2-2 殺戮乙女

 砂漠に敷かれたアスファルトの上を走るジープ。その車体上部には大きなアンテナが取り付けられ、後部座席に積まれたアンプ付きのスピーカーからは何者かの声が聴こえてきた。


《 ……ミなさ…お……りでショうか…… 》


「なあ……」

 運転席には褐色肌の小柄な人物。幼さの残るその姿は一見すると少年のようにも見えるが、僅かな胸のふくらみから女性であることが窺える。助手席には、大柄で筋肉質なラテン系の男が座っていた。

「なあって!」運転席の小柄な女が声を荒げる。

「なあによぉ……」助手席の大柄な男が女々しく答えた。

「始まったみたいだぜ」

「聴こえてるわよぉ……」かすれた声と溜息。

「ええっ?なんだって??」

「何でもないわよ!車に酔ったのっ!そっとしてよ!」

 道路が整備されていないためか、ジープが年代物だからか、車内は小刻みに揺れて騒がしかった。運転席の女がアクセルを離すと、車は徐々に減速していった。

「会議も始まったようだし、そろそろ休憩するか?」

「助かるわぁ、お願いっ」

 やがてジープは完全に停車した。

「ったく、ヨアンもこんなオンボロを与えやがって。今どきアクセルを足で踏んでタイヤで走るなんて、時代遅れもいいところだ」

 足をハンドルに乗せて女が叫ぶと、助手席の男が前かがみになりながら答えた。

「元はゴミなんだから仕方ないでしょ。車もアンテナもスピーカーもね。ガソリンを使わないで走れるだけマシよ」

「ジョーたちはうまくいってんのかなあ」

「さあ……会議を聴いてればわかるんじゃない?」助手席の男は口元を押さえながら言った。「……うぷっ」

「おいおい。頼むから車内で吐くなよ」

 女はそう言いながら、助手席の扉を開けると、頭を出すように促して、男の背中をさする。熱された外気が、どっと車内に流れ込んだ。後部座席からは電波に乗った何者かの声が聴こえてくる。


《 ……殺…乙女………bzzz……シア・モンテイロ…… 》


 その頃、その音声の発信元では、義眼の男が一人で机に向かい、通信会議を開いていた。大きな半円型のディスプレイには、参加者の顔が映し出されている。

《今や『乙女』って歳でもないだろう。彼女がそう呼ばれていたのも、もう何年も前のことだ》参加者の一人が口を挟んだ。

《メノヴァファミリー惨殺事件。暦の変わる前の事件か……なんだか懐かしいねぇ》別のメンバーが感慨深げに言う。

「百人殺しの【殺戮乙女】Massacre Maiden。殺し屋に育てられた少女……そう、彼女は当時まだ、少女と呼べる年齢だった」男はその義眼に流れる画像資料を見ながら呟いた。そこには、監視カメラに映る幼いころのシア・モンテイロの姿が載せられていた。

《彼女に壊滅させられたのは、当時のユーラシア大陸北部を実質的に牛耳っていたマフィアの重鎮、レフカ・メノヴァとその組織の一つです。幹部や構成員、そしてたまたま居合わせた娼婦たちまでもが、殺害されていました。その数は合わせても五十名ほどと見られています。百人殺しは少しオーバーな表現ですよ》

「五十人か。それでも十分だ」

《そしてこちらが昨晩、彼女を捕らえた直後の映像です》

 ディスプレイ画面内で、軍服姿の男が指先で机上を叩く仕草をすると、各メンバーの眼前に、瞳を閉じたシア・モンテイロの姿が映し出された。

《昨晩というのは、現地時間?それとも本部の時間かな?》

《失礼しました。現地時間で、午後十一時過ぎです》

《なら、こっちだと朝方だねぇ》

《私のところでは深夜二時だ。叩き起こされてまだ眠いよ》

《それにしても、噂どおりの美人だなあ》

「眠れる美女、か」義眼の男が映像を眺めながら、言葉をこぼした。

《うっわぁ……君って、硬派に見えて、意外とキザだよねぇ》メンバーの一人が寒々しいといった口ぶりで言う。

《ところで、スピン・ソイルへは本部から誰か行くのかい?》

「ええ、私の部下を派遣しました。そうですね……もう到着している頃合いです」義眼の男がディスプレイ上の時計を一瞥して答えた。

《君の部下か。それなら安心だねぇ》と、年配の男が言う。

「繋いでみましょう。少しお待ちください」

《それにしても、なぜスピン・ソイルに送られたんですかねぇ。だって、あの島は建設中でまだ稼動していないでしょう?》

《あのー……すみません。私、実はまだ話を聞いたばかりで、よくわかっていないのですが》気の弱そうな男が、申し訳なさそうに尋ねた。《どうやって捕まえたのですか?その百人殺し》

 不意な問いかけに誰もが押し黙り、互いに示し合せるかのような間が空いた。

《えっと……届いたそうですよ》メンバーの一人が遠慮がちに答える。

《届いた?》

《ええ。国際宅配便クーリエで》

《くくっ。それ、なかなかおもしろいですね。そのアイディアいただきます》気の弱そうな男は、くすくすと笑う。

《あ、これね、冗談ではないんですよ。事実なんです》

《えっ……本当に?》

《眠った状態で箱に詰められたまま、届いたんですって。スピン・ソイルに。外側にはご丁寧にも、取扱注意のラベルが貼られていたそうですよ》

《差出人は?》

ただの冗談just a jokeと記されていて、記載されていたアカウントは我々のものだったそうです。輸送ルートは確認中ですが、宛名のラベルを発行している輸送業者に出荷履歴はありませんでした。何者かが宅配員を装っていたんでしょうね。ラベル自体の製造番号から出所を調べているのですが、盗難品が使われているようであまり当てになりません。まあ……今ある情報はそれだけです》

《そのことは、外部には伏せておいたほうが良さそうですね……》気の弱そうな男が小声で言った。

《ところで、ゲート局長。君の部下との回線は、まだ繋がらないのかね》メンバーの一人が義眼の男に尋ねる。

「いえ、それが、応答が無いようで……」すると突然、緊急回線が通信会議に割り込んだ。

《きょっ、局長!》発信元からは慌てた様子の男の声。《会議中に、申し訳ございません!》

「クラーゼ、お前なのか?なぜ、通常の回線が通じないんだ!」義眼の男は強い口調で問う。

《も、申し訳ございません!それどころでは……すみません!ですが、その、緊急事態なんです!》

「どうしたんだ?」

《それが……何から話せばいいか……》

「結論から話せ。何があった」

《はいっ、あの、シア・モンテイロに……》

 通信会議のメンバー全員が、静かに耳を傾ける。

《シア・モンテイロに、逃げられました!》


 一方、ジープでは運転席の女が身を乗り出して、鼻歌を交えながら、後部座席に積まれた機械に触れていた。

「うまくいったみたいね」助手席の男が呟く。

「ぽちっ、とな」運転席の女はそう言って、外付けキーボードのエンターキーを押し込んだ。


 シア・モンテイロ逃走の知らせに、ざわつく通信回線。すると突然映像が乱れ、メンバー全員の画面に、次の一文が映し出された。


 - And they lived happily ever after…

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