第5話保身の為の愚行①

 お金を板熊に渡す為、一度コンビニにより、ATМ経由から30万を下しました。この30万は将来とか税金とかを何も考えずに使える、貯金に入れてある全額。現状のリミットでした。

 本来ならもっと慎重に使いますが、この時私は冷静とは程遠い状態なので抑止が効きませんでした。


 大金を懐にしまい、再び八柱駅前に到着。すぐさま板熊に電話を入れます。


「もしもし、板熊。着いたよ、お金も幾らか用意してあるよ」


「ごめんね、和大雄。迷惑かけて……でも助かるよ。駅のロータリー前に来て欲しい」


 そう言われ、駅前ロータリーに移動します。

 数分後、板熊と再会しますが、この時私は恐怖しました。何故なら板熊の顔の右頬が青色に腫上がっていたからです。

 明らかに暴力的な被害を受けた痕跡でした。それを見て、より本当に今危機的状況にいると確信します。


「ごめん。本当にごめん和大雄……」


 そう言って頭を下げる板熊。現在時刻は午前6時。サラリーマンや学生が出勤並び通学するピークの時間帯。八柱駅は私鉄の新京成線とJRの武蔵野線の交差駅なので非常に人が多いです。そんな中、恥を顧みず頭を下げたのです。

 周りの学生やサラリーマンやОLが板熊と自分に目線を合わせます。こんな朝っぱらから顔を腫らした男が頭を下げて謝罪してれば誰だって「何事だ?」と思い、見てしまう物です。


「ちょっと……人目を気にしようよ。もっと目立たないところに行こうよ」


 周りの目線に恥ずかしくなり、自分は場所を変える様に説得しました。


「え……ああ、そうだね。ごめん。焦っててさ、そういうの気にしてなかったよ」


 板熊が顔を上げ、一言謝罪しました。その後、自分の提案に賛同し、場所を人目がつかない所に移動する事になりました。


 実はこれも詐欺を円滑に行う手口。一番証拠になり得る「現金を手渡す」場面を目撃され辛い場所に怪しまれずに移動する為の口実作りなのです。

 おまけに通勤、通学をしている人達からすれば、この時立場が弱そうに見えるのは自分ではなく板熊。正義感ある人が声をかけに来れば、後々面倒になりやすいのは自分の方なので、目線を気にして移動を提案しやすくなる訳です。周りの目線を自分に優位に動くようにして、自分に怪しまれずに目立たない場所で取引を行う巧妙な手口でした。


 その後場所を移し、詳しい話を訪ねる自分。あの後泥酔女の彼氏と思える男が数人の男を連れてホテルに乗り込んできた事。その後、ヤクザらしき男がやってきて、芝崎を拉致した事。返して欲しいならお金を渡す事。もし渡せないなら、未成年をホテルに連れ込んだ事実を公表する事を自分に教えてくれました。


 ちゃんと冷静なら、かなりツギハギ作りな言い訳だと思えます。拉致監禁した時点でこっちも警察を介入できる口実があるのだから、こんなリスク犯す訳がないのです。

 しかしこの時私は裏社会の人間の手口や関わりには無知当然なので、こんなツギハギだらけの言い訳を信じてしまうのでした。 


「わかったよ……でも今は30万しか用意できないんだ……ごめん」


 ことの重大性に対して少額だと思い、罪悪感を感じながら今出せる額を提示する自分。


「それだけでいいよ。元々こっちが撒いた種だし。それだけでも助かるよ」


 額に対して何の文句も言わず、寧ろ感謝する板熊。


「じゃあ……これ……」


 懐にしまっていた封筒に入れた30万を差し出す自分。この時はお金が惜しいとか渡したくないとかの気持ちはなく、これだけで大丈夫なのか? と思う不安感しかありませんでした。


「ありがとう……本当にありがとう……」


 震える両手で封筒を持つ板熊。板熊もやっぱり脅えていたんだと思いました。震えが封筒越しに感じられたからです。


「これ以上は迷惑かけない様にするよ……本当にごめん」


 そういって頭を下げる板熊。自分は「いいよ、いいよ」なんて言ってこの場を離れてしまいます。芝崎の安否を気遣い、無駄な時間を使わせないよにする自分なりの配慮です。

 これが本当に愚か。その後の板熊の言動や行動をなにも確認してない為、騙されている事を気づける最後のチャンスを自分で棒に振ったのですから。


 こうして最初のお金を手渡します。 



 後日板熊から電話がありました。

 内容はその場は何とかなったが、今後もお金は渡す事が条件で、お金を渡せば向こうもこれ以上手荒な真似もしないし、公言もしないと言う内容でした。

 自分はそれを聞いて心底安堵しました。そして絶対に思ってはいけない感情を持ってしまうのです。


 それは板熊に対して『最高の友人』『恩人』『頼れる男』と評価をストップ高にしてしまう事です。

 この瞬間、私は今まで以上に板熊を信用してしまうのです。誰よりも頼りになり、誰よりも尊敬できる人物だと確信したのですから、しょうがない物なのかもしれません。

 言ってしまえば信頼と言う評価だけで板熊に頼り、自分では何も考えてなかったのです。

 福本先生の名作、『カイジ』のエスポワールで底に沈んだカイジや石田さんと同じく、自分は他人に頼り食い物にされた訳です。お陰様で昔は馬鹿な奴と言って笑えましたが、今は全然笑えません。


 そして厄介なのが自分は既に痛い思いをしてるのに何の反省もなく、依然板熊を信用している事。当然30万なんて額では被害は止まりません。この後も毟られます。

 

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