7-2 プラン
その翌日、ティラートの言っていた通り、国王死去のニュースは世界中に流され、革命団は暫定政府を立ち上げることとなった。内戦はさらに激化していくと思われたが、ある出来事が革命団の進撃を後押しする形になる。ニュースの直後から、先進国が次々と革命団への援助を決めたのだ。まるで事前に打ち合わせていたかのように、全てが円滑に進んでいった。劣勢に立たされた王族の一部は国外にへと亡命したものの、多くはひと月と経たないうちに革命団とその同盟軍に捕えられ、その場で射殺された。広告塔となったティラートは「射殺は相手の迎撃に応戦しての結果だった」と、虐殺を否定していたが、そんなのはわかりきった方便だ。けれど誰もそれを咎めはしない。ニュースで繰り返し放映されたのは、王権の象徴とも言える派手な宮殿の燃え上がる姿。それは、独裁政権から軍事政権に移った瞬間を表すようだった。やがて、ティラートは民主化への移行を表明し、憲法の改正と自由選挙による大統領選の開催を公表した。
* * *
「おめでとう」
ゼノは休暇を利用して、再びラフサを訪れていた。以前と同じ店で、マスクとコーヒー飲んで。
「何かありましたか?」マスクは突然の祝福に戸惑っている様子だった。
「君たちのクーデターの成功に」そう言ってゼノはコーヒーカップを宙に掲げる。
「……気づいていたんですね」マスクは俯き気味に尋ねた。
「ああ。あのとき君がここで
「メンバーと言っても、オブザーバーのようなものですよ」
「いつから、僕の存在が君たちの計画に含まれたの?」
「そうですね。なんと言えばいいのか」マスクは氷の入ったアイスコーヒーを一口含むと、意を決するようにして言った。「我々は世界警察とコンタクトをとるにあたって、いくつかのプランを用意していました。あのとき、あなたをシャラン国へ誘導したことも、数あるプランの一つに過ぎませんでした。失礼かもしれませんが、あまり期待していなかった、というのが正直なところです。ですが、あなたのおかげで世界警察との対話も想定を超えてうまく進んでいきました。そこで、我々は他のプランを捨ててその流れに乗ることにしたのです」
「そうだったんだ。それは良かったね」
ゼノは不快な眼差しを向けながら、棒読みで言い放った。
「騙すようになって、すみませんでした」
「いいさ、利用されるのは慣れてるから。上も君らのサポートを積極的に進めているようだし。僕、いい働きしたでしょ?」
「ええ、とても」
「いい?ここは君の驕りだからね」と、ゼノが睨みを利かせる。
「はい」マスクは観念したように頷いた。
「ところで、一つ質問していいかな」
「どうぞ」マスクの表情は、以前よりも少しだけ和らいでいるように感じられた。
「あの連続殺人事件は、君たちが起こしたこと?」
マスクはグラスを傾け、少し考えるようにしてから口を開いた。
「信じてもらえないかもしれませんが……」
「いいよ。話してごらん」
「我々はあの事件を利用して、あなたに近づきました。それは事実です。しかし、事件自体には一切関わっていません。あれを誰が起こしたのか、何のために起こしたのか、はっきりしたことはわからないのが本音です」
「んー、そうか」ゼノはそう言って、頭を掻いた。「でもじゃあ、なんで事件についてあんなに詳しかったの?」
「これから話すことは、この場だけの話にしてください」マスクの眼は、真っ直ぐゼノを向いていた。ゼノが頷いて見せると、マスクは続けて告げた。「世界警察本部にも、我々のメンバーがいます」
「えっ、そうなの?」
ゼノはそれが誰なのか、さっそく勘ぐり始める。
「安心してください。あなたとは直接関わりのない部署の方です。本人も面識はないと言っていました」
ゼノが胸を撫で下ろしたのも束の間、今後本部内で知り合う同僚全員を警戒せざるを得ないことに気づく。
「あー……ということは。あのとき、別にデータベースの資料を渡さなくても、すでに君たちはそれを持っていたんじゃないの?」
ゼノは、記憶媒体にデータを移してまで渡した資料のことを思い出して尋ねた。
「いえ。あれはあれで本業というか、こちらで与えられていた任務だったので」と、マスクは胸の警察バッジを指差した。
「ああ、そうか。君もいろいろと大変なんだね……」若いのに白髪の理由が少しだけわかった気がした。
「話は戻りますが、そういったところから我々は、一連の事件の情報を初期の段階から知ることができました。我々があの事件に注目するようになったきっかけは、あのカードです。同僚がたまたまあのカードを目にして気づいたとあのときお伝えしたのも、決して嘘ではないんですよ。ただ、本業でないほうの同僚でしたが」
「したたかだねー……そう考えると言葉の上では、ほとんど嘘はついていないことになるのか」協力してほしいって言っていたのも、警察としてではなく革命団として、ということなのだろう。
「なるべく嘘にはならないように心掛けましたから」
マスクは淡々と悪びれもせずに答えている。彼は詐欺師のほうが向いているかもしれない、とゼノは考えた。
「つくづくしたたかだねぇ」ゼノは溜息を出すようにホットコーヒーに息を吹きかけて、カップに口をつける。
「なので、我々もあの事件の犯人が何者なのか知りません」
「んー、じゃあ別で調べてみるしかなさそうだね」
「ですがある程度、捜査は進んでいるんじゃないですか?ウヲン・リーイェンからのレポートを読む限り、あなた方は既にフォウ・オクロックには辿りついているようですし」
世界警察とは違い、革命団のコミュニケーション環境はかなり良好なようだ。
「我々にとって、あの館はこれまで深くは立ち入ることのできない領域でした。ですので、既にそこに踏み込んだあなた方のほうが、我々以上の情報を得ていると考えているのですが」
「全部知ってるんだね」と、ゼノは言葉を漏らした。
世界警察はシャラン国の加盟申請を既に受けているが、正式加盟するためには、年に一度の総会で加盟国の三分の二以上の承認を得る必要があった。その条件をシャラン国がクリアすることはほぼ間違いないのだが、総会で承認されるまでは世界警察も公に捜査を行うことはできない。そのため、ゼノらはあくまで非公式に、シャランの暫定政府から黙認された状態で、フォウ・オクロックの捜査に踏み切ったのだ。
「わりと最近でしたよね。何か収穫はありましたか?」
「ああ。たくさんあったよ。聞きたい?」
「もし、お聞かせいただけるのであれば」
ゼノはどうするべきか刹那だけ悩んだが、館での出来事をマスクに話すことにした。ゼノが彼の元へ訪れたのは、革命団のメンバーが連続殺人事件に関わっていたかを確認するためだった。それを確かめるだけで充分であり、必要以上の情報を与えることもなかったのだが、彼の若く澄んだ眼差しに、あえて隠すこともないと判断したのだった。
* * *
「なんで、君がここに?」
ゼノは至極驚いた表情で問いかけた。
「るせーな。いーから、さっさとこいつらに飯と宿を用意しろ!」
ゼノらの突入したフォウ・オクロックのエントランスでは、旧知の仲であるローラン・ローレンスが、その背後に大勢の少女を従えて、彼らを待ち構えていた。
世界警察がフォウ・オクロックに踏み込んだとき、その内部はただならぬ様相を呈していた。四階建てのその館の一階で、なぜか居合わせたローランとともに残っていたのは、僅かな大人と年端のいかない子どもばかり。上層にも人がいないか確かめようと、ゼノが先陣を切って階段を上ろうとしたとき、ローランは「あまりお勧めしないぞ」と彼に助言した。上った先の扉を開いて、彼はその意味を理解する。鼻を衝く死臭。三階フロアの片隅の部屋へ辿り着くと、そこには数多くの遺体が積み重ねられていた。その理由をローランに尋ねると、彼女は「王族の失脚を知ったフォウ・オクロックの住人は、大きく三つのグループに分かれた」と重い表情で語り始めた。まず一つが、館を逃げ出した連中で、そのほとんどがコードレスでない大人たちだと言う。「コードレスは足手まといになる」とでも思われたのか。多くの大人たちがコードレスを見捨てると決めて、館から逃げ出した。そしてその一方で、国王の死去に絶望し、自ら命を絶つ者が出てきたそうだ。それが第二のグループであり、三階の隅に積み重ねられた遺体の正体だと、彼女は言った。未だに遺体の山の処理は追いついていないものの、そのほとんどがコードレスだと言い切ってしまっても、あながち間違いではないのだろう。ローランと僅かに残った大人たちは、死んだ者の身体を一つの部屋にまとめると、読んで字の如く、臭いものに蓋をするように、その部屋の扉を固く閉ざした。そして最後の集団は、今までと変わらない暮らしを維持するため、新たなコミュニティを築き上げようとする者たちだった。それが、ローランとともに残った僅かな大人たちと、見捨てられて行き場を失った、外の世界も知らないような子どもたちだと、彼女は無邪気にはしゃぐ子らを見つめながら、ゼノにそう教えた。
「それで、君はなんでこんなところに?」
ゼノが改めて尋ねると、ローランは頬を膨らませるようにして「ジョーに訊けよ」とだけ答えた。
彼女の言う「ジョー」とは、ローランの属するチームのリーダーの「ジョー・セブン」のことだと、ゼノは理解した。その男は、元から世界警察と馴染みの深い賞金稼ぎではあったが、それ以上にゼノとは腐れ縁だと言ってしまえるほどに、昔から何かと関わり合いになることが多かった。今では、時折チャットで情報交換するほど親しい仲でもある。そんなゼノの知る限りでは、ジョー・セブンの一行は懸賞金のターゲットを、特A級の大物である【忌み札】のみに絞っているはずだった。
「彼が関わっているってことは、つまりこの館が【忌み札】と関わりがあるってこと?」と、ゼノはローランに尋ねる。
「まあ、そんなとこさ」と、ローランは相変わらず不機嫌そうにして「あんたらのビックリするようなビッグネームの情報を持っているんだから、高く買えよな」とゼノの肩を叩いた。
「この前の
「ああ、驚くなよー。今回はな、【数札】じゃなくて【人札】なんだぜ」と、ローランは子どもがコレクションを見せびらかすように、意気揚々として声を上げていた。
【忌み札】と呼ばれる集団には、故アンドレア・ドゥーチェ・パルドという主犯格であった人物の下に、十三名の幹部が存在したとされている。しかしその存在は曖昧で、幹部の情報は所属のメンバーでさえも知ることが少なく、実際に顔を見た者も僅かだと言われていた。幹部の構成は、パルドの直属の部下であり、【人札】と呼ばれる【
「ローラン、あまり【人札】のことは大声で言わないでね」
「なんだよ。お前が訊いてきたんじゃないか」ふて腐れるローラン。
「うん、そうだね。ごめんよ」そう宥めるように、ゼノは謝った。
ゼノがジョー・セブンとの音声チャットでコンタクトを取った際、彼らから【忌み札】の情報と交換条件で突きつけられた要求は、次の通りだった。
一、ローランをジョー・セブンの元へ送り届けること。
二、フォウ・オクロックに残された子どもたちを保護すること。
三、ある人物の身柄を引き渡したいので、引き取りに来ること。
そして、もう一つ……
* * *
「その、館にいた知人とは、一体何者なんですか?」
ゼノがうっかり漏らしたローランとの再会について、マスクが興味深そうにして尋ねた。当然、【忌み札】の話は省いている。
「あー……そっちは、とても個人的な知り合いだから、やっぱり言わないことにするよ」ゼノは微笑んで答えた。
「そうですか」
マスクがすんなりと引き下がり、ゼノは少し手ごたえの無さを感じた。世界警察内部にまで彼らの仲間がいるのだから、今すぐに聞かなくてもよいとでも判断したのだろう。
「そういった事情もあって、今ティラートさんに、フォウ・オクロックに残った人や保護した子どもたちの受け入れを交渉しているところさ。まあ大丈夫だと思うけど、揉めるようだったら助けてね」
「わかりました。力になれるかはわかりませんが、できるだけフォローします」
ゼノが見ると、マスクのアイスコーヒーは既に飲み干されていた。今回はあくまで聞き役に徹しているようだ。
「それで結局、連続殺人事件の手がかりは掴めたのですか?」
マスクがそう尋ねると、ゼノは冷めかかったエスプレッソを手に「あー、そのことなんだけど」と言いながら右手を掲げて、カップに口を付けた。そして、潤沢に残っていた液体を飲み干して息をつく。「館の最上階に、事件と似た死に方をした遺体があってね」
「似た死に方、ですか。それは、今までと同じ犯人によるものですか?」
「うーん、ここから先の話をするためには、一つだけ、今日の会話の中で、君のついた嘘を暴く必要がある」
ゼノはマスクを見据え、語調を変えずにそう告げた。
「嘘?」マスクは嘲笑気味に返す。
「君たちはあの館について、とても詳しく知っているはずなんだ」
視線を逸らさず語りかけるゼノの言葉に、マスクは沈黙を置いて「なぜ、そう思うのですか?」と尋ねた。
「割と自信があったんだけど、違ったかな?」
「いい加減怒りますよ」マスクが表情を変えずに言うと、それに対してゼノは微笑んで返した。
「あの館の最上階から何人か消えた人間がいてね。その中で、未だに行方のわからない人物が三名ばかりいるんだ。二人はデータ上にも存在していた人物。そしてもう一人は、その存在さえも登録されていない少女」
「存在が登録されていない……つまり、コードレス、ですか?」
「そう、コードレス」
「それが私への疑いと何の関係が?」
「その子はどうやら、行方のわからない残り二人のうちの一人に連れ去られたみたいなんだ」
マスクは、ゼノが質問に返答しなかったことを不快に感じているのか、不機嫌そうにしている。
「他の大人たちが見捨てたコードレスの子どもを、なぜその人物が連れ去ったのか。君なら、どう考える?」
「売ろうとでも思ったんじゃないですか?」
「売りに?」
「ええ、今やコードレスはこの世に存在していないに等しい。なので、何かと利用するために買いたがる輩もいますからね。特に少女ともなれば、尚更でしょう」
「他の大人たちが見捨てたコードレスの子どもをかい?イリーガルな存在だ。連れて逃げるには重荷になると、僕なら考えちゃうな」
「何か理由でもあったんじゃないですか。詳しくはわかりませんが」
「何か理由ねえ……そう、それは正しいのかもしれない」
「さっきから、やけに含みを持たせますね」
「君ほど頭の切れる若者なら、まずはこう推理すると思ったんだ」ゼノは頭を掻きながら「正体不明なコードレスの少女と、その子を連れ去った人物は、親子関係なんじゃないかって」
マスクの眉が微かに動く。
「それなら合点がいくだろう?他のコードレスの子どもは見捨てたのに、ただ一人、自分と同じフロアにいた子どものコードレスを連れ去った理由としては、容易に思いついていい回答だ」
「確かにそうかもしれませんが」と、マスクが口を挟もうとしたのを、ゼノは人差し指を立てて制した。
「その推論に君が至らなかったのは、その二人が親子でないことを、君が知っていたからじゃないか?」
マスクは何か言いたげな表情をしながらも、言葉が出ない。
「そして、君は嘘がばれないように、わざと僅かな真実を僕に告げようとした。コードレスの少女は利用されるために、連れ去られたのだと。あたかも推理して正解に辿り着いたかのように見せて」
「……ということは、私の回答も少なからず当たっていたんですね?」
「粘るね」ゼノは微笑んだ。「うん、そうだよ。あの館に行って調べたところ、そのコードレスの少女は、とても利用価値の高い存在だということがわかったんだ。その子を連れ去った人物がそのことを知っていたということも」
「それが、なぜ私と関係するのですか?」
「おそらく」ゼノは伏せがちだった瞳を、マスクに向けて視線を合わせた。「その子どもを連れ去った人物は、君らがあの館に送り込んだ仲間の一人だ。そしてその子どもは今、君たちが握っている」
マスクは表情を変えずに黙っていた。それが何を意味するのか、ゼノには理解できた。
「なぜ、って思っているんだろうね。なぜ、僕がそのことに気づいたかって」ゼノは得意気な顔をしている。「アンリリー・リングラート。彼女の存在が僕に、君たちがあの館に関わっていたことを教えてくれたんだ」
「アンリリー……あなたがシャランで会った娼婦ですね」マスクは確かめるように頷く。
「だってそうだろう?彼女が君たちと繋がっていることは、彼女が僕をウヲン医師の元へ導いたことで証明されている。彼女のいた店とフォウ・オクロックとは、カードケースに名を連ねるほどの間柄だ。これほどまでに深い人脈と完璧なチームワークを持っていながら、君たちがあの館に手をつけないでいるなんてのは、ひどくナンセンスな話だと感じたんだよ」
「手を回し過ぎるのも、考えものですね」マスクは観念したように呟いた。
「なに、だからって君たちが連れ去った子どもを奪い取ろうなんて考えてはいないよ。むしろ君たちが握ってくれていた方が、僕らにとっては好都合なんだ」
「好都合?」
「そう、僕らがそのことに目を瞑る代わりに、君たちにはあることに協力してほしいんだ」
「あること、とは?」
「おびき出し作戦」
ゼノはそう言うと、カフェの伝票をマスクに笑顔で手渡した。
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