第15話:ゲイバーで働く③

 イケメンオネェにつれられる事僅か数分で店があるビルに到着しましたが、その着くまでの間でここのヤバさに気付きました。

 町並みは腐っても新宿なので、ビルが多かったですが、マンションなども多かったです。歌舞伎町の様な感じを想像していたので正直、意外ではありました。しかし、歩くたびに風俗店のボーイがキャッチを行っていたので、如何わしさは際立っていましたね。

 そして何よりも、道端で堂々と歩く同性カップルの多さに驚愕しました。普通の顔のお兄さんが、髭を生やした小太りおっさんと、和気藹々と手を繋いで歩く姿を嫌でも拝めました。

 それが何度も目に入る。当時の自分にはそれこそ、異世界トリップしたと言ってしまえる程、今まで住んでいた世界との違いに驚きと恐怖を感じずにはいられなかったです。

 そして恐怖心はビルについてから更に加速しました。ビルの周りには、コワモテ系のキャッチのお兄さんが多数いて近寄りがたい雰囲気を漂わせていました。それだけではなく、小太りのおっさんや、女装したおっさんなどもうろついていました。彼らは待ち合わせをしていた様で、そういう人達が集まりやすいビルでしたね。勿論待ち合わせの相手は男だと思います。

 コワモテキャッチと見た目でホモと分かる人達が入り口前にたむろするビル。こんな物に恐怖を感じない人はいないと自分は思います。そんな恐ろしい所に入り、エレベーターで4階まで上がりました。

 階につくと目の前にブルータスと書かれた蛍光板があり、一目で分かりました。

 店構えはホモ感てのはなく、普通のスナックといった具合でした。


「さぁさぁ、入って」


 オネェのお兄さんが扉を開き、中に入るよう言ってきます。正直入りたくなかったですが、仕事で来てますので、その場はグッとこらえて入りました。


「失礼します」


 恐怖心によって萎縮していた為、自分でも何言っていたか聞き取れないレベルの小声で入店しました。だって本当に怖かったんですもの。


「いっらっしゃぁいませぇ~」


 変に野太い声と、奇妙な女声と、耳を洗いたくなる程あからさまなオカマ声が入り混じった「いらっしゃいませ」が耳に飛び込んで来ました。自分の生きた人生の中で、これより不快なお出迎えの挨拶はありません。断トツ1位の不快度。

 

「……」


 当時の自分はこのお出迎えにやられて、考える脳がどっかに行ってました。放心状態って奴です。たしか3秒位は何もしないで突っ立っていました。


「ちょっとあなた、黙ってたら話進まないでしょ。応募の和大雄君よね?」


 あからさまなオカマ声の主が自分に声をかけて来ました。見た目はメガネに濃い髭、中年男性の基本形とも言える顔立ちで、正直スーツ着てたらその辺のサラリーマンと変わらない方でした。声以外は。声はモロホンのオネェでした。


「あ、はい」


 気のない返事で返したと思います。正直この辺に関しては、面接始まるまではあんま覚えていません。それ程に「いらっしゃいませ」のインパクトが凄くて、その前後がボンヤリしていてハッキリと書けないんです。何卒ご了承ください。


 記憶が曖昧なので、一気に面接まで飛ばします。この店は一応飲食店でもあるので、テーブルがいくつかありました。ドラマで使えそうな位、古さとセンスが同居したカウンターとテーブル席3つがあり、席数は全部で20近くだったと思います。その内のテーブル席で面接を執り行いました。

 面接官は先ほどのリーマンにも見えそうな中年オネェ。実はこの店のママさんでした。つまりトップです。

 店のトップと僅か20席近くしかない貴重なスペースで、営業中に面接を行いました。いくら何でも色々ムチャクチャだと思います。今だからツッコミますが、僅か20席足らずしかない店で貴重なテーブル席で面接するなと。そして腐っても営業中なんだから別の場所で面接しろと。いくら風俗にしろ、本当に声を大にして言いたい。

 そしてそんな世間離れした対応で行う面接の始めに、履歴書を書く事でしたが内容がまた世間離れしていました。

 履歴書は質問に対して答えを書いていくタイプでした。初めにフリガナ付きの名前。次に住所と郵便番号。その後携帯電話の番号。ここまでは至って普通です。

 次が『職歴』でした。学歴はハブでした。履歴書で学歴ハブは相当デカルチャーです。そして職歴も括弧書きで(同業に限る)と書かれておりました。この場合の同業とは、当然ゲイバーの事です。

 ちなみにこの時、それ以外の事は書かなくていい、とママに言われました。いくら何でもストレートすぎねーか?

 しかもその後は○×形式で質問に答えるタイプに変わりますが、その内容が「同性に対して性的な興味はありますか?」や「あなたはノンケですか?」などド直球な内容ばかり。おまけに「男性との性行為の経験はありますか?」といういくら何でもぶっ飛びすぎな内容。マジ絶句でした。履歴書書くのに15分以上かかりましたが、その大半は放心だったと思います。

 興味があるなら是非応募してみてください。正直ラノベの異世界トリップよりよっぽど異世界やってますよ。ちなみに応募資格は29歳までなのでお早めに。学歴、職歴とかは関係ないので、働き口が無い時は、残念ながら一番手っ取り早いですよ。

 

 絶句と放心を繰り返し、約15分後に履歴書を完成させ、ママに渡します。


「ふーん。経験なしのノンケねー。んじゃ今度はこれ書いて」


 そう言って手渡されたのは誓約書。内容はこの職場で務めるに当たって、他店の同業店舗で働かない事。この職場を退職した際、3年間は近隣の同業店舗で働かない事。就職後3年間は当店が不利益になる、外部の情報流出を行わない事。そしてこれらを反した場合、退職し場合によっては違約金を支払う事を謹んで認める事。などです。

 先のぶっ飛んだ履歴書と違い、こっちはむちゃくちゃ真っ当な契約書でした。ギャップあり過ぎて混乱する事必須です。

 この誓約書に関しては、自分が今まで生きていた、真っ当な世界に近い内容だったので、特に考える事無くサインしました。どう考えてもさっきの履歴書とのギャップのせいでしょうね。

 書き終わった誓約書をママに渡します。するとママはいきなりぶっ飛んだ事を言ってきました。


「はいどーも。んじゃ早速働いてもらうから。別に構わないでしょ」


 いきなり働いていいと言われました。焦りました。だって内心は今日は働かず、後日に合否を言われ、日程を組んでから働く物と思っていましたもの。

 それが僅か数分の面接とも言えない、書類書いて話すだけの物やって、研修などもなく、直に働け。ですよ。驚かない方がおかしい。


「あの、いきなり働くんですか?」


 当然不安もあったのでママにそう尋ねました。


「うちは即日採用だからね。雇う気なかったら最初から面接の予定なんて立てないわよ。それにあんたもお金欲しいんでしょ。だったら全は急げじゃない」


 ママがそう返します。確かに言いたい事は分かる。理屈も分かる。筋も通ってるよ。でも急転直下過ぎて、ギャップのGに耐えられませんよ……

 とにかく何もかもが今までの世界とは別でした。それでいて商売としてはしっかり締めるとこはしっかり締めてるのがまた何とも凄かったです。

 ママがこれなのでこの店はこのスタイル。そう悟り、自分は働くことにしました。金が欲しかったのは事実でしたので。


「んじゃ働く前に、店のみんなに自己紹介してね」


 ママにそう言われ、自分は店にいる人達に自己紹介を行います。ちなみにこの時の挨拶はいつも行っている、自分では社交的に思えるいつもの挨拶です。こういう世界では砕けの足りない、堅苦しい物でした。

 まず、迎えに来てくれた、声帯部に手術痕のあるイケメンオネェに挨拶しました。


「よろしく~私はチーママの竜矢(源氏名)よ。分からない事があったら何でも聞いてね」


 相変わらずのオネェ声。チーママと言うのはママの次に偉いポディションの事です。小ママとも書きまして、こう書くと分かりやすいと思います。会社で言えば副社長。そんな役職の人間に新人の迎えをさせるって、今思うと……ねぇ……

 次に挨拶したのは野太い声の持ち主であるガングロの若い好青年。髪は黒で肌が黒くても遊んでる感じはなく、むしろスポーツマンの様な感じでした。


「よろしくお願いします。自分拓哉(源氏名)といいます。よろしくお願いします」


 自分同様、堅苦しい挨拶でした。拓哉さんも自分と同じく、ノンケの新人でこの世界にカルチャーショックを受けている模様でした。働いてる理由は大学の学費に当てていると語ってました。会話してて、苦労人って感じがヒシヒシと伝わってきましたね。

 最後に金髪で細長い、ちょっと遊んでる感じのお兄さんに挨拶しました。


「うっす。俺真也っていいます。よろしくっす」


 この方は言葉使いもチャラかったです。ちなみにこの人はこの仕事以外は何もやっておらず、その日をダラダラ過ごしていると言っていました。

 そしてこの方の話を聞いて自分は『楽な仕事』と勝手に勘違いしました。だって仕事の内容は男性相手のホストクラブ。ただ酒飲んで、煙草も吸える。楽な仕事と思って当然でしょう。

 そんでもって仮に買われれば時間によっては大金が手に入るのです。ホストやキャバクラで言う所のアフターデート程度で済む時間なら1万。やる事やる2時間3時間なら2万から3万。相手次第ではそれ以上に稼げる可能性も秘めていました。

 そしてこの店に出勤さえすれば、最低でも3千円の支払いは保障されていました。確かに文字にして読むと激甘な職に見えてしまいます。

 しかしあくまでも売り買いの世界。しかも簡単に入れる世界なので、買い手に永続的に好かれるのは大変です。競争率は非常に高い世界でした。

 それでいて商売としてはきっちり締めています。その意味を自分は働き始めて直に、身をもって味わいました。






 

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