第16話ゲイバーで働く④

 入店し、面接を終えて直に働くことになった自分。ここまで30分もかかってません。スピーディーすぎるわ!!

 しかもこれといった研修は無し。最初に頼まれた仕事はお客様がいなかったのでテーブルの清掃でしたが、手本すら見せてくれなかったです。最も、競争率の高い世界だからこそ、あえて教えないのかもしれません。

 頼まれた清掃をもくもくとこなす自分。大体2時間位は特にやることなく、掃除をしてました。ちなみに煙草も吸えましたし、店で使っている、酒を割る用の緑茶やウーロン茶もママに言えば飲ませて貰えました。ぶっちゃけこの時間帯は楽でした。

 当時の自分はこれでいいのかな? なんて思ってもいました。そんな感じでダラダラしてると扉が開き、お客様が入店しました。

 お客様は同業の方で、しかも別店のママでした。後で分かりましたが、ゲイバーのママさんが別の店で遊ぶことは珍しい事ではないそうです。


「いらっしゃいませー」


 お客様の入店を確認し、スタッフ一同で挨拶します。当然自分も先の不快な挨拶の一部になりましたとも。


「ママ~暇だから遊びに来ちゃったわよ。ボトルキープあったでしょ? それとウーロン茶一本と適当なおつまみ頂戴ね」


 注文を言いながらテーブル席に座るお客様。常連の方だったので、注文が澱みなくスムーズでした。


「お酒の準備はこっちでするから、和大雄君は拓哉の手伝いをお願いね」


 チーママの竜矢さんに指示を受け、ようやっと仕事らしい仕事を始めます。

 仕事の内容はおつまみ作り。しかし居酒屋とは違うので、市販のおつまみをちょいと品よく盛り付けるだけの物でした。


「和大雄さんはこのメロンを一口大に綺麗に切ってください。終わったらこの生ハムをメロンの上に乗せて下さい」


 拓哉さんと共にカウンター側にある台所で仕事を行います。自分の担当は生ハムメロン作り。生ハムはコンビニとかで売られているパックに入ったスライスされた物。メロンも既に片手で持てる位までカットされた物でした。

 メロンを皮から切り離す様に切り、その後一口大のサイズに其々切りそろえて、市販の生ハムを破かない様に乗せるだけ。極めて簡単な作業でした。

 それが終わると拓哉さんが進めていたおつまみ(市販のスモークタンとかフルーツが並べられた物)に乗せるだけ。飲食がメインの店ではないのが分かる一皿でしたね。


 出来上がったおつまみをお客様が待つテーブルに運び、自分もボーイとして、席に座ります。


「あら、新人さんね」


「はい。本日より働きました和大雄(この時ガチで本名で喋りました)です。よろしくお願いします」


 当時の自分は源氏名すら意味が分かっておらず、何時ものノリで答えてしまいました。


「あなたねぇ……ダメよ本名やすやすと答えちゃ。ちゃんと仕事用の名前考えてから自己紹介しなきゃ」


 お客様から当然の指摘をされました。ただね、言わせてもらいますが、お客様が来る前の2時間にそういう事を教えて欲しかったです。だから研修やれよって言いたい。


「ごめんなさいねぇ~この子まだアヒルだから、でもそう言うとこも可愛いでしょ?」


 ママがフォローも兼ねて話を盛り上げていきます。ただこのフォローは自分にはヘドが出そうな位キツイ物でした。背中に鳥肌が立ったのを今でも覚えています。


 その後は自分は会話に参加することなく、ママとチーママで盛り上がっていました。自分や新人の拓哉さんはもはや置物。割って入る隙間すら無かったです。

 ちなみにこの時お酒も飲めましたし、許可さえもらえれば煙草も吸えました。まぁ座って酒飲んで、煙草吸える仕事なんて楽といえば楽ですが、あくまでも商売。表情は笑顔をキープ。お客様の酒が無くなれば、率先して作りに行く様に気も張ってないといけないですし、ホストとかでも良くやる煙草の火を率先してつけに行くのもやらなくてはならなかったです。身体には負担は無いですが、中々神経削がれる仕事でしたね。お客様の話の内容も愚痴ばっかりで、それを笑顔で相づちしつつ返さないといけなかったですしね。


 約1時間程して、お客様が愚痴を全て吐き出せて、満足したのか気分よく席を立ちます。


「ママー会計よろしくー」


 そしてそのままお会計。するとチーママの竜矢さんから指示がありました。


「和大雄君は扉を開けて、お見送りをお願いね~」


 指示を受け、扉を開けて見送りの準備をします。

 しばらくして、会計を済ませたお客様が扉に近づいてきます。それを確認した自分は元気よく声を出しました。


「ありがとうございましたー」


「ええありがとう。また来るわね」


 そこそこ好感触でしたね。お客様も笑顔で返してくれたので。自分でも悪くない内容だったと確信できました。

 多少気を良くしていると、ある事に気付きました。自分と同じく新人の拓哉さんがお客様と並んで、店から出ていくことに。


「あれ、お見送りですか?」


 チーママの竜矢さんに顔を合わせて、自分はそう尋ねました。


「そうじゃないわよ。彼、気にいられて、買われたのよ」


 結構な衝撃でした。自分が適当に相づち合わせてる間に、自分と同じ新人の方が、お客様に気に入られ、いつの間にかに買われていたのですから。

 拓哉さんは同じ新人でも、顔とか関係なく、お客様に取り入って貰える為に何が出来るか、それをどう実践していくかを既に心得ており、執り行なっていたのです。

 当時も今も、出来る人だと思います。同じ20代前半にして、直に結果を残す箏は並大抵ではないからです。

 新人であろうと、仕事である以上は自分の仕事の内容でしか結果はついてこない。如何わしい仕事でしたが、仕事の本質は自分が今まで住んでいた世界と同じだったのです。前回、ゲイバーは常識離れした異世界みたいだと言いましたが、やはり人間が住まう以上は人間の世界の常識でしか動かないという事をこの時に知りましたね。


 衝撃を受けてしばらくして、お客様がいなくなったテーブルを清掃します。大量に残ったおつまみが残った皿を下げ、テーブルをダスターで清掃してると、次の御客様が入ってきました。

 お客様は2名。1人は小太りのスーツ姿が良く似あう、30代位の男性。あごひげが綺麗に揃えられていて、ダンディーな方でした。

 もう一人は驚いた事に女性でした。髪はウェーブのかかった綺麗な茶髪。服装はキャミソールに近い真紅のドレス。腕や首元には金や宝石が散りばめられたネックレスや腕輪などを幾つもしていました。顔もすごく美人でしたね。ただちょっとケバい。話を聞いて分かりましたが、彼女はキャバクラのガール。つまり他店の従業員でした。アフターで来たそうです。

 ゲイバーだから男しか来ない。そう思っていたのでちょっと驚きでしたが、別段珍しい事ではないそうです。ホストクラブよりも安上がりで済むし、ボーイも顔も悪くなく(現にこの店のチーママは世辞抜きにしてイケメン)ママやチーママの話は面白いので、アフターのデートスポットとして使うお客様も多かったです。


 この小説を読んでくれている腐女子の方がもしいたら、参考になるかもしれないので一応書いておきます。

 女性客は男性同伴の場合にのみ、ゲイバーやボーイバーの入店が可能です。料金もホストクラブより安上がりですし、話もネタ作りの種としては最高クラスのリアルなホモ話が聞けます。そういう店に抵抗なく入れる男性の知り合いがいるなら、是非足を運んでみては如何でしょうか?


 話が逸脱したので、戻します。このお客様が入店したのが大体11時位。自分はまたおつまみの準備を行い、相席させてもらいました。

 相席して先と同じ様に、相づちしながら、お客様に気を配っている間にも時間は過ぎて良き、終電が間に合わない時間になっていました。

 このまま帰ろうにも、電車は無い。宿泊施設を使う金もほぼない。仕方なく閉店時間の朝5時まで、自分は働くことになりました。

 約5時間はこの店で拘束されます。まぁ女性同伴のお客様は、女性が美人でしたし、話も面白かったので苦では無かったです。

 このお客様は大体2時間程遊んだら、帰っていきました。時間は2時。電車が動くのはまだまだ先です。


 若干気落ちしていると、次のお客様が入れ替わる様にして、入ってきました。40代位のケバイ化粧をしたオネェです。

 まだ女性と同伴だったお客様のテーブルを片していない時だったので、新人の自分だけ相席出来ず、片づけを命じられました。

 この時点で多少不利です。オネェなので、先の拓哉さんの様に、取り入って貰える様に動く事も出来ない。なんだかんだ言って上下関係もやはり、普通の職場同様、存在していました。

 一人でテーブルを片付け、食器を洗い終わり、自分も相席する頃には既に盛り上がっていて、中に入ることは叶わなかったです。

 結局このお客様にも、相づちを合わせて、程よく接客をやるのが関の山。気に入られる事は出来ませんでした。

 更に、このお客様はガチのオネェ。男の事も『彼氏』か『愛人』としか言わず、チャラ男の真也さんに性的なちょっかいを何度もしていました。


 話の内容もホモ話オンリー。どこでデートすれば、ノンケが落とせるとか、どの店にガチホモがいるとか、そういう話ばかりでした。

 はっきり言って苦痛でしたね。この話を聞いているのは。本当に吐き気を催すガチ具合。

 そんなキツイ話を3時間近く聞かされながら、つまみ1つ食べる事もなく、お酒を飲んで、尚且つお客様の気を覗いながら接客をするのですから、本当につらい仕事でした。お酒が入って眠気も強烈でしたが、何とかこらえて仕事をしてました。

 当然寝る事も、席を外す事も出来ません。表情も笑顔をキープ。少しでもつまらなそうな顔をすれば、ママにスネを蹴られ、眠そうになれば、チーママに腹を抓られました。腐っても接客業なので、他は雑でも、こういう部分はしっかり締めて行っていましたね。

 非常につらい時間でした。それこそ何十時間も耐えたと思える程、1分1秒が長く感じる、地獄の様な3時間でした。


 やがて時間が過ぎ、眠気を何とかこらえ、お客様も満足して退店しました。実に長かったです。お客様を見送った時に分かりましたが、外は日が差していました。

 生れて初めて、都会の夜明けをその時拝んだのですが、よく片田舎の方が都会に来た時に口にする「空が狭い」という感想。この時よく分かりました。太陽がビルに隠れて見れないし、自分の住んでする千葉の松戸の夜明けより薄暗く感じたからだと思います。


 何はともあれ、やっと終わった。そう思って安堵しました。


「はいお疲れさん。これ今日の分のね」


 そう言われママがお金を差し出しました。額は3千円。仕事を始めたのが午後21時で終わったのが午前5時。勤務時間は8時間でたったの3千円です。時給に換算すると僅か380円。いくら何でも割に合いませんでした。当時の自分も正直がっかりしましたね。更に言えば、この店に通うだけでも往復で千円かかるし、交通費だって支給されない為、稼ぎとしては二千円です。

 正直、買ってもらえなきゃ、損な仕事でしたね。多分それを承知しているからこそ、研修もやらないし、アドバイスとかも無いのだと思います。同じ職場と言えど、商売仇でもあるので、実力をあえてつけさせない様にしていたのでは無いのか? 今はそんな風にも考えています。


 これが初出勤の内容です。当然ながら、当時の自分には割の合わない、ロクでもない職場だと思いました。


 当然ながらこの職場は長くは続きませんでした。更に言えば、期待していた大金なんかとは程遠い、はした金しか手に入りませんでした。

 この額では、支払いは出来ない。そう思い、自分は結局他人からお金を借りる事にしました。先の一件もあり、職場の人からは金は借りれません。


 やむおえず、自分は事情がばれるのを覚悟の上で、親からお金を借りる事を決めました。本当にしょうもない人間だと、呆れてしまいます。

 ですが、ここで親に話すことは、結果として良かったと思います。親は家族でもありますが、同時に人生に先輩でもあります。見て聞いた経験と、知識を自分に教えてくれたからこそ、今回の一件の『欠点』を教えてくれたのです。

 

 そしてその『欠点』を補う為、詐欺グループの二人があれこれしていくのですが、それが結果として『信頼』を自分で潰す形になります。

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