第14話ゲイバーで働く②

 売り専バー『ブルータス』に電話をかけて直に電話が繋がります。


「はいもしもし。こちら新宿『ブルータス』です」


 普通の飲食店と変わらない受け答えが返ってきました。ただ一つの違和感を除いて。

 それは相手の声質です。男の声ですが妙に甲高いのです。それはイッコ―やピーコの様な所謂『オネェ芸能人』とほぼ同じで、聞いただけでこの声の主は『オネェ』と分かってしまうほどに。

 正直これだけで一気に不安になりました。自分は今、とんでもない事をしているのではないのかと、目を覚ます程に強烈なインパクトでした。

 しかし自分には金が無い。そして金が欲しい。人間におけるナチュラルな欲。その欲には抗えず、返事を返します。


「もしもし。お忙しい所失礼いたします。私、和大雄という者ですが、本日は『ドカント』の求人情報を見て、此方のお店にお電話させて頂きました」


 普通なお店のアルバイトの面接を受ける際に言う返しで、自分が返します。


「あ~はいはい、求人ね。う~んと今お時間ある?」


 当時の自分には驚いた返しです。客じゃないと分かった途端に、最小限度と言えど使っていた、丁寧語で話すのをやめてきたのです。

 更に不安になる自分。喋り方も男性が喋る感じの物ではないし、女性にしてもおかしい。この時点で声の主は『オネェ』と断言できました。

 今から自分が働こうとしている場所には『オネェ』がいる。そしてそこで働けば、その人は同僚。社会的には同じように見られる……色々不安な考えが脳裏をよぎり続けました。

 でも金が無いのは確かなので会話を続けます。


「はい。時間は大丈夫です。それで出来れば面接を行いたいのですが、都合の良い日とかはあるでしょうか?」


 不安を感じつつも、話を進める自分。先ほど同様の普通の言い方です。


「こっちは人が足らなくて公募かけてるから出来れば早い方が良いんだけど、明日とかどう?」


 変わらずオネェ口調で返す相手。淡々と話が進んでいきました。


「その、明日は都合が悪いので出来れば明後日にして頂けますか?」


 次の日にはパチンコ店のアルバイトが入っていたので日程を変更しようと頼む自分。書いてて、切羽詰ってる割には呑気だよなぁなんて感じました。


「まぁそれでもいいわよ。んじゃ明後日の午後5時はどう?」


 5時までは派遣の仕事が入っていたので、この時間も無理でした。


「ちょっと厳しいです。その日は午後8時以降なら大丈夫です」


 無理せず、正直な都合を伝える自分。当時の自分は本来なら可能な限り、こっちが相手の要件に合わせる様にしていたので、日取や都合は可能な限りギリギリのラインで伝えていましたが、どうにもこの店にはきな臭さが鼻についてしょうがなかったので、自分の都合のいい時間を正直に伝える事にしました。これで印象悪くて面接がお流れになっても正直それでもいいと思っていましたので。


「なら明後日の午後8時に、新宿三丁目駅の丸の内線改札口前まで来てもらえる。着いたらまた店に電話してもらえるれば迎えはよこすから。後服装は清潔感ある物でお願いね」


 極めてあっさりした返しで日取が決まりました。正直当時の自分も意外に感じてはいましたが、時間が惜しいのは此方も同じだったので、余り深くは思わず、寧ろもうけた思ってましたね。


「かしこまりました。ではそのお時間で向かわせて頂きます」


「後持ち物だけど、身分の分かる物だけ持って来ればいいから」


「それだけですか?履歴書はいらないんですか?」


「書いて持ってきてもいいけど、別で書いて貰うからね」


 最近では珍しくは無いようですが、このお店は履歴書が不要なお店でした。代わりにその場で書いて貰うタイプでした。

 そしてこの書いた履歴書の内容がまぁ、他の職とは全然違う内容ばかりでしたね。学歴は必要最低限度だけの記入だけでオッケーで、職歴は一般的な職歴は不要で同業(この場合売り専)の経験の有無のみ書くだけでした。他にも色々ぶっ飛んでましたが、それはまたの機会に。


 その後は淡々と話が進み、電話は終わりました。雇用条件とか、シフトとかの雇用時の話は一切なし。服装とかも清潔感以外は追及無し。色々と他のアルバイトの面接とは違っていましたね。


「大丈夫なのか……これ」


 不安で頭が一杯になる自分。改めてヤバイ感じが漂ってきました。

 しかし、ここまで来て、大金が手に入るチャンスを棒に振るほど、当時の自分は慎重ではなかったです。結局面接には行くことにしました……





 当日午後8時。言われた通りに、新宿三丁目駅。丸の内線の改札前で電話をかけます。

 かけると直に繫り、また甲高いオネェ口調の声が電話越しから流れて来ました。

 電話の内容はこれまた淡々としており、着きました→迎え向かわすから服装教えて→はい○○着てます→分かった→終わり。スピーディーすぎんぞ!!

 そんな風に思いながら、改札で待つ事約5分。1人の男性が声をかけて来ました。


「あなた。和大雄君?」


 男性は180センチはあろう長身で服装は若干けばかったですが、顔は非常に整っており、所謂『イケメン』の類に入る人でした。

 正し違和感があります。声質です。電話で話した『オネェ』感ではなく。どちらかと言うと女性に近い声でした。

 何故こんな声なのか?そう思って相手を見てみると、喉元の声帯がある付近におよそ3ミリ程の傷がありました。その傷は縫い合わせの跡もあり、明らかに手術痕。まさかね……ぶっちゃけ手術痕を見た瞬間帰りたくなりました。

 


「あ、はい」


 とりあえず返事をする自分。男性なのに女性に近い声を出す相手に、かなり動揺しましたが、仕事で来てるのでそこには触れない様にしました。


 

「それじゃ案内するから、私の後についてきてね」


 笑顔で返す相手。そして直に歩を進めます。自分は不安感塗れでしたが、仕事だと割り切り、着いていく事にしました。


 そして自分はその後、直に自分が踏み入れた世界がヤバイ物だと理解します。



 



 

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