第膝話『虎子さんのこと、聞いてよろしいですか?』

『はぁはぁ(´Д`)ハァ……』


 いんたぁねっつ内に入ってから約三時間が経過しようとしていた。現在、黄木凛(俺)はコムライスと一緒に、休憩所で疲れた足を休ませている。

 コムライスといんたぁねっつに入り、メールの出処を探しだす予定だった。メールアドレスを辿ればすぐ見つけられると思った。しかし、結論から言えば、その目論見は外れた。一、二時間ほど探し回ったが、そのメールの出処は次々に変わっていき、いんたぁねっつ上でたらい回しあった。ただ追跡の途中に、その全体像が見えてきた。


「チェーンメール、か」


 チェーンメールとは『期日までに◯◯人にこのメールを回さないと、貴方に不幸が訪れます』などの、メールを連鎖するように送らせることを目的とした文言が書かれたメールのことである。いわゆる、『不幸な手紙』と呼ばれるものだ。今回はその『不幸の手紙』をだれかが恣意的に虎子のメールアドレスに集中させた、ということだ。しかも、発信元の神に事情を聞いたが、そのほとんどがそんなメールを送った覚えはない、と言っている。嘘を付いている可能性はあるが、あのメール件数を送っているのが全部が全部バラバラなのである。誰かがハッキングして送っている可能性がある。


『はぁはぁ(´Д`)ハァ……なかなか見つかりませんね』


 送信元のメールアドレスを地道に辿れば、いつか大元にたどり着ける。しかし、その道のりがどのくらい長さなのか、今がどのくらいの位置にいるのか、あと何回他人のアドレスを経由するのか、全く分からない状態だ。

 しかし、『チェーンメール』という情報が大きな手掛かりでもある。


「実は、今回の犯人がだれなのかおおよそ見当がついてるだけど」

『え、誰ですか? 教えてください!』

「昨日の配信の時、乱入してきて難癖つけてたアイツ」


 パ・ブミヤ。昨日の配信で勝手に暴れていた、張本人。あの後ネットの有志たちが調べてくれた特徴とチェーンメールの類似点が多いこと。さらに、自分ないしは人自体を敵視していたこと。その幼馴染である虎子が標的になったこと。これらのことを鑑みて、正直偶然だとは思えない。

 おそらく、ブミヤの正体は『不幸の手紙』を顕現したものだ。彼自体が『不幸の手紙』であり、次のアドレスへどんどん移動しているのである。実際に見たことはないが、『独自のネットワークを形成させる』という彼の能力なら、他人のサーバーに寄生し、そこから『不幸の手紙』として特定のメールアドレスに送ることが出来るのではないだろうか。無視していれば人畜無害らしいが、生真面目な虎子はメールに対応してしまったんだろう。

 コムライスは我先にと立ち上がり、黄木凛(俺)の腕を引っ張る。


『判ってるなら早速とっ捕まえに行きましょう(`・ω・´)キリ!』

「どこにいるか分かってるの?」

『あっ』


 昨日のブミヤといい、神は考えなしか。


『いえ……で、でも何か知ってる神はいるはずです。聞いて回れば……』

「それはダメだな。アイツは独自のネットワークを形成する能力があるらしい。お尋ね者として聞いて回っているうちに、リークされて逃げられるのがオチだ。しかも、ネ申ネトから逃げられて、独自のネットワークに引き篭もられでもしたら手のつけようがない。……まぁ、既に気付かれてる可能性もあるが」


 ネ申ネトは神が勝手に占拠した空きサーバーが主だが、人間が通常使っているサーバーに寄生しながら転々とする神も存在する。ブミヤはそのタイプだ。掲示板にも書いてあった。しかも、彼は『不幸の手紙』として今も移動しまわっているはずだ。


『……く、詳しいですね( ̄▽ ̄;)(あれ、ネ申ネトについて私そんなことまで教えましたっけ……?)』

「そりゃ自分で調べたからね(説明書を読んだのよ)」

『ええΣ(゚д゚ )?! で、でも私たち昨日からずっと一緒にいましたよね?!』

「ブミヤが荒らしたあと、コムさんが家で憤慨してた時かな。あと、コムさんが教室の使用許可を取りに行った時、その役場にあったパンフレットにも書いてあったけど」


 特にパンフレットの方にはネ申ネト初心者(神用)のための手引きが載っていた。神の衰退の歴史だったり、神といんたぁねっつの現状だったり、使えないものもあったが、役立つ知識もそこそこ記載されていた。

 その中の注意事項の項目に、神における【ネット乞食】というものがあった。


 神、または人のネットワークに寄生するゴロツキのことだ。特定の寄り代や社を持たず転々とする、いわばホームレスである。彼らは、他人の所有物や著作物を無断転載・使用し、信心を横取りや思念の残影を食い物にして生活している。情報を利用する者たちなので、アンテナの範囲が広く収集能力に長けている。ネ申ネト界隈では疫病神扱いされ、忌み嫌われている。

 ブミヤの場合は、皆が利用しているサーバーの中に独自のネットワークを構築する、【ネット乞食】のためのような能力を持っている。その範囲で聞き込みを行えばすぐに察知されるだろう。


「ともかく、相手に気付かれない方がいい」

『下手に動くのが有効な手ではないのは分かりました。ですが、どうするんですか? このまま何もしないんですか?』

「……」


 もちろん、ただ見ているつもりはない。状況は刻一刻と悪くなる一方だ。こちらから手を打たなければ打開は難しい。


 例えば、『KIKIRIN』のネット活動を休止する手もあるかもしれない。相手の目的は目障りな人間を除外させることだろう。こちらが下手に出れば、機嫌を良くしてメールを止めてくれるかもしれない。ただこの方法はこちらが下手に出続けなければならない。根本的な解決にはならないし、そもそも想像の範囲は出ない。この案は最終手段だ。


『あっ着信拒否っていうのはどうでしょう!』

「……効果あるのか?」

 それで済むなら手っ取り早い。

『たぶん、一時的には……ですが、今回は相手が相手ですから、気がついたらすぐアドレスを変更して送りつけてくると思います……』

 独自のネットワークを作れるのは厄介だ。いろいろな地点からこちらを観察し、好きな場所からメールを送ることができる。

 この案も建設的ではない。


 ここで一度発想は途切れ、コムライスと一緒に黙る。思考だけがぐるぐると同じ場所を巡り、新しい案が思い浮かばない。コムライスもきっと同じだ。二度三度四度……、堂々巡りを繰り返して、結局は最初の地点に戻ってきてしまう。


『あの』


 不意にぽつりとコムライスは呟く。

『凛さん、聞いてよろしいですか?』

「ん?」

『虎子さんのこと』


 今それが関係あるのかどうかは分からない。が、脳はフル回転しすぎて視野が狭くなっている気もする。話題を一度変えて、頭を落ち着かせたかった。


「虎子は、……虎子は、そうだな。黄木凛……俺の幼馴染で、昔からよく遊んでいる。まあ言わば、家族より家族らしい家族って感じかな。何故か不良に憧れて振舞っているけど成りきれなくて、今でこそ大人しいけど子供の頃はかなりヤンチャな悪ガキで、今よりよっぽど不良っぽかったな。昔、俺が川で溺れた時なんか、一人で川から救って、それはすごかったらしい。ドジだけど、根は優しくて、お祖母ちゃん子で、神様が見ていてくれるって信じていて、毎日近所の神社にお参りに行くような、こんなどうしようもない人間を見捨てることもないような、……そうだな、良い奴というよりビックリするほど健気な奴だよ」


 コムライスは不思議そうに首を傾げる。

「どうしたんだ?」

『いえ、さっき虎子さんを調べた時に思ったんですけど、どこかで会ったことがある気がするんです』

「ん?」

『なんていうか、魂の形が見たことあるような……?』

「黄木凛(俺)と会ったことは?」

『それはないです。こんな歪な形をした魂はそうそう見られませんから』

「いや、知らないけど」


 明確に虚仮にされた気もするが今は置いておこう。虎子と明確に出会った記憶があるのは四才の頃だ。それ以降は基本一緒にいたので、虎子に会っているなら、自分とも会っている可能性が高い。それ以外なら、虎子と出逢う以前の話か、他人の空似か。


「親類とかじゃないか? 虎子のところのお祖母さんは信心深い人だったし」

『親類……なるほど、そうかもしれませんね』

 コムライスは歯切れが悪いながらも納得した。やはり、親類だと魂の形とやらも似ているのだろう。

 虎子のお祖母さんは本当に信心深い人だった。生きている時は近くの神社を回ってよく掃除をしていた。誰が言うでもなく、人知れず街中のゴミ拾いや地域交流などのボランティアを率先してやった。子供の頃はよく一緒に手伝ったが、彼岸に旅立ってからは機会が明確に減った。亡くしてからその人の重要さに気が付くことはよくあることなのだろう。

 虎子もそうだ。毎日神社にお参りに行くほど信心深い。彼女もお祖母さんの血を受け継いでいるのだと感じる。そういえば、二人とも電子機器の扱いはからっきしだった。基本的に自分がパソコンの教師になって教えていた。あの頃はちょっとしたことでも楽しかった記憶がある。


「なんで虎子なんだろう?」


 ぽつりと呟く。


『そう自分を卑下しないでください』

「いや、そうじゃなくて。一体どうやって標的を虎子に絞ったんだ、ってこと」

『それは、うーん(。-_-。)……一番携帯電話でやりとりしている相手に、ってことでは?』

「それはないなぁ」


 虎子が携帯電話を買ったのは約一週間前のことだ。人生初の携帯電話で、操作は今でもおぼつかない。また、反応が返ってくるのに非常に時間がかかるため、イタズラ電話も最初の一回しかしていない。メールのやりとりだけなら、学校やネット上の友達のほうが多い。しかし今朝、学校で見かけた時にはそいつらは元気な姿で登校していた。


『それが見つけるのに大切なことなんですか?』

「分からない。分からないけど、引っかかる部分であるのは確かだな。見つけるための鍵になるかも」

 なにかが喉まで出かかっているが、その正体は掴めない。


『やっぱり、ただ考えるより、足を使って聞いて回ったほうがまだ効果ある気がしますけど……。あ、アンに聞くっていうのはどうでしょう?』

「あまり動くのは得策じゃないけど……なるほど」

 確かに、昨日の急な配信を察知できたのは『Anne』のフォロワー、もしくは何らかのコネクションがあってもおかしくない。それに、大人気ユーザーである『Anne』は情報収集能力が高いはずだ。有益な情報を持っているかもしれない。無闇に聞き込みに走るよりは、有益な情報を持っていると思われる相手に限定したほうが安全だ。なかなかの妙案かもしれない。

「今はその路線で行こう。連絡頼む」

 コムライスはぱっと顔を明るくして、電話の時のように耳に手を当てる。

『はい! 少しお待ちを。………………、あぅぅ。すみません、繋がりません。彼女こちらに来てから夜行性になったもので』

 今はちょうど正午過ぎ。この案はお預けだ。夜になるまで幾らばかりか時間がある。他にできることがないか頭を捻る。本当に今はこうして待っているしかできないのだろうか。


「いや、……一度帰るか」

 下手に動いても仕方がない。犯人の目星をつけられただけでも収穫である。虎子の容態、それと携帯電話に『不幸の手紙』がさらに来ているかの状況確認も兼ねて、一度帰ろう。

『……ですが(´・.・`)』

 やりきれないといった表情が目に見えて訴えかけてくる。


「……そういえば、コムさんは人のことより家賃代をどうにかするか算段したほうがいいんじゃないの?」

『あっ|゚Д゚)))!!』

 気付いてなかったことは予想通りだが、神の威厳など全く感じないその姿は、一緒に犯人を追う身としてどうにも頼りない。

 ほぼ住居不定無職の神だから仕方ないのかもしれない。

 そもそも、信仰の集め方がネット配信だしなぁ。


 …、………?


「一つ聞きたいんだけど」

『(・。・)あーあーあー! ……あ、はい、なんですか?』

(……ツッコまないぞ、ばぶー!)

『聞こえてますよ、凛さん』

「おっと思念が勝手に。………で、一つ聞きたいんだけど、信仰ってどうやって集めてるの?」

『あー、信仰集めですか。えっと、神と一言で言ってもいろんな神がいますからね。八百万の神、付喪神、妖怪、悪魔、呪物であったとしても、便宜上「神」と形容しています。それに、今では人の信仰の仕方が多様化しすぎて様々ですけど、私の場合は動画の再生数だったり、アンだったら『いいね!』ボタンだったり、他にもさまざまですけど』

「その『さまざま』の例は?」

『……そうですね。一番最初に思いつくのはミサのような【祈り】。原初的なもので最も神の力になりますね。あとは【金】などですかね。ほら、お布施がいい例です。ときおり、自作の小説を自社出版する神もいますが、それもその一貫ですね。まあ、それを利用して、その……サラリーマンとして働いたり、春を鬻いだりとか、いろいろあると聞きます』


 会社勤めに励んだり色を鬻いだり、俗物にまみれてよく神と名乗ることができる。逆に、その精神の図太さが神と名乗るのに相応しいのかもしれない。その中に妖怪や悪魔も入れるなら、特にアカナメやサキュバスなどは、『お仕事』をしていても変ではない。目の前に社畜根性を見せた神もいることだし。


『それがどうかしたんですか?』

「いや、迷惑メールって確かにヘイトは集めるんだけど、基本的に無視するものだなって。もしかして他の方法で『信仰集め』をしているんじゃないかと思って」

『それの可能性は高いです。私も昔副業をしていましたし』

「独自のネットワークを作って金を巻き上げる方法……」

『金じゃない可能性もありますけど』

「いや、金の可能性は高い。そうじゃなくても実害が出る方法だと思う。俺に、というより人間全体に対してブミヤは明らかな敵意があった。人間に被害が出るほうが欲を満たせられる。そういう路線で考えていくと」

『……考えていくと?』

「例えば、詐欺とか。しかも、持ち前のネットワークが利用できる、携帯端末を使ったやつ。その中でも有名なものは、……【ワンクリック詐欺】。………いや、違う。ワンクリック詐欺は違う。『不幸の手紙』と形式が似過ぎている。本業の邪魔になるかもしれない。もっと形式を変えたやつ、例えば……【オレオレ詐欺】」


 最近見かけた詐欺を思い出す。知り合いのふりをして、金銭などのなにかしらの交渉に持ちこむ、あの手口。

 昨日の電話が、もしブミヤからのものだったなら、虎子が標的になったことの辻褄は合う。元々、虎子の携帯電話を使って黄木凛(俺)がブミヤをあしらったことにより、ブミヤはその携帯電話に不幸のメールを大量に送った。そのあと、そいつがネ申ネトで生放送することを知り配信に突撃してきた、という順序なら標的は自動的に虎子になる。ことの順番が逆だった可能性が浮上してきた。


 しかも、この方法なら自分の携帯電話を使っている可能性が高い。なぜなら、『不幸の手紙』のように送りつけるだけ送りつける目的ではないからだ。電話しながら金を騙し取る必要がある。金のために、一時的に連絡が取れるようにしている可能性がある。もちろん、証拠として残さないように、後でそのアドレスは変えるか捨てるだろう。でも、もし昨日の今日でそのアドレスがまだ生きているなら、まだ可能性はある。


「虎子のケータイの着信履歴を調べる。急いで戻るぞ」


 黄木凛(俺)は立ち上がった。

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