第1章 入隊試験
第5話 入隊試験①
俺がこの世界に来て1週間が経った。
相変わらず能力の制御は上手くいかないが、特性や癖については少しは理解してきたつもりだ。
まず、俺の能力「雷を放出する能力」だが、一言で表すならば『危険』だ。
危険というのは能力をぶつけた相手だけではなく、自分自身も、だ。
なぜなら、未だに俺は能力を放出か否かでしか調節できない。言ってしまえば一度出したら体中の魔素が切れるまで放出してしまうのだ。この状態では手加減なんてものは出来ないし、もしも攻撃を外してしまったら、俺自身もしばらくの間、動けなくなる。いわば『諸刃の剣』状態なのだ。実践で使うにはまだ難しいだろう。
「こりゃ能力は無いものとして考えないと不味いかもな……」
俺は誰もいない訓練場でポツリと呟く。
赤ん坊がこの世に生を受けて立ち上がるまで大体8ヶ月掛かると言われている。その例えを活用するのなら、俺が能力者として性を受けて今日で1週間。使いこなすほうが無理だという話だ。でも何とかして使えるレベルにしておきたかった理由があった。なざなら――
「おう、調子はどうだー?」
「何だよ須藤。分かってる癖に……」
笑いながら訓練場に入ってきた須藤に対して俺は呆れながら返答をする。
「いやぁ~、スーパールーキーさんだからもしかしてって事もあるかもだからな」
「俺ももしかしたらって思ってたんだけど、無理っぽかったわ」
「……んで、覚えてるか。試験の事」
「覚えてる、覚えてる。明日だろ」
そう、自警団の入隊試験が明日に迫っているのだ。
そもそも、須藤が俺をこの世界に連れてきたのは、俺を政府の仕事の一部(治安の維持など)を何でも引き受ける自警団というものにスカウトする為だったそうだ。しかしスカウトをされたといってもそれだけで自警団に入れるわけではなく、最終的に簡単な実地試験を行い、その結果から合否を決めるそうだ。須藤曰く、落ちるほうが難しい。だそうだが……。
「覚えてるなら話がはえーや。ここだけの話、何かを集めてくるお使いの試験っぽいから、心の準備だけはしとけよ」
「お使いって……。何の心の準備をしとくんだよ……」
「それもそうだな」
と言って軽く笑う須藤。それに釣られて笑う俺。
正直、自警団に入らないといった選択肢もあった。しかし、この世界で生活していくには何らかの仕事につかないと行けないもの事実。それならば、せっかくスカウトされたのだし、そのチャンスを生かす方が楽だと考えたわけだ。また、俺は頭を使う仕事が苦手なので、上から言われたことをやるだけの仕事というのも非情に魅力的だったということもある。
「つーことで、明日9時にここな。遅れんなよ」
「うぃーす」
***
次の日
***
「――というわけで今から嘉陽田蜻蛉の試験を始めます」
須藤とそれを挟むように見知らぬ人が2人。それと俺だけが訓練場に集まって試験開始の合図が出された。試験内容はまだ説明されていない。
「……というわけで須藤、説明を」
試験開始の宣言をした右の人が須藤に振る。
「あー、はいはい」
それに対し、かったるそうに返事をする須藤。
「うーん……とりあえず、移動しながら説明しようか」
そんな軽い感じでいいのか?
「ねぇねぇ、緊張してる? してる?」
「一応は……」
一応合格が保証されているとはいえ、試験は試験だ。緊張しない訳がない。
「あー、いいよいいよ。そんな緊張しなくて。いつも通りでいいよいつも通りで」
それが出来たら苦労はしないっての。
「それにしても何処に向かってるんです?」
と俺は廊下を歩きながら須藤に聞く。てっきり城の入り口の方に行くのかと思いきや逆方向に進んでいたからだ。
「んー、研究室? 取りあえずそこについたら説明するわ」
***
「朝比奈ー起きてるかー? 受験者連れてきたから準備宜しくー」
立て付けの悪い引き戸を開けた直後に須藤は叫んだ。奥の方から小さく返事が聞こえて来たので、一応は起きてるのだろう。
「取りあえずそこの椅子に座って」
と俺は須藤に入ってすぐの所にある小さい木の机とセットになっている椅子に座るように促す。
「んで、今回持ってきてもらうのがこれ」
と机を挟んで反対側に座った須藤が、俺に紙を渡す。
「何です……。これは?」
「あー、試験だからってそんなに畏まらなくていいよ。そう畏まられるとこっちもやりにくいし」
「あー、そう?」
と俺は緊張も少し解けて来たのをいいことに、いつもの須藤に接する態度に戻る。前の世界ではそんな事を言っておきながら普段通りに接すると怒る上官も居たが、須藤はそういうタイプでは無いと判断したからだ。
「……で、この紙に書いてあるグロウドワームの卵って何?」
「卵は卵だよ。それを5つ以上集めて来てもらうのが今回の試験内容」
「それだけ?」
「それだけ」
何かが怪しい……。それなら小さい子だって出来るぞ。
「大きさは?」
「手のひらに乗るくらい」
「場所は?」
「ノルト山脈っていう雪山」
「何処らへんにグロウドワームの卵ってあるの?」
「主に巣だな。崖の近くや洞窟の中に作ることが多いらしいからその辺りを重点的に探せばあると思う」
「何で5個ピッタリじゃなくて5個以上なんだ?」
「巣に5個以上あったら全部持って帰ってほしいから。個数が多ければ多いほど評価が良くなるって事はないから安心しろ」
「うーん……」
行き先は雪山かぁ……。試験っぽい行き先だが、いまいち納得が出来ない。
「この試験内容の目的は?」
「簡単にいうと忠誠心とかそんな物を試す物。正直自警団の仕事の半分以上がこういう実験に必要な物を取りにいったり、街の見回りって感じの退屈的な仕事だから、それに耐えられるかどうかの試験だってさ。この試験ですら退屈とか思うようなら、別の仕事へどうぞー。みたいなそんな感じだったと思う」
「うーん……」
「ま、蜻蛉の場合はそういう仕事に割り振られる事は少ないと思うが、全く無いわけじゃないから経験しとくといいと思うぜ」
「分かった」
こんな簡単な入隊試験とか聞いたこと無いけど、本当にこれでいいのだろうか。結構不安になってきたぞ。
「そういえば雪山って言ってたけど、耐寒装備とか貸してもらえるの? 俺持ってないけど……」
「あ、その点に関しては大丈夫。今着てる、その制服が耐寒装備になってるから」
「へ? こんなうっすいのが?」
生地の厚さが1 mm程度なのに耐寒装備? 前の世界との技術力の差が凄まじいな……。
「因みにそれは耐暑装備も兼ねてるから、暑い所でも大丈夫だぞ」
一体どういう仕組になっているんだ……。
「靴に関してはこっちで準備してある。普通の靴じゃ歩くこともままならないだろうしな。っと朝比奈まだかー!」
「そんなに急かさないで下さい。今出来ましたから!」
と部屋の奥から出てきた、眼鏡をかけて白衣に身を包んだ、いかにも研究者っていう感じの男が須藤に向かって言い返した。
「はい、これが嘉陽田さんの靴になります」
と長靴の底に色々とゴチャゴチャしたものがついた物を渡された。
「……もしかして知りません? スノーキングシューズ」
「知らないです」
「簡単に言うと雪の上を歩いても沈みにくい靴です。今から雪山に行って物探しするんですから、歩きやすい方がいいでしょう?」
確かにそうだなと思い、俺は靴を履き替える事にした。サイズはちょうどよかったが、ふくらはぎの少し下まで靴に覆われているという事から、少し窮屈感を覚えたが、それは時期に慣れるだろう。
「じゃあ、これからの流れを説明します」
と朝比奈さん。
「まず、嘉陽田さんには転送装置を使って雪山まで飛んでもらいます」
転送装置? 言葉をそのまま読み取るなら、この世界の技術力はどうなっているんだ……。
「そしてワームの卵を探して見つけたら、この袋に入れて下さい」
と言って、背負えるタイプの革袋を渡して来る。
「そして、その後――」
と俺に手のひらに乗る大きさの小型機械を渡して、
「この緑のボタンを押したらここに戻って来れますので、緑のボタンを押して下さい」
なるほど、結構簡単に転送装置ってのは使えるんだな……。
「じゃあ、この赤いボタンは何なんです?」
と俺は緑のボタンの反対側についているボタンについて質問する。
「赤は転送用です。今回はこちら側で操作するので、赤い方は押さなくても大丈夫です」
「分かりました」
「でしたらあの機械に乗ってもらっていいですか?」
と俺は少し奥にある怪しげな機械の前に案内される。
「こんなので本当に転送出来るんです?」
「出来る出来る。俺なんてもう数え切れない程やってるし」
と須藤。まあ、経験者がいるのなら安全だろう。
「さ、乗って下さい」
と朝比奈にガラスのような台の上に乗るように促され、俺はその台の上に乗る。
「あ、1つ渡し忘れてた」
と言い、須藤は腰のベルトに挟んである刃渡り150 mm位のナイフを手渡してくる。
「これは……?」
「一応護身用に……とでも思ってな。一応何があるか分からないし」
「え? もしかして今から行く所って結構危険だったり……?」
「いやいや、そんな事はないと思うけど、念のためだよ、念のため。ほら、まだ蜻蛉って能力も上手く使いこなせてないしさ」
まあ、確かにそうだけどさ……。
「じゃあ、お守りって事なら」
「うん、そんなもんでいいよ。あ、それと、もしも雪崩とかがあったりして自分の命がヤバイと思ったら一旦緑のボタンを押して帰ってこいよ」
「え? 雪崩とか起きるの……?」
「だーかーら、もしもだって言ってるだろ。大丈夫だ。そんな事はめったに無いから。緊張するのは分かるけど、ちょっと慎重になりすぎじゃないか?」
と笑いながら話す須藤。確かに慎重になりすぎてた部分もあるかもな。
「じゃ、転送しますよ」
と言う朝比奈の声を最後に、俺はへその辺りをすっと引っ張られるような感覚に襲われた直後、目の前が真っ暗になった。
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