第16話 陽ダマリノ庭2
時々同じような症状に襲われつつも、いつも通り四苦八苦して夕食を作ったり、舞姫を風呂に入れたりなどの家事を、久遠はなんともないように装いつつこなした。
全ての家事をやり終えた彼女が、そろそろ寝ようと思っていたとき、
「久遠……、一緒に寝て……」
本殿になっている自室の戸が開き、眠そうな目をした舞姫が入ってきた。
「うむ。良いぞ」
おいで、と言って久遠が布団をめくると、舞姫はそこへ吸い寄せられるようにやってきた。
「ぬくいのう……」
まもなく隣で眠り出した舞姫を、久遠は包むように抱きしめる。彼女のなんとも言えない良い匂いが、ふわり、と香った。
……しかし、あのめまいは何なんじゃろうか?
原因を考えるのが
その翌朝。
「う……、ん……」
目を覚ましていきなり、久遠はどっしりとした怠さに襲われた。
「……ハッ!?」
彼女はうだうだと身を起こし枕元の時計を見ると、普段の起床時間を1時間もオーバーした、午前7時50分を指していた。
大慌てで跳ね起きた久遠は、母屋の西の端にある台所へと急いでやってきた。
「おはよう久遠」
そこには自分で作ったトーストと目玉焼きで、朝食を摂っている舞姫がいた。その向かいの席には、久遠の分が用意してあった。
「う、うむ。おはよう」
息を切らしている久遠は、ため息を一つ吐いてから自分の席に座った。
「久遠が寝坊って珍しいね」
そう訊ねて目玉焼きをトーストにのせて
「ちいと夜更かしをしてしもうてな」
久遠は彼女に心配させないよう、嘘を吐いてごまかした。
舞姫が学校へと出発してから、久遠は家の掃除をしようとしていたが、昨日よりも酷いめまいと猛烈な気怠さを感じてひとまず居間で横になった。
「……?」
しばらくすると、付けっぱなしのテレビの音がもやがかって、徐々に遠ざかっていくように聞こえ始めた。
「ぁ……っ」
まもなく、目の前がフッと真っ暗になり、久遠は意識を失ってしまった。
*
それから数時間後、夕方に近くなった頃、舞姫が学校から帰ってきた。
鳥居の連なる石段を昇っていると、
「どうしたの?」
上から慌てた様子で白い管狐が数十体すっ飛んできた。
それぞれがいっぺんに説明するので、舞姫には何を言っているか聞き取れなかった。
そこで、舞姫の登下校に着いて来ていた茶色の管狐が、テンパりまくる白色達を落ち着かせ、各々が話す内容をまとめる。
それに茶色の個体は仰天しつつも、冷静な様子で舞姫に久遠が倒れたことを伝えた。
「えっ!?」
すると、彼女は顔を真っ青にし、半透明の耳と尻尾が顕現させて石段を五段飛ばしに駆け上った。
靴を放り投げるように玄関を上がり、彼女は居間に駆けつけると、
「久遠!」
その真ん中でぐったりと横たわる久遠がいた。彼女自慢の尻尾や髪の毛は、その輝きを失っていた。
「久遠起きて!! 起きてよ!!」
管狐が仰向けにしておいた久遠の傍に来て、舞姫はそう呼びかけつつ必死に身体を揺する。
かろうじて呼吸はしていたが、何度揺さぶっても何の反応も示さない。
「どうしよう……、久遠が……、久遠がぁ……」
最悪の事態を想像して頭が真っ白になった舞姫は、その場にへたり込んで声を上げて泣き始める。
蜂の巣を突いたような騒ぎの管狐達を茶色が鉄拳制裁で落ち着かせ、舞姫をなだめる担当と、久遠が倒れた原因を考える担当に振り分けた。
後者の管狐達は、ああでもない、こうでもない、そうでもないと、考えつく限りのことを言うが、どれもこれも確証を得ることが出来ない。
その上、舞姫をなだめることも出来ず、どうすりゃいいんだ……、と白色の個体全員が頭を抱える。
白色の個体達は全く当てにならず、希望は茶色の個体ただ一体に託された。
他の個体よりも長期間現界している彼は、思い当たる節がないか、と必死に記憶を探る。
そんな彼を白い管狐達は、あんたが頼りだ、
耐えかねた茶色は、うるさいぞお前ら! あと誰が鬼だ! とぶち切れる。
……鬼?
その中の『鬼』という言葉が、彼の記憶の端に引っかかった。
鬼……、鬼……。
なんとかひねりだそうと、茶色は腕を組んで首をかしげる。
『お主に、伝えておかねばならぬ事があるのだ』
――そうだ、鬼姫だ。
舞姫の先祖である女性・鬼姫から200年前に聞かされた話が、今と全く同じ状況だったことを彼は思い出した。
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