5-2 実験体

Date: O.C.8-feb-30

Time: 18:22:54 - UTC+2

Member: cud9el - Voiceless mode, JOE07 - Voiceless mode


JOE07 >全てがあんたの指示通りに進んでる

cud9el >ご苦労さま

JOE07 >ローランからの報告で知ったんだが、最後のメッセージの意味はなんだ?世界警察のサーバに送り込んだのは、俺たちを追跡させないようにシステム障害を起こすクラッキングソフトだと聞いていたはずだ

cud9el >ちゃんとその役割も果たしたよ

JOE07 >なぜ挑発するようなことをする

cud9el >奴らの顔、観ていてとても楽しめた

JOE07 >あんたの余興のために、セスとローランはリスクを犯したのか?

cud9el >あれのおかげで奴らは世界中のあちこちに人手を割くことになった。発信源はリビア砂漠と特定され、経由地のサーバを辿ると南米、西欧、中央アジアに至る。今回の脱走劇の証拠は、世界中に散りばめたんだ

JOE07 >それで世界警察を混乱させられたとでも?

cud9el >シア・モンテイロの捕獲と脱走について知っているのは、上層部の連中とほんの一握りの現場の人間だけだ。捜査は極秘に、かつ少人数で行われる。そんな中で統一性のない証拠がごろごろと出てきたら、奴らはどうなると思う?


 しばらくの沈黙。JOE07に反応はない。

 やがて、相手の書き込みを待たずにcud9elが答えを出す。


cud9el >膨大な作業工数を目の前に、いずれは目を背けるのさ。情報が公開されていないことをいいことに、全て無かったことにする。情けないことに、それが奴らの常套手段だ。所詮、その程度の組織なのさ

JOE07 >あんたの解釈は都合が良すぎる

cud9el >大丈夫。もしものときはちゃんと手を回すから

JOE07 >信じらんねえ

cud9el >ご自由に。もう引き返せないけどね


 間を空けて、JOE07のキャラクターは不機嫌そうな表情をした。


   *  *  *


 エリーにも、なぜ自分が素直になれないのかわからなかった。本当はマームに会えてとても嬉しいはずなのに。

 ……本当はそういう自分を演じているだけなのかもしれない。憧ればかりが強すぎて、実際に会ってその気持ちも冷めてしまったのだろうか。違うと、エリーは心の中で首を振る。では周りが言うように、照れているのか。それも違うように思う。エリーは自分自身の感情に戸惑いを覚えていた。無邪気なままでマーム抱きつけたら、どれだけ良いだろうか。だけど、この感情は何だろう。恐い?それは少し近いような気がした。


 夕食はとても賑やかだった。ディーダおじさんは相変わらず酒グセが悪くて、マームに絡んでは嫌がられている。ヨアンが「どうした元気ねえな、腹でも痛いのか。トイレ行ってこい」って声をかけてきた。デリカシーのかけらもない。エリー自身、いつも通りに明るくするように努めたけれど、なんだかうまくいかなかった。ジョーもトゥレもいつも通りで、ヨアンとディーダおじさんはいつもの五割り増しで騒がしい。オバアは夕食をとらないからいないし、セスとローランもいない。コルクはテーブルの下で落ちてくるご飯を狙っている。彼は賢く、よくご飯をこぼすディーダおじさんの足元にいることが多かった。

 マームは……マームは、いつもこんな感じなのだろうか。以前もこんな感じだっただろうか。エリーは記憶を思い起こそうとするけれど、それもなんだかうまくいかなかった。皆が「シア」って呼ぶマーム。それが本名らしいけれど、エリーにとってはやっぱり「マーム」だった。その名は、母親らしくありたいと思って、彼女が自分でつけたのだと聞いた。エリーは、それはとてもステキなことだと感じた。マームにエリーと同じ歳の子どもがいることを知ったとき、少しだけ嫌な気持ちになったことを覚えている。わけあって離れ離れになってしまったことを聞いて、いつかマームはその子の元に行ってしまうのだと感じた。それを考えると、なぜか胸の奥が苦しくなる。

 ジョーは「人間は心臓じゃなくて、脳みそがその人の気持ちを決めている」って言っていた。胸が苦しくなるのは、頭がそう感じるように命令しているからだそうだ。エリーは自分の頭に願う。お願いだから、こんな嫌な気持ちにさせないで、胸を苦しくしないで。私は、そんな嫌な子にはなりたくないの。

 食事中、エリーがマームの顔を見ると、彼女も必ず視線を向けてくれた。だけどその瞬間に、エリーは目を逸らしてしまう。自分でも、なぜそうしてしまうのか、わからない。きっとこのままだと嫌われてしまう。だけど、いっそうそのほうが良いのかもしれないと考えた。そうすればあきらめて、こんなに苦しい気持ちにならなくてすむかもしれない。


 夕食が終わると、エリーはもう寝るように言われた。これから大人の話があるそうだ。皆の顔を見渡して、エリーはこくりと頷いた。

「どうした今日はやけに素直だな」なんて、ヨアンが言う。

「おやすみなさい」とトゥレ。

「歯を磨けよ」と、口の臭いディーダおじさんが。

 ジョーは何も言わない。オバアはもう部屋で待っているだろう。マームに目を向けると、彼女はこちらをじっと見つめていた。マームは笑顔で「おやすみ、また明日ね」と言い、エリーは「おやすみなさい」と、答えた。自分でもわからないくらいの小さな声。そして、エリーはコルクと一緒にリビングをあとにした。


   *  *  *


 ジョー・セブンは賞金稼ぎで、それはチーム名でもあって、メンバーは五人いる。ジョー・セブン。ユピテル・トゥレ。セス・ミセススミス。ヨアン・マックロイ。ローラン・ローレンス。それらは全てコードネームであり、本名ではない。普段はこの「西暦図書博物館」で従業員として働き、暮らしている。賞金稼ぎとしては、主に【忌み札】の残党を追っているそうだ。そのためか、指名手配犯である私の首にも、以前からあまり興味を示さない。

 私は、殺し屋を辞めて既に八年が経っている。たけど、それでも「世界の記録」には永久に、殺し屋としか記されることはないんだろうな。なんて自虐的に考えたりする。


「シア・モンテイロ。お前への依頼は、フォウ・オクロックと呼ばれる館から、囚われた妊婦を救い出すことだ」

 楕円のテーブルの片端からジョー・セブンは声高らかに、正面の私に向かってそう言い放った。両脇に座るトゥレとヨアンも、こちらを見ている。私が返答に困っていると、ジョーは私を指差した。

「おい、お前。今の仕事は何だ?」

「捜し屋よ」今の、というフレーズに、むきになって答える。

「そうだよな。確かガキ専門で」

「変わらないわね。その『ガキ』って呼び方、やめたら?エリーにもそう言っているの?」

 ジョーは舌打ちをして続ける。

「子どもが攫われた親からの依頼を受けたり、人身売買をしている組織を狙っては、を助け出したりしていたはずだ」

 子どもどもchildrensと、わざと誤ったような言い方をするのは、嫌味を込めているつもりなのだろう。

「その通りよ」

「だとしたら、囚われの妊婦を救うことも、お前の仕事の範疇じゃないのか?」

 今までにないケースの話に、思考が一時的に停止する。

「それとも、何だ。お前の営業方針では、これから産まれてくる赤子は見捨てるのか?」

「ちょっと待って。何でその妊婦を救い出さないことが、赤子を見捨てることになるのよ」危うく話に乗りそうになっていた。

「このままこの女がこの館で子を産むと、だな」と言いながら、ジョーはホワイトボードに下手くそな絵を描いていく。二頭身と三頭身の棒人間らしいもの、どうやら母親と子どもを表しているようだ、それが、三角屋根の縦長い建物に納まる絵が出来上がる。屋根の先端が尖りすぎだ。「まず、この女とこのガキは引き離される」そう言いながら、ジョーは母親と子ども絵の間に線を引く。「次に、この女は殺される」母親の絵に×を被せて描く。「最後に、このガキは実験体になる」子どもの絵を○で囲う。

「ちょっと待って。最後のところの意味がよくわからないんだけど、実験体って、どういう意味?」

「まあ、そこはあまり気にしなくていい。とにかく助け出せばいいんだから」なんだその理屈は。「当然、報酬も出るぞ。そこんところは、後でヨアンに訊いてくれ」

 ヨアンは、えっ、と声を漏らして口をぽかんと開き、その後何かを悟ったような顔で、私のほうを見て「後でな」と笑顔を作った。きっと、何も聞いていなかったのだろう。何よりも説明が不足し過ぎていて溜息が出る。

「とりあえず、最後まで話を聞いてから考えるわ」

「そうか。うん、じゃあ、質問は?」と、ジョーが尋ねる。どうやらもう話は終わりのようだった。

「いくつかいい?」と手を挙げる。

「ああ、もちろん」自信満々なジョーの表情。

「まず、依頼者はその女の人で間違いないわよね?」と、ホワイトボードに描かれた三頭身の棒人間を指差した。

「そうだ」

「彼女は今どういう状況なの?牢屋にでも入れられているわけ?」

「トゥレ。説明しろ」と、ジョーは腰を下ろして、トゥレにバトンタッチした。

「はいはい」トゥレは慣れた様子で、立ち上がりホワイトボードの前まで行く。「正直に言いますと、よくわかりません」

 トゥレは笑顔だ。こいつらは笑顔で誤魔化す術を訓練されているのだろうか。つっこみどころはいくつかある。例えば、その答えの場合、彼はホワイトボードの前まで行く意味は全くなかった。そして一番の問題は……

「まさか依頼者の代理のくせして、その依頼者の自身の状況を把握できていないの?」

 私がジョーを見ると、ジョーはトゥレを見た。何を彼に押し付けようとしているんだ、お前は。

「実はそうなんです」と結局、トゥレが答えた。「ですが、これには理由があります。事の経緯と、手持ちの情報をお話しましょう」

「やっとまともな話が聞けそうね」苛立ちながらも、トゥレの説明であれば信頼できると思い、耳を貸すことにした。

「まず今回の依頼者、つまりこの女性について」トゥレはそう言って、ジョーの描いた母子の絵を○で囲った。「彼女はこの娼館の事務管理責任者で、名前はレインさんとおっしゃる方です」


   *  *  *


 トゥレが言うには、数日前、彼が図書博物館で案内係として働いていたところを、一人の女が話しかけてきたそうだ。

「あの、すみません」

 その女は背が低く、年齢は四十代後半に見えたそうだ。

「何かお探しでしょうか」

 トゥレが訊くと、女は口ごもりながらも「ジョー・セブンさんという方を捜しているのですが」と言った。

 その女曰く、受付で調べてもらったが見つからず、仕方がないので、従業員を見つけては声をかけているのだと言う。トゥレは不審に思った。それはそうだ、ジョーは表に立つ仕事ではなく裏方であり、しかも名簿は偽名で登録されているのだから。その女がどうしてジョー・セブンのことを知っているのかはともかく、その名をこういった形で広められるのは、あまり芳しくないと思い、トゥレは尋ね返した。

「失礼ですが、彼とはどういったご関係で?」

「ああっ、ご存知なのですね!」女の沈んだ表情がほころぶ。「すみません、つい……いえ、あの、面識は無いんです。ただ、その方にお願いしたいことがありまして」

 見た限り、嘘をついている素振りもない。

「そうですか。では五時間後に、第四セクターにある学習参考書のコーナーにいらっしゃっていただけますか?」

 そこはジョーたちが、外の人間と館内で落ち合うときによく使う場所だった。時代遅れの参考書を手に取る人は少ないのか、人の出入りがほとんど無いらしい。トゥレが指定の時間にその場所を訪れると、備えられた椅子に女は座って待っていた。

「私が話を聞いて、彼に伝えることになりました」とトゥレが告げると、女は疑うこともなく素直に受け入れ、彼に事情を話し始めた。訊くと女はシャラン王国にある娼館で、レインという人物の専属メイドとして働いていたのだそうだ。ある日を境に、レインは体調を崩したまま部屋に引き籠もったのだが、身の回りの世話をしていた彼女は、レインが妊娠していることに気づいたのだと言う。それから間もなく、レインの呼びかけでメイドらが密かに集められた。そして、退職してできるだけ遠い国に逃げるように言われたそうだ。詳細な理由は教えられなかったものの、そうしなければ、彼女らの命が危ういのだと告げられて。次々と辞めていく他のメイドを尻目に、女は最後まで拒んだという。女には家族も行く当てもなかった。そして何よりもレインの身を案じたのだ。一緒に逃げようと諭すも、レインは首を縦に振らない。館の背後にある大きな組織を根本から崩さなければ、意味がないと。そのための準備を今、自分はしているのだと言って。すると、レインは彼女にデータチップを手渡して、それを西暦図書博物館にいるジョー・セブンという男に渡すように告げた。そうすれば、レインの助かる可能性も高くなると。


 そこまで話をすると、女はそのデータチップをトゥレに手渡して、涙ながらに頼み込んだ。

「お願いです。どうかレイン様をお助けください」

「わかりました。彼にこれを渡して伝えます」

 トゥレは、そう答えて女をエントランスまで見送った。女は連絡先を教えなかったが、それはそうするようにレインから指示されたそうだ。女を帰した後、参考書のコーナーまで戻ったトゥレが、隠れて話を聞いていたジョーにデータチップを手渡し、どうします?と声をかけると「中身によるな」と彼はそれを眺めて言った。


   *  *  *


「レインって人は知り合い?」

 私の質問に、ジョーは首を振る。

「全く心当たりがない」

「ふーん。ずいぶん有名なのね、あなたたち」

「どうやらそのようですね」トゥレは苦笑いをしている。

「それで、中身は何だったの?」

「見せてしまっても、宜しいですか?」トゥレがジョーに話しかけると彼は、好きにしろ、と答えた。

「では」と言い、トゥレがホワイトボードの操作パネルをいじる。するとホワイトボードがディスプレイへと切り替わり、文字や数値の羅列が表示された。

「なにそれ」

「【忌み札】の元幹部で【十一番】Jackと呼ばれていた人物のカルテと思われます。これによると、彼は最近までフォウ・オクロックに潜伏していたようですね」

 こいつらの目的が何となく見えてきた。

「つまり、あなたたちはその【十一番】っていう奴を捕まえたくて、そのために私を利用するってわけ?」鼻で笑ってやる。「冗談じゃない。そんなのは私の仕事じゃないわ」

「お前はそんなことは気にせずに、ただ女を助け出せばいい」

ジョーが口を挟んできた。つまり、私には私の仕事をさせて、その後でレインとかいう女から【十一番】についての情報を聞き出すつもりなのだろう。

「何で私を巻き込むのよ。確かに私は今回、あんたたちに助けてもらったかもしれないけど、別に頼んだわけでもないし、どちらかと言えば拉致に近かった。この依頼だって、あんたたちだけでやればいいじゃないの」

「それが、そうもいかなくて。こちらをご覧ください」

 トゥレが再び操作パネルに触れると、画面には見取り図が表示された。

「館の最上階のフロアマップと、管理システムの情報です。これもデータチップに入っていました」

 その形は、茎付きの三つ葉のクローバーにも見える。

「この館には、思いのほか強固なセキュリティが敷かれています。もちろん外に警備員もいますが、内部の生体認証も何重にも施されている。まず、遺伝子情報が登録されていなければ玄関からエレベーターホールにも辿り着けません。レインさんがいるのは、最上階だと思われます。その最上階へ行くための唯一の移動手段がエレベーターなのですが、そこも重心と重量が計測されていて一名ずつしか乗れませんし、登録体重のプラスマイナス五キロを越えても、アラームが鳴る仕組みになっています。最上階に着いてもフロアの扉を開けるには、静脈認証が必要です。そこから外に出る場合も、同じルートを同じ手順で戻ることになりますね」

「まるでカジノの金庫ね」

「シアさんを助け出したスピン・ソイルは、建設中でまだ機能していませんでしたから、僕たちの侵入も容易でした。ですが、ここは違います」

「でもそれが、私でなきゃいけない理由にはならないでしょう?」

「はい。最後に、こちらを」

 ホワイトボードの画面が切り替わる。それは、今まで表示された専門用語や数値の類ではなく、ちゃんとした文章だった。内容はレインからのメッセージで、メイドとして一人受け入れる準備ができていると書かれている。

「これが、レインさんからの依頼内容です。一人条件に合う女性を送り込んでほしい。そうすれば、自分は助かることができ、その暁には【十一番】の情報の全てを与えると書かれています」

 その条件とは、コードレスであることだった。

「確かにこの条件だと、私にぴったりだわ。特に、美人ってところが」もちろんそんなことは書いていない。厭味のつもりだ。「だけど見る限り、身の安全は保証されていないようね」

 トゥレは首肯する。

「そうです。ですから尚更、あなたにお願いしたい。他の誰かに頼むより、経験豊富なあなたであれば、無事でいられる確率が高いでしょう」

「もし本当にそう考えているなら、過信だわね」

「もしものときは、強硬手段に出るつもりでいます」

「強硬手段?」

「館を航空機で爆撃します」強硬すぎるだろう。「爆撃といっても全壊させるのではなく、スピン・ソイルで行ったように一部だけを破壊して、そこから救出に乗り込むことになるでしょう」

「そんな無茶な作戦、聞いたこともない」私は机を叩き、声を荒げる。「それにそのレインって女とも会ったこともないのに、どうやって信用しろっていうのよ」

 するとジョーが舌打ちののち、発言した。

「まず一つ、お前に良い話がある」

「何よ。確かに今までは一つも出てこなかったわ」

「このフォウ・オクロックと呼ばれる館は、シャランに存在する娼館の中でも最高位に位置している。その下層には、ありとあらゆる売春宿が各地数多と存在しているわけだが、金の流れを追うとその全てが、フォウ・オクロックに繋がっていることがわかった」

「それで?」

「売春宿の裏では、日常的に人身売買が行われているんだが、その取引の情報も、フォウ・オクロックに集められているそうだ。お前の『さがしもの』もそこにあるんじゃないか?」

「危ないね。聞いているだけで危ない話よ、これは。たとえそれが私の望む情報の可能性があったとしても、今はまだ飛びつくタイミングじゃないわ」

「依頼を受けない、それもいいだろう。途中で逃げ出すにしても、それも構わない。ただ、そうなると残念だが、もうお前を守ってやれなくなるな。なんたってお前は手配犯であり、さらに今回、脱獄のオプションまで付いたんだからな」

 餌を見せた後に脅しかよ。

「脱獄はあんたたちが企てたことでしょうに……全く、腹が立つ」

 呆れたような態度を示していると、ジョーは思い切ったように立ち上がり、ホワイトボードの操作パネルに触れた。

「情に訴えるわけじゃないんだけどよ……」

 そう言って映したのは、先ほどの【十一番】のカルテ。

「それがどうしたのよ」

 ジョーは、画面上をスクロールさせていく。そして、ページは最下部へと行き着いた。

「これが何だかわかるか」ジョーは画面に親指を向ける。

 映っているのは、黒い背景に白い靄のかかったような画像。ジョーがそれに触れると、画像は映像として動き始めた。

「これって……」

 私は昔、それを見たことがある。生まれて初めて医者通いをしたときに。その命が自分の中にあるなんて信じられなくて、でもそれがその存在を認識した初めての瞬間だった。

「依頼者の腹のエコー映像だ」

 既に形がはっきりとして、大きな頭に小さな身体をしたその命は身体を丸めて、ときどき手足を動かしながらも、眠っているように見えた。

「セスに見てもらったところ、性別は男みたいだな」

 セスは昔、研究医をしていたと聞いたことがある。臨床もかじっていたようで、応急処置などでも何度か助けられたことがあった。

「なぜこれが【十一番】のカルテの中に?」

「このレインって女が孕んでいるのは【十一番】の子どもの可能性があるからだ」

 ジョーの言っていた「実験体」の意味が、少しだけわかった気がした。

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