったな」ジョーはそう言うと、女性の元に歩み寄り車椅子に手をかけた。「シア・モンテイロ。今回の取引の対象だ」


   *  *  *


 ゼノはフォウ・オクロックの館でローランと再会した後、促されるままにジョーと交信したときのことを思い出していた。ジョーから【忌み札】に関する情報との交換条件を示されたときのことを。


一、ローラン・ローレンスをジョー・セブンの元へ送り届けること。

二、フォウ・オクロックに残された子どもたちを保護すること。

三、ある人物の身柄を引き渡したいので、引き取りに来ること。


 彼はそのとき、体内のものではなくフォウ・オクロックに設置されていた通信機器を使い、ジョー・セブンと対話していた。

「それだけたくさんの要求が出るということは、君らの掴んだ【忌み札】に関する情報とやらは、それだけ価値のある情報なんだろうね?」ゼノは念を押すようにジョーに尋ねた。

《シア・モンテイロという名の賞金首がいるだろう》

「ああ、いるね」百人殺しの【殺戮乙女】、A級犯の中では唯一の二十代の女だ。

《そいつを今、俺たちが預かっている》

 ジョーらの突飛な行動に、ゼノもそろそろ慣れてきたと自負していたが、これにはさすがに驚いた。

「珍しいね、君らが【忌み札】以外の賞金首を捕まえるだなんて。なるほど、それが『身柄を引き渡したい人物』か。いいよ、それはオープンに引き取ろう」そう言って、ゼノがシア・モンテイロの身柄の引き渡し方法と懸賞金の話を切り出そうとしたとき、ジョーが言葉を遮った。

《いいや、引き取らなくていい。こいつはこのまま、俺たちが預かりたいんだ》

「【殺戮乙女】を、預かりたい?」

《それが四番目、そして、最後の要求だ》


   *  *  *


「まるでミイラみたいだ」そう言いながら、ゼノは包帯だらけのシアの元に歩み寄った。「話は聞いてるよ。大変だったね」そう語りかけるゼノに対して、シアの返事は無い。

「舌と喉をやられて、まだ声が出せないんだ」ジョーがゼノにそう告げた。

「そうか……本当に大変だったんだね。安心して。僕は君を捕まえに来たわけじゃないから」ゼノはシアに柔らかな口調で語りかけると、ジョーに向き直り「さて、残る君たちの要求はあと一つ。その『身柄を引き渡したい人物』とやらは誰なんだい?」と彼に尋ねた。

「シアをこんな目に合わせた、アドルフ・ユッター・バンデウムとかいう変態野郎だ。かつては才ある整形外科医だったみたいだが、死体で家具を作る遊びで逮捕状が出てからは、行方知れずになっていたそうだ。シアが捕まっていた部屋の物置に隠れていたのを、セスが見つけた。D級だが国際指名手配もされている」

「国際指名手配犯なら、引き取る分には別段問題ないね。むしろ歓迎するよ。そいつは今どこに?」

「セスがいじめ過ぎてな。ここの医務室のベッドに縛られたまま、意識不明の状態だ。勝手に連れて行ってくれて構わない」

「オーケー、すぐに応援を呼んで連れて帰ろう」

「そして、もう一人」

「え、まだいるの?」ゼノは半笑いになる。

「レインという女だ」

 ゼノは眉間に皺を寄せて「その人のことは知っているよ。ローランから聞いた。君たちの依頼主クライアントだろう?何で僕らに?」

「そのレイン自身が【忌み札】の情報を持っている。こっちは、ギブアンドテイクのギブのほうだ。レインは知っていることの全てをお前らに話すと言っている。その代わり、出産環境と身の安全を保障してほしいんだとよ」

「要求の上塗りじゃないか」ゼノは頭を抱える。

「安心しろ。お前の上司には話を通してある」

「……やけに自信満々だから、どうせそんなことだろうと思っていたよ」ゼノはもう観念している様子だった。

「宜しく頼む」

「はいはい、わかったよマスター。仰せのままに」

 ゼノは両手を掲げて見せた。

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