金を集めるために渡った危険な橋
第8話多重債務①
70万という額を支払う為、自分は初めに預金通帳と睨めっこしていました。
通帳の残高を見ながら、何処まで払えるかを頭の中で計算し、支払えない額を算出しようとしていました。
預金の残りは40万ちょっと。このお金は後の人生の為に残しておいた、僅かながらの預金。おいそれと払える物ではございません。
しかし、この時私は「今この場が収集できなければ、後もクソもない」と思い、結局このお金を使う事になります。
だが、70にはあと30も足らない。親に相談しようと思いましたが、警察沙汰になり、自分の罪が表面化するのを恐れ、出来ないでいました。
やむ負えず、自分はある事を決めます。
それは消費者金融からお金を借りる事です。
消費者金融。通称サラ金。親族にばれる事無く、短時間で金を手に入れるには、これしかない。そう思い、愚かにも手を出すことになります。
早速自分は、最寄りのサラ金の窓口に向かいます。新京成線五香駅前にある、アコムです。
そこは無人24時間経営のATM一台と、ゆうちょ銀行のATМそっくりな無人窓口が一つあるだけの小さな所でした。
ATМの傍に、ご利用の為の手続きが書かれたパンフレットがあり、それを見ます。それを見てすぐに店を出ます。今現在の持ち物では手続き出来ないと分かったからです。
パンフレットにはこの様に書かれていました。
〈必ず必要な持ち物〉
・身分証明できる物(免許書や健康保険書等、住所記載の物に限る)
・年収を証明できる物(最新二か月間の給与明細、源泉徴収など)
・印鑑(スタンプ、シャチハタ印は不可)
幾つかは忘れましたが、この3つが必須として強調されていました。
そして多重債務者になった今だから言いますが、これはどの会社も同じです。年収証明だけ会社によって変わりましたが、大差はなかったです。
店を出て、慌てて家に戻る自分。そしてある物を探します。
それは給与明細。この時自分はズボラでして、バイト先からもらった給与明細を、一度見たら用なしと言わんばかりに、そこら辺に放り投げており、探す手間を作ってしまっていました。
そして何とか見つけますが、「最新2か月」ではなく、古い物でした。
「これで何とか通すか……」
おめでたい思考で、再度アコムに向かいます。
数分後、再びアコムに到着。無人契約窓口で手続きを始めます。
硝子と鉄で出来た、分厚い扉を開けると、およそ畳二畳分程度の個室に先ほど言った無人契約窓口とテーブルとパイプ椅子があり、床や壁も白一色。極めて殺風景な場所でした。
さっさとお金が欲しいので、素早く椅子に座り、手続きを始めます。契約窓口はタッチパネルで情報を記入していくタイプで、契約窓口に取り付けられている、ガラス製のパネルに振れ、操作します。
まず名前、生年月日、現住所の入力画面が表示されました。財布にしまっていた国民健康保険書を取り出し、そこに記載されている通りに入力していきます。入力を終えて、『次へ』と書かれた所にタッチすると、画面が移り変わり、今度は職種と働いている勤務先を入力画面が出ます。入力を終えて再び『次へ』をタッチします。
今度は年収を記入する画面が出ます。手持ちの給与明細を見て、それを×12し、その数字を入力しました。
『次へ』を押すと、画面が変わり、今度は他の金融業者、またはローンがあるかないかの入力画面です。実家暮らしでサラ金を使うのは今回が初の自分は『はい』『いいえ』の2択を躊躇わず『いいえ』で選択し、そのまま『次へ』をタッチしました。
ここまで入力を終えると、画面が切り替わり『しばらくお待ちください』とだけ表示されました。
「これで終わりか?」と思い、内心不安になっていると、ガシャンと大きな音がします。何事かと思い周りを見渡しますが、特に変化はありませんでした。
待たされる事、約1分。あまりにも暇だったので外に出て、煙草を吸おうと席を立ち、扉に手をかけました。
そしてこの時、音の正体が分かりました。扉がどんなに押しても引いても開かなかったのです。そう、さっきの音の正体は扉がロックされた音でした。
一気に不安になります。こんな殺風景の場所でただ目の前の画面が切り替わるまで待たされるとは思って無かったので。もしこのまま何事もなく、閉じ込められたままだったら……なんて想像すらしてしまいました。
しかしその不安は杞憂でした。数分後、画面が切り替わると共に、声が聞こえてきました。女性の声でした。声だけできっと別嬪さんだなと思えるほど清んだ美しい声でした。
女性の声はこう言います。
「お待たせ致しました和大雄様。本日ご案内を務めさせて頂きます、担当の三上(偽名)です。よろしくお願いします」
思わず、「あっ、はい」なんて気の抜けた返事をする自分。窓口の画面には『音声案内の指示に従って、操作を進めて下さい』と表示されていました。そういう事か……
その後は担当と申した三上さんの指示の元、操作を進めます。ちなみに会話が出来る作りなので、余裕があったら連絡先貰うと思ってましたが、空気的にそんなアホ出来る感じではなかったです。
画面以外何もないと思っていた、無人契約窓口には実は大きなスキャナーが搭載されており、それを使って、身分証明書と給与明細をアコム本社に送信する仕組みでした。指示に従うまま、自分はスキャナーに身分証明書、続けて給与明細を置き、読み込ませました。
それが終わると口頭で職場と自分の連絡先を聞いてきました。それを同じく口頭で教えると、三上さんは何時位なら連絡が取れるか? と、尋ねてきます。
それに対して、個人的に都合のいい時間を伝えると、分かりました。と一言。そして思いがけない事を言います。
「続けて、お勤め先の連絡先を確認いたしますので、ただ今此方から、職場の方に、お電話をお掛けしますので、ご了承ください」
淡々とした言葉でとんでもない事を言ってきました。
「いやいやいやいや、ちょっと待って」
慌てふためく自分。誰にもばれない様にお金を手に入れようとしてたのに、よりにもよって職場に電話入れるとか、何考えてんだと思いました。
しかし三上さんはこの手の返しに慣れていまして、特に驚く口ぶりもなく、淡々とこう返します。
「ご安心ください。お客様の名前は伏せますし、当社の名前も伏せますので、ご記入した職場と住所に、偽りがないかの確認ですので、ご安心ください」
そう言われて、一安心しました。事実しか記入していないので、疑われることもないし、職場にばれる事もない事が分かり、安堵します。
その後、三上さんの指示に従うだけだったので、スムーズに進み、入力作業が終わります。
続けて審査が始まります。三上さんがまず、審査の説明とご利用上限の説明を行います。
1 審査に通らなかった場合は、取引は出来ない。(審査に漏れても、記入した身分関連については、此方で決して漏れないよう厳重に管理するとのこと)
2 希望額に応えられるとは限らない事。
3 審査にあたって現在の年収証明を基準にして執り行なう事を了承するように
と、この辺りを特に強調してきました。ちなみに自分が提示した希望額は、今回の1件で必要な30に+10を合わせた40万。70万支払った場合、素寒貧当然になるので生活費として、+した言わば甘えです。
了承する事を伝えると、審査が始まります。再び画面は『しばらくお待ちください』の表示。
待つ事約十分。再び三上さんの声が聞こえます。
「お待たせいたしました。お客様のご要望した金額で、審査が通りましたので、続けて、利息と返済日と返済方法のご説明を行わさせてもらいます」
あっさり審査が通りました。正直拍子抜けです。
言われた通り、説明が始まり、馬鹿な自分には頭によく入らないまま、進みます。
支払い方式はリボルビング払い(毎月の支払いが一定の額に抑えられている方式)で現在年収と取引額に対して、今回の契約では約10・5%の金利が付く事。支払日はこちらで決められて、その支払日から二週間以上たっても支払いがない場合、遅延損害金が発生する事などです。
馬鹿な自分は、難しい部分にしっかりと聞き入れず、適当に流していました。
一通り、説明を終えると、今度はクレジットカードの作成に入ります。利用する際の暗証番号を窓口の画面で入力します。入力が終わると画面はクレジットカードの注意点が表示されましたが、細々と書かれており、読む気もしなかったです。
しばらくして、窓口に取り付けられていたカード排出口(見た目は本当にATМのカード投入口そのもの)から赤とシルバーで出来た、艶々と光るカードが出て来ました。
「これで案内は終了となります。本日ご案内いたしました三上でした。本日は当社をご利用いただきまして、誠にありがとうございます」
三上さんからこんな感じのアナウンスが流れ、それ以降彼女の声は流れませんでした。
彼女の声が無くなると同時に、ガシャンと音がします。扉のロックが外れました。外に出れるよになったのです。
そそくさと席を立ち、ATМに向かいます。カードを挿入し、暗証番号を入力。すると三つの選択肢が画面に表示されました。
上から
・限度額の変更(一番目立つ様に極めて太い文字)
・取引額のお引き出し
・取引額のご返済
自分はこれを見て、まだ借りられるお金増やせるのか、なんて思いました。最もこの場ではやらなかったですが。
さっさとお金が欲しかったので、迷わず『引き出し』を押します。金額入力画面が表示され、自分は躊躇わずに限度いっぱいの40万を入力しました。
入力が終わると『しばらくお待ちください』と表示され、それと同時にウィーンと機械が動く音が響きます。お金が用意される音です。自分はこのATМがお金を用意する為に響くこの音がたまらなく好きで、ちょっとワクワクしてきました。
一分もかからず、紙幣挿入口から札束が入った状態で開き、同時にカードが出て来ました。+ご利用明細も。
自分はいの一番に札束に手を伸ばし、次にカードを引っ張り出し、最後に明細書を掴んで、そのまま明細書を握りつぶして、ゴミ箱に放り投げました。
札束を両手で持ち、確認をします。
「37、38、39……40」
札束はちゃんと諭吉40人で構成されており、非常に触り心地が良かったです。
40万をそそくさと封筒に入れて、それを持って来たハンドバッグにしまい、足早に店を後にしました。
この間までかかった時間は約30分。この時の自分の月収は約20万程なので、僅か30分程度で給料二か月分の金を手にしたことになります。
正直この時の自分は浮かれていました。これでもう救われると。更に言えばこんな素晴らしいお金の手に入れ方があったなんてと感動すら覚えていました。
極めて愚かです。本来一か月汗水たらして働いて稼ぐ20万の倍の額。それを返済するなんて簡単な事ではないのです。
そしてこのリボルビング方式は最初の内こそ、負担が無くていいと喜んでいましたが、実際はこれに頼っていると、際限なく毟られる作りになっていたのです。
そんな事を知らなかった当時の無知な自分は、その足で板熊達の元に向かうのでした。
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