第弐話「どうか私をナウでヤングな神様に!」
山の
あたりはすっかり暗く、部屋に入るなり明かりのスイッチを押す。照明の光は部屋にある全ての
明日の準備も忘れて、学生鞄を机に投げる。パソコンとその周辺機器の電源だけを付けて、あとはベッドに転がりこむ。
十五年というまだ短い半生の黄木凛(俺)だったが、その人生は幸運と言って差支えないものだった。
商店街のインチキ福引でなぜか一等を取ったり、いじめの標的になりそうだった時はその主犯格が急に引っ越しになったり、川で溺れた時も医者に「奇跡的な生還すぎて、なぜ生きているのか分からない」と言わしめたほどだ。
そんな幸運人間のもとに、迷惑メールが来た。
人生初の迷惑メールに向きあう。ものすごく胡散臭い文章をもう一度読み返してみる。
『件名:あなたは神を信じますか?
From.かみさま|д゚)
内容:
ききりん 様
どうかあなたのみこころで
神sまを救っていた抱きませんか?
わたしたち『神様革命の会』は
この荒んだ現代社会を生き抜くため
お互いに手を取り合い、
慈愛の精神で助け合っています。
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』
……。
総評:メールでの新手の宗教勧誘。しかも、最近携帯電話を触った初心者からの
「触らぬ神に祟りなし、だな。うん」
「つまり、触ったら祟られるわけだ」
「ポチっとな」
携帯電話はいきなり黒い画面になる。そして―――。
……。
……。
……。
黒い画面のまま何も起きない。試しに電源ボタンを押してみる。しかし、携帯電話は無常にも反応しなかった。
「……祟られてしまった。ウイルスに!」
『う、ウイルスではありません!!』
「え」
まわりを見渡す。声の主はおらず、あるのは殺風景な自分の部屋だけだった。しかし、声は止まない。
『ここです、ここ!』
「そう言われましても。ちょっと出てきてくれませんか?」
『そう言われたって、出ようにも引っかっかって、出られなっ……!』
「んー、こういう時は警察……、いや、自分の頭の方で、救急車を……! あ、あーー! う、ウイルスで電話が動かなくなったんだった~、しまっちゃったなぁああ~~」
『
まるで大声が、フリルだらけの衣装を着て、怒りを詰め込んだふくれっ面の女の子の実体を持ったかのようだった。というか、目の前に風船のようなふくれっ面の女の子がいた。しかも、その姿は携帯電話から飛び出しているように見える。
黄木凛(俺)はわざとらしくため息を吐いた。
「あーあー、うるさいなぁ。もう気付いてるよ」
『へ?』
女の子はきょとんっと、目が零れおちたような表情になる。
「ここでしょ、このケータイから喋ってたんでしょ」
『き、気付いていたなら、もっと早くに対応してくれてもぉ……あと、ケータイから出すの手伝って……ぅうっ』
「は? 俺は今『幻聴が聞こえて頭がおかしくなっちゃった』っていう状況を楽しもうと精一杯努力してたんだよ? そっちこそもっと気を利かせて意味深なこと喋れよ」
『え、わたしが悪い!?』
「そうだよ、何勝手に他人のケータイから入ってきてるの! 家宅侵入、プライバシー侵害、ウイルス作成……お前本当に最低だなぁ!」
『ひ、ひどい言われよう、ぅう!』
「とりあえず、ケータイから出てきたのは察したけど、どうやって……、あ、触れる」
『ちょ、ちょっと、気安く触らないでください!』
「ケータイに引っかかってるの?」
『やめ、やめて!』
「ねぇねぇ、パンツ何色?」
『ちょ! 本当スカート引っ張らないでーっ!』
「で、あんた誰?」
『えっ、ここで、閑話休題?!』
「誰なの? 家宅侵入なの? 身元ははっきりしてるの?」
『とりあえず、スカート引っ張るのやめてくださぁい~!!!!』
「名前だけでもさー。あ、『
『放して、マジで放してぇ~~~~!!!!』
十分後。
「で。誰なの?」
『うぅ、もうお嫁にいけないぃ……』
床に倒れこみ涙を見せるいたいげな少女に対して、携帯電話から取り出したことによる『やりきった』表情をすることが精一杯だった。こんなに泣いてる子を悲しみから救うことができず、タコのごとく軟体動物と化したいやらしい手つきで指を動かすことしかできないなんて、黄木凛(俺)はなんて無力なんだろう。
『ひっ、私は女神のコムライス。ライスちゃんって呼ばれています……ぅぅ』
「女神?」
よくよく観察すると、美少女だ。白い髪は何度も梳いた絹糸に似て、整った顔立ちはまるでお人形。滑るような身体のラインは曲線の美を振舞う。手には幼児向けアニメで売られているようなオモチャを持っており、その先には
『もしあなたは今、私の言葉で猜疑心に囚われましたね』
「いや、全然?」
『いえいえ、隠さなくてもいいのです。それは仕方ないことで……』
「あ、そういうのいいんで、ちゃっちゃと目的だけ言っちゃってもらっていいですか?」
コムライスと名乗る彼女は目をぱちくりと三回瞬きして、首を傾げる。
『……え、本当にいいんですか? このあとステッキから神の後光がきらきらって、シンジングボール的な染み渡る良い音楽とともに、七色に踊り輝くんですけどぉ……』
「あ、本当マジで絶対的にどうでもいいんで、次に進んでください」
『えっと、その、神の威厳的にちょっと、やりたい、なぁー……って?』
「早くしないと俺の指が軟体動物になりますよ?」
彼女はすぐに身構えて、言葉もなく首を何度も縦に振り、神の威厳を捨てた。ただ、どうしても名残惜しかったらしく、まるで親が買ってくれない玩具を子供が半泣きで見つめるがごとく、ステッキを指先でつつく。たぶん、堕落した神が昔の栄光にすがっているのだろう。
こほんっと一拍の間を置いて、自称・女神は復活する。そして、自分にはこんなにも威厳があるとでも言うかのように、両手を大きく広げ、ご高説が始まった。
『あなたは神を信じますか? 太古では人間と神は共存していました。神は人の身の回りにあるささいな場所に表れていました。しかしそれも今は昔。人類と神々は非常に切迫した状況にいます。科学の発展により、大量生産大量消費、紛争は絶えず、自然や文化は破壊され、ゴミは垂れ流し。少子高齢化に経済不安で一寸先は闇。さらには、近年の合祀、神を偽った新興宗教の数々、……人々は祈り方すら忘れてしまったのです。世はまさに『信仰氷河期』。人の影ほど近しかった神も今では氷河の向こう側。特にこの国の信仰度は著しく低い! 多くの神々は信仰の集まらぬ社を捨てはじめ、新しい依り代を求めました。劣悪な環境に耐え、血がにじむような鍛錬の末、私たち神はとあるものに目を付けました。何かわかりますか?チラッ』
「魔法少女アニメ?」
『ち、違います! この衣装は確かに現代を勉強するため、アニメや流行のファッションを参考にしたものですが、関係ありません』
「あ、やっぱり参考にしてたんだ」
『っ、それよりも! 私たち神が目を付けたのは、人が現代の情報社会で必要不可欠な存在。
……つまり、『いんたぁねっつ』です!!』
女神だと宣うこの女の子はなぜか我が物顔で誇らしげだ。
黄木凛(俺)は口をバカみたいに、ぽかーんと開けた。
すごい。
何がすごいって、自分のことを神と名乗るだけあって、新興宗教の勧誘のテンプレート台詞で始まってから、よくぞここまで発展させた、という感じだ。時代にあわせて宗教勧誘も在り方も変えるべきだとは思うが、神みずからが宗教勧誘という設定はどうなのだろう。
『ふっふーん! これには予想外で、開いた口がふさがらないようですね! 『ぱそこん』、『すまぁとふぉー』、『たぶれっつ』! この国の『いんたぁねっつ』普及率は若年・中高年間で95%を超え、今や切っても切り離せない存在。ここに神が進出することにより、もっとも効果的に人の目を集め、その存在を高め、崇め奉られるようになる……ふふ、これは科学の発展を逆手にとった神による一大戦略! そのために、私たち神はサーバーの一角を秘密裏に不法占拠しているのです!!』
「はー、パチパチパチパチ」
言ってる意味はよく分からないが、とにかくすごいこと言っているのだろう。神様なのだから。
内容はともかく拍手をしておこう。神様なのだから。
ここぞと言わんばかりに、ステッキからきらきらと、シンジングボール的な音楽とともに踊り輝いて煩わしいが、とりあえず拍手だ。
『そう、すべてはこの氷河で生き抜くために!』
「で、何しに来たの?」
『え?』
「いや、野望があるのは分かったけど、なぜ俺ン宅に?」
『え?』
彼女は素っ頓狂な声を二度も出す。きょとんとした真ん丸な目をぱちくりしてきても、反応に困る。
そもそも『いんたぁねっつ』を活用するって話だったはずなのに、わざわざ個人宅に布教訪問なんていうアナログな方法を取っているのだろうか。
神様モード(布教モード?)が解け、バツが悪そうに顔を背ける。
『そ、それはぁ……あのですね、多くの神様っていうのはですねぇ……。文化や思想が少し古いといいますか、凝り固まってまして……。』
「?」
『その、なんて言いましょうか、流行ものに疎いというか……』
この神を歯切れの悪さは一体何なのだろうか。後ろめたいことがあると自白しているようなものだ。
思想の古い神様が人類の流行りものである『いんたぁねっつ』を利用する……。そのとき、頭の中で豆電球が光った。
「ああ! つまり、機械音痴なおじいちゃんおばあちゃんってことか」
『ぐはぁっ!!!』
「で、俺に何をしてもらいたいの? 神が人間の若造に『いんたぁねっつ』の使い方を教わりに来たとかないよね~」
『ぐばらぁっ!!!!』
「まさかメールもまともに打てないとか、流石にねぇ~?」
『あぎゅばあっっ!!!!!』
「ぷっぷー」
『うぎゃぁあああ!!!!!!!』
喋るたびに、彼女は口から
『ぅぅっ。そ、……そこでですね。ネット界隈で話題沸騰中……らしい、ききりんさんに頼みたいことがあって……』
「はい?」
女神さんは裾の端を引っ張り、大粒の涙をかかえた上目遣いで縋ってくる。
『は、恥を忍んで頼みます、ぅぅっ』
「はい」
『どうか私を、私たちを、ナウでヤングな神様にしてくださいぃ!』
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