第肆話「『荒らし』で『壁ドン』で『リア凸』でもある」
講義の時間になった。
コムライスと一緒に教壇の上に立っている。ぱっと見てもほとんどの席が埋まっており、立っている者、浮かんでいる者も併せると見ているざっと六十人はいる。不足の事態に隣へ思念を送る。
(へいコムさん、開講はさっき決まったばっかりなのに、どうしてこんなにいるんだ? ちょっと暇人多すぎじゃない?)
(あ、あれはアバターです。実際に足を運んでいるのは数名だけです。そそそれに、ここは情報伝達ツール『いんたぁねっつ』です。この海に情報を落とせば、広がるのは一瞬です。どどど、どこの誰に見られているかも分かりませんよ)
電子掲示板、いわゆるスレッドがサーバーに立てられている状態か。はたまた、ネット生放送を開始したイメージか。タイトルはおそらく『【速報】現役高校生男子(人)を拉致ってきただけど質問ある?』だろう。
『つぃーた』などの目に触れる有名SNSに、キャッチーなタイトルを流せば、ちょっとだけと五十人くらい集まってもおかしくない。あとは、この神のいんたぁねっつ上でのコミュニティーレベルによる。
(が、頑張りましょう、凛さん)
コムライスの思念は、上擦った声のような緊張を直接伝えてくる。どうやら、こんなに集客できたのは初めてのようだ。
(ところで、空中に浮いてるのはなんなの?)
半透明の色付き風船ようなものが、断続的に床の下から現れて、天井をすり抜けて出ていく。風船は教室をカラフルに彩り、色違いのものばかりなので、見ていて飽きない。時折、「誰?」や「待」などの文字が描かれているものも昇ってくる。
(あれは皆さんの『エモメ』です。観客の私たちへの感想。良くも悪くもこちらに様々な反応を返してくれるんです。一文字だけ表題が書くことができて、あれに対してアンテナを立てるイメージで中身を見ることができますが、初心者のあなたには難しいかもしれませんので、私を経由して送らせてもらいます。今実際に見せますね)
コムライスから風船の内容が送られてくる。
🎈だれ? 🎈今日神口(人口)多くね? 🎈リア充配信と聞いて来ますた
🎈らいすちゃぁぁぁぁん!
なるほど。これでリアルタイムで見ている人たちの反応が見れ、コミュニケーションが取ることができる。つまり、某コメント付き動画サイトのような仕様か。それの『
コムライスはコホンっと咳払いを一つ、皆の視線を集める。
『えー、皆さん。本日は急ながら『神様革命の会』が主催である、この講義に御足労いただきありがとうございます。早速本題に入らせてもらいますが、こちらは今回講師として招きました、現役高校生の等身大モデルの……えーと、ききりんでしたっけ?』
「
『おっ元気でいいですね。そして、司会である私『ライス』でお送りいたしますo(*゚▽゚*)o』
コムライスは教卓に置いてあるステッキを押し、教室は後光的スポットライト照明とシンギングボール的
『では早速、本題に入ってしまいましょう』
「はい、気合い入れていきます!」
『えーと、まずは『昨今の情報化社会と若者の流行における傾向と対策』についてですね』
「 」
『えっΣ(゚д゚;) 虚無っぽい顔をなさってどうしたんですか?』
「え。いやいやいや、ネタですよね??????」
『なにかおかしなことでも?』
「いや、本気で絶句しちゃいましたよ」
『あ、あれ? なにか粗相でもしてしまいましたか?』
「だって…………堅ッ! 堅苦しすぎですよ! ここは会社ですか?! パワハラ上司がいますか?! ホウレンソウがそんなに大事ですか?!」
『こ、こう見えて
「この際だから突っ込むけど『神様革命の会』って名前もどうかと思うんですよ。堅いっていうか、ここは若者とは何かを神に教えてる場でしょ? だったら実践的にもっとキャッチーな名前にしたほうがいいと思うんです。あ、『●Recちゃんねる』とかどうですかね? 自分とこの生放送の名前なんですけど」
『ちょ! うちの放送を取らないでください!』
「えーいいじゃないですか。ちょっとくらい」
『そんな少しだけ切り離せるものじゃないですからっ!』
「ここって講座とかいろいろ教えてるんですよね?」
『そうですけど(´・ω・`)?』
「『●Recちゃんねる』略して『レクチャ』(=講座)って呼ばれてるんですけど、ダメ???」
『「ダメ???」じゃねぇーですよ! ダメに決まっているでしょ! 何言っちゃってるんですか! うまいこと言ったつもりですか(# ゚Д゚)ゴルァ?!』
教室の空中に感情が流れる。
🎈初っ端から乗っ取りw 🎈奪っちゃえwww 🎈ダレこいつ? 🎈初手乗っ取り安定 🎈草 🎈ウザ 🎈wwww 🎈KIKIRINさんw 🎈らいすちゃぁぁぁぁん!
掴みは良好。●Recちゃんねるのモットーは『喜怒哀楽、なんでもござれ!の精神』で配信している。
「逆に神の社会って今どうなんですか?」
『そうですねー『神』の価値といいますか、敷居がどんどん低くなっててる気がしますね』
「今時の若者は『いんたぁねっつ』でネ申神カミ!って大安売りしてますもんね」
『この『ネ申』も一種の流行りなんですかね?』
「そうですねー。あっ『ネ申』や流行りもので言うなら、『ゆぅちゅ場』や『ニコアニ』での動画投稿は若者の間で流行ってます。様々な自分のしたいことを動画にして再生数を稼いでいくんですけど、なんでもすごい人はそれで年収一億円を超えますからねー」
『え(;゚Д゚)! そんなにですか?!』
「ええ本当です。ライスさんもやってみたらどうですか?」
『えー、どうしましょうかヽ(* ゜ー ゜*)ノ』
「ちょうど『●Recちゃんねる』っていうのあるんですが」
『それはもういいですって!!』
「↓URLはこちらでーす↓」
『ヤメテ!』
「はは、じゃあ次の、お便りのコーナーに行ってみま――――」
視聴者も増えていき、場も活気づいていく、そんな時だった。
唐突に、ドアが吹きとんで、教室の真ん中を舞う。一瞬の静寂ののち、そこにいた、視聴者を含めた全員が騒然となった。誰かにドアを蹴破られたのである。そして、そいつは何食わぬ顔でコーナーの間に入ってきて、教卓へまっすぐ向かう。
「てめぇ゙ーか゛神に説教しで、調子こいてるっつ゛ー不敬なカ゛キが」
その謎の人物は比較的やせ型の男性に近い容貌をしていた。しかし、三白眼の周りは隈が深く、喋る時にちらっと見えた口内は、鮫のような尖った歯が何本も見え、まるで死魚のようだった。また、回路のような複雑怪奇な筋はウロコに似て肌に流れている。ドスのきいた声は殺気立ちながら、黒目はこちらをしっかりと捉えている。
コムライスは感情を送るまでもなく、目に見えて あたふた(((゚Д゚ Ξ ゚Д゚)))あたふた として自分を見失っている。正直、どう答えればいいか悩む。
「オラ゛答えろ゛?!」
「あっすみません。これは『荒らし』なのか、『壁ドン』の亜種なのか? それとも『リア
「あ゛あ゛?」
男は勢いよく机を叩いた。アクション映画の舞台装置のように激しい音を立てて簡単に壊れる。
「『荒らし』て゛『壁ドン』て゛、『リア
あっこいつ、思ったより話せるタイプの
『あ、あのー、今配信中ですので、後にしてもらっても……』
「あ゛あ゙?」
男は、ヤクザの取り立てのような、ドスの効いた声と鋭いガンを飛ばす。コムライスは小ぢんまりと引っ込んでしまう。
「で、何しに来たんだ?」
「あ゛? 俺は人が嫌ぇなんた゛よ゙」
眉間により皺を寄せて、苛立つ電子回路のような瞳はこちらを厳しく睨む。
「人か゛
神にもその性質は様々だ。特にこの国には『森羅万象に神が宿る』と呼ばれる八百万の神という言葉まである。世界に目を向ければ、さらに古今東西、数多の伝承を残す神が存在する。捨てる神あれば拾う神あり、ということなのだろう。コムライスのように人と寄り添おうとするものもいれば、害をなす邪神のように人を忌み嫌うものもいる。
彼はその中でも『
「なるほどねー。たしかに今じゃ神曲に神作品、神展開や神演出、神回などなど……ちょっとすごいだけで、枕詞みたいに『神』って持て囃される時代だもんねー。年中バーゲンセールで、人が神を下に見てるって言われても仕方ないかもしれないなぁ」
そしてまた、人間も一筋縄ではない。神を信じるものもいれば、人類の英知の結晶である科学を信仰するものもいる。顔も名前も知らない、誰かの常識を崇めるものもいる。当然、現状を冷静に分析して、中立的な立場を好む人間もいる。
「でも、それって言わば、人類の新しい信仰の形とも言えるじゃない? ただ、神と人の距離が近しくなっただけ。太古の昔には、神と人はその影ほど近しかったと言われ、神が人に歩み寄ってくれていた。今はその時とは逆で、人が神に歩み寄ろうとしているんだよ」
「あ゛? 適当な事゙へ゛らへ゛らと並へ゛てんし゛ゃねーよ゙!!」
「ちっ、バレたか」
もちろん、べらべらと嘘八百を並べるようなやつもいる。
「で、本当何しに来たの? 止めに来たの? 騒ぎに来たの? 目立ちたがり屋なの?」
「止めに来たし、騒き゛に来たし、目立゛ちに来たんた゛よっ゙!」
目立って、皆が畏れ慄く『神』のような存在になりたいのだろう。世の不良はそういうものだ。しかし、自ら認めてしまうあたり、チンピラとしては素直で好感が持てる。
「なら、もう散々騒いで目立ったし、配信も続けられる雰囲気じゃないし、もう帰っていいんじゃない?」
男は周りを一瞥した。
周囲の視線を独り占めで、みんなの心はお祭り騒ぎだ。
ぐるっと視線を一周させたあと、その男は。
「……そうた゛な! 充分゙騒いた゛し目立゛ったし、今日のところはこんぐらいにしとい゙てやるよ゙!゙」
と言った。
萌えキャラかよコイツ。
「あ゛あ゛、て゛も、今日は退くか゛、よく覚゛えていやか゛れ。俺様か゛いるかき゛り絶゛っ゙対゙に勝手なことはさせねぇ゙からな゙!!」
彼は吐き捨てて、そのまま去ろうとする。
「待て」
が。その前に、やらなければならないことがある。
引き止められた男は眉間に皺を寄せて振り返った。
「ひとつ質問があるんだが」
「あ゛あ゙?」
「あんたの名前は?」
「……はっ゙、答えるはす゛ねーた゛ろ、
素性も明かさず言葉だけ吐き捨てて、その男は壊れた扉から出て行ってしまった。
コムライスたちはただその場に残されて、『神様革命の会』を続けられる雰囲気はなく、そこで放送を終えた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます