第21話 魔族襲来 (後編)


ここは妖精族の住む世界 "アルフヘイム"

妖精女王ティータニアにより統治されているこの世界には数多くの妖精族が暮らしている。


「妖精」といえばどんなものを想像するだろうか。


ティンカーベルのような小さくて愛らしい姿なのか、

あるいはエルフのような尖った耳が特徴的で、人間くらいの等身大の姿なのだろうか。

この世界での妖精族というのは、丁度その中間くらいの姿をしている。

見た目は子供のまま歳だけを取っていくといった感じだ。


そして妖精族にははねが生えていて、これが一番の特徴とも言えるだろう。

鳥のような羽ではなく昆虫の翅のような薄く透き通ったものである。

妖精族の翅は太陽の光を浴びると七色に輝き、それはそれはもう幻想的な美しさすら感じられる。


そんな妖精族が暮らすこの世界、アルフヘイムは見渡す限りの深緑で染まっており、ここに住む者全ての心を癒してくれる豊かな世界だ。

しかし今、この大自然の平和をおびやかそうとする者が現れた・・・。




「ここがアルフヘイムか、妖精族のにおいがプンプンするねえ。」


歪んだ微笑みの口元に鋭利えいりな牙がキラリと輝く。

彼は手に握っている大ぶりの鎌で2回ほど素振りをすると、飛ぶような速さで森を一直線に駆け抜けていった。


彼が向かっている先にあるのは———ヴェルフレム宮殿。


この宮殿の外は数十人もの妖精族の兵士によって厳重に警備されており、

不審な者は兵士たちによってすぐに捕らえられる為、宮殿の者以外は普通は立ち入ったりはしない。


そのはずなのだが・・・


「こんばんわ、妖精族の皆さん。」


彼は宮殿に着くなり、堂々と外を警備している兵士たちに挨拶をする。


「誰だ貴様は!妖精族じゃないな、どこの者だ!」


「ところでさ、ここの宮殿に妖精女王と人間が2人来てるはずでしょ? 会わせてくれないかなあ。」


兵士の質問に答える気はまるでなさそうに、彼は自分の要求を通そうとする。


「貴様のような誰ともわからん奴に教える必要などない、帰れ。」


兵士が彼を帰そうと言葉を放った次の瞬間、鈍い音とともに何かが落ちた。

彼の大鎌は先ほどまで月の光が反射してギラギラと輝いていた銀色から、赤く濁った恐怖の色へと染まっていた。

鈍い音の正体は、地面に転げ落ちた兵士の首だった。


「お前さあ・・・誰に向かって言ってるんだよ。ザコのくせにさあ。」


無残にも転がる兵士の首を何度も何度も踏みつけて、ぐちゃぐちゃと音を立てる肉片を見て彼は嘲笑あざわらった。

彼の高笑いが静かなアルフヘイムに響き渡る。

その声を聞き、他の場所に配置されていた数十名の兵士たちがぞろぞろと彼の元に集まってくる。


「誰だ貴様は!」


「ひっ、死んでる・・・。」


「ここに何しにやって来たんだ!」


集まってきた兵士たちは次々に言葉を発するが、彼は耳を貸すことはなく、ただ兵士たちをボーッと睨むだけだった。

兵士たちはそんな彼に躊躇なく飛びかかる。




———ヴェルフレム宮殿 女王の間


ここではティータニアとビチコが良男を待ちながら過ごしている。


「良男様が入っている虚無の間とは一体なんなのですか?」


「虚無の間とは、何も存在しない空間じゃ。」


何も存在しないという意味がよくわからなかったのか、ビチコは首をかしげる。


「何も存在しないってどういうことです?」《《》》


「言葉の通り、何も存在しない。音も光も全てさえぎる孤独な空間じゃ。虚無の間の中は特殊な空間で、のじゃ。 本人の感覚次第で1秒は1時間にもなり、1日は1年にもなるじゃろう。 虚無の間でのじゃから、実際に外の世界ではどれくらいの時間が経っているのか・・・それすらも本人はどんどん曖昧になってゆく。」


ティータニアの長い言葉にビチコの頭は余計に混乱していた。


「人間は長い時間、何も聞こえず何も見えない空間で過ごしていると、やがては精神が崩壊するらしいのじゃ。 そんな中でこそ人間の脳に眠る創造力は無限に広がっていき、何もないからこそ何かを生み出そうとする・・・そうすることであの小僧の力は目覚めるのじゃ。」


ビチコは頷いてはいたが、実際にはよくわかっていなかったので、コーヒーでも淹れようと席を立った。


すると、激しい足音が聞こえてくる。

その足音はこの女王の間に向かってどんどん近づいてくる。

激しい音と共に女王の間の扉が開くと、そこには負傷した妖精族の兵士が息を荒くして入って来た。


「女王様、大変です!宮殿の外に・・・魔族と思わしき者が!」


慌てる兵士に対して、ティータニアは冷静に椅子に座っている。


「そんなことでいちいち呼ぶでない、兵士を集めて捕獲すればよいじゃろう。」


「そ、それが・・・配置している兵士は自分を除き、全滅しました。」


兵士は青ざめた顔でティータニアから目をそらす。

その兵士の表情と口調からしてそれが紛れもない真実だと察したティータニアは驚きを隠せなかった。


「仕方あるまい・・・ここは妾が自ら出向くとするか。」


先ほどまで座った椅子から動く気配が全く感じられなかったティータニアだが、ついに椅子から離れた。

さすがに今の会話を聞いていて、とてもマズいことが起こっていると理解したのかビチコはすぐにティータニアの方を向く。


「お役に立てるかわかりませんが、私も行きます!」


ビチコのまっすぐな目を見て、ティータニアは頷いた。


「うむ、とても心強いぞ。残念ながら今は虚無の間を維持し続けなければならない故に、妾は本来の力が発揮できぬ。恩に着るぞ女。」


そう言うと二人はすぐに走り出し、宮殿の外へと向かった。

宮殿の門を勢いよく開き、外に出るとそこは想像していたよりずっと無残な光景だった。

見渡す限りが血の海で、鍛え抜かれた活発な兵士の姿ではなく吐き気がするような死体の群れだった。

その中にひとりだけ立ち尽くしている者がいる。

彼はたくさんの返り血を浴び、この死体の群れの中で平然と笑っていた。


小さな黒い羽に悪魔の尻尾、深い闇を感じる真紅の瞳———。

ついにその視線が2人の少女に対して向けられた。

胸に突き刺さるような冷たい瞳にティータニアは臆することなく威厳いげんを放つ。


「妾は妖精女王ティータニアじゃ!お主が何者か知らぬが、ここに踏み入ったことを後悔するがいい。」


ティータニアの横で震えていたビチコも、彼女の言葉で一歩踏み出す。


「何が目的でこんなことするか知りませんが、私たちがあなたを成敗します!」


2人が身構えると同時に彼は口元を緩ませながら、持っていた大鎌の血をペロリと舐めた。


「いいねえ、ザコ相手ばっかりで飽き飽きしてたんだ。楽しませてくれよなあ!」







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