10-3 マミー

 ゼノが上司であるゲート刑事局長に報告を済ませると「レインとアドルフ・ユッター・バンデウムの身柄の引き渡しは、別部隊が行う」と告げられ、彼が本部に戻ったころには、既にレインのための部屋が用意されていた。ジョー・セブンが局長と繋がっていることは以前から知ってはいたものの、手の回る早さを見ると、彼がラフサに派遣されてから今に至るまでの出来事全てが、あらかじめ仕組まれていたのではないかと、疑わずにはいられない。しかし、ゼノにはそれを詮索する気は無かった。自らの任務を全うし、いち早く休暇に戻ること。稀有とも呼べる多くの出来事に遭遇した彼にとって、今はただそれだけが一番の望みだった。


《お疲れ様でした》

 本部のデスクに座ると、ビリーが通信機を経由して話しかけてきた。彼はゼノのアシスタントでありながら、情報管理部も兼任しているため、主に別室で作業をしている。

「まだまだやることがあるよ。ここでの報告業務が終わったら、すぐにまたラフサに戻って、切り裂きジャック、もとい切り裂きジルを含めたフォウ・オクロック関係者の事情聴取に立ち会って、あそこで何が起こっていたのかレポートしなきゃいけない」

《うへぇ、休みなしですね》

「それが終わったら、そのまま休暇をいただくことにするよ」

《あの、そういえば、ゼノさん》

「ん、なんだい?」小声で話かけてきたビリーに、ゼノは注意深く耳を傾けた。

《シア・モンテイロについてなんですけど……》

「うん」西暦図書博物館で出会ったときのことを思い出す。

《美人でしたか?》

「……君は、本当に女性が好きだね」肩の力が抜けて、呆れ声とともに大きな息が漏れた。

《いやあ、だって気になるじゃないですか。相当の美しさだって噂ですし》

「まったく君は……それはともかく、どこでその情報を?」

 シア・モンテイロとの接触は最重要機密であり、ゼノを除いて局長以上ポジションでなければ知りえないはずだった。

《僕は情報管理部ですよ。任せてください》

「また内部からハッキングしたのか……」

《暇なときに覗いてるだけですよ》

「いつバレても知らないよ」

《そこは自信ありますので、ご安心ください。……で、どうだったんです?シア・モンテイロ》ビリーは期待に満ちた声色をしている。

「相手は百人殺しだ。見かけはともかく、だ」

《じゃあ、やっぱり綺麗だったんですね?》

「首から下は包帯に巻かれていて、顔しかわからなかったけど……まあ、美人だったね」

《くぅ、やっぱり!いいなー……!》

「ただ、少し変わった、というか」

《変わった?》

「いや……なんでもない。もう満足かい?そろそろ切るよ」

《ちょっと、まだ、そんな!》

 ビリーの叫びに応えることもなく、ゼノは通信を断った。彼は、西暦図書博物館の応接室でシア・モンテイロの姿を見て「まるでミイラmummyみたいだ」と言葉をこぼしたときのことを思い出していた。そのとき、彼女の口元が微かに動いたように見えたのは、ただの見間違いだったのだろうか。それは確かに「ありがとう」と、そう動いたようにゼノには見えたのだった。

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