第7話 微睡ミノ巫女2


 式神が境内に到着すると、紅色の番傘を差している久遠が表に出て待っていた。

「ただいま、久遠」

「うむ」

 久遠は嬉しそうに笑いながら、尻尾をパタパタと振りつつ、舞姫のもとに小走りでやって来た。

「ところで舞姫よ。夕食はなにを作るんじゃ?」

「……二言目がそれ?」

 子どもの様なキラキラした上目使いでそう言う久遠に、舞姫は半分呆れたような笑みを向ける。

「儂は腹が空いとるからのう」

「はいはい。霞でも食べて待っててね」

「そんなもんで腹が膨れぬわ!」

「久遠様ならば、と私個人は思っていたのですが」

 久遠をいじる二人の表情は、やけに生き生きとしていた。

「いつ儂は仙人に転職したんじゃ」

「久遠様ならば可能と思われますが」

「黄金よ、儂の伸びしろはもう無いぞ」

「意外とあるかもしれないじゃん」

「……舞姫、お主はこれ以上儂に属性を盛れと言うか」

 そんな気の抜けた会話をしつつ、三人は拝殿横にある社務所兼住居へと入っていった。

 舞姫と久遠が居間に来ると、肩が出るように改造した着物を着た水葉が、ボケッとテレビを見ていた。

「あっ、お帰りなさいなの」

 二人に気がついた彼女は、慌ててにこやかな表情を作って出迎えた。

「何を見とるんじゃ?」

「時代劇なの」

 久遠は水葉と並んで座り、一緒にテレビを見る。

「じゃあ鞄置いてくるね」

 鞄を持って自室に向かった舞姫と入れ違いになるように、いつもの作務衣に着替えた黄金がやって来た。彼女は茶筒から茶葉を急須に入れ、お湯を注いで煎茶を煎れる。

 程なくして帰ってきた舞姫は、久遠のすぐ後ろに座って彼女を抱きよせた。

「……」

 その様子を水葉はちらりと見たが、もう慣れたので何も反応しなかった。

「ふむ。やはり落ち着くのう……」

 舞姫に身を預けた久遠は、彼女の胸元に自らの後頭部をすりつける。

「くすぐったいよ」

 ピンと立っている久遠の耳が、ワサワサと舞姫の顎に当たる。

「おっと、すまぬ」

 久遠が耳を横倒しにしたところで、湯飲みにお茶を注いだ黄金は、

「どうぞ」

 三人の目の前にあるちゃぶ台の上に、人数分のそれを置く。

「うむ」

 威厳のある口ぶりとは裏腹に、お茶をすする久遠の表情は緩みきっていた。

 しばしその様子を見ていた黄金は、それでは、夕食の支度をして参ります、と言って名残おしそうに台所へと向かった。

「……久遠様。水葉、一つ分かったことがあるの」

「なんじゃ?」

 撫で回されてご満悦の久遠に、湯飲みを置いた水葉はそう切り出した。

「その巫女さんがぼっちなのは、久遠様が『子離れ』出来てないからだと思うの」

 と、彼女は久遠に向かって、歯に衣着せぬ鋭い指摘をした。

「そんなわけ――、……はっ」

 言われてみると、久遠には思い当たる節がとんでもなくあった。

「そう?」

「……こっちは重傷なの」

 だが、水葉にジト目で見られている『子』の方には、全く心当たりが無さそうだった。

「そうか……。儂か……」

「そ、そんなこと無いって」

 しょんぼりとしている久遠の頭を撫でつつ、舞姫はなんとかフォローしようとする。

「ええんじゃよ、舞姫。水葉は間違っておらん」

「久遠……」

 自分にどこまでも優しい『娘』に、久遠は大いに感激していた。

 ややあって。

 テレビから垂れ流されている時代劇が、ちょうどチャンバラシーンに移ったとき、

「よし! 今から儂は『子離れ』をするぞ!」

 久遠は突然、そう言い出してお茶を飲み干し、すっくと立ち上がった。

「まずは物理的に離れるのじゃ!」

 気合いの入った目で、うおおおお! と叫んだ久遠は、自室である本堂へと走って行った。

「久遠、大丈夫かな……?」

 舞姫は後を追いかけようとしたが、本人の意思を尊重してとどまった。

「何事ですか、水葉?」

 騒ぎを聞きつけた黄金が、割烹着姿で居間にひょっこりと顔を覗かせた。

「久遠様の子離れチャレンジなの」

「は、はあ……」

 彼女は気がかりな様子で本殿の方を見たが、すぐに台所へと帰っていった。

 少しして、時代劇がクライマックスの印籠いんろうタイムに入った所で、

「ぬわああああ!」

 ドタドタと足音を立てて、久遠はそんな情けない声と共に居間にやって来た。

「限界じゃああああ……!」

 半泣きの彼女は、煎餅をかじる舞姫にひしと抱きついた。画面の中では威厳がありそうな音楽をバックに、悪役達が地べたに跪いている。

「ほら、無理するからだよ?」

「うう、すまぬ……」

「いいのいいの」

 久遠自身が発案した子離れ(物理)作戦は、正味二分ぐらいで失敗した。

「この調子じゃ、子離れできそうにないの……」

 結局、いつもの様にいちゃつく二人を見て、水葉は力なく首を横に振った。

 先の中納言が高笑いを始めたタイミングで、久遠が街に放っている管狐の一匹が、猛スピードで窓をすり抜けて居間に入ってきた。

「どうしたんじゃ? ……うむ。ご苦労」

 久遠の耳元に来た管狐は彼女に耳打ちをした後、ふわり、と舞姫の膝の上に乗っかった。

「この子、何だって?」

 舞姫は管狐の身体を撫でつつ久遠に訊ねた。

「舞姫の学校の近くでな、怪が暴れとるらしい」

 非常に面倒くさそうな顔をしている久遠は、攻撃用の式神を三体用意して、妖怪の退治に向かわせた。

「……さっきの子、ちゃんと家に帰ったかな?」

 学校の近く、と聞いた舞姫は、ついさっき撒いてきた美咲の事を思い出した。

「『さっきの子』とやらは、後ろから追いかけてきとったあの娘かや?」

 久遠の質問に舞姫は、コクン、と頷いて同意する。

「舞姫、どこに行くんじゃ?」

 膝の上の管狐を降ろして、舞姫は急に立ち上がった。

「ちょっと気になるから見に行く」

 カーディガンをタンスから引っ張り出して、彼女は玄関の方に急いで向かう。

「なにもお主が行かんでもよいじゃろ」

 そんな舞姫の前に久遠が立ちふさがったが、狐状態になった彼女に、ひょいと跳び越えられてしまった。

「待たぬか!」

 久遠はすぐさま舞姫の腰にしがみついて、全力で舞姫を止めようとする。

「行かせてよ! その子が妖怪に狙われてるかもしれないじゃん!」

「駄目じゃ! お主を囮にするわけにはいかん!」

 舞姫と久遠の意見が平行線をたどっていると、

「では、私と水葉がお供いたしましょう」

 舞姫の後ろから黄金がやって来て、久遠にそう提案した。彼女はいつの間にか戦闘用の袴に着替えていた。

「ぬう……。まあ、それなら良いぞ」

 渋々了承した久遠が、急に手を放したせいで舞姫は前につんのめった。

「ありがとうございます、黄金さん」

「礼には及びません」

 頭を下げてお礼を言う舞姫に、黄金はそう言って跪いた。

「行きますよ、水葉」

「えー……、なの」

 勝手にお供その二にされた水葉は、不満そうな顔で渋る。

「黄金、水葉。舞姫を頼んだぞ」

 だが、久遠にそう言われると、

「はっ!」

「頑張るの!」

 彼女は一転して目を輝かせ、やる気全開になった。


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