第13話ゲイバーで働く①

 板熊達に誘われ、飲みに行くことになった自分。

 向かった先は東京の亀有。チェーン型の居酒屋や老舗な居酒屋まで数多くある場所で飲むにはもってこいの場所です。その時は焼き鳥がメインの古風な感じの居酒屋で飲むことにしました。


 店内は深夜にも関わらず、多くの人で賑わっていました。非常に活気ある雰囲気です。仕事で嫌な思いをしていた自分には、その雰囲気だけでも酔えるほどでした。


 席に座り、三人ともビールを注文。ついでに焼き鳥の盛り合わせと各自のつまみを注文しました。自分はたこわさを注文しました。

 しばらくしてキンキンに冷えたビールとお通しの切り干し大根と根野菜の煮物が運ばれます。

 いい感じに泡立ち、グラスの周りには溶けた氷の様に美しい露がゆっくりと滴り、泡が1つ割れるたびに欲を活性させる香りを漂わせるビールに素朴ながらも甘しょっぱい香りを温もりの様な湯気と絡めて立たせる切り干し大根は、一か月近く、禁欲していた自分には強すぎる刺激でした。

 早く飲みたい。早く食べたい。頭の中はそれ一色になります。飲み食いする前から理性が消し飛んでいたのを覚えています。


「んじゃ、これから頑張っていこうなー。誓いを込めて、乾杯」


 板熊がグラスを右手で持ち、それを高々と上げ、乾杯と言います。


「乾杯」


 自分と芝崎も続き、グラスを上げ、それぞれのグラスを突き合わせ、ガラスの響く音を鳴らします。

 乾杯を終えた自分はそそくさとグラスを口元に近づけ、ビールを飲もうと唇をあてます。

 唇越しからも感じられる冷気。本当に冷えていて、その冷気に喉が渇く感覚に陥ります。そして喉から頭までの全ての器官が早く飲めと命令している様にすら感じます。

 耐えきれず、ビールを一気に喉に流し込んでやります。

 飲んでしばらく沈黙。あまりの旨さに喉が麻痺しているかの様に言葉が出ませんでした。

 この時飲んだビールは、今でも鮮明に覚えています。恐らくあれより旨いビールは飲めないと思います。どんなブランド物の高級品でも、艱難辛苦の中で飲む冷えたビールには絶対に及ばないと断言出来る。それ程に価値観を変えるほどの味でした。のどごしとかキレとか、どうでもよい程にただ旨い、それ以外なにも出ない味でしたね。

 そして切り干し大根の甘めな味付け。喉を通った辺りで塩辛さもいいに感じる塩梅でビールを嫌でも欲する味でした。

 その後に来た焼き鳥とたこわさもビールとえげつないほどに合い、結局ビール自体は何本飲んだか覚えてないです。記憶が無くなるまで羽目を外した証拠ですね。正直どうやって家路についたかさえ覚えていません……お酒怖い。


 お酒の話はこの辺にして、その後の事に話を変えましょう。

 板熊達と飲みに行ってから3週間は板熊達から、お金の事で言われる事はなかったです。当時は正直意外でした。

 ですがお金に関して問題ないと本人たちが言っていたので、本当に問題ないんだと思い、信用してしまいます。してはいけないのに……

 しかし更にその3日後。彼らから電話で緊急のお金がいると言われました。

 ここでまた不信感を抱ければ良かったのですが、依然羽目を外して派手に飲み食いしたのを奢ってもらっているので強くは言えませんでした。日数的にも給料日前ならお金が無いのも自然なので、疑いもしませんでした。

 その為自分は、2つ返事で「用意する」と言ってしまいました……

 また補足として、こんなにすんなり返事したかと言うと、板熊達から酒の席で多少は協力すると自分が言っていたと言われたからです。何ともありきたりな言い訳ですが、なんせ自分でも何杯飲んだか分からない程泥酔してたので、言ったかもしれない……なんて思ってしまい、結局断れなかったです。お酒怖すぎ笑えない。

 ちなみに要求額は3万。額的には直に用意出来そう感だけはある額ですが、給料日前の多重債務者が直にその額を用意出来たら、寧ろ日本経済を疑うレベルの額です。直に用意なんか出来ません。


 そこで何とかして金を手に入れようとします。しかし先の一件もあり、金の貸し借りは出来ません。かといって日払いの仕事で稼ごうにも3日、4日は必要。1週間の半分の日数ですから直とは程遠い。更に言えば日給1万の仕事を直に3日間連続で入れられるほど早々世の中甘くはない。つまり日払い労働で手に入れるには時間がかかる額なので、これには頼れませんでした。


 どうするか……悩んだ挙句、自分はある事を思いだします。

 それは板熊達の話。そして彼らが話した収入源の話。つまりゲイバー、売りです。

 自分は先に言っときますが、ノンケです。異性にしか性的興奮は起きません。更に言えば、この時自分は男の売りに関しての知識はゼロ。ただ板熊達の与太話を信じているだけの哀れな小僧です。

 そんな自分が浮かんだ売りのイメージは、女性の風俗や売春の様な即日に金が入る物という偏見に満ちた甘くて愚かな考えでした。しかもそのイメージすらテレビのニュースなので仕入れたにわか知識なのだから救えない。

 そこまで考えると、後は行動でした。こういう時の当時の自分はまぁ若気の至りと言うか、無鉄砲で慎重性に欠けると言うか、無駄に行動は早かったです。

 携帯から『売り専 ゲイバー 高収入』で検索し、仕事を探します。電話を受けてから多分10分もかからずにこの作業に入ってたと思います。

 そこで『ドカント』という男性専門の風俗求人サイトを見つけ、開きました。

 開くと自分が検索した『売り専 ゲイバー』の検索結果が掲載されたページになっており、幾つもの求人情報が載っていました。

 そこにはどれも『1か月で60万稼げる』や『短期間で30万』など当時の自分には心境もあり、とても魅力的なフレーズでした。

 その中で『即日採用。即日入金』と『1週間で50万も夢じゃない』という過激な謳い文句で掲載されていた『ブルータス』というお店の求人情報を開くことにしました。

 開くとお店の所在地や連絡先、お店のPRなど、売り専という如何わしい仕事とは思えない程、小奇麗に纏まったページでした。正直見ただけなら『タウンワークネット』の求人情報ページかと思えるほど、如何わしさが無かったです。


 そのホワイトな感じも手伝ってか、自分は何の迷いもなく、掲載されている連絡先である電話番号をクリックし、勢いそのままに電話を掛けました。

 

 

 

 

 




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