第参話 - 2「あー(・。・)うさぎしゃんらー☆」
「で、こちら様はどちら様で?」
死闘の末、なんとか難を逃れたコムライスとその元凶が目のまえに並びたつ。
『えーと、こちらはアン。一応私の同僚にあたりますかね』
(((ぁ改めましてぇアンですぅ)))
「こんにちわー
アンから手を差しだされて握手に応じる。声だけでなく体全体がぶるぶると震えている。寒いのだろうか。それにしては不規則で、震えるというより、振動していると表現したほうが適当だった。
今一度まじまじと観察してみる。
その容姿を一言で表すなら透明感、だろうか。色は青く、向こうが透けて見えるほど透明感を持つ。肌がやけにつやつやしているのはスライム的なものなのか、それとも先ほどコムライスから養分を吸ったからだろうか。腰まである髪はワカメのように癖が強く、振動に合わせて生き物のように
ここは浮世離れした住人が多いので観察するだけで一日が終わりそうだ。
(((ぃシーナさんとはぁ同じ水に関する神だったのでぇ、その
見た目通り水の神様らしいが……先程から話題に登場してくる『シーナさん』というのは誰なのだろうか。予想はつくが、しかし。隣の居心地悪そうなコムライスを見つめる。するとコムライスから思念を受信した。
(ええっとですね、『シーナ』とは私の昔のあだ名です。気にしないでください!)
「なるほど。アンさん、なんでシーナって呼んでいるんですか?」
(((ぇえ? だってぇ名前がぁ―――)))
『あぁああぁあああぁああああ!!!! そうだ! アンは今どうしてるの?!』
誤魔化し方が下手すぎる。都会デビューを果たした社会人が同級生に出会って、学生時代の黒歴史をほじくりかえされてるのと同じパターンかな? いや、ここが『いんたぁねっつ』だと考えるなら、『同級生にアカウントバレした』の方が言い得ているか。
コムライスの反応から、『コムライス』って名前はもしかしなくても本名ではなくて、ハンドルネームではないか、と予想する。
(((んん? あたしぃ? あたしぃは変わらず『つぶやき』してるよぉ~?)))
「つぶやき?」
『えっと、彼女は今『つぃ~た』で大人気アカウント『Anne』をしているんです。『つぃ~た』って名前、聞いたことことくらいあるでしょう?』
『つぃ~た』とは短作文を投稿する超人気SNSだ。日常のあらゆることを限られた文字数で書き続けていく、いわば小さな日記帳だ。
その日記の内容はネット上に公開され、誰かに見られ、誰かに評価され、誰か共有されることを目的としている。改めて文字に起こすと自己顕示欲の塊と言っても差し支えないが、現代の若者のあいだでは知らない人間のほうが少ないほど有名だった。もちろん、若者代表的なところがある黄木凛(俺)もユーザーの一人だ。
……が、『
「もしかして"炎上の神"の、あの『Anne』さんで?」
(((ぁあっはぁー♡ ぁあたしをぉ知っててくれるんだぁー、うれしぃー♡)))
Anne。つぃ~た上では有名人だ。非常に過激で挑戦的な発言を定期的にして人気を獲得したアカウントで知られている。
最近は発言を控えており人気に陰りを示しているが、まさか本当に神だったとは、ネットの情報も侮れない。しかし、炎ではなく水の神だったので、やっぱりネットの情報は鵜呑みにはできない。
(((ぅんー? ぃききりんってもしかして『KIKIRIN』さんですかぁー?)))
「あっ知ってましたか」
(((ぉお噂はかねがねーねぇ)))
『……ん、え! お二人はお知り合いだったんですか?!』
KIKIRIN。黄木凛(俺)のハンドルネームだ。いんたぁねっつ上の様々な場所で顔を出しているので、知られていてもさほど不思議はなかった。
(((ゅ有名な方ですよぉ。ぉ主な活動場所は動画サイト『ゆぅちゅ場』だけどぉ、どこにでも現れるから『
「いえいえ、そちらこそ『アルファつぃ~たらー』の中でも『火薬庫』とか『炎上神』とかの二つ名で呼ばれてちゃってるじゃないですかー。まさかこんなところで会えるなんて、あっ、これって『オフ会』とか、『リア
『ちょっと! ネット用語事典みたいに二人だけで盛り上がらないでください! 私も会話に混ざりたいんですから!』
…。
(((ぉ兄さんはぁ、こちらにぃ来るのは初めてですかぁ?)))
「ええ、今日初めて来ました」
(((ぃじゃあ『
『(  ̄´ー ̄`)わ、私にも聞いてもいいですよ……( ゜´ー゜`)チラ』
「じゃあアンさん、さっきから気になってたことが一つ」
『エッ(;゚Д゚)(゚Д゚;)ムシ?!』
(((ぁはいぃ、なんでしょう?)))
「なんで震えてるの?」
その言葉を言った瞬間、コムライスとアンの表情は固まり、沈黙が訪れた。
……もしかすると、この話題は地雷だったのかもしれない。一家団欒する食卓に地雷が置いてあった気分だ。こんな目につく場所にあって触れないほうがおかしい。
『……アンは病気なんです』
コムライスは重々しい口調で、重そうな話題を切り出した。
『アンは、身の回りのあることないことを面白可笑しく
「これがつぃ~た廃人、いや廃"神"の末路か……」
ファントムバイブレーション症候群という現代病がある。幻想振動症候群とも呼ばれ、ポケットなどに入っている携帯電話が実際には振動していないのに、振動したと錯覚する現象のことだ。アンはそれの極端な例なのだろう。自身がアカウント・アバター自体になれる神ゆえにその影響力は強い、ということらしかった。
アンは変わらず振動している。最近『Anne』がつぃ~た上で発言が少なくなったのは、この現代病の治療中だったからか。しかし、まさか神が現代病を患う時代になっていたとは……。いや、そもそもそこまで深刻な病気じゃないはずなんだが。
『これはアン個人の問題ではなく、今や神々のあらゆる世代で起こっている社会問題なのです。いんたぁねっつ依存症、犯罪自慢、炎上、晒し……つまり、知識の疎い神はいんたぁねっつに使われている現状なんです!』
「えっ、今の神様ってマジで皆こんな感じなの?」
『……マジです』
神妙な面持ちで言われても反応に困る。穿りかえせば汚職問題を起こした政治家並に余罪がいろいろと出てきそうだ。
現代社会の闇に呑まれたのは人類だけでなく神々もだったということか。聞くかぎり、その闇は人類よりも深い可能性まである。
『アンに限れば自身の能力を過信したのが原因でもありますが』
「能力?」
『そうです。彼女が昔それはもう名のあるマンホールだったがゆえに、恐ろしい能力を持っているんです』
いんたぁねっつ界での神の能力、つまり神通力に関することだろう。とても興味深い話のはずだ。
しかし。
その前に、だ。
さらに気になる事をこの神は宣った気がする。
「名のある、まんほーる?」
『はい、アンは名のあるマンホールです』
(((うん、あたしぃは名のあるマンホールでしたぁ。ぽ♡)))
アンはなぜか頬を赤らめる。
(((ぁかなり人気ではあったんだけどぉ、ぅすごーい有名な海神の肖像を使ってたからぁ、版権元の使用料が払わなくちゃいけないんだけどぉ、それが高くてねぇ、信仰半分もしょっぴかれてたのぉ酷くなぁいぃ???)))
それがどれだけの価値かはよく分からないが、神社会も複雑らしい。縦割り横割り上下関係いろいろ。まず神に『
(((で、その逸話なんだけどぉ、そのマンホールの口にぃ、つまりぁあたしの口にぃ偽りの心を持った者が手を出すとぉ抜け出せなくなるっていう話なのぉ)))
『要するに、嘘や疑念を持った人がアンの発言にちょっかいを出すと、彼女の言動がいつもずっと気になって仕方なくなるんです。私はそれから抜け出すのに約九年かかりました』
その話だと世のマンホールがサキュバスかなにかの類に聞こえてくる。アンに対して抱く感情が好意だけじゃないというのが味噌なのだろう。話の流れ的に、その能力を使い『つぃ~た』上で人々を
さすが炎上の神と称えたいところだが、その不正をした代償に虚構の着信音に震えつづけることになったとは、神様も難儀なものだ。
(((ぃいきなりネ申ネトの闇に話しちゃいましたねぇ~。ぉもっと楽しいこともたくさんありますのでぇ、観光がてら教えますよぉ?)))
「ありがとうございます!」
『ちょっと!|д゚) 今日は観光に来たんではないんですよ! 『神様革命の会』の講師として招いたんです』
……あ、完全に忘れてた。
(((へぇ~そうなんだぁ~。ぉおもしろそぉ~。ぃじゃあ、あたしぃが『つぃ~た』につぶやいて広報させていただきますねぇ♡♥♡)))
『ありがとうございます! これで家賃が……』
(((えぇ?)))
『あ。いえ、何でもないです(^^;』
広報すると集客数が増える。そんな当たり前のことを思いながら、(そういえば教室っていつ誰に何をどのように教えればいいのだろう……?)と考えずにはいられなかった。
…。
『じゃあ早速教室の準備しちゃいましょう!』
コムライスは目を閉じて腕を広げる。身体に魔法陣のような謎の模様が浮かびあがり、そこから複数の光が虚空に流れはじめる。それは線となって、その軌道は空間をなぞり、大きな箱状の骨格をつくる。それに沿いながら地は持ちあがり、たくさんの突起が現れる。形作られ、色付いて、それはさらに質感の細部まで作りこまれる。整列するたくさんの机と椅子、そして全体を見渡せられる教卓に黒板……瞬きをする間もなく、教室が完成してしまった。
『ふっふーん! どうですか? 感想いかがですか? 神様として崇め奉ってもいいんですよ?』
「
『??!(゚д゚)!????』
コムライスは感情と近似した簡素な表情となり、「ナウでヤングすぎて若者言葉が分からない」とでも言いたげだった。
先ほど練習の時に作ったウサギの応用なのだろうか。細部までの作り込みはさすがという他ない。触った感触も、現実と違いな―――。
ベコリッ
その時、触った部分が軋むような音がした。恐る恐る手元を見ると、木質の机に凹みが出来ていた。
『あぁ~Σ(゚д゚;)! 何やってるんですか! 』
「いや、この机って木で出来てるんじゃないのか? 発泡スチロールより柔らかいぞ」
『そりゃあそうですよ、素材サンプルから見た目の質感と色を持ってきて、ただ骨組みに貼り付けているだけなんですから! あーあー、役所の貸出サンプルに傷つけると、使用料のほかに修理料がかかるに!』
「貸出サンプルにしても酷くないか?」
欠陥住宅にもほどがある。耐震強度は大丈夫なのだろうか。震度0で倒壊の恐れアリ。こんな中で教室を開こうとは、仲良く心中でもするつもりなのか。とんだトラップだ。
『そういうことは作った人間たちに言ってください!』
「え? 人間?」
『元々はいんたぁねっつ上に置いてある人間たちの創作物を借りているんです。ほら、画像投稿サイト『ぴくしぃ』や『ねとげぇ』ってやつですよ』
「……それって流用って言わない?」
『言いますけど何か(・∀・)?』
そんなきょとんと無垢な顔で厚顔無恥な言動をされても困る。サーバーの一角を不法占拠しているとも言っていたし、神相手に人の法が通じると思うことが間違いだった。文化が違いすぎる。
そういえばネ申ネトに入ったとき、いつの日かプレイしていたオンラインゲームのような既視感があった。それは神の幻想的風貌からではなく、実際に他のゲームから流用したものだったのなら納得がいく。
「無法ついでに踏み倒せば?」
『ダメですよ! そんなことしたら、ここの管理者にサーバーから追い出されてしまいます!』
「
『( ゚。゚)ポカーン』
「え?」
『……あー(・。・)そうでしゅねー』
「………いきなりどうした?」
『あー(・。・)よのなかくそでしゅねー』
「………もしかして、家賃払えないほど金欠とか?」
『あー(・。・)しんこうおいしいでしゅねー』
\おーい、女神様ー!/
『ばぶー(・。・)』
「………うさぎさん」
/)/) .。
(・ )゚ ☆.。 .*・゜ ・. 。:*゚+* .。 。.
゜゜ ゜
『あー(・。・)うさぎしゃんらー☆』
この女神はもうダメかもしれない。放心した顔で現実を受け止められずにいる。赤ちゃん言葉に頼り、幼児退行しなければいけないほど精神疲弊している。その無垢な瞳は『だれかに養われたい』という強い意志を感じさせた。
「……仕方ない。コムさん、
『ちょっ! ちゃんと支払いますから! 期限には! 来週末の期限には払いますから! お願いししますっ今だけは見逃してくださいっ。ぅぅっ……』
この女神の目には何が映っているのだろう。幻覚でも見ているのか。……あっ、瞳の中に取り立て屋の恐い
「で、金策の当てはあるの?」
『こ、これからの行う教室で、その……((((((; ^^)ソロソロ』
「もし信仰が集められなかったら?」
『ヤメテッ。゚(゚´Д`゚)゚。イワナイデッ!!』
ふむ、どうやらこの講義にはコムライスの住居権がかかっているらしい。
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