第参話 - 1「あー(・。・)うさぎしゃんらー☆」
「やばい、どうしよう」
黄木凛(俺)は
自身のことを女神と宣う少女の願い事に遊び半分で頷いていたら、神々が集う教室で、教壇に立つことになっていた。どうしてこんなことに。
遡ること一時間前。
『助けてくださいぃ!』
「おっけー♪」
一時間後。
どうしてこうなった。黄木凛(俺)は何をすればいいんだ。
三十分前。
『現代人の等身大モデルなので、最近の流行についてや、お便りにお答えして頂いたりするだけでよろしいので』
「おっけー♪」
三十分後。
どうしてこうなった。そもそもこんなことして自分になんの得があるというのか。
十分前。
『これで信仰心が集まったら、神通力でなんでも願い事を叶えてさしあげましょう!』
「おっけー♪」
『では早速行きましょう!』
「おっけー……ん?」
コムライスに手をつかまれると、そのまま引きずりこまれた。
強烈な光に包まれて、思わず目を閉じる。落ちる感覚は空気抵抗と釣りあい、浮遊感へと変わる。それは空気中よりも、水中よりも、光の中で浮いているような不思議なイメージだった。
たどり着いたことを確信して、ゆっくりと目を開ける。
目に飛びこんできたのは――今まで見たなによりも、まったく違う世界だった。
道筋に流れる回路図のような翠色の蛍光、さまざまな色に変わる光の筋、新しく買ったゲームを起動させたときの、ディスクを読み取っているような音。はたまた、上下左右を変幻自在に飛んでいる、獣耳に尻尾や長く尖った耳、それに順ずる幻想作品に出てきそうな格好の者たち。そして、電流が身体のなかを巡っているような感覚、それでいて嫌な感じはまったくない。それどころか、それを動力として身体が意思と関係なく動いてしまいそうだ。
ここが携帯電話の中、『いんたぁねっつ』。
そして。
『さあ早速、講義の準備です!』
今、現在につながる。
コムライスは「まずは、教室用の施設を作りますね」と、謎すぎる人智を超えたことを言い出して、役所の人(神?)と交渉している最中だ。黄木凛(俺)はそれを入口付近から眺めている。
受付の方がこちらに気付き、笑顔でお辞儀をする。背中には折り畳まれた翼を携えている。今の状態でも床につくほどで、広げれば三メートルは下らないだろうという大きさだ。
笑顔で返したが、目から入る情報を処理するのに必死だった。
白の内壁とゴシック体の無駄に大きな文字と分かりづらい案内板。非常にきれいに纏まっていている。内装は現代の人間社会が使っている施設と大差ない。偏見ではあるが、お役所仕事の似合う場だ。
しかし、問題は外装のほうだ。この建物に入ったときに見たのは、いくつかのアイコンが浮いているだけだった。コムライスはその中の太陽を象ったアイコンを触れた瞬間、姿を消してしまった。あとを追うようにそれに触れると、周りの視界は今見ているものに変化した。おそらくだが、自分の身体のほうが転移したのだと思われる。ここがネットであると考えるなら、先ほどのアイコンは別サイトに繋がるためのリンクなのだろう。
建物の内側では、カウンター越しに役人が対応している。外で見かけた者たちと同じように容姿はさまざまだが、こちらの世界でも公的な場ではスーツが主流のようだった。角や羽が生えていたり多腕多脚であったりと形状が複雑だからか、制服が改造されている。そのせいか、どこか人間の真似事をしているように見えて仕方ない。
ふと、ここに入った時のコムライスの言葉を思い返す。
…
……
………
『ひとつだけ注意があります』
「はい」
『今のあなたは
「はい」
『現実世界では主な情報伝達手段は言葉です。たしかに言葉は非常に優秀な道具ではありますが、ここでは魂を紙片として思念をデータに書き込み、相手に送ることができます。つまり、心を送ることが大きな伝達手段になります。』
「はい」
『なので、私の今の感情を……
キャハ
……のように送ることが出来るのです』
「はい」
「私たち神はこれを『
「はい」
『これにより、言語の壁を越えて意思疎通ができます。相手に向けて念じることのみで出来ますので、試してみていいですよ』
「はい」
『……頷くだけじゃなくて、実際にやってください』
「あっ、はいはい」
『いいですか。1.相手を決めて 2.今の感情を念じて 3.電波を飛ばす(ようなイメージで!)』
「……相手を決めて、念じて、今の感情を……」
「とりゃあ!!!!」
……………………。
何も起こらない。何も起こらなかった。奇声は無様にも変顔と静寂だけを残し、どこかへ消えていってしまった。
「……俺が何をしたって言うんだ」
『(((゚д゚;))))ダ、ダイジョウブデスヨ。初めてだから出来なかっただけです。慣れれば話しながらでも(・ω<) テヘペロ無意識に出来るようになりますので(´∀`)ノ私も協力しますよ(笑)』
「死ね☆(ぅん、ぅちとコムちゃんゎ……ズッ友だょ!!)」
『台詞と心の声が逆ゥーー→!!↑↑』
「おっ、こういうのは出来る」
………
……
…
情報処理が追いつかなくて頷くだけのイエスマンになっていたなぁ、と思い返しながら、目を閉じて掌に集中する。脳内に保存されている、記憶に新しいマスコットキャラをイメージを脳内に創りこむ。
そして目を開けると、想像した通りのピンクウサギが半透明ながら、手の上に乗っていた。
強く念じるとそれは動き出し、役所の入口に置いてあるパンフレットを咥えて持ってきた。
/)/) .。
(・ )゚ ☆.。 .*・゜ ・. 。:*゚+* .。 。.
゜゜ ゜ ゜ ゜
粒子が軌跡に残り、ウサギは光の道を作る。
思念の送り方によっては、こういうふうに
『サーバーの使用許可をもらってきました』
軽快な足音を響かせながら、コムライスが帰ってきた。
瞬間、ウサギは光の粒となって風に消える。ウサギから意識が外れて形を保てなくなったのである。
『どうですか、少しは思念の顕現には慣れましたか?』
「ぅω£⊇UTょяёτ(≠T=∋☆」
『わ、私より流暢に使いこなしてるじゃないですか(ちょっと分からないですので、日本語喋ってください)』
「
『(^^;』
(((ぁあら、シーナさぁん?)))
震えた
そのしかめっ面のままこちらを注意深く確認すると、一気に距離を縮めてくる。そして次の瞬間、ぱぁっと顔を明るくしてコムライスに抱きついてきた。
(((ぁやっぱりシーナさんだぁー♡)))
『のわぁ! お、お久しぶりです。アンさん』
(((ぉ本当にぃ久しぶりじゃなぁい♡ ほらぁ、お久しぶりのチューゥ♡)))
『ちょ、やめ、マジで』
犬が飼い主に戯れつくように、身体全体でコムライスを抱き上げてキスをせがんでくる。それに対してコムライスは、その謎の女性から離れようと腕に全力を込めて相手の顔を反らさせる。
(((ぉもう、そんなケチ言わずぃにぃー)))
『アンの口はスッポン以上なんですから……! あなたも見てないで助けてください!』
アンと呼ばれる謎の女性は構わずコムライスの口を狙っているが、きっと神様特有のスキンシップなのだろう。男性の自分が下手に関与すべきではない。うん、
『カシャ!』
写真のシャッター音が鳴った。どうやら念じたことで画像保存ができたようだ。
(なるほど、こういうことも出来るんですねコム先生!)
『納得してないで助けてー!!』
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