天蓋花【読みきり・2】

神綺

第1話―天蓋花読みきり【2】

天蓋花――番外編02



「修羅兄(にい)ー、」

ふいに。いつも通りソファで寝そべっていた黒鳳蝶が、むくりと起き上がり、俺に問い掛けて来た。


「何だ、黒鳳蝶……」

「あの、さ……、前から言おうと思ってたんだけど……」

こちらの顔色を伺いながら、とても言いづらそうに黒鳳蝶は口を開いた。

「何? 言いたいことがあるならハッキリ言うのが、いつものお前じゃないのか」

苦笑しながら俺は、黒鳳蝶に言った。


「……修羅兄のその前髪、邪魔じゃないの?」

「え?」

前髪、と言われても何十年もこのまんまであったが為か、邪魔だとかは全く考えてはいなかった。

そして、そこにはにっこりと笑み――否、邪笑を浮かべた黒鳳蝶が、ハサミと櫛を持って立っていた。

「いや、ここは丁重にお断りするのが……」

「何ブツブツ言ってんの」

「だぁーいじょーぶだってば! 俺、上手いんだよっ!」

――どんなことをすればそんな自信が来て、公言出来るのか。いつも共にいる人間・智汐の髪を普段から切っているわけでもなさそうなのに。背筋にゾクリと悪寒が走った俺は、にこにこと近寄って来る黒鳳蝶に警戒心を剥き出しにし、逃げようとする。――が。振り返ろうとした先、何故か身体が動かなくなる。恐る恐るその原因を探査すると――黒鳳蝶が、俺の髪の毛を引っ張っていた。可愛い弟分とはいえ、髪の毛を引っ張るまでになった生意気小僧加減には、憎らしさよりも本当に恐怖を抱く。


「切~~ら~~~せ~~~~ろ~~~~~!!!」

何故にそんなに切らせたがるんだ。


「目が悪くなりそうで心配」や「邪魔そうだから好意で切ってあげる」という好意よりも、彼にとって自分は、明らかに『やったこと・みたことのない未知なる体験に踏み出す為のもの』に見えるのだろうか。いつもちょこちょこと自分の後ろに付いて来ていた『ちっちゃな可愛い子供』が成長したのは喜ばしいことなのだが、別の意味で周囲を怨みたくなる。


「あ、良いな。よかったじゃん、修羅。手間が省けて。」

ソファに座り、本を読んでいる智汐がのほほんと、笑顔を向けてくる。その笑顔もまた、私には恐怖映像にしか見えなかった。

「汝は馬鹿か! これが普通に髪の毛を切る“だけ”に見えるのかっ!」

「いや、あんたで練習してくれれば俺も美容室に行く手間が省ける」

「実験動物か、私はっ!」

素でそんなことを言う人間・宮部智汐を、そこにある椅子に縛り付けてでも、黒鳳蝶が『未知なる体験に踏み出す為のもの』の実験台にしてやろうかと思った。

「で、どーするのー。あ、そーだ。智汐もやってあげよっか?」

「いや、俺はいいよ」

あっさりと即答する智汐に対し、

「そー? なんだ、つまんない」

と、黒鳳蝶はくるり、とこちらへ再度振り返った。

「(飼いならしてるッ……!)」

――辺りにいる猫たちの中の一匹でもあるかのように。



――(続きます)

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