第3話 雨ノ訪問者


 狐の女神・久遠くおんと、その巫女・舞姫まいひめは、台所の床にしゃがみ込み、年季の入った壺の中をのぞき込んでいた。二人とも同じような巫女服を着て、袖を帯で縛ってまとめている。

「どう、久遠?」

「うむ、良い具合じゃのう」

 そう言っている久遠は、金色の尻尾をパタパタと振る。

 壺の中身はぬか床で、その上に置いてあるキュウリはほどよく漬かり、ちょうど食べ頃になっていた。

「晩ご飯の時に食べよっか」

 それと他の野菜を取り出してから、舞姫はぬか床を揉み込み始めた。

「うむ!」

 この時を待ちわびていたぞ、と久遠の金色の瞳を輝かせて、ラップを敷いた大皿の上に置いてある野菜達を見ている。

「……久遠、囓っちゃ駄目だよ」

 そっと手を伸ばそうとする久遠を、ジト目で見て窘める舞姫。

「ぬ……。早く晩にならんかのう……」

 向かって右側の柱にぶら下がっている、レトロな柱時計を見てつぶやく久遠。

「テレビでも見てればすぐじゃん」

 ぬか床を混ぜ終って野菜を戻した舞姫は、壺の周りを拭いてから蓋をした。

「じゃの」

 身体が小さな久遠は、よっ、と抱きかかえる様に壺を持ち上げ、戸棚の中にそれを仕舞う。

「ねえ、久遠の部屋に行って良い?」

 舞姫は手を洗い終え、エプロンを布巾掛けに引っかけた。

「てれびを見るなら居間でいいじゃろ」

「久遠の部屋がいいの」

 二人は指を絡ませるように手を繋ぎ、雨天のせいで薄暗い廊下へと出る。

「しかし、よう降るのう」

「そうだね」

 昼頃からシトシト降り始めた雨は、もうしばらく止みそうにはない。

「こう湿気とるといかんな」

 雨樋の排水チェーンを伝って、雨水がじゃばじゃばと地面へ落ちていく。

「あ、だから今日はそんなにボサボサなんだ」

 今朝から続く高い湿気のせいで、久遠の長い髪が跳ねくりかえっていた。

「もしや寝癖かと思っとったんか?」

「うん」

「ぬ……、舞姫もか」

 今朝、彼女の腹心・黄金こがねは、なんとかして髪を整えようとしたが、結局どうにもならなかった。

「でも尻尾はもふもふだね」

 舞姫は、歩くのに合わせて揺れる尻尾をつつく。

「当然じゃ。尻尾は儂のあいでんててーじゃからの」

 得意げに尻尾を振って久遠はそう言う。

「無理に横文字使わなくても……」

 極度に英語の発音が悪い久遠に、苦笑する舞姫。

「いつまでも、苦手にしておくわけにもいかんからの」

 黄金には負けられん、と気合いの入った顔で言って、久遠はフンス、と強く鼻息を吐く。ちなみに黄金は、英語を話すことが出来る。

 渡り廊下を渡りきった所で、ピタリと舞姫が止まる。

「どうした舞姫よ」

 思い出したように、黄金さんと言えば、と前置きをしてから、

「お昼ごろから姿が見えないけど」

 どこ行ったか分かる? と主人の久遠に訊ねる。

「黄金なら買い物じゃ」

 久遠はそう答え、自分の部屋(本殿)の戸を開けた。

 正面に小さなちゃぶ台があり、その周りに座布団が二枚、向かい合うように置いてあった。それを動かしてくっつけ、二人並んで座る。テレビを付けると、夕方のニュースが放送されている。

「……それにしてもやけに遅くない?」

 舞姫が黄金を最後に見てから、もう四時間も経っていた。

「また道にでも迷っておるんじゃろ」

 黄金は方向音痴ではあるが、暇を見つけては地図とにらめっこしているおかげで、近所なら迷うことはほぼ無くなった。

「だと良いけど……」

「何かあっても黄金の事じゃ、独力でなんとかするじゃろうて」

 久遠はふと、部屋の奥に置いてある大きな水晶を見た。

「ぬぬ」

 そのてっぺんの辺りが、欠けて平らになっていた。

「うーむ?」

 彼女は四足歩行で近づき、手に取ってそれを確認する。

「綺麗に欠けちゃってるね」

 舞姫はそんな久遠の傍にきて、横からのぞき込む。

「かけらを探さんといかぬな」

 ひとまず上下を逆にして、久遠は水晶をもとの場所に戻した。

「もしかしてこの前のせいかな?」

「その可能性はあるのう」

 数ヶ月前の騒動の際、久遠は力任せに結界を破壊してしまった。その衝撃でガラスや皿が割れ、瓦が飛んだりなど、家に多少損害が出てしまった。

「ごめんね、久遠……」

 そんな事態になった理由は、敵に攫われた舞姫の救出と、敵への報復に向かうためであった。

「いやいや! 舞姫に責任はないぞ!」

 久遠は慌てた様子でそう舞姫に言って、わたわたと手を振り回す。

「でも私が攫われたから……」

「儂がそう言うんじゃからそうなんじゃ!」

 膝立ちになった久遠が、うつむき加減の舞姫の頭を優しく抱く。

「気にするでないぞ、舞姫。あの一件はのう、大体に儂が根源なんじゃ」

 言い聞かせるように、我が子を愛する母のように、久遠はそっと彼女の頭を撫でる。

「うん……」

 舞姫は久遠の細い腰に手をまわし、ギュッと抱きしめた。

「こうするのは、久々じゃのう」

 久遠の尻尾がパタパタとゆれている。

「そうだっけ?」

「うむ。儂がこのナリになって以来じゃ」

 舞姫の成長と共に消費する妖力が増え、八尾の状態が維持できなくなった。そのため、久遠は仕方なく、消費が少ない小さな姿で生活するようになっている。

「言われてみればそうだね」

 二人が元の位置に戻って、身を寄せ合っていると、

「あ」

「なんじゃ?」

 画面に映るニュースの温泉特集を見て、舞姫はあることを思い出した。

「最後に一緒にお風呂入ったのって、結構前だったよね?」

 幼い頃は二人でよく風呂に入っていたが、近頃はめっきり舞姫一人だけで入っていた。

「……そうじゃのう」

 久遠は、その頃の舞姫の姿を思い出してそう答える。

「それじゃあ、今晩入ろうよ」

 嬉々として久遠に提案する舞姫。

「いや、やめておくのしゃ」

 だが、すこし嫌そうな顔をして、彼女は舞姫の申し出を断った。

「ええー、良いじゃん入ろうよ」

 唇を尖らせて、そう言った舞姫に、

「嫌なものは嫌じゃ!」

 久遠は少々強い口調で再度拒否する。

「なんでそんなに嫌なの?」

「炎で浄化するからの、湯に浸かる必要はないんじゃよ」

 不機嫌そうに彼女の尻尾が動く。

「でも昔は一緒にっ……」

「あの時は舞姫が溺れんか心配での」

 もう溺れはせんじゃろう? と断固拒否の構えを見せる久遠。

「もう! 久遠の意地悪!」

 珍しく食い下がっていた舞姫は、そう言って部屋から飛び出してしまった。

「……」

 ちょっと意固地になりすぎたかのう……。

 とは思った久遠だが、これも舞姫のため、と心を鬼にして後を追わなかった。

「……黄金はどこに寄り道しとるのやら」

 いくら何でも遅すぎるので、取りあえず管狐を飛ばして市中を探させる。

 あやつの事じゃから、心配はいらんじゃろうがの。

 開けっ放しの戸を閉めて、久遠は本堂の中をうろうろし始めた。


「たまには良いじゃん!」

 ふくれっ面の舞姫は、脱衣所の床に体育座りして、湯が溜まるのを待っていた。大きくため息を吐いた彼女は、ショートパンツとティーシャツのラフな格好に着替えている。

 

『お風呂ー! お風呂ー!』

 服を脱ぎ捨てて戸を開けた幼い舞姫は、それなりに広い浴場に突入していく。

『転ぶぞ、舞姫』

 後から入ってきた久遠は、はしゃぐ舞姫を抱き上げて風呂イスの座らせる。

『なにがそんなに楽しんじゃ?』

『わかんないけど楽しい!』

 舞姫の腰の下辺りから顕現している、半透明の尻尾がブンブンと振られる。

『そうかそうか』

 石けんを手にして微笑む久遠。舞姫は鏡越しにその様子を見ていた。

 そのことを思い出して、舞姫は苦笑いを浮かべる。

「何があんなに、楽しかったんだっけ?」

 立ち上がった彼女は、そろそろ溜ったかな? と浴槽の水位を確認したが、

「あれ?」

 いつもなら、もう十分溜っているはずたが、全くと言って良いほど湯は溜ってはいなかった。

「うーん?」

 栓の閉め忘れかな? と、考えたが、風呂の栓はしっかりと閉まっていた。

 舞姫は一応、蛇口を締めてから本殿へと向かう。が、住居と拝殿を繋ぐ渡り廊下の辺りで、はたと彼女は立ち止まる。

 それは先程の一件もあって、ちょっと気まずいと思っての事だった。

 うん、たまには自分でなんとかしよう。

 と、きびすを返した舞姫は、耳と尻尾を顕現させて裏へと回る。先程まで降っていた雨は既に上がっていた。

 来てはみたものの、そこには何の気配も無かった。

「妖怪とかだと思うんだけどなあ……」

 首を傾げながらその場から去った舞姫。そこの地面が異様なまでに乾いている事に、彼女は全く気がつかなかった。

「あれって……」

 拝殿の正面にやってきた舞姫は、見覚えのあるトートバッグを、境内の石畳横で見つけた。

 やっぱり黄金さんのだ!

 それはよく、彼女が買い物に使っている物だった。ずぶ濡れのその中には、パック詰めされた肉と、近所の人からのもらい物らしい野菜が入っていた。

「久遠に知らせなきゃ……っ」

 つべこべ言っている場合じゃない、と判断した舞姫は足早に拝殿に向かう。

「……? っ!」

 何かの気配を感じて後ろを振り返ると、透明な蛇のような物が、彼女めがけて襲いかかってきた。

 とっさに身を捻りつつ、横っ飛びをしてそれを回避したが、その着地点から同じようなものが飛び出し、舞姫の肢体に絡みつく。

「くお――、むぐっ!」

 舞姫は久遠に助けを求めようとしたが、その口に蛇の頭が突っ込まれた。引きずられながらも、それから逃れようとする舞姫。身じろぎする度に、締め付けがきつくなっていく。

 久遠……っ

 なおも暴れる舞姫の腿に蛇が噛みつく。

 たす……、けて……。

 次第に身体が痺れていき、ついには動けなくなってしまう。おとなしくなった舞姫を、蛇は社の横の森へと素早く連れ去った。


「舞姫っ!?」

 突如現われた妙な気配を察知し、僅かな舞姫の声を聴いた久遠は、本殿を飛び出してすぐさま駆けつける。

 そこには既に彼女の姿は無く、引きずられた跡だけが残っていた。それは周囲より乾燥している。

「こっちか!」

 舞姫の気配をそれが続く先から感じ、駆けだそうとすると、

「久遠……、様っ」

 木々の間からボロボロの黄金が、足を引きずる様に現われた。

「黄金! どうしたのじゃ!」

 式神を出して、倒れ込みそうになる黄金の身体を支える。袴姿の彼女の全身はずぶ濡れになり、衣服が少し乱れていた。

「私よりも……、舞姫様を……」

 久遠は苦しそうに呼吸する彼女に触れると、その妖力はほぼ残っていなかった。

「うむ!」

 自分の分を分け与えてから、久遠は森の中へと入っていった。

 森の中を突き進んでいくと、少し開けた所にたどり着く。

「舞姫!」

 そこには人が余裕で入れる程の洞窟が口を開けていて、久遠は躊躇(ちゆうちよ)無くその中へと入っていく。狐火を灯すと、その中が下り坂になっているのが見えた。

 まっすぐ坂を駆け下りて行くと、何かが蠢く音と舞姫のうめき声が、次第に大きくなってくる。

「ふぉおん……」

 力が入らない舞姫の身体に、先程の蛇がいくつものたくっていた。

「いかん!」

 その蛇は、蠢く巨大なわらび餅のような物に繋がっていて、舞姫の精気に混じる久遠の妖力を吸い取っていた。

 久遠にもいくつか蛇が襲いかかるが、手の平から放たれた火炎によって、それらは瞬時に蒸発した。

「こやつ、水で出来ておるのか!」

 久遠が印を結ぶと、地面にわらび餅を囲うように光の線が引かれ、大きめの結界が展開された。

「うわっぷ」

 それによって分断された蛇は、ただの水に戻って舞姫と久遠をずぶ濡れにした。

「舞姫、大丈夫かの?」

「……うん」

 だが久遠はそれに構わず、結界の上でむせかえる舞姫の元にやってくる。その半身を起こして、優しく抱き寄せる。

「さて、と」

 久遠の小さな身体では、舞姫を持ち上げられないため、式神を出そうとした瞬間、

「なんじゃとっ!?」

 結界を破られてしまい、二人もろとも怪の中に落ちてしまった。

 息が出来ぬ……っ。このままでは舞姫が……!

 水を飲んでしまったらしく、舞姫の口からは気泡が出ていなかった。

 ええい、ならば奥の手じゃ!

 その唇に自分のそれを押しつけると、久遠の身体が輝いて九尾状態に変化した。この状態になると、舞姫の身体は久遠の一部扱いになり、久遠は力加減をしなくても良くなる。

 彼女は凄まじい熱量によって、容赦無く怪の水分を飛ばし、中から脱出することに成功する。

「まったく……、とんだ不届き者じゃのう」

 式神を使って、舞姫の肺に溜まった水を排出させると、彼女は激しく咳き込んだ。

「久遠……っ」

 神々しい姿の久遠に抱えられている舞姫は、自分から彼女にギュッと抱きついた。

「恐かったじゃろう? もう大丈夫じゃ」

「うん……」 

 怪を炎であぶりつつ、舞姫を抱く手でその頭をかき撫でる。

「あんな事言って、ごめんなさい……」

「いいんじゃよ」

 儂も言い方がちときつ過ぎたの、と申し訳なさそうに笑う。

「さて、そろそろ蒸発しきったかの?」

 久遠がそうつぶやくと同時に、こぶし大ほどの大きさになった怪が、炎の壁を飛び越えてさらに奥へと逃げていく。

「ええい! 逃げるでないわ!」

 舞姫を小脇に抱えつつ、久遠はその後を追いかける。

 必死に逃げる怪だが、洞窟は行き止まりになっていて、怪にはもう逃げ場はなかった。

「さーて、覚悟はよいかのう?」

 ソフトボール大の火球を手に、怒れる久遠は凄まじい殺気を放つ。

「……まって久遠」

「なんじゃ?」

 舞姫に制止されて、火球を放つ寸前で久遠は動きを止めた。

「あの妖怪、中に水晶みたいなのがあるよ」

 目をこらしてみると、確かに欠けた水晶のような物があった。

「ふむ? なぜあやつの中に」

 舞姫を降ろして肩を掴ませた久遠は、しゃがんで怪の中に手をいれて、水晶のかけらを回収しようとした。すると怪の形が崩れて、先程の蛇同様ただの水になってしまった。

「消えちゃったね」

「何だったんじゃあれは……」

 まあ細かい事はよしとするかの、と言って再び舞姫と口付けを交わし、普段の小さな状態に戻った。

「さて、持って帰って直すかの」

 久遠が地面に転がっている水晶に触れると、

「のわっ!」

「何っ!?」

 突如、勢いよく煙が上がり、その勢いで久遠がひっくり返った。

「大丈夫? 久遠」

「うむ」

 差し出された舞姫の手を掴んで、彼女は立ち上がった。

 辺りに広がった煙が晴れると、そこには全裸の女の子がペタンと座っていた。

 彼女はしばらく呆然とした後、

「……久遠様、なの?」

 驚愕の表情を浮かべる久遠に、彼女は鳥のさえずりの様な、美しい声でそう訊いた。

「お主……。水葉みずは……、なのか?」

 目を見開いて眼前の少女に聞き返す久遠は、微かに震えている手を伸ばす。

「はい、なの」

 水葉は小さな花を思わせるような、可憐な笑みを浮かべた。少し細い目から、涙がぽとりと一粒落ちた。

「一体、何がどうなっておるんじゃ……」

「私も、良く分からないの」

 気がついたら身体が有ったの、と不思議そうにその裸体を眺める。

「なっ! 水葉殿!?」

 式神に連れられてやって来た黄金は、驚嘆の声を上げた。

「黄金も無事――ッ!」

 彼女の方を見た水葉は、久遠の後ろにいる舞姫が視界に入って、ギョッとした顔をする。

「久遠様、そいつ、誰なの……?」

 怯えた様子の水葉は、舞姫を指さして訊ねる。

「こやつは舞姫、儂の巫女じゃ」

 取って食ったりはせんから安心せえ、と久遠は笑って言う。

「ほら、怖くないよ?」

 舞姫も、危害を加える気がない事をアピールするが、

「嘘なの! あの鬼面と同じ気配がするの!」

 全く効果は無かった。彼女を睨み付ける水葉から冷気が溢れ、氷で出来た龍の顎が現われた。

「待つのじゃ水葉! 舞姫はあやつとは違うんじゃ!」

 久遠は舞姫を下がらせてから、敵意むき出しの水葉を説得する。

「だまされちゃ駄目なの!」

 氷の龍は今にも、舞姫へと襲いかかろうとしている。

「ええい! やめんか!」

 聞き入れようとしない彼女に、久遠はげんこつを喰らわせる。それと同時に、龍の頭は霧となって消えた。

「痛いの……」

 水葉は半ば混乱した状態で久遠を見上げ、げんこつを喰らった所を撫でる。

「舞姫はただ単に、"鬼面の"の子孫なだけじゃ」

 それにのう、よく舞姫の精気を視てみい、と言って、久遠は舞姫を呼び寄せる。

「……! 久遠様と同じ妖力を感じるの……」

「久遠様は訳あって、彼女に魂を分け与えたのです」

 妖力が戻った黄金がやって来てそう説明する。その手には先程、自分の式神に持ってこさせたパーカーがあった。

「お主等と同じように、儂の愛する者なんじゃよ、舞姫は」

 じゃからあのような目で見んでくれ、と困った顔で水葉にそう諭すように言う久遠。

「……ごめんなさい、なの」

 彼女は素直に頭を下げて、舞姫に謝罪した。

「気にしてないから大丈夫だよ?」

 黄金からパーカーを受け取って、舞姫は水葉に着せてあげた。

「ありがとう……、なの」

 シュンとした顔で、申し訳なさそうに水葉は礼を言う。

「ふにゃっ! 久遠様……?」

 すると、突然に久遠が水葉を抱きしめ、それに驚いた彼女は驚いて変な声が出た。

「会いたかったぞ……、水葉……」

 こらえきれず、静かに涙を流す久遠。

「久遠、嬉しそうですね」

「はい」

 舞姫と黄金は、少し離れてその様子を見守っていた。

 ややあって、

「……また、水葉の羊羹が……、食べられるんじゃな」

 腕を解いてそう言った久遠は、満面の笑みを浮かべていた。

「はい、なの!」

 水葉も微笑み返して、元気よくそう答えた。

「それより、着替えが先ですね」

 水葉以外の全員は、濡れ鼠になっている。

「じゃあお風呂だね!」

「……しょうが無いのう」

「やった!」

 渋そうに笑いつつ、久遠がついに折れた。それを聴いた舞姫は、小さくガッツポーズをした。


 入浴後、急遽お祝いをすることになり、黄金と舞姫が協力して料理を作った。

「久遠、ご飯出来たよー?」

 久遠は縁側に座り、月をぼんやりと眺めていた。

「久遠?」

「……おお、舞姫か」

 舞姫が顔をのぞき込んだところで、久遠はやっと彼女のことに気がついた。

「考え事?」

「ああ、そうじゃ」

 隣に座る舞姫に寄りかかり、身を預ける久遠。彼女はいつになく、不安そうな顔をしていた。

「なあ、舞姫。儂は――」

「ずっと一人で、我慢してきたんだよね。久遠は」

 久遠の言葉を遮って、舞姫は彼女の頭を優しく撫でる。

「……うむ」

 耳を横に倒して、久遠は満足そうにしている。

「多分、許してくれるんじゃない?」

 彼女が訊ねようとした事への、答えが舞姫から返ってきた。

「そうかのう……」

、久遠が大好きだったんでしょ?」

 だから大丈夫、と手を取って、舞姫は小さく笑った。

「そう、じゃな」

 久遠の尻尾が嬉しげにパタパタと動く。久遠の柔らかな金髪が、月明かりに照らされて輝いている様に見える。

 そうしていると、エプロン姿の黄金が二人の名前を呼び、

「せっかくの料理が冷めてしまいますよ」

「なの」

 茶の間から顔を覗かせた。その隣では、水葉がめざしをもひもひと食べている

「今行くぞ」

 立ち上がり舞姫に目配せをする久遠。頷いた舞姫も続き、二人の待つ茶の間へと向かう。

「ぬっか漬け~、ぬっか漬け~」

 上機嫌でそう歌うように言って、久遠達は料理が並ぶちゃぶ台に着く。

「む、油揚の味噌汁じゃの」

 汁椀の中に入っている、具の油揚を箸でつまんで口に入れる。

「しっかり油抜きしといたよ」

「ご苦労じゃったの」

 待ちに待ったキュウリの漬け物は、ぱりぱりと小気味良い食感がした。

「そうえば久遠って、油揚は好物じゃないの?」

「それ、気になっていたの」

 舞姫からの問の答えに、興味津々な水葉は、玄米混じりのご飯を美味しそうに食べている。

「嫌いではないんじゃが……。ちと油分がの」

 儂はへるしい指向なんじゃ、と自分が作ったわけでもないのに、久遠はどや顔で言う。

「なんか近所のおばあちゃんみたいだね」

「げふん!」

 舞姫の発言を受け、茶を飲んでいる久遠がむせかえった。

「誰が老婆じゃ!」

「そうですよ、舞姫様。おばさんでもむせます」

 フォローになってないフォローをした黄金に、

「……黄金、後で儂の部屋にくるように」

「……? はい」

 久遠は、口だけが引き攣った笑いを浮かべてそう命令した。


 その後四人の賑やかな声は、家の明かりが消えるまで、止まることは無かった。

                                    //

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