第拾参話「黄木凛のU〃±⊃★生放送配信」

 黒い雲がすべての光を隠す。真っ暗な空間。朝か昼か夜かまったく判断つかない。その何もない虚空をつんざく風が雨音を激しくさせる。

 世の中は現在、騒音まみれだ。その中でもゴーッと川が地面を削る轟音ごうおんだけがとめどなく聞こえる。一瞬でも触れたら体ごとを持っていかれるだろう。

 手にはポリエチレン質製の袋で包んだノートパソコン。カメラの部分だけ穴を開け、さらにガムテープを巻きつけて固定してある。携帯電話は持ちこんでいない。あの機器はコムライスが通路にしているので、邪魔が入らないように家に置いてきた。


「う~ん、しまったなぁ。コメントが読めない」


 袋に水滴が止めどなく付着しては光を屈折させる。コメントどころか動画すら歪みきってコメントの確認ができない。辛うじて見える動画も電波状況が悪いのか、時折、停止する。音声も周りの騒音が覆い、おそらくこちらの声はほぼ届いていない。


「きこえてますかー」

 と言ったものの、反応が帰ってくるかすら確認できない。

「まぁ仕方ないな。こほんっ。みなさん、こんにちはー! みなさんに聞こえていないかもしれませんが、ここで重大発表! 私『KIKIRIN』は今回のこの放送で『●Recちゃんねる』を引退したいと思っています。よそ見厳禁で本日は最後までお付き合いしていただけたら、と思います。

 ……では、早速このまま実況を始めたいと思いまーす!」


 雨風吹く嵐に体を向け直し、真っ向から挑む。最後の実況配信だ。盛大に行こう。


「いやー、すごいですね。立っているのがやっとです。ごぅごぅと風の音が凄いです。しかも、まだ300メートル程の距離があるのに、氾濫する川の激しい音が何処からともなく聞こえてきます。いやー、これは皆さんの胸もわっくわくですよ。『KIKIRIN』は果たしてたどり着くことができるのでしょうかー! レッツゴー!

 ……。足元が泥濘んでいて足を持って行かれそうです。足裏がくちゃくちゃ言ってます。倒れたらヤバイです。配信が真っ暗になっちゃう。……あ、もう辺り真っ暗か。雨も風も暗闇も、本当に視界が悪いです。なにかが飛んできても対応できないですね、これは。人も全くいませんし、閉ざされた世界、まさにノアの箱庭の大災害……あれ? 方舟でしたっけ。まっいいか。……あー、なんというか、そうですね。"人"は誰もいませんね、まったく」


 実況中に、目の前に一つの人影があった。見覚えのあるシルエットだ。

 配信中によく会うなぁ。


「よ゙ぉ゙…゙…」


 聞き覚えのある嗄声させい。ギザギザな歯をにぃっと見せてくる。

 ブミヤだ。

 元々、痩せている彼は、なぜかゲッソリとして、さらに骨張っている。よっぽどアンに扱かれたと見える。

 自分のせいではないだろう、たぶん。


「リア凸はこれで二回目だね。もう立派な追っかけファンだ、そんなに好きなの? アンチさん?」

「ほさ゛ぎやか゛れ、グゾ野郎゙っ゙」

 ブミヤに『もうちょっかい出すな』と忠告したはずだが、あの時はほぼ死に体だったし仕方ない。結局、呪詛返しについても半分はこちらに責任がある。あれで一方的に溜飲りゅういんが下げろと言われても納得できるとは思えない。

 しかし、虎子の方でなくこちらに来てくれたことだし、こちらとしてはいい加減な気持ち、もとい寛容な精神で答えたい。もう一度その体に分からせてあげよう。

 今度こそアバターではなくリアルで、その体に刻みつけられるだろうから。


「どうでもいいけど、ネットから出てきちゃったら、君の能力が半減しちゃうんじゃない?」

「ばっ! 俺様の能力を勘違い゙してるよゔた゛な、クソカ゛キか゛。『独自のネットワーク生成』か゛て゛きるんた゛せ゛?゙」

 ブミヤの体に回路の配線ような模様が浮かびあがる。それは光を帯びて、空間に侵食していく。光は空間に溶けこみ、肌は既知の感覚に包まれる。ネ申ネトに入ったときの、ひりつく感覚だ。

「俺様のネッドワークはリアルて゛も健在た゛っ゙」


 ブミヤは新しくネットワークを生成した。しかも、周りは嵐のまま、先ほどの景色のままだ。ネット内ではない、リアルワールドに生成したのだ。

「ネッドより神性を使ゔのは確かた゛か゛な。それて゛も、テメェー゛に復讐て゛きるなら安いもんた゛っ゛!゙!!」

紛擾ふんじょうは求めてないけど、まあ、いいか。どうせ最後だからね。この配信は盛大に祀りあげようか」

「はっ゙、こ゛ちゃこ゛ちゃ五月蝿ぇ゙、今は自分に―――!」


 転瞬てんしゅん、ブミヤの姿が空間に溶けて消えた―――と思った瞬間、世界が回転した。


「―――集中しやか゛れ゙っ゙」


 何が起こったかを理解したのは、目の高さが地面と同じになってからだった。

 ネットワークを伝って瞬くより早く移動したブミヤに殴られたのだ。どうやら周りの空間すべてが相手のテリトリー。ブミヤはこの範囲内に限り転移が可能のようだ。つまり、どこからでもこちらを嬲ることができる。

 手を出した落ち度はこちらにある。無視すれば無力と聞いていたが、手を出すとここまで厄介な相手とは書かれてなかった。


「ネットの情報を鵜呑みにしちゃダメだなぁ、まったく」


 前に戦った時は、まだ手を出していなかったし、アンがしっかりと捕まえていたので、楽々と攻撃できたが、今は違う。神性が弱まっているとしても、テリトリー内では前回より遥かに厄介だ。

「ひどいなぁ、ノートパソコンが地面に落ちちゃったじゃないか」

 体を起こして状況を確認する。見える限りではパソコンは壊れていなかった。土砂が泥濘んで緩衝材の役目を果たしてくれたようだ。それと、ノートパソコン自体が良質だったのも幸いした。生放送のために値段の高いパソコンを買った甲斐がある、というものだ。今の『リアとつ』でどんなコメントが書かれているか、予想する。


 が、しかし。

 ブミヤの方を向く。

 今はこっちの処理が先だ。

 前のように不意打ちを決められたら勝敗は分からないが、魚のような目はこちらの行動をつぶさに観察している。こちらが奇襲を行っても、二度も同じ手は食いそうにない。


 ―――しかし、打開する手段がない訳ではない。


 目を閉じて、想像する。初めて創造した、やすいマスコットキャラクター。


なんじ、この天蓋てんがい慟哭どうこくを聞きたまうなら虚空そらより戒律かいりつを解き放ちて顕現けんげんせよ、我が手の元に―――いつぞやのパンツ!!」


 /)/)       .。

(・  )゚ ☆.。 .*・゜ ・. 。:*゚+* .。 。.

 ゜゜      ゜     

「おっ、できたできた」


 マスコットウサギが宙を跳ねる。特に意味のない詠唱えいしょうもそこそこに、精巧せいこうなものが飛び出してくる。


「……ぞの詠唱もと゛きば必要なのが?゙」

「こういうのはイメージが大切なんだよ、たぶん」


 ブミヤの構成したネットワークにこちらのイメージを割り込ませた。ネ申ネトと同じネットワークを持ち込んだことが仇となったのだ。この範囲内ならイメージを具現化できる。

「生めよ、増えよ、海の水に満ちよ、また鳥は地に増えよ」


 /)/)  /)/)  /)/)  /)/)  /)/)

(・  )゚ (・  )゚ (・  )゚ (・  )゚ (・  )゚ 。:*゚+* .。 。.

 ゜゜    ゜゜   ゜゜   ゜゜   ゜゜   

 六羽七羽八羽……ウサギはどんどんと数を増やす。ついには足元の地面が見えなくなるほどの数になる。ウサギでなく羊だったら眠たくなっていたところだ。


「今の流れて゛ぞの言葉を口ずるが、下゙衆゙野郎゙っ゙!゙」

 ブミヤは激昂を露わにするが、行動には移さない。神様絶対主義なので聖書の一節を詠めば後先考えずに来そうなものだったが、よっぽどこの前の奇襲が尾を引いているようだ。慎重に攻撃する機会を見極めている。

 ウサギは羽毛を濡らすことなく、泥濘に足を取られることなく、ぴょん、ぴょんと元気に跳ねる。彼の視線はそれを注意深く観察しつつも、こちらをしっかりと見据える。

 タクトを奏でるように指先でウサギを整列させる。


/(・ω・)\   /(・ω・)\  /(・ω・)\   /(・ω・)\  /(・×・)\

( ( 。。 )  )( ( 。。 )  )( ( 。。 )  )( ( 。。 )  )( ( 。。 )  ) ...


「えいっ」


/(。3゚)\  /(。3゚)\  /(。3゚)\  /(。ω゚)\  /(。×゚)\ ゴキッ

( ( 。。  ) )( ( 。。  ) )( ( 。。  ) )( ( 。。  ) )( ( 。。  ) )


 …。


 ウサギが首を可愛らしく傾げさせても、ブミヤは反応を示さない。冷静だ。それどころか、さらに身構える。


「あ、やべ」

 必要以上に作り出しすぎて失敗したとか、決してそんなことはない。本当である。嘘であっても真である。

 この間に、そちらに目を引きつけて、ブミヤの背後にウサギ作り出した。その一羽のウサギを操りブミヤに向かって跳んでいかせる。しかし、目の前まで行ったその可愛らしい姿は急に弾けて光に戻る。ブミヤが手だけを転移させて払ったのだ。


「ばっ゙、ごん゙なもん゙がっ」

 彼から出たのは嘲笑だった。

 彼が手を払うだけでウサギたちは一掃される。大量にいたはずのそこには一羽も残らず、風の中に消える。

 そして、尖った歯をギラギラと見せながら、勝利を確信した表情を見せた。

「こんなおどじに俺様か゛負げるはずぁぶぁ゙くっ゛―゙―――?゙!!」


 しかし、その余裕の表情は一瞬で崩れた。


 その時、ブミヤの予想だにしていない『不意打ち』が起きた。それを後付けでアフレコするなら、 ガコンッ! という盛大な効果音が付くだろう。簡単に説明すると、暴風に飛ばされた大きな鈴がブミヤの頭に直撃した。瞬殺だった。脳震盪を起こしたブミヤの身体はガクガクと地面の上で悶えている。

 不幸の手紙であるブミヤも、疫病神の不幸には勝てなかったよ。


「ナイスアシスト、ヤクちゃん」

 最初からこれを狙っていた。

「ヤクちゃんの能力って、『運命を手繰たぐり寄せる』ことができるんだよね。不幸や幸運の内容を、少しだけなら自分の意志で決められるらしいんだ」

 しかし、初動から効果が見えるまで時間がかかるので時間を稼ぐ必要があった。逆に、ブミヤが様子見という慎重な作戦ではなく、最初から猛攻を仕掛けてきたなら危なかった。さらに、ウサギを作り出したのは時間を消費させることの他に、こちらに注意を向けさせることが目的だった。

 これも疫病神に関わったものに訪れるべくして訪れた災厄である。

 さすがヤクちゃん。


「まあ、結果的に違う方面でさらなる不運を引き寄せちゃうらしいんだけどね」

 説明したところで気絶しているブミヤの耳には聞こえない。もちろん、自分に言い聞かせた言葉だ。漫画などに出てくる、誰も聞いていないのに解説を始める謎の説明などではない。

『さらなる不運』を引き寄せる前に目的地に急がなければ、ということだ。

「さてと。行くか」

 倒れているブミヤを横目に嵐のなかへ踏み出す。


 その時だった。


 後ろから光で照らされて、シンギングボール的な澄み渡る音が響く。

 長く伸びた影の先には、魔法少女アニメな衣服で着飾った姿。この嵐の中、まるで仁王のように凛として立つ様相は、治水の神だからできる芸当なのか、それとも強い意志ゆえの賜物たまものか。



『死亡フラグを立てて、どこ行こうとしてるんですか』



「……さらなる不運、来ちゃったか」

 そこに、コムライスが立っていた。

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